講座・講演録

部落問題・人権問題にかかわる講座情報、講演録を各カテゴリー毎にまとめました。

Home講座・講演録>本文
2003.10.28
講座・講演録
部落解放研究124号より
1998年10月31日発行

「大阪府識字学級・日本語読み書き教室等学習者調査」の結果を読む

岩槻知也(大阪大学)

はじめに

  1996年3月、大阪府教育委員会は「市町村における識字学級・日本語読み書き教室等の調査」(以下「教室調査」と記す)を実施し、大阪府下にある被差別部落の識字学級や公民館などの日本語読み書き教室の実態を把握した。この調査で明らかになったポイントは、大まかに(1)府下44市町村のうち、32市町において120教室が開設されている、(2)この120教室のうち、43(36.0%)が被差別部落(同和地区)の識字学級(以下「地区教室」と記す)、36(30.0%)が公民館等の教室(教育委員会所管の教室)、22(18.3%)が民間ボランティアによる教室、12(10.0%)が公益法人(国際交流協会等)による教室、7(5.8%)が首長部局所管の教室である。(3)学習者総数は36,663人で、その内訳は地区教室1,336人(36.5%)公民館等の教室777人(21.2%)、民間ボランティァによる教室739人(20.2%)、公益法人による教室626人(17.1%)、首長部局所管の教室185人(5.1%)である、(4)学習者3,663人のうち、女性が2,869人で全体の78.3%を、また外国人が1,811人で49.4%を占めている。

  とくに外国人の比率については「地区教室」が7.4%であるのに対し、「地区外教室」(被差別部落の識字学級以外の教室)では73.6%ときわめて高率を示している(1)。タイトルに示した「大阪府識字学級・日本語読み書き教室等学習者調査」(以下「学習者調査」と記す)は、主にこの1996年の教室調査で把握された教室の学習者を対象として、1997年7月、大阪府教育委員会が実施したものである。筆者の知る限り、識字・日本語教室の学習者を対象としたこのような大規模な調査は、他に類例がないように思われる。本稿では、この学習者調査によって得られた貴重なデータをもとに、大阪における識字活動の現状と今後の課題の一端を探ってみたいと思う。

1 調査の概要

本調査の対象となったのは、先述の教室調査で把握された教室と、その後新たに開設された教室を含む125教室の学習者のうち、1997年7月7日から同月22日までの調査期間内に教室に出席した人である。調査方法については、教室の担当者や講師が、あらかじめ学習者に調査目的・内容等の説明を行ったうえで、学習者自身が質問紙に回答するという形をとった。

  このように本調査では、回答者の自記を原則としたが、必要に応じて調査者が設問文を音読するなどして、回答者の理解を助けるといった柔軟な方法がとられている。また、日本語の会話や読み書きができない回答者のために、6ヶ国語(ハングル・中国語・英語・スペイン語・ポルトガル語・タガログ語)に翻訳された質問紙が準備された。最終的には、28市町99教室から1,612の質問紙が回収されたが、有効回答数は1,594であった。なおこの数は、前回の教室調査で把握された学習者総数3,663の43.5%にあたる。

 調査の項目については、(1)属性(性別・年齢・居住地・出身国・居住年数・同居人の有無・仕事の有無)、(2)母語の読み書き能力、(3)日本語の会話や読み書き能力、(4)日常の生活行動能力、(5)教室での学習に関わること、(6)日頃の関心や悩み、(7)日本語の読み書きに不自由している知り合いのこと、という7点にポイントが絞られた。

2 集計結果の記述・分析

  96年の教室調査の結果と同様に、今回の調査でも、とくに地区・地区外教室の回答者の特徴に大きな違いのあることが明らかになった。そこで本稿では、この地区・地区外教室の特徴の違いを中心にすえて、集計結果を記述・分析する。ちなみに本調査の回答者となった99教室1,594人の内訳は、地区教室が43教室523人(32.8%)、地区外教室が56教室1,071人(67.2%)である。なお紙幅の都合上、いくつかの設問については、結果の記述を省かせていただいた。ご了承いただきたい。(詳細は、大阪府教育委員会社会教育課『大阪府識字学級・日本語読み書き教室等学習者調査報告書』、1998年10月、を参照のこと

