日本におけるこれからの難民保護
〜中国・瀋陽の日本総領事館事件から〜
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「難民」とはどのような人を呼ぶのか?
そもそも難民とはどのような人を呼ぶのだろうか。実は日本で受け入れている難民と、一般的にイメージされる難民とではとらえ方が異なっている。
UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)が支援の対象としているのは約2200万人(世界人口の275 人に1人)で、戦争や紛争でその地域を追われた避難民、住み慣れた土地は追われたが国境を越えることができずに国内にいる国内避難民、そして逃れていた国から帰ってきた帰還民が含まれている。しかし、全世界で上記の人々と同じように「移動を強いたげられた人びと」は5000万人以上いるのではないかと言われている。
一方、日本で受け入れている難民の定義は「難民の地位に関する条約(難民条約)」に定義される「条約難民」がその対象となっている。この位置づけは人種・宗教・国籍もしくは女性や兵役拒否者などの特定の社会的集団、また政治的意見等を理由に迫害を受ける恐れがあるために国の外にいる者で、避難民よりももっと狭い定義になっている。条約難民は世界で1200万人、その一部の人々が日本にやってきている。しかし、戦争や紛争で大量に逃れてくる人びとは難民条約で定められている「難民」ではないとされているため、受入れ対象ではない。例えばアフガニスタンには条約難民に当てはまらないため、難民として認められない人がいる。
難民条約は1951年に成立し、他の国際人権条約と比べても非常に古い条約であり、現在144ヶ国が加入している。一方、難民条約には、履行手続の審査機関が設けられておらず、締約国に難民の判断をゆだね、他の国際人権条約と比べると拘束力が弱いといわれている。しかし国際的に難民を保護するという条約は難民条約しかない。
世界の難民状況を見ると、現在難民が最も多く発生している国はアフガニスタンである。また最も多くの難民を受入れているのがアフガニスタンに隣接しているパキスタンやイランである。しかし両国は難民条約に加盟していない。他の国へも難民の受入れを求めているが、約200 万人が両国で支援を受けている。
条約難民としての庇護申請者数が最も多いのがドイツで、年間約1万人を受入れている。この他アメリカも約1万人、ヨーロッパではベルギーのような小さな国でも年間数千人程度の難民を受入れている。これらから比較すると、後で紹介する日本は非常に少ないと言わざるを得ないだろう。
これまでの日本の難民保護―難民受入れ制度―
歴史的には、日本では制度として難民を受入れることは一貫して行ってこなかった。それが最初に動いた事件が1975年にベトナム戦争終結により、ベトナムからの難民がボートを使って日本にやってきた“ボートピープル”と呼ばれる人々への対応であった。アメリカ合衆国などからの非常に強い外圧や「共産化」からの難民を救おうという一部の政治的意見もあり、日本は78年にベトナム難民の受入れ政策を閣議了解し、難民を受入れる第一歩となり、その後、カンボジア、ラオスを含む3国からのやってきた人びとをインドシナ難民と呼び、支援措置が実施された。またその影響によって81年に日本は難民条約に加入することになる。つまり日本ではインドシナ難民の受入れ政策と条約難民という二つの措置が別々のものとして動き出したのである。
