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2003.08.19
講座・講演録
第242回国際人権規約連続学習会(2003年7月22日)
世人大ニュースNo2522003年8月10日号より

ヨーロッパ拷問禁止条約と拘禁施設訪問制度

ティモシー・ハーディング
(ジュネーブ大学司法精神医学部教授・人道活動プログラム研究科所長)

はじめに

  最初に今回のレクチャーの概要について説明しておきます。まず、ヨーロッパの人権条約に含まれる人権擁護の枠組みについて説明したいと思います。特に国際人権法の枠組みの中で、「なぜヨーロッパには独自の人権条約があるのか」、ということを現実的な問題として取り上げたいと思います。その中でも拘禁されている人は最も人権侵害を受ける危険性の高い状態にあり、その説明も行いたいと思います。

  また話の中心として、ヨーロッパ拷問禁止条約によって設置されているヨーロッパ拷問防止委員会(CPT)について、さらに今年に起きた名古屋刑務所での事件へのコメントや、その他刑務所内での人権侵害防止についての一般的問題にも触れていきたいと思います。

ヨーロッパ人権条約ができるまでの背景

  現在の人権の基準は1948年に成立した世界人権宣言です。その一番の基本は「人間の固有の尊厳に由来する」という原則であり、世界人権宣言では「拷問及び他の残虐な、非人道的な又は品位を傷つける取扱いの禁止」が条項としてはっきりと規定されています。しかし、現実的に考えてみると世界人権宣言には手続きに関する規定がありません。つまり「どのように申し立てを行うのか」が書かれていません。

  それから約20年後の1966年に世界人権宣言を実効的に担保するための国際人権法として、「市民的及び政治的権利に関する国際規約」(国際人権規約自由権規約)ができました。この国際人権規約自由権規約の第7条ではっきりと「何人も拷問又は残虐な、非人道的な若しくは品位を傷つける取扱い若しくは刑罰を受けない。特に何人も、その自由な同意なしに医学的又は科学的実験を受けない」ということが書かれています。これによって世界人権宣言には無かった法的効力ができましたが、まだ執行メカニズムが不十分であるという問題が残っています。また私たちが拷問の被害者となったり、あるいは非人道的な処遇にあったとしても、その被害を訴えるための裁判所がありません。つまり国際人権規約は世界中の政府の善意に期待するという国際法になっているのです。

  しかし、ここではっきりと記憶しておかなくてはならないことがあります。国家というものは、潜在的に最大の人権侵害の行為者になり得るということです。つまり人権を擁護する役割を国家に負わせているのですが、もう一方ではその国家が人権侵害を侵すということなのです。アムネスティ・インターナショナルの指摘によると、現在世界の140カ国以上で組織的な拷問が行われているといわれています。またもう少し慎重な見解を述べている国連人権委員会特別報告者によると、70カ国以上で拷問が行われているとも言われています。このように国際人権法で定められていることが、実際に実施されていないということに、私たちはフラストレーションを感じざるをえません。また不処罰という問題があります。人権侵害を侵した者がそのまま放置されているのが大きな問題としてあるのです。

ヨーロッパの人権条約の独創性

  以上のように実効性がない、あるいは不処罰のまま放置されているという問題に対し、ヨーロッパではヨーロッパ人権条約を1950年に作ることによって対応をはじめています。

  この条約の成立当初は西ヨーロッパの20カ国ほどの比較的裕福な国だけが参加していましたが、現在は旧ソ連圏の東ヨーロッパの国々やロシアも条約に加盟しています。

  ヨーロッパ人権条約の前文には「世界人権宣言に掲げる権利の若干のものの集団的な実施を確保するための最初の措置をとることを決意して、」と書かれています。そこには世界人権宣言をはじめとするシステムや国際人権法に対する批判が込められているのです。つまり世界人権宣言には実施措置がないということです。

ヨーロッパ人権裁判所の独立性

  ヨーロッパ人権裁判所は、世界で初めて独立し、国家を超えた裁判所として設置されることになりました。これはいかなる行政権からも独立し、人権を擁護する裁判所となります。もう一つの独創的な点は、条約違反の人権侵害を受けたと信じる個人がストラスブルグにある裁判所に不服申し立てをする権利を与えられたということです。