(1) 属性

  まず性別でみると、全体の70.3%が女性、29.7%が男性である。これを地区別にみると、地区で女性82.9%・男性17.1%、また地区外で女性64.2%・男性35.8%と、地区外教室で男性の比率がかなり高い。また年齢については(図1)、地区で50・60・70歳代の比率が高いのに対し、地区外では20・30・40歳代の比率が圧倒的に高い。この性別と年齢についてもう少し詳しくみると(図2図3)、地区では50〜70歳代の女性の比率がかなり高いのに対して、地区外では20〜40歳代の男性の比率がいくぶん高い。これらの結果から、全体の傾向として、地区教室に比較的高齢の女性が多く、地区外教室には若年・中年の男性が多いといえる。

 出身国については、全体で中国が40.8%、次いで日本34.2%、韓国・朝鮮9.9%、ブラジル4.0%、フィリピン2.0%、その他9.1%となっている。これを地区別にみると、地区では日本88.2%、韓国・朝鮮6.0%、中国4.0%、フィリピン1.1%、ブラジル0.2%、その他0.4%と約9割が日本であるのに対し、地区外では中国57.0%、韓国・朝鮮11.6%、日本10.2%、ブラジル5.7%、フィリピン2.5%、その他8.7%と約六割が中国で、日本はわずか1割に過ぎない。ここで注目すべきは、地区教室にも中国や韓国・朝鮮、ブラジル、フィリピンなどの外国出身の学習者が在籍しているということ、また地区外教室に中国出身の学習者がかなりの割合で在籍しているということである。

  そこで次に、この地区外教室の回答者の特徴をもう少し詳しくみてみる。図4は、地区外教室回答者の出身国別にみた男女比を示したものである。日本、韓国・朝鮮、フィリピン出身の回答者には圧倒的に女性が多いのに対して、中国、ブラジルの回答者には比較的男性が多く、とくにブラジルの場合、約6割が男性となっている。また表1は、地区外教室回答者の出身告別にみた居住年数を示している。とくに目をひくのは、中国出身の回答者の7割以上が「1年以内」で、「2〜3年」をも含めると、その比率がほぼ9割に達するということである。この中国出身者ほどではないが、ブラジル出身の回答者もまた、日本での居住年数が比較的浅い。これに対し、日本出身者は「生まれてからずっと」ず8割を超え、韓国・朝鮮出身者も「20年以上」が6割に及んでいる。またフィリピン出身者も、先の中国やブラジル出身者に比べれば居住年数の長い人びとである。

  同居人については、全体の15.2%がひとり暮らしである。地区別にみると地区24.3%、地区外10.9%と、地区教室にひとり暮らしの人が多いことがわかる。これを性別にみると、地区で男性13.9%、女性9.2%と、地区教室でもとくに女性のひとり暮らしが多い。図5は、地区教室の女性の年齢階層別にみた同居人の有無である。とくに60歳代以上の女性のひとり暮らしの比率が高いことは注目に値する。

  仕事については、全体の62.3%が無職である。地区別では、地区47.0%、地区外69.7%で、地区外教室にかなり無職の人が多い。これを性別にみると、地区で男性31.8%、女性50.5%、地区外で男性61.4%、女性74.1%と、とくに地区内外で男性の比率に大きな差がみられる。図6は、地区外教室回答者の仕事の有無を出身国別にみたものである。韓国・朝鮮、中国出身者の無職者の比率がかなり高いのに対して、ブラジル出身者の比率がきわめて低い(すなわち94.8%が有職者である)ことがわかる。

3 日本語の会話や読み書き能力

(1) 日本語の聞き取り能力

 日本語の聞き取り能力については「ぜんぜんわからない」「少しわかる」「半分くらいわかる」「よくわかる」の4段階で自己評価してもらった。その結果、全体ではそれぞれ7.2%、37.6%、13.0%、42.2%、地区で0.3%、2.9%、8.6%、88.2%、地区外で9.7%、50.5%、14.7%、25.1%であった。「よくわかる」と答えた人が、日本語の聞き取りに支障のない人だとすれば、地区外教室回答者の4分の3が、日本語の聞き取りに何らかの不自由をかんじていることになる。

