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寄稿

「日本の人権擁護法案の問題点〜韓国国家人権委員会に学ぶ」

武村 二三夫(弁護士)

一 はじめに

1 国内人権機関の必要性

 戦後国連は、世界人権宣言を採択し、さらに二三の国際人権条約を成立させた。これらの条約の国内実施をはかるため、一九九三年国連総会は、「国内人権機関の地位に関する原則(パリ原則)」を採択し(注1)、ア.人権侵害の救済、イ.立法・政策提言、ウ.人権教育の三つの機能をもつ、政府から独立した機関を各国内に設置すべきであるとした。一九九八年一一月国連自由権規約委員会は日本政府に対して「警察や入管職員による虐待を調査し、救済のため活動できる法務省などから独立した機関を遅滞なく設置する」よう勧告した(注2)。

 日弁連や各単位会は戦後人権救済活動を行い、着実な成果を上げているが、調査権限がないため警察、拘置所、刑務所の職員の事情聴取そのものができない、専任制ではない、などの限界があった。被害者にとって簡易、迅速かつ実効性ある人権救済制度は弁護士会としても強くのぞまれるところであり、日弁連は二〇〇〇年一〇月岐阜で開催された人権大会で、パリ原則にのっとった国内人権機関の設置を求める宣言を決議した(注3)。

2 人権擁護法案の問題点

 二〇〇二年三月、政府は人権委員会を設置するという人権擁護法案を上程した(注4)。しかしこの法案には、独立性、公権力による人権侵害を狭く限定していることなど以下のような問題点がある。

 第一に人権委員会そのものの独立性の欠如である。この人権委員会は独立行政委員会とされるものの、法務省の外局とされ、法務大臣の所轄に属する。人権委員会はわずか五人の委員で構成され、しかも常任は二名のみであり、多数予測される人権救済の申立に到底対応できず、ほとんど事務局まかせになろう。事務局は現在の法務省人権擁護局の職員が横滑りとなり、彼らは将来法務省の他の部局に異動することが予定されている。彼らは自己の将来を考え、法務省に不利な判断を行わないことが当然予想される。また必要十分な数の専任職員を置かず、その事務を地方法務局長に委託する点において、独立行政委員会として致命的な欠陥がある。これでは過去に人権侵害を繰り返してきた入国管理局、刑務所及び拘置所、あるいはそれにかかわる国賠訴訟の代理を務める訟務部を所管する法務省の強い影響下におかれ、中央にわずかな数の人権委員を置いたとしても、あるべき人権擁護活動が全国で実効的に展開されるとは到底考えられない。

 第二に、労働関係人権侵害、船舶労働関係人権侵害は、いずれも人権委員会ではなく、それぞれ厚生労働大臣、国土交通大臣に委ねられ、政府からの独立性がまったく考慮されていない。このことは法案が基本的に人権機関の政府から独立性そのものを軽視していることの証左であり、法的には独立行政委員会とされる人権委員会が上述したように実質的に独立性を欠如し法務省の強い影響下におかれるのも、このためであろう。

 第三に、公権力による人権侵害については、調停、仲裁、勧告などを行う特別救済手続の対象が、差別と虐待に限定されていることである。被疑者の接見や外部交通の制限妨害、拘禁施設における医療、偽計・誘導などの取調方法、違法な懲罰など弁護士会の人権救済で従来から問題となっている多くの人権侵害が勧告などの対象とならないことになる。最近問題となった防衛庁の情報公開請求者の違法なリスト作成配布なども含まれないことになる。自由権規約委員会は一九九八年の勧告で、公権力の権限の濫用そのものを問題にしていた再度想起する必要がある。

 第四に、メディアによる人権侵害の問題である。このような独立性の欠如した人権委員会が、メディアの取材方法や報道内容について、強制権限はないにしても調査を行い、また取材行為の停止等を勧告する権限を有することは、民主主義社会において不可欠である市民の知る権利を侵害するおそれが強く、極めて問題である(注5)。

