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第233回国際人権規約連続学習会(2002年10月16日)
世人大ニュースNo.243 2002年11月10日号より
ネパールのダリット差別について

報告者:アニタ・シュレスタさん
(Feminist Dalit Organization プログラム・マネージャー)

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はじめに

 ネパールでダリットの人々は、アンタッチャブル(不可触民)な存在として 今でも社会的に差別されている。私はネパールのダリット女性が教育、経済、社会的に向上するために活動しているフェミニスト・ダリット・オーガニゼーション(以下、FEDO)という組織を代表して来日した。今回はネパールの現状、ダリット差別の実態などついて報告していきたい。

 ネパールは中国とインドに国境を接しており、特に社会文化的多様性は、人種/カースト・エスニシティ、宗教、ジェンダー、地域の多様性に表われている。地理的には北から南へ、山岳部、丘陵部、タライ平原部の3つの地域に分かれ、東西には5つの開発地域に分けられる。この5つの開発地域の中でも最も開発の進んでいる東部と、開発で最も深刻な課題を抱えている極西部に大きな格差が生じている。

 宗教の多様性もネパール社会のもう一つの特徴といえるだろう。ネパールでは様々な集団がアミニズム、ボン教、Kirata、仏教、ヒンズー教、イスラム教、キリスト教など、異なる宗教を信仰している。  

 1990年、ネパールは憲法でヒンズー教国として宣言し、世界で唯一のヒンズー教国となった。その結果、家父長的なヒンズーの宗教と伝統的文化によって、男性が女性を支配する構造が社会的に続いている。


ネパールのダリット

 ダリットは南アジアに集中している。文明の夜明けより、インド亜大陸はヒンズー教に基づく規範の実践が支配してきた。この規範からネパール社会は、バルナと呼ばれる階級制度のもと主に4つのグループに分けられてきた。伝統的に司祭の職に就き、階層の最高位にいるブラーミン。ブラーミンのすぐ下に位置するチェトリは武将である。チェトリの下には交易商人のバイシャが続く。そして階層の一番下に位置するのがダリットやアンタッチャブル(不可触民)と呼ばれてきたシュードラである。

 これらのカースト制度は、1854年にネパールの国全体で初めて制定されたネパール国内法典によって明確に分類された。つまりこの法律によってカースト差別を普遍化させ、強化させることを初めて公式に認めたことになる。

 この国内法によって4つの大きなカーストの層が設けられた。その一番上にきたのがタガタリという人々で、彼らは聖なる糸・紐を身に付けることができる人々といわれていた。その次がマトワリという人々である。彼らは元はヒンズー教徒ではなくネパールの先住民族であった。次がパニナチャルネ、チョイチトハルナナパルネという人々で、彼らには触れることはできるが不浄な者として位置づけられた。そして一番下がパニナチャルネ、チョイチトハルヌパルネで、彼らが現在のダリットと呼ばれる人々でありアンタッチャブルとして位置づけられた。しかし、この法律は1963年に世界人権宣言の精神に沿って改正され、差別した者は処罰されると規定されたが、実際には彼らを差別しても処罰されることはない。

ダリットとは誰か?

 これまでダリットとは「不可触民」「抑圧されたカースト」「踏みにじられた人々」「社会的に搾取された集団」「低カーストの人々」などと定義されてきた。そして最近ではそこにダリット自身が自己アイデンティティの確立を求めるということの象徴的意味合いも含まれるといわれている。このようにダリットを定義するのは非常に難しい。FEDOでは便宜上ダリットを、「社会的にアンタッチャブルであり、国家及び一般社会より公共施設の使用で差別され、あらゆる経済的機会へアクセスを奪われ、職業的に差別され、また無視されている人々」と定義づけしている。この定義に従えば、ネパールにおいてダリットのグループは26あり、ダリット人口は3,030,067 人となる。これはネパールの全人口の13.09 %に相当する。

 続いてダリットの状況について触れていきたい。ダリットの教育レベルは国内平均を下回っている。2001年の国勢調査では全国の識字率は男性65%、女性42.9%である。しかし1991年の国勢調査に基づいてFEDOが推定すると、ダリットの男性は33.9%、女性はわずか12%となっている。

 経済状態についてだが、ネパールでは土地の所有が経済状態を表わす一つの指針になっている。そこでダリットの土地の所有を調べてみると、山岳地域に暮らすダリットの34%が0.25ヘクタール以上の土地を持ち、50%が0.25ヘクタール以下、16%が全く土地を持っていない。またタライ平原部のダリットはわずか4%が土地を所有しているだけで、95%が土地を全く持っていない。ネパールでは200 万人が農業関係の仕事に就いているが、その75%がダリットである。しかしその農業労働に就くダリットが所有する農業用地は全体の1%しかない。

 国連開発計画の2001年の調査報告によると、ネパール全国平均で一人あたりの年収が210 ドルであるのに対して、ダリットの平均は一人あたり39ドルにしか過ぎない。

 健康については、ネパール全体の平均寿命が男性で59.3才、女性は59.8才となっている。これに対してダリットの平均寿命は男性が50才で、女性は48.3才と全国平均を下回っている。 

 司法・憲法機関、閣僚、高級官僚、議会、地域開発委員会、主要政党中央執行委員会、あるいはNGO、援助機関など市民的・政治的空間へのダリットの参加はゼロである。こういった機関で様々な開発プログラムなどといった政策が決められるが、そこに当事者の声が全く反映されていないため、決定されるプログラムが現実と一致しないということがある。また、主要政党の中央執行委員に席を置いているダリットはいない。ダリットの組織の中には政党と姉妹提携を結んでいるところもあるが、ダリットを公認候補として選挙に出すことはない。つまりダリットの人々は政党にとって単なる投票者にすぎないということだ。


