シンポジウム「人権教育のための国連10年」
後期行動計画の具体化をめざして
〜国連、国、大阪府、大阪市における取り組みを検証する〜
パネリスト:中川喜代子(奈良教育大学名誉教授)
友永健三(部落解放・人権研究所所長)
コーディネーター:梅田昌彦(大阪芸術大学教授)
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「国連10年」の取り組みの成果と問題点
梅田 「人権教育のための国連10年」も昨年から後期5ヶ年がスタートしており、前期5ヶ年の成果と課題を踏まえた取り組みを今後も進めていかなければならない。今回は、友永さんから国連と国内、また中川さんからは大阪市における人権教育の取り組みについて報告していただきたいと思う。
友永 今回のテーマである「人権教育のための国連10年」とは、1994年12月の第49回国連総会で、1995年1月1日から2004年12月31日までの10年間に取り組むことが決定されたものである。そもそも、冷戦後の世界の人権状況が内戦等によって憂慮すべき状況にあったため、人権教育を10年間実施することによって、人権文化を世界中に創造していくことを目的としたものであった。それを受けて日本においても1995年12月に内閣総理大臣を本部長に全府省庁を網羅した推進本部が設置され、1997年7月に国内行動計画が取りまとめられている。
前半の5年を経過した2000年秋、国連ならびに日本の推進本部も前半の5年を振り返り、後半の5年に向けた課題をまとめた文章を公表した。これらをもとに前半の成果と問題点、今後の課題について考えていきたい。
前半の成果として、国連については7点ある。(1)人権教育についての情報収集・提供活動の実施、(2)人権教育資料センター(スイス)の開設、(3)ガイドラインの提示等による各国の取り組みの支援、(4)ユネスコと共催した地域会合の開催、(5)人権教育の専門家会議の開催、(6)特定職業従事者向けの人権教育のテキストブック作成、(7)国連の基金を使って草の根レベルでの人権教育の取り組みの支援等である。
日本の成果としては、(1)推進本部の設置、(2)国内行動計画の策定、(3)毎年取り組み状況を把握し公表、(4)世界的に唯一地方自治体の取り組みが一定前進、(5)行財政的措置の必要性の指摘にとどまったが、人権擁護推進審議会から人権教育・啓発に関する答申が出された。そして(6)として昨年12月から私が知る限りでは世界で初めて人権教育・啓発推進法が施行されたということがあげられる。
では逆にどのような問題点があったのか。まず国連では「国連10年」に取り組んでいるにも関わらず世界中で内戦が起こり、引き続き深刻な人権状況が続いているということがあげられる。また各国が国連総会で決議しているにも関わらず、真面目に取り組んでいる国が少ないという大きな問題もある。それ以外にも人権教育資料センターのスタッフが3人しかいない等、国連内の位置づけが高くないといった問題がある。私が何よりも一番心配しているのは「国連10年」終了後の方向が定まっていない点だ。普通「10年」の取り組みが終われば第2次「10年」をやるのだが、最初の「10年」で、ある程度効果が出なければ第2次10年とはならないからである。
日本では、新聞の政府広報の欄を使った宣伝が一度もされていない。つまり宣伝が弱いという問題がある。私は以前からこの方法を利用しなければ全ての人が「国連10年」を知ることはできないと思っている。また、(1)「人権教育のための国連10年」の専任職員がいない、(2)各界の意見を聞く懇話会がない、(3)これまでの取り組みの効果測定と最新の人権状況が把握されていない、(4)全ての自治体の取り組みとなっていない、(5)特定職業従事者に対するテキストやカリキュラムがないために取り組みが本格的ではない、(6)NGO・NPOへの支援や世界に向けた情報の発信が弱いということがあげられる。
人権教育の概念と方法について−歴史的背景
中川 私達に一番身近な市町村において人権教育が具体的にどういう意味を持っているかについて大阪市を中心に話していきたい。
? その前に問題点として、国連の人権高等弁務官による「国連10年」の中間評価についての報告書にある総合的勧告の中の「人権教育・概念と方法」を見ておきたい。ここでは、まず「価値観重視の人権教育だけでは不十分」と書かれている。つまり理念や建て前といった、頭だけの理解では駄目だということである。また「人権教育において人権文書や人権保護のメカニズム、そして説明責任が確実に行われるための手続きに関しても言及すべき」とあり、法律を勉強しなければならないとの勧告がなされている。また「人々の生活に関連した創造的で参加型の教授方法を使用すべきであり、人権はホリスティック(総合的)な枠組みとして紹介されるべき」と勧告されている。
以上の点から考えると、基本的な「人権とは何か」の理解が自分の生活と直接関わって考えられているとはまだまだ言えず、理念として上の方に奉っておくべきように考えられている。