  これを出身告別にみると「よくわかる」の比率が高いのは、順に日本91.4%、韓国・朝鮮62.9%、ブラジル24.6%、中国11.1%、フィリピン10.0%となっている。居住年数で考えてみても、20年を超える人の多い韓国・朝鮮出身者の比率が高いのにはうなずけるが、比較的居住年数の長いフィリピン出身者の非理がかなり低いことには疑問が残る。なお、比較的年数の浅いブラジル出身者の比率がやや高いこと、また日本出身者でも約1割が日本語の聞き取りに不自由を感じていることにも注目する必要がある。

(2) 日本語での会話能力

  日本語での会話能力については「ぜんぜん話せない」「少し話せる」「話したいことは半分くらい話せる」「日常の会話はできる」の4段階で評価してもらった。全体ではそれぞれ8.2%、37.9%、11.6%、42.2%、地区で0.3%、2.9%、6.3%、90.5%、地区外で11.1%、50.9%、13.6%、24.4%となっており、ここでも聞き取り能力と同様、とくに地区外教室回答者の4分の3が日本語での会話に不自由を感じていることがわかる。

  これを出身国別にみると「日常会話はできる」の比率が高いのは、順に日本94.4%、韓国・朝鮮71.1%、フィリピン40.0%、ブラジル23.7%、中国6.3%となっている。ここで興味深いのは、とくに韓国・朝鮮、フィリピン出身者の「日常の会話はできる」の比率が、先の聞き取り能力における「よくわかる」の比率よりもかなり高いということである。つまりこれらの人びとは、日本語の聞き取りには不自由していても、日常の会話ならできると感じているのである。この点に関しては、「日常の会話」の内容について、もう少し掘り下げて考えねばならないだろう。

(3) 日本語を読む能力

  日本語を読む能力については「ぜんぜん読めない」「ひらがなが読める」「カタカナが読める」「漢字が少し読める」「漢字が読める」という5つの選択肢を設け、自己評価してもらった(複数回答可)。その結果、全体ではそれぞれ7.6%、64.4%、49.6%、57.1%、18.4%、地区で1.7%。52.8%、48.9%、49.4%、50.4%、地区外で10.0%、69.1%、49.9%、60.2%、5.6%となった。

  とくに地区外教室回答者の場合、ひらがなや漢字が少し読めると感じているひとはかなりいるが、漢字がじゅうぶんに読める程度になるときわめて少数になる。また、まったく読めないと回答している人も1割に及んでいる。ちなみにまったく読めないと回答した人を出身国別にみると、ブラジル(15.5%)、中国(12.2%)が高い比率を示している。

(4) 日本語を書く能力

  日本語を書く能力についても、読む能力と同様に「ぜんぜん書けない」「ひらがなが書ける」「カタカナが書ける」「漢字が少し書ける」「漢字が書ける」という5つの選択肢を設け、複数回答を可とした。その結果、全体ではそれぞれ6.6%、66.3%、50.1%、54.2%、21.5%、地区で1.7%、54.3%、50.1%、57.2%、38.6%、地区外で8.6%、71.0%、50.0%、53.1%、14.7%となった。読む能力の数値と比較して興味深いのは、地区外教室回答者の「まったく書けない」と答えた人の比率(8.6%)が、「まったく読めない」と答えた人の比率(10.0%)を下回っているということ、また「漢字がじゅぅぶん書ける」と答えた人の比率(14.7%)が「じゅぅぶん読める」と答えた人の比率(5.6%)を大きく上回っていることである。

  ここでもまったく書けないと回答した人を出身国別にみると、ブラジル(20.7%)、中国(9.7%)が比較的高いが、中国の比率が若干下がっている。逆に漢字がじゅうぶん書けると回答した人を出身国別にみると、日本(35.5%)、中国(22.1%)の比率が圧倒的に高い。つまり中国出身者の場合、漢字を日本語の発音でよめなくでも、書くことはできるということだろう。

4 日常の生活行動能力

  日常の生活行動能力については、あいさつや世間話、買い物、テレビの視聴やカラオケ、手紙やハガキを日本語で書くなどの22項目を「簡単にできる」「難しいができる」「難しくてできない」の3段階で回答してもらった。図78は、地区・地区外教室それぞれの回答者の日常生活行動の難易度をグラフ化したものである。この数値は「簡単にできる」に1点、「難しいができる」に2点、「難しくてできそうにない」に3点という得点を与え、項目ごとに回答者の平均点を算出したものである。したがってこの数値は、1に近づくほどその行動が容易であることを示し、3に近づくほど困難であることをしめしている。

