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世界人権宣言53周年記念大阪集会(2001年12月10日
世人大ニュースNo.233 2002年1月10日号より

記念講演「人種差別撤廃条約と締約国の義務」
〜もう一つの国際人権規約の課題と可能性〜

ラガバン・バスデバン・ピライさん(国連・人種差別撤廃委員会委員)

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人権集会の意義について

 今回のこの集会はとりわけ2つの点において重要であると言える。今年、南アフリカ・ダーバンで開催された「反人種主義・差別撤廃世界会議」に続いて開催されたからである。また、この集会によって、日本のNGO、市民社会と人種差別撤廃委員会と、また日本政府と市民社会との対話が始まるきっかけになると思うからだ。 

 特にこの集会で強調したい点についてこれから述べていきたい。

条約批准と締約国の義務

? 人種差別撤廃条約の批准には大きな意味が2つある。1つは条約に書かれた義務の履行を国際社会に公約すること。そして条約に書かれた人権の実現を国内・国際社会に約束するということだ。

 条約の批准によって締約国に対して発生する義務は大きく分けて、(1)国内において条約を遵守して実施する義務、(2)条約の国内実施に関して国際社会に報告する義務がある。まず実施義務についてだが、締約国の第一の義務は人種差別の多様な側面を理解することにある。

? 人種差別とは人種や皮膚の色に基づく差別だけではなく、「世系(descent)」や民族・種族的出身に基づく差別も含み、今年南アフリカで開催された「反人種主義・差別撤廃世界会議」でもそれに沿った宣言・行動計画が採択されている。

? この「世系」については異なる理解があり、議論が行われてきた。人種差別撤廃委員会は条約第1条にある「世系」という言葉は単に人種を指すだけではないという明確な立場を取ってきた。従って各国政府はそれぞれの国内状況について「世系」の問題も含めた把握を行い、多面的に条約を実施しなければならない。

? もう1締約国の大きな実施義務として、条約第2条第1項に人種差別を禁止し、撤廃のための政策を追及する立法・司法・行政を網羅する義務がある。

? さらに第2項では自国の構成員全てが平等に権利を享有できるように保障することが義務づけられている。これらの義務を締約国が確実に履行するために、委員会は一般的勧告の中で具体的に指摘をしてきた。そしてそれにより条約第5条に列挙された権利が、人種・皮膚の色・民族・種族的出身の区別なく全ての人に保障されるのである。

? 条約第4条では人種差別的な意見の流布と特定の集団に対する暴力行為、その活動の援助を刑事犯罪として処罰する法律制定の義務を締約国に定め、委員会はその対象となる行為を一般的勧告で具体的に4点指摘している。ただこの条項は表現の自由を奪いかねないという意見が一部にはあるが、委員会としては、表現の自由と条約の義務とのバランスを取るべきだとする立場を支持している。

? 国内にこれらの行為が実際にあるかないかは別にして、そういった姿勢で臨むことが締約国に求められていると私は考えている。

 次に第5条についてだが、これは一定の権利が全ての人に対して平等に保障されることを締約国の具体的義務としている。ここに挙げられる権利の大半は国際人権規約でカバーされており、そのため義務履行の監視はこれらの条約機関の権限と重複している。ただそれが全てではない。

? 例えば一般公衆の使用を目的とするあらゆる場所、またはサービスを利用する権利といった他では明記されていない権利が含まれていることも注目に値する。

 条約第7条は教授・教育・文化・情報の分野において人種偏見をなくし、理解と寛容を促進する措置を取るよう義務づけている。教授・教育に関しては人種偏見をなくすための教育制度や教材の開発、あるいは教員や専門職の研修が含まれている。

? 文化・情報に関しては文化や伝統の育成や、人種偏見・慣行をなくす情報の流布において公・私的な機関やメディアの役割を最小限に押さえることはできない。そのため、委員会はこの義務を履行するための国内委員会、あるいは他の適切な機関の設立とその目的を勧告している。

委員会と締約国との対話の重要性

? 日本でも2003年に人権機関の設置を目指して準備が進められているとのことだが、国内で人種差別を撤廃し平等に権利が享有されるために、これらの機関が非常に重要な役割を果たすということを強調しておきたい。

? 続いてもう1つの大きな義務は、報告義務についてである。締約国には条約第9条に基づき、委員会を通じて国際社会に条約の履行状況を報告する義務が課せられている。これに対し日本は、第1・2回の定期報告書を提出し、その報告書に対する最終所見も既に委員会より出されている。こうした報告書を作成することで委員会と締約国との対話が始まる。そして今日のような集まりによって、対話から生まれるものを具体化させ、最終目標を実現させる重要なステップになる。

? 国内の社会構造は多文化の度合いをさらに高めつつあり、それはもはや変えることのできない潮流となっている。ぜひ皆さんに今日の話の中で触れた一般的勧告を広めてもらいたい。世界会議でも締約国に対し、NGOと市民社会と協力するよう呼びかけた。そして各政府には市民社会を巻き込みながら人種主義・人種差別・外国人排斥をなくす義務があるということを改めて強調している。そうすることで委員会と締約国との対話も深まり、義務の履行も一層進められるだろう。