研究所案内

当研究所の活動は、個人・法人の会員の活動と会費によって支えられています。ぜひ会員となって、研究所の活動を支えてください。

Home研究所案内啓発事業部落解放・人権大学講座自由研究レポート>本文
2008.10.29
啓発事業<部落解放・人権大学講座>

自由研究レポート

「人権の視点から取り組む企業のワーク・ライフ・バランス施策への提案」

部落解放・人権大学講座
88期B班 黒瀬 公美
2006.3.7


 私がこの研究テーマを選んだのは、常日頃疑問に感じていた事を、この機会に一つテーマにして表現してみたいと思い、ここにまとめた。少子化で、政府が声高に「男女共同参画社会」を唱え、大企業から順に育児や介護を主に働き続けやすい制度が整えられてきた。また、両立しやすい職場風土を築く為、当社でも社員個人の意識改革のため休暇取得キャンペーン等啓発が行われている。しかし企業正社員の大部分を占める男性社員の意識は未だ

  • サービス残業撤廃
  • 正当な人事評価に基づく昇給、昇進

ではないか、と実感している。平日の生活時間の大半を仕事に捧げている現状では、家庭を中心とする地域社会等その他の生活に想像が及ばないのは仕方がない。そのような状況を知った上で、あえて仕事を離れた事(子育て、介護)をテーマに、労働時間の短縮を訴えたいと考えた。

 

 まずは、現在の「仕事人の価値観」について、著名なキャラクターやテレビ番組によって表現されているので紹介したい。

知名度の高い漫画(どちらも映像化されている)に、全く異なるタイプのサラリーマン主人公が出てくる。

  • 課長 島耕作タイプ・・・正義感強い。会社の忠誠心は△だが、これと思った仕事には誠心誠意打ち込む。時には上層部と衝突もありながら、次第に周囲に認められ昇進していく。
  • 釣りバカ日誌 浜崎伝助タイプ・・・昇進等会社に対する意欲はない。趣味を愛し、家族を愛するマイペース平社員

究極ではあるが、日本ではどちらのタイプの価値観が高いだろうか。

数年前からNHKで放映されている、「プロジェクトX」が人気だ。プロジェクトXに出てくる主人公達は、まさに当時の「島 耕作」達だった。日本経済発展の為、公益の為、会社の為に全力で戦う男たちの物語である。ここには浜崎伝助タイプは出てこない。「プロジェクトX」の主人公達がまさに日本の企業人の目指す姿であるのだろうと推測される。この価値観は、戦争の敗戦で従来の価値観が破壊されるような事態が起こらないかぎり劇的に変化しないだろう。恐らく20年後でもこの割合はそう変化なく、依然島耕作タイプを選択する人の方が高いと思われる。

【定年後の心貧しい生活実態】

 高齢化社会になり、会社生活を卒業した後の生活は長くなった。高齢者白書によると、平成15年の日本の平均寿命は男性78.36歳、女性85.33歳である。内閣府が出している高齢者に関する様々な調査資料を見ると、プロジェクトXの主人公達だった世代の現在の状況がうかがえる。同時に、将来恐らく元気で存命していると予測される私たちの20年後の状況も垣間見ることが出来る。

 「高齢者の日常生活に関する意識調査結果(H16実施)」

 

都市規模別にみると、「炊事」、「食品・日用品の買物」は都市規模が大きいほど割合が高く、一方、「家業、農作業などの手伝い、店番」は都市規模が小さいほど高くなっている。

性別でみると、「炊事」(男性12.8% 、女性82.8% )、「洗濯」(男性9.8% 、女性78.4%)、「掃除」(男性13.7%、女性73.9%)、「食品・日用品の買物」(男性8.6%、女性36.3%)、「留守番」(男性11.4%、女性20.0%)は女性の割合が高くなっている。

年齢階級別にみると、「炊事」、「洗濯」、「食品・日用品の買物」は年齢が高いほど割合が低く、「留守番」は年齢が高いほど割合が高くなっている

退職後も、主な家事を担ってるのは女性という結果が出ている。ちなみに、平成11年の男女別結果は「炊事」(男性11.2%、女性79,7%)、「洗濯」(男性8.3%、女性77.8%)「掃除」(男性12.9%、女性74.4%)であり、現在のデータは家事を行う男性のポイントが約1~2%増加している。しかし意識の上では下図の通りもっと変化しているのだ。

「家事は妻がすべきだ」という意見はH11年の調査から9ポイント程低下している。その割に、実際に家事を行っている男性の割合はH11年の結果から1~2ポイントしか増加していない。意識しても、なかなか行動に現れていないことが証明されている。

あわせて、上記の意見結果は、性別で大きな意見の違いはない、ということであるので、性的役割分担意識は、男女共にあるということも正しいのであろう。

仕事から解放されて、家事もしていない元企業戦士達は、何をしているかの結果が次図表である。なんと、「テレビ・ラジオ」「新聞・雑誌」が圧倒的上位を占めている。男性が家事をしないのは、外出や他の趣味で忙しい訳ではないようだ。このデーターを男女別に見ると、