インドシナ難民の定住枠を当初500 人としていたが、最終的には1万人を受入れることになった。だが東南アジアの政変が落ち着きを取り戻すと彼らを無条件に受入れることを見直そうとする動きが世界的に始まった。そして日本も89年にインドシナ難民の無条件受入れをやめて難民判断の審査が導入され、最終的には94年に閣議決定でインドシナ難民の受入れ措置は終了した。この間の措置によって9千人が日本に定住することになり、その後の家族呼び寄せ制度によって現在では1万人以上のインドシナ難民が日本で暮らしている。閣議了解によって支援策が講じられることにより受入れセンターでの語学教育などの生活支援サービスが彼らに対して適用され、現在も政府からの支援が続けられている。
日本における条約難民の受入れ状況
もう一方の条約難民はどうなっているのだろうか。まず条約加入によって、82年に難民認定を審査する制度を持つことになったが、その機関をどの省庁に設置するのかについて議論があり、最終的に法務省の出入国管理局(以下入管局)に設置することになり、現在に至っている。だが入管局は本来危険な人が日本に入らないように管理することを柱とする機関である。それが通常業務であって人権の観点から「難民の保護」を兼ねることは実務として難しいため、その両者を分けるべきではないのかとの提起も出されている。
難民認定手続の過程において認定申請受理をしてから、法務大臣が決定するまでに誰がどのような形でその決定をしているのかが表に出てこないということが問題視されている。他国において不認定にする場合、少なくとも数十ページの判断説明が出されている中、日本においては不認定になってもたった一文の説明でしかその理由が示されておらず、少なくとも本人には開示されるべきだというのは国連の見解でもある。
この20年間で日本では300 人程度しか条約難民として認定されておらず、非常に少ない。難民認定制度の申請手続の情報が告知されておらず、審査に時間が掛かり過ぎるなどの理由から難民申請者が少ないと考えられる。政府は地理的な理由で日本は難民申請者が少ないと発言しているが、ニュージーランドでも年間4000人程の難民申請者がいる。これを考えると単に地理的状況のみがその理由にはなっていないのではないかと考える。
加えて一度不認定になった人が異議申し立てをして再申請した場合も、不認定を決定した同じ法務大臣が再度決定するということが最大の問題として指摘されている。
これまで難民申請を行った者はその地位に配慮して在留資格がなくても結果が出るまでの間は収容(身柄の拘束)は行われていなかったが、昨年のテロ以降アフガニスタン人が申請中にもかかわらず、収容されるという問題が起こっている。国連は難民をできる限り拘束するべきではないとしているが、残念ながらこういったことが日本のみならず1〜2ヶ国でも起こっている。
また、通常入管での収容期間は決まっているが、難民は、本国に帰れないと主張しているので入管より放免されない限り長期収容が行われる結果となってしまう。最近は収容所内での自殺未遂が急増するという問題が起こっている。
難民への生活支援
以上見てきたように難民申請手続き同様、難民の生活支援にも大きな問題がある。
難民が認定申請を行っても政府からの支援はほとんどなく、結果がでるまでの期間は申請を行なっただけでは、働くことも他の国へ行くことも認められていない。
難民支援協会で難民100 人に聞き取り調査を行ったところ40人が職を持っておらず、残り60人の平均給与も15万円程度になっている。またこの聞き取りでもう一つ大きな問題と思われたのが医療の問題だ。彼らのほとんどは保険を持っておらず、100 人中21人が医療費を支払えないため、病院に行けなかったという経験を持っている。保険がなければ医療費の自己負担は20割となるケースもある。そのため、一度の診察で医療費が1万円を越えてしまっている。これらの医療の問題に対して私たちができることは、請求を10割まで下げる、分割払いにするように交渉して、本人たちが少しでも払える状況をつくっていくという1人1人への個別の交渉や橋渡しサービスである。
中国・瀋陽事件で何が変わったか?