  まず両グラフを見て一目瞭然なのは、地区外教室回答者の難易度が全般的にかなり高いということである。ちなみに地区・地区外教室の難易度の平均値・最大値・最小値は、それぞれ1,238・1,620・1,052、1,978・2,592・1,306 であった。つまり地区外教室回答者の方が、日々のいろいろな生活行動に、より困難を感じているのである。それではもう少し、それぞれのグラフについて詳しくみてみよう。

  地区教室回答者の場合(図7)、難易度の最大値がかなり低いうえに、最大値と最小値の差も比較的小さい。ここではこの難易度の最大値と最小値の差を3等分し、全体の項目を「やや困難」な群(難易度1,430〜1,620)、「容易」な群(難易度1,241〜1,430)、「かなり容易」な群(難易度1,052〜1,241)の3つに分けた。

  少し長くなるが、その結果を列挙すると、(1)「やや困難」群=「政治や社会のことについて自分の意見や考えを話す」「仕事の書類を読んだり書いたりする」「日本語の新聞を読む」「履歴書を日本語で書く」、(2)「容易」群=「ハガキや手紙を日本語で書く」「役所や学校からの『おしらせ』(日本語のもの)を読む」「生まれてから今までのこと(生い立ち)を話す」「子どもの絵本(日本語のもの)を読む」「日本語でカラオケを歌う」、(3)「かなり容易」群=「近所の人と世間話をする」「テレビでニュース番組を楽しむ」「駅の自動券売機でキップを買う」「食堂で食べ物を注文する」「お医者さんに病気やけがの様子を話す」「テレビで音楽番組を楽しむ」「自分の住所を日本語で書く」「日本人に電話をかける」「テレビでお笑いバラエティーショーを楽しむ」「食料品や日用品を買う」「テレビでドラマを楽しむ」「近所の人とあいさつをする」「自分の名前を日本語で書く」となる。

  これに対して地区外教室回答者の場合(図8)、難易度の最大値がかなり高いうえに、最大値と最小値の差もかなり大きい。ここでも地区教室回答者の場合と同様の操作を行い、全体の項目を「かなり困難」な群(難易度2,162〜2,592)、「やや困難」な群(難易度1,734〜2,162)、「容易」な群(難易度1,306〜1,734)の3つに分けた。その結果を示すと、(1)「かなり困難」群=「仕事の書類を読んだり書いたりする」「政治や社会のことについて自分の意見や考えを話す」「日本語の新聞を読む」「履歴書を日本語で書く」「日本語でカラオケを歌う」「ハガキや手紙を日本語で書く」「生まれてから今までのこと(生い立ち)を話す」、(2)「やや困難」群=「役所や学校からの『おしらせ』を読む」「子どもの絵本を読む」「お医者さんに病気やけがの様子を話す」「日本人に電話をかける」「テレビでニュース番組を楽しむ」「近所の人と世間話をする」「テレビでドラマを楽しむ」「テレビでお笑いバラエティーショーを楽しむ」「テレビで音楽番組を楽しむ」「食堂で食べ物を注文する」、(3)「容易」群=「自分の住所を日本語で書く」「食料品や日用品を買う」「近所の人と」あいさつをする「駅の自動券売機でキップを買う」「自分の名前を日本語で書く」となる。

  以上の結果を概観すると、まず地区・地区外とも、より難易度が高いのは、読み書きに関わる行動である。その中でもとくに仕事関係の書類や新聞、履歴書といったものが群を抜いて高い。またハガキや手紙を書くこともかなり上位に位置している。そしてこれらの行動は、地区・地区外の難易度の差でみても、もっとも大きい部類に属している。これに対して、同じ書くことでも、自分の住所や名前を書くことについては、地区・地区外ともかなり容易な行動となっている。これは、この行動が比較的単純なものであるうえに、日常生活においてより頻繁にもとめられるからであろう。