3 今回の韓国訪問調査

 韓国では、国家保安法の適用などに関連して深刻な人権侵害を行ってきたとされる法務部のもとに人権委員会を設置するという法案が一九九八年に国会に上程され、NGOの激しい反対闘争のもとに廃案とされ、人権委員会を法務部と切り離し、独立性を確保した国家人権委員会が二〇〇一年に設置され、二〇〇二年四月からその活動を開始している。法務大臣の所轄に属する人権委員会を設置する人権擁護法案が上程されており、その廃案が喫緊の課題となっている日本として学ぶべき点があるのではないのか、ということから、政府から独立した人権機関の設置を求めるワーキンググループは、急遽韓国の国家人権委員会の調査を行った。以下その概要を説明する。

(注1) http://www.moj.go.jp/SHINGI/010525/refer05.html

(注2) http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kiyaku/2c2-001.html

(注3) http://www.nichibenren.or.jp/jp/katsudo/sytyou/jinken/00/2000-3.html

(注4) 法務省ホームページ(http://www.moj.go.jp/)の「法案・法令」「第一五四回国会」(常会)

(注5) 日本弁護士連合会「人権擁護法案に対する理事会決議」(二〇〇二年三月一五日)(http://www.nichibenren.or.jp/jp/katsudo/sytyou/iken/02/2002-4.html)

二 韓国国家人権法の制定経過

 一九九三年ウィーンで開催された国連世界人権会議に参加した韓国のNGOが、韓国政府に人権法制定と国家人権機構設置を要請した。これを受け、一九九七年金大中大統領候補が選挙公約で人権法制定及び「国民人権委員会」設置を採用し、大統領に当選し、一九九八年三月新政府は、これを一〇〇課題に含めて公表した。このためNGOが国家人権機構についての公開討論会を開催、アムネスティの勧告公表、三〇余りのNGOが「人権法制定及び国家人権機構設置民間団体共同推進委員会」(共推委)の結成などが続いたが、同年九月法務部が、法務部のもとに法人として人権委員会を設置するという法案を公表した。これに対して共推委、大韓弁護士協会が批判意見書を公表し、ブライアン・バーデキン国連人権高等弁務官特別諮問官が訪韓し、またアムネスティが法務部案は独立性と実効性が欠如しているとの公開書簡を送付し、法務部が修正案を作成するなどしたが、一九九九年一二月法務部案は廃案となった。

 そののち二〇〇〇年以後人権委員会設置について、野党ハンナラ党案が出された。人権委員会の独立性や機能などについてさまざまな問題点があったが、いずれも法務部からは切り離されていた。あるNGOによればその中でもっとも独立性が低い民主党案が、政府関与条項の削除などを経て、二〇〇一年五月韓国国家人権委員会法(注6)として成立した。そして同年一一月韓国国家人権委員会が設置され、二〇〇二年二月から活動を開始した(注7)。

(注6) 日本弁護士連合会「韓国国家委員会調査報告書」に全文の日本語訳が添付されている。

(注7) 金東勲「動きはじめた韓国人権委員会」国際人権ひろば四三号(二〇〇二年五月号)七頁。

三 人権委員会の独立性

 韓国国家人権委員会の委員一一名は、大統領が四名、国会が四名、大法院長(最高裁長官)が三名をそれぞれ指名し、大統領が任命する。この韓国国家人権委員会は、単に法務部から切り離されただけではなく、立法、司法及び行政の三権から独立しており、憲法裁判所と同じ位置付けであるとされる。

 九五名の議員の共同提案にかかる法案では、人権委員長が事務職員の採用権限をもつとされていたが、成立した法律では一般の公務員採用試験によるとされた。韓国国家人権委員会の職員の定員は二一五名だがまだ総数は採用されていない。委員長は前大韓弁護士協会会長、事務局長は韓国性暴力相談所所長など弁護士やNGOからも相当数職員が採用されている。

 予算は、人権委員会が作った予算案を企画予算庁に提出して、そこで調整を経て、国会で決定する。企画予算庁の調整を経由するという点では他の国家機関と同じである。

 また国家人権委員会は地方事務所がなく、地方での人権侵害については、調査官を出張させて調査にあたらせている。

 独立性については、法務部から切り離すことはできたが、人事及び予算の点では不十分であるというのが多くのNGOの意見であった。

四 国家人権委員会の業務

 韓国国家人権委員会の業務としては、

 ア. 政策立法提言(法令、法案、制度などについての調査、勧告・意見の表明)

