講座・講演録

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第227回国際人権規約連続学習会(2002年4月16日
世人大ニュースNo.237 2002年5月10日号より
シンポジウム
「人権教育のための国連10年」と「人権教育・啓発基本計画」について
〜国と地域における課題〜

パネリスト:友永 健三さん(部落解放・人権研究所所長)
田中 雅美さん(堺市人権部次長)
本郷 和平さん(豊中市人権文化部次長)
司会:西口 清さん(大阪市人権・同和教育研究協議会)

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「人権教育・啓発基本計画」について

友永健三さん(部落解放・人権研究所所長)

 2000年12月に「人権教育及び人権啓発の推進に関する法律(以下、人権教育・啓発推進法)」が公布・施行され、その中間取りまとめが2001年12月に公表された。そして今年の1月末までの中間取りまとめに対するパブリックコメント(以下P.C)の募集を経て、3月15日に人権教育・啓発基本計画が閣議決定された。 

このP.Cには48037通、90628 件のコメントが寄せられた。これらは法務省のホームページでも見ることができるが、章別にみると第4章「人権教育・啓発の推進方策」が57580 件と最も多く、その内訳において最も多かったのが同和問題の14019 件、次いで女性4640件、子ども4479件などとなっている。この数字からみんながどこに関心を持っているかが大体分かるだろう。しかし、コメントの採用がどういう基準で決められたのかは分からない。それでもP.Cを採用して改善された点もいくつかある。<1>保育所における人権研修、<2>企業における人権研修、<3>大学における人権教育、<4>人権についての教育、とりわけ日本国憲法や日本が締結した国際人権諸条約に関する教育・啓発が盛り込まれたこと。また<5>同和問題に関する項目で「教育、就職、産業等の面での問題等がある」、「学校教育及び社会教育を通じて同和問題の解決に向けた取り組みを推進していく」との文章や、<6>人権に関わる特定職業従事者に対する研修に関してカリキュラムの編成やテキストの作成が一定盛り込まれ、<7>計画の推進で国際的な連携を若干盛り込んだなど、改善しているといえる。   

しかし逆にP.Cを採用して後退した点もある。それは「中立性に配慮」との文言の多用や、マスメディアの人権侵害の強調。「人権万能主義」との批判や、「人権上問題のあるような行為をした者に対する行き過ぎた追及行為」といった批判が盛り込まれたことがこれらに当たる。

またコメントで採用されなかった事項もかなりある。まず人権教育・啓発の基本的なあり方の中に、人権が尊重された社会の構築を目指すことの必要性が盛り込まれなかった。人権教育・啓発への権力の不当な介入の禁止や、中立性の基準として「憲法や日本が締結した国際人権諸条約、教育基本法等に基づき」という表現、または学校教育に関して「人権教育をカリキュラムの中に明確に位置づける」という表現が盛り込まれなかったことがある。個別の課題ではマイノリティ女性の実態について触れられていない、「同和問題の解消が国の責務」との表現がない、アイヌ民族や外国人に関して国際的潮流や民族教育を支援する必要性が盛り込まれていない。また推進体制では人権擁護委員会のあり方を抜本的に見直す、人権教育・啓発推進法の所管を内閣府に移管し事務局体制を整備する、公益法人や民間団体の取り組みを支援する等の必要性が盛り込まれていない。

 こうなってしまった原因には、人権に対する考え方が間違っていたからではないだろうか。つまり人権とは個人や民間団体と権力との闘いの中で確立されてきたのであり、不断の努力によって保持されなければならない。だから人権教育の主体は個人やNGOにある。また国家機関に従事する者は人権を守る義務があり、他よりも意識的に教育を受けなければならない。更に人権教育とは確立された権利を理解するだけでなく、それを実現する行動と結び付ける必要がある。これに対して今回の計画は「人権を理解していない国民に対して人権を理解している国が教えてやる」ということになっている。従って個人と国家との関係で生じる人権侵害よりも、個人間で生じる人権問題の方が重要であるとの認識に立っている。ここが一番大きな問題だといえるだろう。  

こういったことを防ぐために国連がまとめた「人権教育のための国連10年」のガイドラインでは、国内行動計画は政府が策定するのではなく、関係団体や専門家も参加した委員会で作成することが奨励されている。しかし今回の計画ではP.Cは募集されたが、結局は法務省と文部科学省が策定している。ここに大きな欠陥があるのではないだろうか。

最後に今後の課題として4点提起しておきたい。第1に「人権教育・啓発基本計画」の積極面の活用と消極面の克服である。第2に基本計画の具体的な実施計画の策定と、年次報告を求めていき、そこから評価・分析を行っていくこと。第3には国の行動計画がP.Cを集めただけで対話をせずに策定されたという不十分点を補うためにも、自治体レベルでも積極的に行動計画を策定していくこと。そして第4に改めて国連の「人権教育のための国連10年」の文章を読み直してもらうというということだ。 