また勧告では「人権の普遍性と不可分性を強調すべき」ともある。これは私達のこれまでの、またこれからの取り組みについても同じことがいえる。例えば方法について、最近では何でも参加体験型学習といわれる兆候があるが、その多くがなぜ参加型なのかという体系的な流れの中で捉えられていないのではないか。ここで、どういう背景から「人権教育のための国連10年」が定められたのか、教育の面から振り返ってみたい。
世界人権宣言が採択された翌年の1949年に、ヨーロッパでは人権教育の必要性について、ヨーロッパ評議会で確認された。人間は小さいときに人権について学んでおかないと人権感覚が育たないという認識のもと、人権教育が学校教育、義務教育に位置づけられた。その内容は、反人種差別の教育と、長年抑圧・搾取してきたという反省の上でのアジア・アフリカを理解しようという教育であった。これは、知識としての「人権についての教育」といえる。一方、国連開発の10年が定められると共に、アジア・アフリカ諸国が独立を果たした1960年代には、新興独立国でのリーダー養成が必要となり、ユネスコが中心となって「人権としての教育」が行われてきた。
日本では、長期欠席・不就学の児童をどうするかという、「人権としての教育」がある。また同時期に、部落の歴史、解放の歴史を学ぶ取り組み(「人権についての教育」)がある。
このように、「人権についての教育」、「人権としての教育」の2つで取り組んできた。しかし、知識注入型の教育では、受け手に元気が出ない、やる気がわかないということで1970年代後半から参加体験型学習が編み出されてきた。
1975年、1984年にユネスコとヨーロッパ評議会から、人権教育に関する勧告が出されたが、効果があがっていないという反省の上に立ち、1994年のユネスコの会議では、それまでの20年の成果と課題が総括され、2004年までの「国連10年」の決議に結びついた。
このような流れの中、現在私達が直面している問題は、「人権教育とは何か」についての共通の理解がないと言える。つまり、参加型学習には色々な手法があるが、もっと基本的な参加型学習は何かといえば、地域の日常生活にある葛藤や対立に対して、具体的に自分に何ができるのかを考えさせるような人権教育であり、特に成人に対して行なわれるべきである。
大阪市の後期重点計画について
大阪市の後期重点計画は、前期5ヶ年が経過した国レベル及び大阪市の人権を巡る法・条例・制度等が整備されつつある状況とその取り組みを総括し、従来からの人権課題の解決への取り組みの必要性を再確認すると共に、新たな課題を取り上げている。(1)施設コンフリクト、(2)野宿生活者、(3)児童虐待、(4)ドメスティック・バイオレンス等の問題を取り上げている。このような新たな人権課題は、市民の日常生活の利害や家庭内での人間関係に絡む身近で深刻な問題であり、理念的な次元での理解では済まない問題である。私はこの後期重点計画を評価している。なぜなら、これらの問題解決のための具体的・積極的な施策の推進と、他方で当該問題に対する正しい認識・理解を求める人権教育・啓発とを両方機能させながら推進することが不可欠であると明記しているからだ。つまり大阪市は、人権課題を地域で解決していけるようなまちづくりという観点から、積極的な意識、態度と技能を持った市民・住民をつくっていくための人権教育・啓発が必要だという点を後期重点計画に取り入れたのである。
ここでいうまちづくりとは、次の5つの原則から成り立っている。(1)一人ひとりが「尊厳」を持った個人として尊重される、(2)それぞれが「自立」している、(3)必要に応じた「ケア(処遇)」がされる、(4)「参加」の機会が平等に保障される、(5)自分らしく「自己実現」できるの5つである。これは、国連が高齢者年に際して作った原則であるが、子ども、女性、障害者にも該当する。この5つの原則が保障される地域社会を作るために「自分は何ができるのかを考え、自分のできる役割を果たすための人権学習をする」というように進めていければと考えている。
「国連10年」後半期のこれからの課題
友永 「国連10年」の後半期の課題について、まず国連へは予算や体制面での充実を含めて、国連内での「10年」の位置づけを高めるように今後も引き続き訴えていく必要がある。また各国での取り組みの促進や、草の根活動への支援の強化もぜひ提案していきたい。あるいは人権教育資料センターの充実も必要であることを提案していきたい。もう一つの大きな課題として、「10年」終了後の方向の提示ということが考えられる。国連の中間評価について次のように結論づけられている。