 イ. 個別人権救済

 ウ. 人権教育広報

 エ. 国際人権条約の加入、履行に関する研究、勧告・意見の表明

 オ. NGOや個人との協力

 カ. 人権と関連する国際機構及び外国の人権機構との交流・協力

 などとなっており、政策立法提言、人権救済、人権教育を三本柱とするパリ原則にのっとっているといえる(韓国国家人権委員会法一九条以下括弧内では同法を単に法という)。

 これらの業務を遂行するため委員会は、

 ア. 関係機関に対する資料提出、事実照会(法二二条)

 イ. 関係者などに対する出席要求、事実意見の聴取のための聴聞会開催(第二三条)

 ウ. 拘禁保護施設の訪問調査、職員収容者との面談(第二四条)

の権限が認められている。

五 人権救済

1 対象

 国家人権委員会法は、「『人権』とは、憲法及び法律が保障するか、大韓民国が加入・批准する国際人権条約及び国際慣習法によって認められる人間としての尊厳と価値及び自由と権利をいう。」(法二条一項)との定義規定を置く。しかし調査救済の対象となる人権侵害としては、公権力によるものは憲法一〇条ないし二二条に規定された人権、すなわち人間としての尊厳・幸福追求権(憲法一〇条)、法の前の平等(同一一条)、法律によらない逮捕拘禁・自白強要の禁止など(同一二条)、遡及処罰二重処罰の禁止(同一三条)、居住移転の自由(同一四条)、職業選択の自由(同一五条)、住居の自由(同一六条)、私生活の秘密・自由(同一七条)、通信の秘密(同一八条)、良心の自由(同一九条)、宗教の自由(同二〇条)、言論出版集会結社の自由(同二一条)、学問芸術の自由(同二二条)と、広い範囲が対象となっている。これに対して私人による人権侵害は平等権侵害の差別行為に限定されている(法三〇条)。すなわち公権力による人権侵害については、憲法で保障された人権すべてを対象としているのに対し、私人の場合は差別のみに限定している点で特徴的である。

 公権力による人権侵害の予想される類型としては、

 捜査機関  侮辱、暴行などの過酷な行為、不当拘禁・逮捕、偏向捜査、令状のない押収捜索、捜査遅延、自白の強要の、徹夜の取調べ、私生活侵害など

 矯正施設  過酷な行為、適切な医療措置がとられないこと、請願権の妨害、人権委員会への陳情の妨害、処遇改善・領置金の横領・組織暴力者との癒着などの矯導官の不正、矯導官の非人格的対応、不当懲罰

 多数人保護施設  強制収容、矯正(強制)労役、過酷行為、適切な医療措置をとらないこと、待遇改善

があげられている。

2 陳情と職権による調査開始

 人権救済は、陳情(救済申立)を原則とするが、人権侵害があったと信ずる相当の根拠があり、その内容が重大であると認定されるときは、委員会は職権で調査を開始できる(法三〇条三項)。

 施設収容者が陳情する場合は、その施設所属公務員はすぐに陳情書を作成するために必要な時間、場所及び便宜を提供しなければならず、その書面を閲覧することができない(法三一条一項、七項)。施設収容者が委員会の委員や職員の前で陳情を希望する場合は所属公務員は直ちに委員会に通知しなければならず、施設収容者と委員との面談に際して施設所属公務員は参加、内容の聴取。録取はできない(法三〇条二項、六項)。施設収容者の陳情について周到な手当が予定されているといえる。

3 調査権限

 委員会の人権侵害の調査方法としては、

 ア. 当事者、関係人に対する出席要求及び陳述聴取または陳述書提出要求

 イ. 当事者、関係人、関係機関に対する資料提出要求

 ウ. 関係場所、施設、資料などに対する実地調査、鑑定

 エ. 当事者、関係人、関係機関に対する事実・情報の照会

などをすることができる(法三六条)。

 関係国家機関の長は、委員会の資料・物件の提出、実地調査または鑑定の要求に対して、

 ア. 国家の安全保障または外交関係に重大な影響を与える国家機密事項の場合

 イ. 犯罪捜査や、継続中の裁判に重大な支障を招来する憂慮がある場合

のみ、拒否できる(法三六条七項)。単なる公務の秘密という理由だけでは拒否できないのである。なおNGOは、このイ.が捜査機関に拒否の口実を与えるものとして批判する。