  また、ヨーロッパ人権裁判所は英国、フランスを含む多くの国家が犯した人権侵害について明確に批判しています。またこの人権裁判所の判決によって人権侵害を行なった国家は被害者に補償を支払う義務があり、裁判所は、その国で起こっている人権侵害を解消するために手続きを改正するなどの義務を課すこともできます。

  ヨーロッパ人権裁判所の判決の多くは、被拘禁者に関係しています。例えば刑務所や警察署や精神病院などの拘禁施設内での人権侵害に関わっています。

  国家を訴えた被拘禁者に関する虐待の判例として、国家によって通報がされたケースもあります。例えば、アイルランドがイギリスを訴えたケースがあります。これは北アイルランドでイギリスが行ったテロリストと言われた人々に対する拷問をアイルランドが訴えた事件で、人権裁判所も拷問を認めてイギリスを批判したのです。

  こういった判決を通じてヨーロッパ人権裁判所が拘禁に関する問題として、尋問中の拷問、長期の独房拘禁、肉体的拘禁、強制摂食、不十分な医療などといった状況が明らかなったのです。

ヨーロッパ拷問防止委員会の必要性

  80年代に入ってからこれらの問題を防止するために新しいシステムが作られました。それが拘禁施設訪問制度です。また1991年から実際には動き出しましたが、1989年に制定されたのがヨーロッパ拷問禁止条約です。これはヨーロッパ人権条約の第3条にある「拷問の禁止」の条文に基づいて作られたもので、もう一つ重要なことはこれに基づいてヨーロッパ拷問防止委員会(CPT)が設置されたということです。これは拘禁に焦点を当てており、予防的措置を取るということを重点として置いています。

  このもう一つの委員会ができることが、なぜ重要なのでしょうか?どこが創造的なのでしょう。

  まずCPTには例外なく全ての拘禁場所への無制限のアクセス認められているという点が重要です。また全く予告なしに委員が刑務所などの拘禁場所を訪問し、被拘禁者に対して委員は立会人なしに面接できます。そしてその施設にある被拘禁者に関する登録および全記録を調べることができます。しかし今までこういった訪問制度が無かったため、刑務所の所長、警察署長に対しては非常に厳しい状況になりました。


CPTの訪問場所

  過去12年間にCPTが訪問したのは警察署や刑務所が大半でした。最近ではロンドンやパリなどにある大きな空港の入国前の待機場所への訪問にかなりの時間を費やしています。最近、3週間ほどの期間をかけてロシアの約1万人の囚人を乗せた護送列車に委員も乗りました。なぜなら明らかに人権侵害が起こりやすい状況にあるからです。これ以外にもCPTはいろんな所に訪問していますが、今日は刑務所に焦点を当てたいと思います。

CPTの刑務所訪問

  刑務所といっても色々な種類な刑務所があります。日本も刑務所と言っても未決被拘禁者を拘禁する場所、既決被拘禁者を拘禁する場所、医療刑務所や、青少年や女性を拘禁する場所などがあります。またその規模についても、トルコのイムラリ島でオジャラン服役囚1人を拘禁して800人以上の刑務官が警備している所から、ロシアのサンクトペテルブルグにある1万人以上の囚人のいる規模の刑務所まであり、都市部や農村部、北極圏や熱帯地方の刑務所などその形態も様々です。

  委員は刑務所につくと、刑務所長と次席に会い、1〜3時間面談をします。この最初の面談で規則の検査、記録の査察、詳しい調査用の受刑者ファイルのチェック、最近の懲罰報告書の検査、過去5年間の全ての死亡リストの調査などが行われます。

  しかしこういったことを数時間続けていると、その間に囚人を他の場所へ移すことも可能になってしまいます。そこで最初のグループが所長と会っている間に、別のグループが同時に拘禁施設に入ります。こちらのグループは独房での生活状況、その広さや換気や気温、汚れや臭いといった生活状態を調べます。

