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第215回国際人権規約連続学習会(2001年2月9日
世人大ニュースNo.223 2001年3月10日号より

インドにおけるダリット(被差別カースト)の解放運動と
国連反人種主義・差別撤廃世界会議
〜反差別国際運動プロジェクトの報告〜

小野山 亮さん(反差別国際運動・国際事務局)

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ダリットとは

 インドにおけるダリットに対する差別とその活動、またダリット差別や日本の部落差別など、門地・世系に基づく差別に関する国連での活動について報告したい。

 はじめにダリットについて簡単な説明をしておきたい。

ヒンドゥー教に基づくカースト制度では人々の間に社会的な階層が設けられており、人は生まれてきたカーストに属し、死ぬまでそのカーストに止まるものとされている。バルナと呼ばれる主要なカーストのカテゴリーは4つあり、上位からブラヒミン(聖職者・教師)、クシャトリア(統治者・兵士)、バイシャ(商人・交易商)、シュードラ(労働者・職人)に分けられる。そしてその中にも入れないほど賤しいとされる仕事を課せられているのが、アンタッチャブルといわれる「不可触民」である。「ダリット」とは、近年「不可触民」のかわりに自称としてまたはその支持者たちによって普及するようになった言葉で、「壊されし者たち」あるいは「抑圧されし人々」という意味である。

ダリット差別の実態

 このようにダリットは「不可触」、つまりそれ以外の人との接触すら許されず、日常的に差別を受けることになる。ダリットは村々で他の人とは切り離された領域に住み、同じ公共の井戸を使うことも、同じ寺に行くことも許されない。同じレストランや喫茶店に入ることも、同じカップを使って飲むことも許されない。また水などの基本設備は区別され、医療施設なども他の人々の住む地区にあって、学校ではダリットの子どもたちは教室の後ろに座らされる。さらにダリットは村々の慣習として、人の死や結婚の時などには無償で一定の儀式やサービスを行なうことを強いられている。

 ダリットの特徴が最も強く現れているのが労働だ。多くのダリットは土地やより良い雇用がないまま、一日僅かな報酬で働く農業労働者として極限の貧困の中で生活を続けている。また、排泄物や動物死体の処理、皮革業、清掃業などの職業を強いられており、多くの少女が売春業に追いやられている。彼らがこういった職から逃れて他の職を求めようとすると、暴力や住んでいる地域からの経済的・社会的疎外を含む差別に直面することになる。こうした職業は低賃金かつ重労働であるが、解雇を恐れて権利の主張ができない。

 こうした職業が健康に及ぼす悪影響も報告されているが、それらに対処する措置は取られていない。また、こうした職業は家族の手助けを必要とするため子どもも働くことになり、その結果教育の機会が奪われてしまっている。

 ダリットに支払われる賃金は法定以下の非常に低いものである。そのため上位カーストから借金をすることになる。しかし債務労働に従事するダリットは、高い利子と低賃金のために債務を返済することができるのはまれであり、結果的に債務は次の世代へと引き継がれていくことになる。

 ダリットの人々はこのような差別に対して立ち上がっているが、彼らがその権利を主張すると他カーストによる報復に遭う。ダリット「個人」による抵抗は他カーストによる「ダリットの村全体」に対する報復につながるのである。ダリットは報復によって解雇され、生活品や商品の販売、水を汲みに行くことすら拒まれ、身体的な暴力を受けることもある。また、報復を行わない他カーストの人には、他の他カーストの人たちから罰金が課せられる。

 特に問題なのは警察官によるダリット差別と暴力の問題である。警察官の多くは上位カーストに属すとされており、彼らは合法的な行為に対してすらダリット活動家を逮捕している。活動家たちは集会や抗議活動を開けないように予防的に拘禁され、「テロリスト」や「国家の安全への脅威」として起訴されることもある。

 一方でダリットに対して行われた犯罪に対しては事件の登録を拒んだり、捜査をまともに行なわないことが指摘されている。それ以外にも恣意的な逮捕や拷問のケースも報告されており、警察自らがダリットの村を襲撃し物理的暴力を加えた例もある。