「新聞、雑誌」(男性51.4%、女性38.0%)、「スポーツ活動(水泳、テニス、ゴルフ、ゲートボール、グラウンドゴルフ、エアロビクスなど)」(男性18.4%、女性11.2%)、「ハイキング・登山・キャンプ・釣りなど自然の中で行うアウトドアレジャー」(男性11.1%、女性4.8%)、「ワープロ、パソコン、インターネット、携帯電話」(男性10.8%、女性4.7%)は男性の割合が高く、「仲間と集まったり、おしゃべりをすることや親しい友人、同じ趣味の人との交際」(男性23.4%、女性43.4%)、「旅行」(男性26.7%、女性34.0%)、「買物、ウインドウショッピング」(男性7.5%女性、24.4%)は女性の割合が高くなっている。

「仲間と集まったり、おしゃべり」「旅行」「買い物」では女性の割合が高くなっているが、日ごろの家事の状況を考慮すると、女性は家事に時間を取られ、自由時間は男性の方が多いと推測されるにもかからわず、日常の楽しみが「テレビ・ラジオ」が一番とは、客観的にとても充実した老後と言えないだろう。

 H17年度「男女共同参画白書」によると、65歳以上の高齢者の約15%は要介護・要支援であり、その70%は女性である。また、在宅の要介護者等の76%は女性が介護者であり、介護はする側もされる側も女性が中心とのことである。企業の男性は、定年までは企業戦士として休日出勤や残業に追われ、それを理由に介護や家事を行わない。また定年後も身についてしまった性的役割分担を引きずり、家事や介護をしない。しかし、現在の多様な価値観の中、配偶者と死別し、残された自分の親を介護しなければならなくなった時、もしくは独身の男性が年老いた親の介護に直面したら、どのような状況になるのであろうか。「介護」について理解する時間もないまま、いきなり時間を家族に拘束され、誰からも感謝されない奉仕を押し付けられるのだ。待っているのは女性以上にストレス増大ではないだろうか。「介護を苦に心中」「高齢者虐待」という言葉が最近新聞紙上に出ているのは、今までの企業人の価値観と、現実のギャップの現れではないのだろうか。

[1]【アンペイド・ワークの無価値化が人権侵害を生む】

 では、企業戦士の家庭における子育ての状況に視点を移してみる。バブル崩壊後、企業と家庭の間で最も疲弊している世代はまさに、子育て世代である。

-H17「男女共同参画白書」-

「H17年度 男女共同参画白書」によると、20代後半~40代前半の男性の労働時間が長いことが証明されている。さらに、週60時間以上の就業者の割合が一番高いのもこの世代であり、好む好まないかかわらず、残業を最も行っている層であることが伺える。また次の表によると、男性で11時間以上仕事をしている割合が、過去より増加しているのが分かる。

-総務省 H13年社会生活基本調査結果-

 しかし、意識は変化してきているのだ。「家庭や子育てにもっと関わりたい」と思う人は年々増加している。

-H17「男女共同参画白書」-

ある企業の2004年「男女共生参画に関する意識調査アンケート」の結果では「必要に応じて育児・介護休暇制度を利用したい」と答えた男性社員の割合は、男性社員全回答者の61%だが、休暇を取得した実績のある男性社員はごく僅かしかいないという。労働時間の統計表と合わせて考えてみると、「家庭生活の時間を取りたいが、取れない現状」が見て取れる。やはり理想と現実は大きく異なっている。

問題なのは、このような仕事一辺倒な生活をいやいやながら過ごしている内に、「そういうものだ」と習慣が体と心に染み付いてしまうことだ。その証拠に、仕事から解放された定年後の男性達は、時間がたっぷりあるにもかかわらず、家事関連時間にはほとんど関わっていないのである。労務を提供する代わりに賃金をもらうという経験のみで過ごす大半の人は、「賃金が発生しない労務」について価値を見出せないばかりか、一つ下の労働だと考えるようになってしまうのではないか、と思われる。では、実際にそのような労働:アンペイド・ワークと世界で呼ばれている、は価値の低いものだろうか?

「百ます計算」の基本的読み書き訓練で子供の能力を向上させ一躍教育界で有名になり、経済誌にも取り上げられている立命館小学校の陰山英男副校長は、著書「本当の学力をつける本」の中で

・家庭に必要なこと、それは夕方七時の家族団欒を取り戻すことだと思います。そして、そのために、まず夕方七時の父親を家庭に返すことです。

と訴えている。子供の家庭教育には母だけでなくお父さんも必要なのだと。

 行政も男性も含む大人がもっと家庭に関わりを持とうという意識の推進努力を怠っていない。文部科学省では1999年から、親の家庭教育を応援するための「家庭教育手帳」(現在未就学児、小1~小4、小5~中学生の3種類)を発行し、対象児童のいる家庭に無料配布している。また、平成9年から「子どもと話そう 全国キャンペーン」を展開していた。この趣旨は

○    子どもを持つ親はもとより,社会の大人たち全員に家庭や地域での子どもとのふれあい,話し合いの大切さを改めて認識してもらう。

○     行政機関,企業,各種団体,個人等幅広く各界各層がそれぞれの役割・立場で未来を担う子どもたちのために何ができるのかを考え,実行してもらう。

というものだ。このキャンペーン、関係省庁や地方公共団体、民間企業に広く参加を求めているそうだが、この事実を認識している企業はいるのだろうか?[2]

また、「家庭教育手帳」の存在を知っている父親はどれだけいるだろうか?

