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2003.10.15
書 評
 
評者金子匡良

2001〜2002年度研究調査事業報告書

「人権条例の収集と比較研究及び提言」
に関するプロジェクト報告書

  2001年度から2002年度の2年にかけて開催された「『人権条例の収集と比較研究及び提言』に関するプロジェクト」(代表/江橋崇・法政大学教授)の調査報告書が、発刊された。以下、その内容を要約して紹介する。

●本書の視座と問題意識

  2002年3月をもって、部落差別に係る特別措置が廃止され、現在、日本の人権・同和行政は大きな曲がり角を迎えている。今後は一般的な「人権行政」の中で、「同和行政」を推進していくことになっているが、しかしながら肝心の「人権行政」ないし「人権施策」の中身は未だ不明瞭なままである。こうした中で、いま我々に求められていることは、「人権行政」ないし「人権政策」の理念や目的を明らかにし、政策の内容を吟味し、その実施のために必要な基盤整備を行っていくことである。

  その際の出発点はいくつか考えられるが、最も基本となるのが自治体の人権政策であろう。国の人権政策が往々にして「上からの政策」になりがちなのに対して、市民に一番近い「政府」である自治体は、市民のニーズに沿って、独自の政策を下から積み上げていかなければならない。そうした試行錯誤の中で形づくられていく自治体の人権政策を出発点として、その現状や課題を明らかにし、地方レベルから人権政策のボトムアップを図っていくことが、今後、最も重要なことであるといえる。

  本書はこうした問題意識の上に立って、自治体の人権政策、とりわけ人権条例を調査研究すべく設けられたプロジェクトチームの報告書であり、自治体の人権政策の現状と行く末を考える上で、格好の素材を提供してくれるものである。

●本書の構成・内容

  本書は、江橋崇・法政大学教授を代表として、研究者や自治体職員など16名で組織された「人権条例の収集と比較研究及び提言に関するプロジェクト」の調査報告書である。同プロジェクトでは、2001年7月の第1回目の会合以来、2003年3月までに計13回の会合をもち、その間に5人のメンバーが堺市や鳥取県など8ヵ所の自治体に調査に赴いた。本書には、合計28本の研究報告とその報告に対する質疑応答が掲載されているが、大別すると、研究者等による報告が15本、自治体職員や当事者団体など現場からの報告が8本、プロジェクトメンバーによる現地調査の報告が5本(計6自治体)という内訳になっている。

  本書は「報告書」という名は付されているものの、その内容は各会合の議事録の集録であり、原稿調にまとめられた文字通りの「報告書」ではない。それゆえ文体も口語体となっており、また当日配布されたレジュメや資料に沿って話が進められている箇所もあり、本書だけを読んでいる者にとっては、残念ながら内容がうまく掴めないところもある。その反面、各報告は臨場感にあふれ、また詳細な討議が重ねられている質疑応答の部分には、原稿型の「報告書」では触れられないような現場感覚あふれる情報が満載されている。

  なお、本書を元にして、『地域に根ざす人権条例人をつなげるまちづくり』(部落解放・人権研究所編/解放出版社発売)が10月に刊行されたことを付け加えておく。

●今後の人権政策をどう組み立てていくべきか

  本書には、様々な視点や角度からの多種多様な報告が盛り込まれており、読者が得るものは数多い。自治体職員の報告では、現場が抱える課題や限界が率直に吐露されており、人権行政の実際的な問題点が浮き彫りとなっている。また、プロジェクトメンバーの調査報告では、各自治体の人権関連条例や人権施策の推進体制、人権教育・啓発への取り組み、相談・救済制度などがまとめられており、それを相互に比較することで、自治体ごとの特色や問題点が見えてくる。あるいは別の部分では、アメリカ的な市場優先主義に牽引された“グローバリゼーション”に抗して、いかに人の連帯を再構築し、人権にやさしい社会をつくるかといった視野の広い議論が展開されており、様々なパースペクティブからの論究に及んでいる。

  しかし、本書は雑駁な議論の寄せ集めではない。そこには全体を貫く一つのキーワードがある。それは「まちづくり」である。無論、ここでいう「まちづくり」は、「ハコモノ行政」と揶揄される公共施設の建造のことではない。それは「ひとづくり」と「ひとびとの関係づくり」を基礎とする「まちづくり」であり、その土台となるのが「人権」なのである。すなわち本書の基本理念は、「人権のまちづくり」である。

  「人権」という概念は曖昧模糊としていているが、「人権のまちづくり」が前提とする「人権」は、「自分らしさの発見と自己実現」である。一人一人の個人が「自分らしさ」を見つけ出し、互いの「自分らしさ」を尊重しながらそれを実現し、そうした人びとのつながりが社会をつくり、まちをつくっていく。これが「人権のまちづくり」である。そして、この「人権のまちづくり」は、「人権の国づくり」へと連なり、ひいては「人権の世界づくり」へと帰結する。

  今後の人権政策の指針は、この「人権のまちづくり」であり、まずは自治体レベルからこれを実施に移していかなければならない。本書の中心的なテーマはここに置かれているのである。