「人権教育の権利はいくつもの国際及び国際地域人権文書で再確認されている。人権教育の権利を実現するため、関係諸機関は適切な資源を割り当てるべきである。人権教育はエンパワメント、参加、透明性、説明責任、紛争予防、紛争解決、和平樹立や平和構築、そして全ての人の、全ての人権の効果的な保護と実現等、幾つかの重要な目標を達成するために欠かせない戦略でもある。「10年」は人権教育の戦略を地球規模で実践する唯一のメカニズムである。その潜在的な力は「10年」の残る期間で効果的に活用されるべきであり、それによって「10年」以降も継続していくための基礎が敷かれることになる」。つまり、「10年」が終わって以降のことは、今後の私達の取り組みによって変わってくるということである。そこで、私は二点について提案していきたい。一つは、第2次の「10年」は行うべきである。もう一つは、人権教育・啓発を推進する条約を作ってはどうかということである。
日本へは、政府広報予算を活用した宣伝の強化や、専任の推進本部体制の確立を求めていく。また今後の基本計画の改定を政府が一方的に作るのではなく、各界の参画を得た懇話会を設置し、そこでの意見も取り入れていくように求めていかなければならない。そして全ての自治体での取り組みの実現や、特定職業従事者に対する人権教育の推進を本格的に実施する働きかけも行っていかなければならない。
政府の報告書では、警察をはじめ13種の特定職業従事者への人権教育を行っていることになっているが、どこもカリキュラムやテキストは策定していない。従ってこのような場当たり的なものではなく、システムとして系統的に取り組んでいかなければならない。またNGO・NPOに対する支援の強化も重要な課題といえる。
以上の課題を、人権教育・啓発推進法の具体化と結びつけて実施すること。とりわけ基本計画の策定と、国会への年次報告の提出を求めていくことが最も重要なことである。ではどのような基本計画が策定されるのか、それは法律の附帯決議を見れば分かる。参議院の附帯決議では「人権教育及び人権啓発に関する基本計画は「人権教育のための国連10年」に関する国内行動計画等を踏まえ、充実したものにすること」、または「基本計画の策定に当たっては地方公共団体や人権に関わる民間団体等関係各方面の意見を十分に踏まえること」とある。つまり最低でも「国連10年」国内行動計画を踏まえたものを作らなければならず、政府が一方的に作ってはならないとされている。
最後に今後の課題として皆さんに考えていただきたいのは、地方自治体として基本計画を作り、そして国にこういう基本計画を作ってもらいたいとどう迫っていくのかということである。その際に、自治体として独自に基本計画を策定する、あるいは「国連10年」行動計画を改定し基本計画に位置づけていく方法があるだろう。その参考として「大阪府後期行動計画」策定の特徴を簡単に紹介しておきたい。
特徴として、「生命の尊さや人たる道に気づかせ、豊かな情操や思いやりを育み、お互いを大切にする態度と人格の育成をめざす人権基礎教育を推進すること」。また、「公務員等に対する人権教育を充実させるため、カリキュラムの開発やファシリテーターの養成、あるいは様々な人権教育・啓発の取り組みを結びつけていく」などコーディネート機能の整備等が強調されている。また、推進体制の整備として、「施策の企画・調整・点検を行うと共に、人権施策の実施状況を人権白書としてとりまとめる等、人権教育を総合的に推進する。人権教育・啓発に関する法律では、「地方公共団体の責務として人権教育及び人権啓発に関する施策を策定し実施すること」。以上のような行動計画の策定をもって大阪府の基本計画と位置づけ、法律の具体化に努める。」としている。
つまり大阪府は「国連10年」後期行動計画を人権教育・啓発推進法の基本計画と位置づけることによって、法律の根拠という重みを持たせている。従って他の自治体も早くその改定を行い、それを基本計画として位置づけることを提案したい。またその取り組みの中で出てきた国レベルの課題を、国の基本計画に盛り込んでいくように求めていくべきである。
市民のつくる「人権文化」
中川 国連の行動計画の中で「人権文化」という言葉がよく使われている。しかし私達は文化というと「文化遺産」といった「知的」であり「勉強するもの」とすぐに想像しがちである。しかし、「文化」とは決してそういうものだけではない。むしろ私達の生活のあり方そのものを普通は意味する。だから先ほど述べたまちづくりの主体となる市民をつくる人権教育が重要であって、「文化」とは堅苦しいものではないということをぜひご理解いただきたい。
今後の課題について、最近では国の法制定や答申が出されることを受け、県レベルで名前は色々だが「人権センター」的なものを作ろうと積極的である。しかし、それをかつてのような啓発を中心としたセンターとしてではなく、NGO・NPOを支援することを機能の一つにしていってもらいたい。それが府や県の重要課題を解決していくセンターとなれば、むしろその機能の方が重視されていくのではないかと私は期待している。
また、友永さんから出た基本計画について、私も兵庫県の尼崎市、奈良県の曽爾村等の策定に携わってきた。その関係から、ますます変化する状況の中で後発のところほどより具体的で良いものを作っていってもらいたい。
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