●はじめに
アジアの大部分およびアフリカの一部では、特定のカーストに生まれたことが、膨大な人口の終生の差別、限定そして排除の根拠となっている。隠されたアパルトヘイト、人種分離、現代的奴隷制、極端な差別の形態、搾取、暴力のもと、今日も苦しみ続けている世界の2億5千万以上の人々にとって、カーストは、市民的、政治的、経済的、社会的そして文化的権利の全面的獲得に大きな障害として立ちはだかっている。
カーストは、事実、世系(「門地」)に基づいていて、世襲的である。それは、個人の信仰に関係なく、ある特定のカーストに生まれたことで決定される不変の特性である。様々なカースト制度のもと、住居、結婚をはじめとした社会的営み全般における区分は、社会的追放、経済的ボイコットそして身体的暴力の脅威によってさらに強化されている。
カーストあるいはカーストに似た制度により否定的影響を被っている社会集団としては、ネパール、バングラデシュ、インド、スリランカおよびパキスタンのダリット(いわゆる‘不可触民’)、日本の部落民、ナイジェリアのOsu、スリランカのRodiya、等がある。
カーストあるいはカーストに似た制度をもつその他の国々としては、セネガル、モーリタニア、ギニア、ソマリア、マダガスカル、マリ、東部および南部アフリカ、北米、カリブ海諸国、イギリス、マレーシアおよびアメリカ合衆国など、離散したインド人が相当数住む諸地域、等がある。
●世界のカースト制度の共通点
これら社会集団は、多数の共通する特徴や、最も凄まじい慣行さえも、国際社会の監視から逃れさせてきた特徴をもっている。多くの場合、カースト制度は、それ以外では民主的な構造と共存している。インドやナイジェリアなどの国では、政府は低位カースト集団に対する蛮行をなくす進歩的な法律も制定してきたが、差別的扱いは蔓延したままであり、差別的社会規範は、政府および民間の構造や慣行によって、しばしば暴力的手段を通して、絶えず強化されている。
様々な国のカースト制度に共通する特徴としては、<1>低位カースト集団に対する犯罪の行為者の刑事責任免除、<2>物理的な隔離、<3>異なるカースト間の結婚の禁止など、社会的分離、<4>職業への制限(しばしば、最も卑しく穢れたとされる労働形態に制限される)、<5>浄・不浄の規範に基づいて被抑圧者層を言い表す差別的言語の使用、<6>高いレベルの非識字、貧困および土地所有からの排除、<7>“低位カースト”の職業に対する乏しい報酬による債務奴隷の広がり、<8>差別解消を目指して作られた法律の不履行、<9>“低位カースト”の女性に対する二重の差別や激化する搾取、等が指摘できる。
●貧困に埋もれたカースト差別
全般的な貧困状態は、低位カーストと高位カースト集団の間のはっきりした経済的格差、議論の矛先を資源不足に向けることで、現状を変える政治的意思の欠如という事実を覆い隠してしまう。しかし、実際は差別、暴力、経済的困窮、虐待の被害者は低位カーストに集中しているし、永続的な経済的依存状態が虐待の不処罰を許している。偏った国家機構は見てみないふりをするか、さらにひどい場合は、その虐待に加担しているのである。
●国連はカーストを人種差別の一形態として認識
人権小委員会は、職業と世系(「門地」)に基づく差別に関する決議2000/4(2000年8月)を行い、職業と世系(「門地」)に基づく差別に関するワーキーングペーパー(2001年8月)が作成された。それは、小委員会の専門家、R.K.W.グネセケレ氏が、小委員会の決議に沿って作成したもので、対象がインド、ネパール、パキスタン、スリランカ、日本のアジア諸国に限られていたため、特にアフリカ諸国の追加調査を行なう必要性にも言及している。
ペーパーの提出とそれに続く小委員会の専門家の議論は、カースト差別を世界的な人権侵害の一主要原因として国連の人権機関が初めて議論し認知したことを示している。小委員会はまた、職業と世系(「門地」)に基づく差別が継続的に行なわれている世界のその他の地域に調査範囲を広げることを、コンセンサスで決めた。
人種差別撤廃委員会(CERD)は、世系(「門地」)に基づく差別の一形態であるカーストは、人種差別撤廃条約の第1条にある人種差別の定義(descent)に入ることを繰り返し確認している。即ち、日本報告(2001年3月)、バングラデシュ報告(2001年3月)、ネパール報告(2000年8月)そしてインド報告(1996年9月)に対する人種差別撤廃委員会の見解等である。
人種主義、人種差別、外国人排斥および関連のある不寛容に関する国連特別報告官の1999年1月報告や規約人権委員会の見解や反人種主義・差別撤廃世界会議でも、多くの議論が蓄積されてきている。
●結論
職業と世系(「門地」)に基づく差別は世界の2億5千万人以上に影響を及ぼしている。あまりに長く放置されてきたカースト差別と、それに関連する人権侵害の撤廃を、地球規模の優先課題にしなくてはならない。重大な憲法上の保護や進歩的な法律にもかかわらず、多くの国において、何千万もの人々の現実は変わることなく続いている。解決の糸口は、この重要で長年棚上げにされてきた課題に関係政府が取り組めるよう、国際社会が協調して注意を向けることにある。
アメリカに本部を置く国際NGO「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」(http://www.hrw.org)の主任研究員として、アジア部門に所属し、主にインド、パキスタン、スリランカなど南アジアにおけるプログラムを中心に担当している。
ヒンディー語を話せることから、インドの6つの州でカーストに基づく差別や虐待に関する広範な調査を、虐殺現場の実地調査、数多くのダリット(被害者および証言者)や政府職員へのインタビューを通じて実施してきた。調査の報告では、40人にも及ぶインドの活動家との協議のもとで勧告を作成し、インドにおける国内法の確実な実行とダリットの人々に対する制度的な差別や虐待、搾取に反対する国際的な共同行動を求めている。
ネットワーク活動として、カースト差別に反対するインドの全国組織である「全国ダリット人権キャンペーン」と連携した活動にも関わっている。また、インド、スリランカ、ネパール、日本などのカースト差別に反対する団体や活動家、国際NGOをはじめとする支援団体などが参加する「国際ダリット連帯ネットワーク」の結成(2000年3月)にも尽力した。
最近の二年間は、この国際ネットワークの活動に重点を置き、2001年8月の国連反人種主義・差別撤廃世界会議を契機として、カースト差別がこの世界会議の議題に取り上げられ国際社会に認識されることを求めるとともに、カースト差別に反対する国際的な連帯運動の構築に努めてきた。
1999年12月、インドのダリット解放教育基金より人権賞を受賞している。