「人権の21世紀」とよく言われるが、それは真の意味で人権を守り実現していかなければ、人類が滅び兼ねないという意味である。だからこそ「人権教育のための国連10年」や「人権教育・啓発推進法」をあらゆる場面で活用していくべきだと思う。

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「人権教育のための国連10年堺市後期行動計画」策定の取り組み

堺市総務人権局人権部次長 田中雅美さん

 まず堺市における「人権教育のための国連10年」の取り組みの経過であるが、堺市では1997年1月に「堺市人権教育のための国連10年推進本部」が設置された。

 本市はすでに1980年に人権擁護都市を宣言し、それを機に1983年に人権啓発室および人権啓発推進本部が設置された。人権啓発室は2000年に総務人権局に発展改組しており、人権啓発推進本部は2002年より人権施策推進本部に名称変更した。また庁内的な組織だけでなく、地域に密着した啓発活動を行うために市民自らが取り組む堺市人権教育推進協議会が1979年に発足しており、その中に宗教・企業部会が設置され、いずれも20年にわたる取り組みを推進してきている。 

人権啓発推進本部では、教育・啓発に関連するソフト面の所管で組織されていたので、「国連10年」の提起を踏まえ、人権の確立を目指した全庁での取り組みを推進するために、市長を本部長として設置されたのが「堺市人権教育のための国連10年推進本部」である。ここで最初に取り組んだのは「国連10年」そのものと、人権文化の構築ということをより多くの人に知ってもらうために、「私たちのまち堺から人権文化の花を咲かせよう」というキャッチフレーズとロゴマークを制作し、様々な機会を通じてPRに努めるというものであった。 

「人権教育のための国連10年堺市行動計画」は1997年4月から作業にかかり、1998年8月に策定されている。具体的には人権部内で素案の素案となるたたき台を作り、それを本部会議などで素案としてまとめた。そして「堺市人権教育のための国連10年推進市民懇話会」で意見をもらい、修正した後に本部会議で策定された。しかし、この行動計画は理念的なものであるため、具体的な推進内容を示した「人権教育のための国連10年堺市行動計画」推進プランが続いて策定された。このプランは全庁を総務、人権、福祉・保健、生活環境、教育の5分野に分け、取り組むべき施策の方向性を示したものである。具体的な内容としてはビデオやパネルの作成・展示、学習教材の作成、あるいは年1回ではあるが「人権教育のための国連10年」の集いの開催等があげられる。また各分野に共通しているのは職員に対する人権教育の推進であり、参画型研修の導入やそれに伴う教材開発等によって職員研修の充実を図ってきた。これについては各職場に一人ずつ位置づけられた同和主担者が同和研修で学んだことを職場に持ち帰り、自らがファシリテーターとして果たした功績が大きいといえる。

堺市の行動計画は1998年に策定され、計画期間は7年間とされている。しかし近年の目まぐるしく変化する人権状況や、「人権擁護施策推進法」の制定に伴う法制度の変化を予測して、堺市行動計画は当初より2001年を中間年として計画の見直しを予定していた。そこで人権を取り巻く現状、新たな動き、今後の取り組みという見直しの柱立てを行い、それをもとに市民懇話会での意見聴取を皮切りに2001年3月から見直しにあたり、12月に「人権教育のための国連10年堺市後期行動計画」が策定された。

後期行動計画の前期と違う項目としては、a)堺市行動計画策定にあたって、b)見直しにあたっての基本的視点、c)人権問題の現状、d)堺市における人権教育の取り組みと課題があげられるだろう。 

もう一つ堺市の特徴としては、前期・後期を通じて同じ担当者が行動計画の策定に携わっていることかもしれない。私は6年間も同じセクションで仕事をしているのだが、行政ではこれは珍しいことではないだろうか。その分私は人権文化の構築には人一倍熱い思いを持って取り組んでこられたと思っている。

 最後に行動計画の推進にあたっての今後の課題として、堺市は次の4点をあげている。第1に「人権教育・啓発推進法」では人権教育・啓発に関する施策を策定・実施することを地方公共団体の責務としており、この行動計画を堺市の基本計画として位置づけ法律の具体化に努める。第2にこの行動計画は国連や国の動向・社会情勢の変化等を踏まえて必要に応じて見直しを行い、「国連10年」が終了した時点で、人権教育にかかる基本計画を新たに策定する。第3に人権に関する学習資料・学習機会・教材等の情報を体系化し、総合的な提供に努める。第4に行動計画の実効性を高め、推進していくために推進プランを策定して進捗状況を把握・点検し、同時に人権教育にかかる目標の設定及び評価の数値化等の検討に努める、の4点である。