  次に話す・聞くことに関わる行動については、概して読み書きに関わる行動より容易なものとなっている。ただし政治や社会についての考えを話すということは例外で、最も難易度が高い。またとくに地区・地区外で難易度の差があるのは、電話をかける、医者に病状を話す、生い立ちを話す、世間話をする。などであった。最後にその他の生活行動については、地区・地区外とも、食料品・日用品を買う、あいさつをする、券売機でキップを買うなどの行動がもっとも容易なものとなっている。これもやはり、日常生活において必要度の高いものばかりである。また地区・地区外で難易度に差があったのは、カラオケを歌う、テレビ番組を楽しむ、食堂で注文するなどであった。とくにカラオケを歌うことなどはもっとも難易度の差が大きく、テレビ番組を楽しむことについても、かなりの差があるといってよい。

4教室での学習に関わること

(1) 教室での学習年数

  教室での学習年数については「1年以下」「2〜3年」「4〜5年」「6〜10年」「11年以上」という5つの選択肢を設けた。その結果、全体ではそれぞれ59.0%、17.0%、7.8%、8.3%、7.9%、地区で22.3%、19.9%、14.7%、20.3%、22.7%、地区外で76.6%、15.5%、4.5%、2.6%、0.8%であった。地区教室の学習者は1年以下の新しい人から11年以上のベテランまで、かなりバラエティに富んでいるが、地区外教室の場合、1年以下の人が7割を超え、2〜3年まで含めると、その数は全体の9割を超えている。この数値は、地区外教室回答者の日本での居住年数とも密接に関わっているだろう。

(2)通学方法・通学時間

  通学方法については「徒歩」「自転車」「バイク・自動車」「電車・バス」の4つの選択肢を設けた。結果は全体でそれぞれ29.6%、27.1%、5.8%、37.5%、地区で65.4%、24.5%、8.3%、1.8%、地区外で12.3%、28.3%、4.6%、54.8%となっている。地区教室では9割の人か゛徒歩や自転車で通学しているのに対し、地区外教室では半数以上が電車やバスで通学している。

  また通学時間については「5分」「15分」「30分」「1時間」「1時間以上」という5つの選択しを設けて質問した結果、全体でそれぞれ29.2%、25.6%、21.7%、16.3%、7.3%、地区で69.1%、27.0%、3.1%、0.4%、地区外で10.0%、24.9%、30.6%、23.9%、10.6%という数値となった。地区教室では約7割の人が5分程度で通学しているのに対し、地区外教室では6割を超える人が30分以上の時間をかけて通学している。とくに地区外教室の場合「1時間」「1時間以上」と回答した人だけでも3割を超えている。つまり地区外教室の学習者は、かなりの時間とお金をかけて教室に通っているのである。

(2) 教室の認知経路

  教室の認知経路については、9つの選択肢を設け、複数回答を可とした。全体の比率が高かった項目順に、全体・地区・地区外の比率を列挙すると「教室に通っている知り合いにさそわれた」34.2%、48.1%、27.7%、「役所からの『おしらせ』で知った」20.5%、8.5%、26.0%、「家の人に聞いた」12.1%、10.2%、13.1%、「役所の人に紹介された」11.9%、3.3%、15.9%、「なんとなくうわさで聞いた」7.3%、10.8%、5.6%、「教室の先生にさそわれた」7.0%、11.0%、5.1%、「チラシで知った」6.7%、8.7%、5.7%、「子どもの学校の先生に紹介された」4.0%、5.8%、3.2%、「その他」10.4%、12.0%、9.7%となる。

  地区・地区外教室とも「知り合いに誘われる」というパターンが最も多いが、とくにこの傾向は地区教室に顕著で、約半数の人がこの項目に回答している。次に多かったのは「役所からのお知らせ」であったが、ここでは地区外教室回答者の比率がかなり高い。この傾向は「役所の人の紹介」という項目でも同じであり、とくに地区外教室の認知に「役所」が大きな役割を果たしていることがうかがえる。