4 措置

委員会のとりうる措置としては、

 ア. 合意の勧告(法四〇条)

 イ. 調停(法第四二条)

 ウ. 救済措置の勧告(法第四四条)

 エ. 告発及び懲戒勧告(法第四五条)

 オ. 人権侵害行為の中止、拘禁場所の変更、加害者公務員の職務排除などの緊急救済措置(法第四八条)

の規定があり、かなりきめこまかく対処方法が規定されている。

六 活動の実態

 国家人権委員会は二〇〇一年一一月に設置され、二〇〇二年四月から活動を開始したばかりである。したがって活動実態に対する評価はもちろん、その活動結果の整理そのものももうしばらく時間を経過したほうがよさそうである。とりあえず、二〇〇一年一一月二九日からの受理事件の国家権力ないし公権力による人権侵害の受理などの状況は次のとおりである。このほか、他の国家機関の救済措置を紹介したものが六〇三五件となっている。

 これによれば、捜査機関(検察・警察)による人権侵害と拘禁施設による人権侵害とが受理された陳情の三分の二近くをしめることになる。

<表>

区 分
受 付
調査・
検討中
終結
処理
合  計
2001年
2002年
統計
1497
638
859
1326
171
検察・警察
558
196
362
526
32
拘禁施設
410
84
326
408
2
軍関連施設
69
46
23
69
その他国家機関
325
209
116
229
96
保護施設
17
5
12
16
1
その他
118
98
20
78
40


七 メディアによる人権侵害と言論仲裁委員会

1 韓国国家人権委員会法

 韓国国家人権委員会法ではメディアによる人権侵害については特別な規定を置いていない。したがってメディアによる人権侵害が私人による平等権侵害による差別行為にあたる場合(たとえば偏向報道ということになろうか)、委員会の人権救済の対象となるということである。

2 新聞倫理委員会によるかつての仲裁機能

 韓国では、各新聞社が資金を出して組織する新聞倫理委員会がある。これは一九六一年韓国新聞協会、記者協会、編集人協会が合意して、発足したもので、この新聞倫理委員会は、前裁判官、新聞関係者、学者など一一名の委員で構成され、現在は新聞倫理綱領違反問題のみを扱っており、公開警告、非公開警告、注意の措置をとる。この新聞倫理委員会は当初名誉毀損などによる申立についての仲裁機能もあった。しかし、自主規制機関による救済措置のため被害者が信用せず、実効性の面で限界があったとされる。そのため後述の言論仲裁委員会ができてから機能分化し、機能が新聞倫理綱領違反に絞られたという経過がある。

3 言論仲裁委員会

 言論仲裁委員会は、放送発展基金が資金を出す第三者的法定機関であり、五名の仲裁委員からなる仲裁部が全国で一五ある。仲裁委員は裁判官、弁護士、学者、マスコミ出身者、著名知識人で、法院行政処長、自治体などの推薦を経て文化観光部長官が任命する。

 一九八一年制定にかかる言論基本法による反論権制度導入とともに言論仲裁委員会が設置されたという経過があり、言論仲裁委員会は、反論権(反論報道請求権と、後に無罪が認められた場合の追後報道請求権)を扱う。反論報道請求権は、事実的主張に対し反駁内容を掲載(放送)するよう要求する権利であって、報道内容の真実性や違法性の成否を問わず、メディア側の故意・過失の有無は反論権の成立に影響しない。つまり問題となる報道が違法であることを前提にしないので、反論権を認めてもメディアに対する萎縮効果がなく、公正かつ客観的な報道を充実させるものであり、しかも報道被害に対する迅速で適切な権利回復手段として最も有効であるとされている。反論権は訴訟でも行使できるが、言論仲裁委員会の仲裁を経なければ、裁判所に反論報道請求の訴えを提起することはできない。

 また言論仲裁委員会は、不法行為の成立が前提となる訂正報道請求権に関する紛争の仲裁などの業務を行う。この訂正報道請求権については、任意的仲裁事項であり、言論仲裁委員会を経ないで提訴できる。

