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2003.06.12
講座・講演録
 
第240回国際人権規約連続学習会(2003年5月15日)
世人大ニュースNo.250 2003年6月10日号より

失業と経済政策
〜世界と日本〜


板東 慧さん(大阪産業大学客員教授、 国際経済労働研究所会長)


失業概念と労働パラダイム変換の必要性

  今日、失業問題は世界中で大きな問題となっています。そして失業の概念が従来のものから大きく変化してきています。これまで単純労働とされてきたパートや派遣労働などが非正規労働と呼ばれてきました。しかし、今日ではコンピュータープログラマーなど契約、短期契約など個別の仕事に応じた契約内容による熟練労働が非正規労働として入っていて、また働く人もそれを望むようになってきているといえます。これは先進国では共通しています。つまり、今日の「失業」という言い方を従来の「失業」では表していくことはできないのです。

  高齢者の失業、労働問題についても同じことが言えます。従来の考え方では定年後に仕事がないのは当たり前だとされて、働くことのできる高齢者に仕事がなくても失業に含まれませんでした。WHOが定めた国際基準では65歳以上が高齢者とされていますが、平均寿命が延びて社会の高齢化が進む現状において、その基準をあてはめず75歳まで働ける何らかのシステムを作り、社会保障をもらいながら仕事を続けられるようにすべきだと思います。そういう風に、仕事をやりたい人が仕事に就くことを考えたシステムを作っていかなければなりません。

  また若者の労働についても転職が当たり前になっているなど、従来の感性では今日の労働状況は考えられないほど多様化しています。しかしそれに対して社会システムが多様化できていないのが今日の日本、そして先進各国の失業問題です。つまりこういった生活や労働・雇用のデザインを根本的に変えるパラダイム転換がなければ、今日の失業問題は解決しません。

失業の原理と経済政策

  20世紀以前の失業は経済発展に吸収されて、経済学上は社会において大きな問題になりませんでした。唯一19世紀において「相対的過剰人口」として失業を定義づけたのはマルクスでした。  

  しかし20世紀に入ってからは経済学者ケインズが登場し、従来の古典派経済学とは異なり、1929年の大恐慌の際にニューディールという方法で失業救済や不況からの克服を理論づけ、「非自発・自発的失業」と「摩擦的失業」の概念を導きました。 

  彼の考え方では失業をなくしていくためには、その失業者を吸収する大きな産業を作る必要があります。しかし産業界にそれを生み出すだけの力がないため、それに変わって国家が大規模投資(公共投資)をしてダムや道路建設などの事業を起こし、それによって失業者の雇用や資材調達などで経済を刺激して、活性化を図ろうとしました。そして同時に失業者に対しては政府が失業手当を出すようになったのです。つまり公共経済主導型の国家による経済がニューディール政策であり、これが政府の行った初の失業対策として、戦後の資本主義における福祉国家体制へと発展していきました。

  福祉国家の原理とは、資本主義の自由競争の中で国家が国民の最低限の生活を保障するというもので、第2次大戦後イギリスなどを先頭に先進国は全てこの体制となっていきました。この体制は60〜70年代にほぼ完成しますが、その直後にヨーロッパでは財政が肥大化してしまい高福祉高負担の壁に直面してしまいました。多くのことを国が面倒を見てくれますが、例えば、スウェーデンでは消費税が最も高い25%で、福祉費が財政の30%を超えています。

  これに対してアメリカは自分のことは自分でするというフロンティア精神が強く、大半を保険会社と契約をかわすことで、極端な言い方をすれば低福祉低負担になっているといえます。つまり生活保護世帯を除けば、アメリカには公的な健康保険も年金も存在しないのです。では日本はどうかというと一応ヨーロッパをまねてみたが大いに問題があります。その原因として、「お金を払いたがらない」日本人の気質と、アジアに多い儒教に基づく家族主義がまだ強く残っているために、中福祉中負担になっているといえます。

日本における失業の動向と性格

  日本の経済は戦後の急速な復興を経て大きく変貌していきました。復興期には多くの失業者が発生しましたが、それらは復興に吸収されることになりました。これに対して後の高度成長期の失業問題はどうであったかというと、驚異的な経済成長によって求人難はあったが失業はほとんどなかったといえます。この当時にあったのが産業構造の転換に伴う失業でした。これによって繊維工業の大幅なリストラや鉱山の閉山などという問題が起こりましたが、これらは産業構造転換に伴う構造不況業種として、政府がうまく職業転換を進めて乗り切ってきたわけです。

  そして現在がIT革命期といわれていますが、まだ全体がつかめていません。ただいえることは、携帯電話やパソコンが普及すれば革命ということではなく、もっと社会全体のシステムの問題であるということです。しかし少なくともIT革命によって労働の性格は変わってきたといえます。例えば体の汚れるような仕事は少なくなり、反対に機械にはできない対人サービス業はどんどん増えてきている。つまりIT革命によって現場で働く人は少なくなり、ITにソフトを組み込む人が増えるということです。またそれだけではなく労働時間の短縮と所得の増加によって娯楽産業が増え、生涯学習や社会人の資格取得の普及によって教育産業が増えていくでしょう。

  このように高度成長期には第1次産業が減って第2次産業が増え、IT革命期には第2次産業は減少し第3次産業が急速に増えてきています。だから失業の捉え方にしても従来のような第2次産業中心、あるいは第2次産業に直結した第3次産業だけで考える時代は終わったと思います。