このような状況の中、今年の5月に中国・瀋陽の日本総領事館事件は起こった。この事件について、映像を見た一般の人々からの反響は大きかったが、一方これまで私たちがいくら訴えても動かなかった政治家たちも動き出したのである。最も早く動き出したのは法務省で、即座に法務大臣の私的懇談会を設けて議論を開始した。ここでは期限切れによる不認定、申請中の難民の地位、異議申し立てによる再審査の3点が議論されることになっており、難民条約加入後20年で初めてとなるこの懇談会に期待することは大きいと思う。またこれに続いて各政党が政策を発表している。そして最終的に今年8月7日に条約難民にもインドシナ難民と同等の社会的支援を行うという閣議決定が成された。しかしここにも課題はあると考える。例えばこれによって設置される委員会が各省庁の担当者だけで構成されている、会議の内容が一切公表されない、20年前にインドシナ難民に対してつくった措置をそのまま当てはめるなど、本当にそれだけで良いのか考えさせられてしまう。今後も注意深くモニタリングしていきたい。
今後の日本における難民保護
最後にこれからの日本の難民保護についてだが、これまでのような細かい各論・状況毎の議論ではなく、もっと「総合的なアプローチ」が必要だと私は考えている。それには3つの意味がある。‡@一人の人間として難民としてやってきてから帰国できる状況になるまでを総合的に考える。‡A難民の問題を全て法務省の問題と捉える縦割りではなく、日本人と同様に難民に対しても行政機関の総合的な連携による支援を行っていく。‡B国際的にも難民認定制度がしっかりできているかということにばかり目がいきがちだが、そういった手続面だけではなく、彼らの社会権の分野とを総合的に考えていかなければならないということだ。
そして実施を行なっていくためには、地域・共生社会への転換が重要だと思っている。やはり難民も1人の住民として各地域で暮らしている地域の中で住民と共生し、そこで支援が受けられることが望ましいと思うからだ。国内の難民問題はこのテーマだけが改善されることはないと思う。難民問題を改善することは難民のためだけでなく、そういった社会を築くことで日本人にとってもよりよい社会、また必要なことではないかと私は思う。
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Q. 報道によると明日(9月20日)、難民申請者に対する不認定についての訴訟判決が大阪地裁で出るらしいが、それについてどう考えているのか。
A. 判決については大変期待している。海外で認定手続の改善に強い影響を与えているのは裁判所だからだ。一方、日本の最近の傾向として地裁で良い判決が出ても高裁で覆されている状況がある。行政訴訟の9割で政府見解を追認している高裁の現状から考えると、それを変えるのは残念ながら大変難しいと言わざるを得ない。
Q.現在の非常に厳しい難民認定基準を改善していく余地はあるか。
A. 細かい問題を改善していっても、別の不認定の理由が次々に出されてくるだけだろう。必要なのは「真の難民であれば認める」というコンセンサスを内部でつくることではないだろうか。しかし難民保護を入管行政よりも優先的に行うのは現状では難しいのが実態ではないだろうか。だから私個人としては公正な審査を行うために、出入国管理法と難民認定法を分けて法的に独立させるべきだと思っている。
Q.中国・瀋陽事件のように北朝鮮から逃れた人は食料がないために国を出たといわれているが、彼らは難民なのか。またこういった状況に対応するには定義が狭すぎると思うが、どう考えているのか。
A. 個人の背景を知った上での判断になるが、私個人として現時点は条約難民に当てはまると思っている。なぜなら国を出ただけで処罰の対象となるとのことなので、それは政治的意見と読み取らざるを得ず、帰国すれば迫害を受けるおそれがあるという規定がある以上、条約難民の可能性があるといえる。ただ迫害を受けるおそれがなく、単に飢餓状態を逃れるためだけであれば条約には当たらないだろう。
条約の定義の狭さについては、先進国が自分たちの守りたい人だけを条約でご都合的に守ろうとしていることに私も問題を感じている。そういった国々が広い範囲の難民を受入れたくないので、お金だけを出してUNHCRに仕事を回している気がする。
どんなに大量の難民が発生しても条約を拡大しようとする動きはなかったが、その枠外の人々をUNHCRを中心にどう保護していくのかが国際的な最近の動向の一つになっている。
Q. 法務省に情報公開させるために、難民支援協会ではどうしているのか。
A. 情報公開については行政手続法や情報公開法が現在はあるのだが、外国人に対する在留資格と難民認定に関する事柄については行政手続法の対象から除外するという差別規定が存在している。だから情報を公開させるために国会での質問を行なってもらうなどを現在行っている。
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