 もうひとつの深刻な問題として、ダリット女性たちへの暴力や強姦の問題がある。ダリットの女性は大半が教育を受けておらず、ダリット男性よりも低賃金で働いている。土地を持たない農業労働者や糞尿処理、清掃業に従事する人の大半がダリット女性であり、売春に従事する女性のほとんどがダリットであるといわれている。

 ダリット女性への強姦は今でも、地方の村々では多くみられる。ダリットの少女たちが宗教の名のもと、村の聖職者のために売春行為を強いられる習慣が残っている地域もある。彼女たちは上位カーストや警察による報復の一形態としても強姦され、暴力を受けている。警察から逃亡中の男性の親類に対する見せしめのために、女性が強姦されることもある。

IMADRのダリットプロジェクト〜インド視察報告

 私たち反差別国際運動(IMADR)ではダリットプロジェクトとして、インドのタミル・ナドゥ州で活動する「タミル・ナドゥ女性フォーラム」の協力を受け、ダリットに対する人権侵害や責任ある当局についての調査とその記録を行なっている。またその結果を出版物として発表して世論喚起を行なうとともに、州政府との交渉、ダリットの人々のエンパワメントに対する支援を行なう。さらに南アフリカで開催される反人種主義・差別撤廃世界会議では、ワークショップを開催してダリット問題についての提言を行なう予定である。このプロジェクトの一環として、昨年私はインドを視察した。実際にダリットの殺害事件が起きたり、警察による襲撃を受けた村々を訪れ、話を聞いてきた。

厳しい差別に対し、ダリットの人々による運動が行なわれている。タミル・ナドゥ州のアラコナムという町にある「農村教育発展協会」は、法律、健康、政治、リーダーシップなどに関するトレーニングを主にダリット女性に行なっている。また、この団体の若者グループは、とくに子どもたちを芝居や歌で教育している。毎日の生活の中で直面する差別によって劣等感を植え付けられるダリットの子どもたちに、芝居や歌を通して誇りを持つよう教えるということである。

「タミル・ナドゥ女性フォーラム」はこの「農村教育発展協会」から生まれた団体で、草の根の団体や人々のネットワーク組織である。ダリット差別の調査活動をしながら、ダリットに自らの権利やどのように声を上げていくのかということの指導も行なっている。

しかし、ヒンドゥー原理主義によるダリット差別の強化、グローバル化による民営化や機械化がダリット労働者に及ぼす影響など、現在ダリットがおかれている状況は厳しいものである。

ダリット差別を規制する国内法、国際条約

 インドではダリットへの差別を規制する国内法が整備されてはいるが、それが機能していないとの指摘がなされている。

 例えば憲法は不可触性の廃止をうたい、ダリットに対して議会・政府における雇用、教育の場での特別の割り当て措置を定めている。ちなみにこの措置の適用を受けるものは「指定カースト」と呼ばれ、先住民の「指定部族」にも同様の措置が適用されることになっている。

 また、ダリットに対する差別や暴力に対して厳しい処罰を科し、特別の裁判所や検察など履行のための仕組みを備えた「市民権保護法」や「残虐行為防止法」といった法律もある。その他にも、ダリットに対する言葉による侮辱やアクセスの拒否などの行為に対しても、一般の法律よりも厳しい処罰が規定されている。しかし、連邦レベルの法がそのように定めていても、警察や裁判所を含めて実際にそれを履行する州レベルのシステムの中での差別や偏見によって、それらが機能していないといわれている。

 一方、国際的には人種差別撤廃条約が人種差別の例として世系・門地に基づく差別を明示しており、インドのカースト制度や日本の部落差別がこれに当てはまると解釈されている。条約の履行監視機関である人種差別撤廃委員会は、インド政府の定期報告書の審査においてカースト制がこれにあたると明確に示し、インド政府にそれに取り組むことを求める旨の勧告を行なっている。これに付け加えると、今年の3月に日本政府の報告書も同委員会で審査されることになっている。ここでは人種差別撤廃条約の中で初めて部落差別が審査されるということで、私たちとしては非常に注目している。