家に早く帰って、子供の宿題を見てやったり、話を聞いてやったり、少し手の込んだ食事を作ってやったり、遊びに加わったりするのは、仕事で疲れた体にとって決して楽な事ではない。それゆえ疎かになって出てきた家庭問題に対応すべく、政府が次世代育成支援対策法をはじめとする家庭生活に関係する法律を作り、事業主や個人に働きかけているのだ。大人、とりわけ家族を持つ者は、労務提供をしている企業や納税以外にも様々な責任を負っている。本来これは過去も同様であるのだが好景気の中では気付く人は少なかった。失われた10年と言われる不況の時代に改めて学んだ大切な事だと認識する必要がある。

 今企業内では「男女共生」と「成果主義」が両輪となり、全く異なる方向へ進もうとしている。女性も残業をいとわず男性並に仕事をこなし、平等な評価をもらうという方向だ。これは今までの企業戦士の価値観で考えると当然のことだ。しかし、女性までもが遅くまで会社に留まるとなると、残された高齢者・子供達はどう過ごすのか?長時間保育、塾や習い事のはしご、又はデイサービスの長時間化、ホームヘルプサービスの長時間化。これは既に始まっている現象だ。これは「仕事」を理由とした高齢者や子供への人権侵害ではないのか。社会的立場が弱い要介護の高齢者や幼児・児童にとって「家族と過ごす時間」はかけがえのない生きがいの一つではないのか。かといって、もう「女性」だけを家庭に戻そうとするのは男女共生の時代背景の中では許されない考え方になっているのである。

【人権を尊重する社会の為に企業が出来ること】

 未来の社会の担う子供たちの育成、そして体の自由が利かなくなった高齢者の「生活の質」向上の為、企業は「働き方」の価値観を抜本的に変化させなくてはいけない。残念ながら、今このような政府の働きかけと、会社が求める成果との板ばさみに苦しんでいるのは、実際に育児や介護に携っている層のみである。しかし、育児はともかくも、介護はする側、される側を考えれば誰にでもいずれは自分の身に訪れる可能性のある大事な問題だ。だから、企業も社員全員に対応することが必要だ。例えば、

  • 「仕事」「家庭」を天秤にかけるような職種コースを廃止する。
  • 個人の業務の目標設定に「所定時間内に終了させる」を追加。
  • 残業が常態化している部門は部門評価を平均以下にする。
  • 残業を就業規則で禁止する。

残業が存在しなければ労働者は所定労働時間に集中して業務を行うことができる。企業側にとっても余分な光熱費、設備の長時間稼動がないと効率が良くなる。もしこのような制度が導入され、しぶしぶ残業なしで退社する社員も、時が経つにつれて所定労働時間内で仕上げる効率性を学んだり、無理な目標を立てなくなったり、もてあます退社後の時間の使い方を個人の趣向に合わせて使えるようになるだろう。高齢者や子供の世話を苦労しながらもアンペイド・ワークを担っている内に、与えること=与えてもらうこと という喜びを感じるだろう。仕事だけでない、いろいろな社会体験を通じて、定年後の自分をもっと深く考えるだろう。そんな人は定年後決してテレビやラジオが1番の楽しみ、のような生活は送らないだろう。労働時間が減ると、一時的に国民総生産が減少するだろう。でも、体に無理なく、趣味も楽しみ、または自己啓発に励み生き生きと働く社会人を見て、きっと子供たちは「働くっていいことだ」と思うようになるだろう。

「人間が心豊かにお互いを尊重しながら暮らす」人権社会は日本の経済力を低下させるかもしれない。それでもいいと私は思う。企業だって人間が中心に構成されているものだ。本当に社員の人権を考えるのであれば、企業には抜本的なワーク・ライフ・バランス施策を推進してもらいたい。

以上


参考文献

  • 高齢者の日常生活に関する意識調査結果(H16実施)/内閣府
  • H17年度「男女共同参画白書」/内閣府
  • H13年社会生活基本調査結果/総務省

[1] アンペイド・ワーク:家事や育児、介護などの家庭内の仕事や地域活動など報酬はもらっていないものの私たちの生活に必要な労働のこと。

[2] 文部科学省のホームページによると、H19年現在、このキャンペーンは終了している。