  つまりサービス・販売業を中心とした新しい産業が増えてきているのだから、それがさらに増えるように促進して、第2次産業によって失業した人々をそちらへ転換していくべきです。また昔のように働き盛りだけが就労か失業かではなく、労働力として学生や高齢者をどう捉えるか、あるいは基幹的な仕事を担うようになったパートタイマーや、規制緩和で仕事領域の拡大した派遣労働者をどう捉えるのかなども失業の定義を考える上で議論していかなければならないと思います。

日本の失業対策と諸外国の対応

  失業問題への対応として雇用創出という大きな課題があり、1970年代から80年代から今日まで世界各国で問題となっています。

  これまで行われてきた日本の失業対策として、職業紹介事業、雇用調整、雇用促進の補助、職業再訓練などがあります。そして雇用を流動化させてリストラを免れるようにし、若年層などの特定階層の雇用促進やパート労働者の就労環境整備などがあります。

  雇用創出とは新しい産業の創出や非定型雇用の増大などを意味しますが、もっとも重大なのは労働時間の短縮だと思います。ヨーロッパではどこでも労働時間を短縮して雇用を増やす方法が大体基本となっていますが、日本では企業だけではなく労働組合でもこれがなかなか進まないのが現状です。

  以前に或る企業の残業とサービス残業を調査したことがありますが、その企業では労使の合意によって週に1日残業をしない日が決められていました。ところがその日、終業時間に帰った社員たちがまた8時ごろになると会社に戻ってきていました。特に事務仕事ではこういう傾向が強いようですが、自分の仕事は自分のものだから他人には任せられないと意識があり、これがサービス残業を生み出してしまっています。しかし残業は他の人の仕事を奪うことになるため、基本的には労働時間短縮が必要です。

  もうひとつ重要なのがワークシェアリングです。これについてはフランスが週35時間制を実施していて、イギリスやドイツでも取り組まれていますが、最も注目されているのはオランダです。オランダは1982年ごろに失業者数が増大し、それに対処するために政府と労組と経営者団体の3者で協定が結ばれました。その考え方はまず、夫婦共働きが増え、男一人が働きに出て一家全員を食べさせる時代は終わり、一人で家族全員分を稼ぐような発想の賃金体系はおかしいということが基本にあります。そこからワン・アンド・ハーフシステムという考え方、つまり夫婦が一人前半ずつ稼いで、それで子どもを養えば良いという考え方が生まれたのです。だから男性も家事や育児をし、どちらかが働きに出ても良いし、両方が出ても良いという考えです。そういうシステムを社会的に保障しようということが先の協定で合意されたのです。

  これを実現したことによってオランダは当時12%ほどあった失業率が、現在は3%にまで下がっっています。これは19・20世紀型の勤め人のイメージを捨て、男女で家事も分担するが労働時間も減らして生活を楽しむというライフスタイルに完全に転換するもので、オランダは今のところこれで成功しています。

  ワークシェアリングの方法は国によって違い、フランスでは労働時間の週35時間制を従業員20人以上の企業で実施し、5年間で失業者を約150万人減らす成果を挙げています。またドイツでは派遣労働者と正社員を同一賃金にして派遣労働の拡大を図り、補助金を出して55歳以上の失業者の自立したリタイア生活を促進したり、失業者が自営業を始める、あるいは他人の家事手伝いをする際にも補助金で支援を行っています。

  このようにヨーロッパでは実に多様な雇用促進を行い、就労して金になるあらゆる材料を最大限に活かしていろんな形の就労を増やすようにしています。したがって日本のように失業後にもフルタイムで雇われなければどうしようもないと考えるのは問題ではないでしょうか。パートタイマーや派遣労働者の賃金や労働環境を改善して、多様な就労形態、勤務形態を日本でももっと促進していかなければならないとヨーロッパの事例から私は感じています。

日本における今後の課題

  日本経済はバブルの崩壊以降、大きな転換期を迎えています。これまで日本企業は終身雇用や年功賃金といった永年勤続のシステムで多くの人員を抱えてきましたが、それができたのは90年代まで高度成長が続いてきたからです。つまり人数を減らすべき時にそれをしなかったため、バブルが崩壊して、いざ蓋を開けてみると大変な人数を抱えてしまっていたのです。こんな蓋を開けると全員リストラしなければならない、というようなオール・オア・ナッシング的な経営スタイルはそもそもおかしいと思います。

   これだけ国際競争が進んでいるのだから、当然リストラばかりは良くないが、やはりリストラすべきところはやらなければならないのです。ただその代わりに労働者が自由に会社を渡れるルールも早く作らなければなりません。日本人は転職する際の履歴書にそれまでどこの企業の何課に勤めていたとしか書かない人が多いですが、「もっと自分にはこんなことができる」、「こんなキャリア・資格がある」などということをアピールできるようにすべきではないでしょうか。それをするためには企業が勤続年数ではなく実力・能力主義に基づいた給与体系に変えていかなければならないし、労働移動が十分にできる社会にしていかなければならないと思います。

  また政府の政策についても今日のようなやり方では不十分です。アメリカなどでは不動産屋が部屋を紹介するように、町のいたるところでビジネス的に仕事の斡旋が行われています。イギリスではこれがもっと進んで求職者を就職させれば、政府と相手企業からエージェントに成功報酬が支払われるシステムになっています。やはりこういったことは役人よりも民間で行ったほうがより効果的なようです。だから日本でも例えば社会保険労務士に職業斡旋を認めるなどして、労働流動・職業転換のシステム化を政府が進め、もっとオープンな労働市場を作り出していくべきではないでしょうか。

  以上のように働く者も企業も行政も従来の考え方を変えて、働く意欲のある人がどんどんチャレンジしていけるシステムをいかに作っていくのかということが、今後重要だと考えます。