(3) 教室での成果

  ここでは「教室に通うようになって良かったことは何ですか?」という設問に対して12の選択肢を設け、複数回答を可とした(3つまで)。ここでも全体の比率が高かった項目順に全体・地区・地区外の比率を列挙すると「知り合いがふえた」38.3%、45.8%、34.8%、「自分の名前や住所が書けるようになった」33.8%、24.7%、38.1%、「日本語で話せるようになった」31.7%、5.5%、43.8%、「人前でにでることに自身が持てるようになった」23.6%、34.6%、18.5%、「自分の人生をふりかえることができた」19.7%、32.6%、13.7%、「テレビを見てわかるようになってきた」12.5%、9.7%、13.8%、「差別はなくせると気づいた」12.2%、24.9%、6.3%、「近所づきあいができるようになった」10.6%、6.8%、12.3%、「新聞やチラシが読めるようになった」10.4%、14.1%、8.7%、「手紙を出せるようになった」9.3%、13.9%、7.2%、「子どもや孫に本を読んであげられるようになった」3.4%、5.3%、2.6%、「その他」8.3%、10.6%、7.3%となる。これをみてもわかるように、地区教室でかなり高い数値を示しているのが「知り合いがふえた」「人前にでることに自信が持てた」「人生を振り返れた」「差別はなくせると気づいた」などの項目であるのに対して、地区外教室で高いのは「名前や住所が書ける」「日本語で話せる」「近所づきあいができる」などの項目である。地区外教室では日本語の会話や読み書き技能の習得を教室での成果ととらえている人が比較的多いのに対し、地区教室ではこのような技能の習得もさることながら、個々人の精神的、内面的な問題について得るところがあったと感じている人が多いようである。

(4) 教室への要望

  教室への要望については7つの選択肢を設け、複数回答を可とした(3つまで)。ここでもまた全体の比率が高かった項目順に全体・地区・地区外の比率を列挙すると「困ったときに相談にのってほしい」41.6%、40.6%、42.1%、「学習時間や時間帯をふやしてほしい」33.2%、17.8%、40.2%、「特になし」26.9%、41.5%、20.4%、「ていねいに教えてほしい」25.7%、19.9%、28.3%、「身近なところに教室を作ってほしい」22.5%、6.1%、29.8%、「教材費や受講料がかからないようにしてほしい」8.8%、13.1%、6.9%、「その他」3.7%、4.1%、3.5%となっている。地区・地区外教室ともに高い比率を示したが「困ったときの相談」で、いずれも4割を超えている。

  また地区教室でかなり高いのは「特になし」で、その他の項目は地区外教室に比してかなり低い数値となっている。概して地区教室の回答者には、比較的現状に満足している人が多いのかもしれない。逆に地区外教室の数値は全体的に高いものが多く、とくに「時間を増やす」「身近に教室を」は地区教室に比してかなり高い。遠距離からでも時間をかけて通学している地区外教室回答者の学習に対する切実な要求が感じられる数字である。

5日頃の関心や悩み

(1) 現在の関心事

  現在の関心事については、12の選択肢を用意し、複数回答を可とした(3つまで)。ここでも全体の比率が高い項目順に全体・地区・地区外の比率を列挙すると「体のこと」36.4%、51.5%、29.4%、「仕事のこと」32.2%、18.5%、38.4%、「自分の勉強や趣味」31.8%、28.0%、33.6%、「子どもの教育のこと」28.8%、14.2%、35.4%、「住まいのこと」25.8%、9.3%、33.4%、「老後のこと」25.5%、50.6%、14.1%、「人とのつきあい」22.3%、19.4%、23.6%、「家族のこと」18.1%、18.3%、17.9%、「社会のできごと」12.4%、14.0%、11.7%、「町内の問題」4.8%、6.7%、3.9%、「結婚のこと」4.3%、5.8%、3.5%、「その他」3.2%、2.2%、3.7%となっている。

  とくに地区教室でかなり高い比率を示したのが「体のこと」「老後のこと」で、いずれも半数を超えている。これは属性のところで述べたとおり、地区教室回答者に比較的高齢の人が多いということと関係しているだろう。また地区外教室で地区教室に比して高い比率を示したのが「仕事のこと」「子どもの教育のこと」「住まいのこと」で、いずれも3割を超えている。地区外教室の回答者には比較的若い世代が多く、無職の人が多いことも結果に影響しているだろう。