 堺市は2001年から総合計画「堺21世紀未来デザイン」をスタートし、市民主体のまちづくりを目指している。その中で人権尊重を全ての施策の基本にすえることは、「国連10年」の考え方とまさに合致するといえるだろう。従って目指す都市像とリンクしながら、先の課題に取り組んで人権教育・啓発を推進していきたいと考えている。

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「豊中市人権教育・啓発基本計画」について

豊中市人権文化部人権啓発課 本郷和平さん

 豊中市も他の自治体と同様、これまでの人権問題への取り組みは同和対策から始まり、障害者、女性、外国人というように推進本部を設置する縦割りのものであったといえる。では豊中市のもともとの人権に対するスタンスはどういうものだったのかというと、やはり1992年に策定している「人権啓発基本方針」にあるのではないだろうか。ここで人権文化まちづくりという考え方が出されているが、これ以外にも施策・対策と啓発との一体的推進、市民参加型文化活動との連携、市民−行政協力型啓発などの基本方針が打ち出されている。さらに1994年策定の「文化振興ビジョン」では市民一人ひとりが文化的存在、つまり市民一人ひとりが誇りを持って自己実現できる存在であるという理念を掲げている。そしてそれを具体的にするものとして、人権と個性を尊重して共に生きる、<1>共生:視野や対象を広げていく、<2>展開:様々な交流を活性化させていく、<3>交流:既存のものを見直す中で再発見して新たに造り出していく、<4>創造という4つの視点を示している。

 以上のようなスタンスで1997年に豊中市でも市長を本部長にする「人権教育のための国連10年推進本部」が設置された。しかし当初の方針では「国連10年」の行動計画は作らないとなっていた。なぜなら1992年の人権啓発基本方針における「人権文化まちづくり」と、「国連10年」の「人権文化の創造」とは考え方において同軸であるため、豊中市では行動計画を策定せずに人権啓発基本方針を実践していく方が大事だと判断したからだ。

 実際には市民団体からプランばかりに時間を要する取り組みではなく実践活動を進めるべきとの声が強かった。そこで国・府の行動計画を踏まえて基本方針がどこまで実践できているのか、同時に「国連10年」行動計画と本市が進めてきた人権啓発基本方針との関係の検証が行われることになった。その際の観点となったのは、<1>既に施策として取り組んでいるもの、<2>さらに充実の必要があるもの、<3>見直し・改善を要するもの、<4>新規課題として取り組むべきものの4点で、この作業には約2年の期間が議論に費やされた。そしてその作業の最中に「人権教育・啓発推進法」が制定され、更に豊中市の第3次総合計画が出されたということもあり、結局それらを踏まえた「豊中市人権教育・啓発基本計画」が策定されることになった。

 この「基本計画」の特徴としては、第1に1992年策定の人権啓発基本方針がどう実践されてきたかを検証する作業を通して策定された計画であるということ。そして第2に、2000年に実施した「人権についての市民意識調査(豊中市)」の結果を反映させた計画であることがあげられる。

この意識調査では大阪大学の心理学の先生からの協力を得て、自己開示、自尊感情、孤立化をキーワードにした意識分析を行い、その上で様々な人権問題に対する意識調査を行った。その結果、自己開示ができていて、適度に自尊感情があり、孤立化していない人ほど差別に敏感だということが分かった。

  そこでこれらのキーワードを高めるために地域コミュニティの再生やエンパワーメント啓発プログラム、交流活動の活性化といった取り組みの必要性が再認識され、それが取り入れられた計画であるということが非常に大きな特徴だと私は思う。さらに加えればこれまでの見方・考え方を人権尊重の視点で問い直す、市民の参加・参画・協働を考え方の基礎とする、行政にありがちな規則重視や縦割り主義などの体質を市民の感覚で問い直すといったことも計画の特徴としてあげられるだろう。 

ただこういう取り組みを進めていくことは、行政の人権担当部局だけでは絶対にできない。だからこそ、職員に対して、人権行政は総合行政であるという意識の切り替えを求めていかなければならないと思っている。

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  今後の課題としては、まず「人権文化のまちづくりをすすめる協議会」からの最終答申を受けて「基本計画」を見直すということがあげられる。この協議会は1992年制定の「人権文化のまちづくりをすすめる条例」に基づいて設置された市長の諮問機関で、ここが2年前から審議を行っており、近々答申も出されるだろう。

  この答申や市民からの意見で「基本計画」を今後見直していくことになるのだが、これらの条例・方針・計画を答申に基づいてどう実施していくかが特に今年度の課題になるだろう。2つ目には被害者救済に結び付く相談体制のあり方の検討と、具体的な相談・救済を通して教育・啓発の充実を図ることがあげられる。そして3点目が先の意識調査のキーワードを地域コミュニティの再生、交流活動の活性化として、どのように施策につないでいくのかということだ。これらを実現するために本庁だけではなく様々な施設を活用しながら、人権を軸に多様な市民が交流できるようにしていきたい。