ネパールにおけるダリットに対する差別

 ネパールのダリット差別についてはこれまで多くの学者が調査研究を行ってきたが、1994年の調査によると、「水源への接触・接近禁止」、「寺院・ホテル・店等公共の場所への入場禁止」、「祝宴などでの高位カーストとの同席の禁止」、「職業の機会における差別」というようにダリット差別は4つに分類されている。

 2001年のBhattachan博士の調査では、ネパールにはアンタッチャブルの慣行が205 種類リストアップされている。そして彼はその205 種類の慣行を大きく9つの社会的分類に分けた。それは(1) 公共の場所への入場の拒否、(2) 参拝などの拒否、(3) 共同使用の資源へのアクセスの拒否、(4) 公的活動への参加拒否、(5) 強制労働、(6) ダリットの振る舞いの押しつけなどによる支配、(7) 残虐行為、(8) 社会的排斥、(9) 態度による不可触性の9つである。 

まずダリットは、宗教的に差別されている。ダリットの大半はヒンズー教徒だが、ヒンズー教に基づく差別によって、ヒンズー教徒でありながらもダリットはその寺院に入ることができない。そのため、ヒンズー教からイスラム教やキリスト教に改宗したダリットも多い。しかし他の宗教でも社会的差別に影響され、重要な位置は高位カーストが占めている。 

 これまでダリットは職業的に伝統的にカースト制度に基づいて鍛冶屋、金細工人、仕立屋、靴職人という技能を有する職業に従事してきたが、その職業の社会的地位は低く賃金も安かった。しかし最近ではこうした分野にもノンダリットの人々が参入してきており、ダリットが仕事を辞めざるを得ない状況も生じてきている。だがダリットの人々は他の仕事に就いても差別を受けなければならない。また地主がダリットを労働者として使う場合、それは強制労働に等しく、今でも命令されれば賃金を貰わずに働かなければならず、彼らの報酬は収穫があればその一部を貰うだけである。

 更に厳しい状況にあるのはダリットの女性である。特定の専門的職業を持たない彼女たちはダリット男性よりも更に低い賃金で農業の賃労働に就くか、ダリット男性の手伝い、あるいは地主から言われる仕事を無料奉仕することを要求されている。


教育・公共施設の場での差別

 教育の分野でもダリットは差別されている。例えば教師は、教室内にいるダリットの生徒に注意を払わない。給食を配る際にもダリットの生徒は後まわしにされたり、また、ダリットが教師になりたくても、採用されないなどの差別を受けている。

 ダリットへの入場拒否は寺院やレストラン等の公共施設でも行われている。例えばダリットがレストランに入った場合、同じ注文をして同じ料金を払っても、ダリットは自分が使った食器を洗って出なければならない。さもなければ店主に殴られてしまう。また入場を禁じられている場所へダリットが入った場合、その場所で清めの儀式が行われる。

 ネパールのダリットに対する残虐行為はインドと比較すれば規模や度合いは小さいが、その被害は男性よりもむしろ女性に向けられていることが多い。その典型は殴打やレイプ、あるいは嘘の噂を流すなどである。もしダリットの女性が公の場で憲法や法律上で保障されている権利を主張すれば、そのダリット女性はノンダリットの人々に殴られてしまう。


今後の課題

 ネパールにおけるダリットの今後の課題は、第一にダリットの統一・団結があげられる。ダリットが高位カーストから差別されるように、ダリットカースト内にも階層序列と差別が存在している。ダリットの中には多くの組織があり、全組織が平等で公正な社会の実現を目標にしているが、こういった実態によって目標を達成させるための統一を難しくしている。この状況を改善してダリットの統一を図り、そして同時に他の運動との連帯を築き、運動の強化を進めることが大きな課題といえるだろう。

 第二の課題は、現行法の実施である。ネパール憲法はカースト、人種、性、宗教に基づくあらゆる差別を禁止しており、民法でも同様である。もし閣僚や官僚がこれらの法律を実践していれば差別はもっと軽減していただろうが、現実は、ダリットへの排斥運動の先頭に元大臣が立っているほどだ。このように伝統的規範や価値観が法律を勝っている状況を打破するために、関係当局の注意を喚起して、彼らの目をダリット問題に向けさせ、これが国家的問題であると気づかせなければならない。そうすることで法律を実践的に活用できる人々の努力を得て、現行法の実施を目指していくべきだと私は思う。

 そして何より低識字率や経済的に恵まれない状況などの困難を乗り越えて、ダリット自身の意識を高揚させることも大事であり、あわせてノンダリットの人々にも同様の働きかけを行っていかなければならない。

 私たちダリットの女性はこれまで説明してきたような状況の中、公正で平等な社会を実現させることを目標に1994年にFEDOを設立した。ここではカーストとジェンダーに基づく差別の撤廃を具体的な任務とし、これらの問題を草の根から国際レベルに至るまで幅広く人権侵害について訴えていくなどのプロジェクトに取り組んでいる。FEDOはこれからも草の根レベルからダリットの女性のエンパワメント、ダリットの権利を促進、差別撤廃を求めること、そして同じく差別と闘っている組織とのネットワークを築いていく活動を展開していきたい。そしてそのことによってダリットの運動そのものも強くなると考える。