世系・門地差別に国際的に取り組む〜世界会議に向けて

 では、私たちはこういったダリット問題、あるいは部落問題を国際社会でどのように取り上げていけばいいのだろうか。

そこで大きな意味を持つのが国連反人種主義・差別撤廃世界会議である。この会議は今年の8月31日から9月7日に南アフリカのダーバンで、NGOフォーラム(8月28日から9月1日)も併せて開催されることになっており、現在その準備が行なわれている。この会議では、人種差別撤廃のためにこれまで得られた成果や問題となっているものを検討し、今後は具体的にどう取り組んでいくべきかを話し合って、最終的には国連や各国政府、地域やNGOが取るべき行動についての宣言と行動計画が採択されることになっている。

従って、必ずしもダリットや部落差別の問題だけが取り上げられるわけではない。しかし日本政府やインド政府は、「人種」には皮膚の色や文化、言語に基づく「民族」などしか含まれないとの立場から、世系・門地による差別は人種差別には入らないと抵抗しており、現在その点においてNGOとの激しい攻防が繰り広げられているところである。

 実は世系・門地差別はインドと日本だけの問題ではなく、類似の差別は南アジア全般に広がっており、アフリカにも身分に基づく差別が存在している。その意味でも世界全体でこの問題に取り組まなければならないと私たちは考えている。そこでインドのダリットのネットワークと協力しながら、門地差別を世界会議の議題に入れるよう国連などでロビーイングをしていきたいと思っている。

 これらの問題を議題に入れるために、私たちは99年頃から具体的に活動を行なっている。例えば昨年の3月にダリット問題に取り組む国際ネットワークがアムネスティなどの強力なメンバーによってロンドンで結成され、8月にはそのネットワークやダリット団体・部落解放同盟の主催で国連の人種差別撤廃委員会と人権小委員会のメンバーのために、世系・門地に基づく差別に関する説明会を開催した。これを受けて人権小委員会は歴史上初めて「職業と世系に基づく差別」に関する決議を採択し、この問題に関するワーキングペーパーを準備するよう専門家に依託したのである。

 それ以降も、世界会議に向けてバンコクで開かれたアジア地域専門家セミナーでカースト問題が話し合われ、世界会議ヨーロッパ地域準備会議のNGOフォーラム報告書で門地問題が取り上げられ、アフリカ専門家セミナーでも門地問題を研究する勧告が出されている。さらにコロンボで行われたアジア地域のNGO会合でも門地問題が主要テーマとされ、今後も担当者を置いて取り組んでいくことが決められている。私たちとしては、これからもアジア地域専門家会議や世界会議作業部会でのロビーイングを継続していきたいと考えている。

 しかし、こういった流れがあるにも関わらず、日本政府は先日行なわれた世界会議に向けての非公式会合で、「人身売買の問題と並んで、カースト問題がなぜ世界会議のテーマになるのか疑問である」と発言している。またインド政府もカースト問題に直接言及はしなかったものの、世界会議のテーマに何の関係もないものは取り上げられるべきではないという発言を行なっている。

草の根の交流を

 以上が国連での動きであるが、同時に私たちはダリットの人々と一緒に仕事をしている以上、ダリットの人々と日本との草の根での交流をきっちりと考えていきたいとも思っている。

 例えば昨年の部落解放研究全国集会では、ダリット差別と部落差別をテーマにした分科会を開催し、ダリットとの交流を行う団体の様々な試みや世界会議についての紹介をすることができた。また現在は部落解放・人権研究所と部落解放同盟のイニシアティブのもと、私たちも協力して部落差別とダリット差別に関するパネルを準備している。これは世界会議での展示を予定しているが、日本でも多くの場所で見ていただきたいと思っている。

これに加えて、私たちのパートナー団体として一緒に活動している「タミル・ナドゥ女性フォーラム」代表のファティマさんを日本に招き、実際に厳しい差別を受けている女性の声を直接皆さんに届けようと、現在準備をしているところである。

反人種主義・差別撤廃世界会議に関する情報は、以下のホームページでご覧になれます。

反差別国際運動(IMADR)
国連広報センター
国連人権高等弁務官事務所
(英語、フランス語、スペイン語)