  また刑務所の衛生状態や運動・作業場の環境がどうなっているかを観ていきます。

  できるだけ早くみなければならいのが懲罰房です。身体拘束具や高圧水のホースや棒といった拷問的処遇を加える物も調べます。そして医療サービスがどうされているかについても調べていきます。また、先述の通り立会人なしで受刑者と面接を行ないます。その際に受刑者は虐待や不適切な処遇ついて訴える場合には、その証拠としてカルテがどうなっているのかも調べます。

  平均的なヨーロッパの刑務所の収容人数は2000人になり、4,5日間の調査期間が必要になります。これらの調査は非常にハードな作業で、朝8時に始まって夜の8,9時まで続きます。例えば夜に虐待が行われているという情報があれば、真夜中に面会を要求するということもあります。


刑務所での人権<過剰収容問題>

  以上のような訪問をCPTは12年間続けてきましたが、どういったことが見つかったかを説明したいと思います。過密収容などについては所長もあからさまに問題を指摘します。つまり19世紀の刑務所を使っているためヨーロッパのほとんどの国においてこの問題が大きいわけです。そしてこの指摘は政府に問題を突きつけるときに非常に重要になりますが、刑務所長はそのような問題について委員が報告することについて全く問題にしません。なぜならこれは自分にとっても問題があると考えるからです。しかし虐待となるとそうはいかなくなります。

刑務所での人権<虐待>

  虐待の実態として、非常に長期に及ぶ独居拘禁があります。何ヶ月間も他の囚人と話もできず、自分の房にいるときでも手錠や鎖をつけられるといった身体的拘束を受けています。また殴打や医療サービスを受けさせないということも非常に頻繁に起こっています。

  特別な虐待として、ハンガーストライキ中に強制摂食させることが、いくつもの国々で問題となっています。また妊婦が手錠で手足を抑制された状態で出産させられる、子どもが成人向けの刑務所に収容される、刑務所職員によって性的虐待や屈辱的な処遇を受けるなどの驚くべき虐待も報告されています。

  全ての被拘禁者にも同じように人権侵害が起こるのですが、特に虐待を受ける危険性の高い集団もあります。それは外国人、少数民族、未成年者、女性などです。それ以外に性犯罪者は、刑務官だけでなく他の囚人からも虐待される危険性が高いためCPTは特に注意してみています。

  政治犯への人権侵害ですが、政治犯自体を認める国はありません。しかしトルコのケースで、6ヶ月に渡り弁護士も家族も訪問できなかったことをCPTが訪問して明らかにしたということがあります。

刑務所での人権<CPTの行動>

  こういった問題に対してCPTは、政府への勧告を行うことがあります。これに対し政府は期限内に回答しなければなりません。特に重大な問題があった場合、その場で即時に通告することができます。この場合は3ヶ月以内に改善しなければなりません。

  また政府が全く対応していないとCPTが認めた場合、CPTは公式に声明を発表することができます。これまで12年間の間に4回の声明を公表しています。一番最近では1週間ほど前にロシアによるチェチェンへの拷問に関する声明が公表されています。

名古屋刑務所事件とその防止策

  新聞によると名古屋刑務所において身体的虐待があり、手錠などの身体拘束具を用い身体が拘束され、多くの被害者が出ています。このような虐待があれば、警察や司法機関がきちんと調べて対応しなければなりません。もしCPTが名古屋刑務所を訪問するとすれば、検死報告書はあるか、過去に同様の事件がなかったかの調査、被拘禁者に面接してどのような処遇がなされていたかの聞き取りが行われることになるでしょう。

  ではどうすればこのような虐待は防止できるのでしょう。それにはまず十分な数の職員が必要です。そして職員に対してできるだけ早い段階で人権についての訓練を行なわなければなりません。また被拘禁者を常に拘禁するのではなく、仕事やレクリエーションといった活動を認めていくことも必要です。

  そして独立した機関に対して報復の恐れなく苦情申し立てができるようにしなければなりません。ヨーロッパでは、CPTの考えによって各国で国内に独立した査察制度を作り、監督官が刑務所や警察を訪問する制度ができました。これらが名古屋にはあったのでしょうか?CPTやヨーロッパ人権裁判所についてウェブサイトがあります、そちらからぜひ情報を集めてみてください。