 言論仲裁委員会には、調査権限はなく、合意、仲裁による解決をめざす。またいわゆる過剰取材など取材による被害は取り扱わない(注8)。

4 日本との比較

 日本では、報道被害に関して、放送ではBRCが存在するか、新聞及び雑誌のいずれにおいても報道被害についての自主的第三者機関が存在しない。新聞では、朝日新聞社、毎日新聞社などが個別に社内機関を設置する方向にあり、これに対して、やはり業界を通じて組織される自主的第三者機関設置の必要性が唱えられている。韓国ではかつて新聞倫理委員会という自主的第三者機関が報道被害も扱っていたが、メディアの自律的機関であるがゆえに被害者から信頼されず十分に機能しないとされた。そして新たに設置された言論仲裁委員会は法定機関ではあるが国家機関ではない。そして仲裁委員の任命権はメディアの手から離れているようである。かつて名誉毀損の申立などを扱っていた新聞倫理委員会と日本のBRCとは簡単に対比できないが、新聞倫理委員会という自主的第三者機関がメディアの自立機関であるがゆえに被害者の信頼が得られず機能しなかったという点はなお調査検討を重ねる必要があろう。

 また反論権制度は我々にとって新鮮である。報道機関側と報道される私人との間に圧倒的な力量の相違があり、報道被害の違法性を訴えることは事実的にも法的にも容易ではない。その意味ですでになされた報道の違法性を前提にしない反論権制度は簡易迅速な報道被害回復の一方法として検討の意義があるものと思われる。しかし反論請求権は名誉毀損の場合には有効かもしれないが、そもそも私事にふれられたくないというプライバシー侵害の場合には、反論として報道を求めるということにならず、必ずしも機能しないのではないだろうか。不法行為の成立を前提とする訂正報道請求権は、やはり訂正報道を求めるものである。そもそも訂正をも含めてふれられたくないプライバシー侵害の場合にはやはり有効ではないのではないのか。という疑問が残る。このように言論仲裁委員会の扱う反論権及び訂正報道請求権は、いずれも被害者の報道の要求にこたえようとするものであるがこれを報道被害の救済の観点から不十分とみる立場と、自由な報道の確保のための知恵として評価する立場にわかれよう。

 日本の人権擁護法案は、私人による人権侵害とは別にメディアによる人権侵害を特別救済の対象としてあげている。国内人権機関が、メディアによる人権侵害をも取り扱う例はめずらしいとも言われる。いずれにせよ、上述のように法務大臣の所轄に属し、独立性を欠く人権委員会が強制力がないにせよ報道や取材に関して救済措置を決定することは、報道の自主性を、ひいては市民の知る権利を阻害する危険がある。

(注8) 韓永學「韓国の言論仲裁委員会制度」(「報道の自由と人権救済」明石書店)

八 今後の課題

 人権擁護法案は、継続審議となり、秋の臨時国会で審理が再開されるとされている。そして、法務省は法案修正の考えもない、メディア規制の部分は数年間凍結するなどの報道がなされている。日弁連としては、人権擁護法案においては人権委員会の独立性欠如がはなはだしく、これが報道被害を扱うことは市民の知る権利を確保する観点から容認しがたく、法案の廃案を求めている。この人権擁護法案の廃案を求める点で、メディアと一致している。

 韓国の国家人権委員会設置の経過にみるとき、広範なNGO(注9)が結集して人権委員会を法務部のもとにおくという法案を葬り去ったことは、現在の我々にとって大きな教訓である。韓国では多数のNGOが法務部からの切り離し要求の点で一致して国内世論を結集させ、またアムネスティや、国連人権高等弁務官事務所と連携し、またアジア太平洋国内人権機関ワークショップなどの国際会議に参加して有利な国際世論をつくりあげていった。その韓国のNGOが、韓国だけではなく、アジアのために悪い先例をつくってはならないという観点から一層強く運動に取り組んだことは、日本の人権擁護法案の闘いの国際的な意義を私たちに鋭くつきつけている。

 また、パリ原則の要件を満たさない場合、国際会議への参加が認められない。現在の人権擁護法案による人権委員会は、独立性を欠くが故に参加が認められない可能性が高い。

(注9) 有力NGOである参与連帯について紹介したものとして小池振一郎「参与連帯の衝撃」(国際人権ひろば三五四号七頁)