(2) 役所への要望

  役所への要望については、8つの選択肢を設け、複数回答を可とした(3つまで)。これもまた全体の比率が高い項目順に全体・地区・地区外の比率を列挙してみると「困ったとき相談にのってほしい」57.6%、44.6%、63.7%、「安心して病院にかかれるようにしてほしい」32.4%、48.3%、24.9%、「差別をなくす取り組みをしてほしい」27.0%、43.1%、19.4%、「仕事を紹介してほしい」26.2%、9.5%、34.0%、「病院など医療機関の情報がほしい」24.0%、24.6%、23.8%、「特になし」14.8%、14.9%、14.8%、「役所についての情報がほしい」11.9%、8.2%、13.6%、「その他」2.3%、2.6%、2.2%となる。ここでも教室への要望と同様に「困ったときの相談」の比率がかなり高く、とくに地区外教室の比率は6割を超えている。また地区教室の比率が地区外教室に比してかなり高いのは「安心して病院にかかれる」「差別をなくす取り組み」で、逆に地区外教室の比率が高いのは「仕事の紹介」であった。

6日本語の読み書きに不自由している知り合いのこと

(1) 知り合いの有無および人数

  「教室に来ている人以外で、あなたの知り合いの中に日本語の読み書きに」不自由な人はどれくらいいますか?」という設問に対し、「いる」と答えた人は、全体で44.6%、地区で56.2%、地区外で39.2%となっている。また「いる」と答えた人に対しては、その人数を自由に記入してもらったが、その結果は、全体で3,588人(地区598人、地区外2,990人)となった。これは必ずしも正確な数値とはいえないが、把握することの難しい非識字者の数を推測するうえで、おおよその目安にはなるだろう。考えてみるとこの数値は、1996年の教室調査で把握された、府下の教室に参加している学習者数(3,663人)にきわめて近い。

(2) 教室に来ない理由

  ここでは「この人たちはどうして教室に来ないと思いますか?」という設問に対し、8つの選択肢を設け、複数回答を可とした(3つまで)。全体の比率が高かった項目順に全体・地区・地区外の比率を列挙すると「時間がないから」49.9%、39.5%、53.6%、「教室が近くにないから」33.0%、8.0%、41.8%、「勉強しても無理だと思っているから」26.9%、51.9%、18.1%、「勉強がきらいだから」17.2%、21.0%、15.9%、「あまり不自由していないから」15.9%、28.4%、11.5%、「お金がかかるから」15.5%、2.5%、20.0%、「教室があることを知らないから」15.1%、16.7%、14.6%、「その他」11.6%、15.4%、10.2%となっている。

  この設問には、現在教室に参加しているひとが答えているので、この結果に、参加していない人の実際の意識が反映しているとは限らない。しかしこれも前問と同様、参加していない人の意識を推測する材料にはなるはずである。地区教室の比率がとくに高かったのは「勉強しても無理」「あまり不自由していない」で、とりわけ「勉強しても無理」は半数を超えている。これに対して地区外教室の比率がとくに高かったのは「時間がない」「教室が近くにない」「お金がかかる」であった。地区教室の場合、参加の阻害要因は個人の学習への意欲であるのに対し、地区外教室の場合は時間や場所、お金といった学習のための条件にかかわる問題であるといえそうだ。

3今後の課題

 以上が「学習者調査」の結果の概略である。これらの結果に目を通してみると、地区・地区外教室の特徴の違いを改めて思い知らされる。ここでは最後に、以上の結果をもとに地区・地区外教室それぞれの問題点を簡単に整理することで、今後の課題の一端が示せればと思う。

(1) 地区教室

  まず第一に、本調査では、地区教室の学習者に高齢でひとり暮らしをしている女性が比較的多いことが明らかになった。これは今までにもいわれてきたことだが、本調査によって、ある程度量的に把握することができた。とくに60歳代以上のひとり暮らしの比率の高さには、目をみはるものがある。このような結果と関係してか、現在の関心事については身体のことや老後のことと答える人がかなり多く、行政への要望なども「安心して病院にかかれるようにしてほしい」や「困ったとき相談にのってほしい」といった項目の比率がかなり高かった。ひとり暮らしの生活で、相談できる人もあまりなく、身体のことや将来のことに不安を抱かざるを得ない学習者の姿を思い浮かべるのは、筆者だけであろうか。

  また教室での成果について尋ねたところ、「知り合いがふえた」「人前にでることに自信が持てるようになった」「自分の人生をふりかえることができた」などの比率がかなり高かった。教室という場が、読み書きの学習のみならず、友だちをつくったり、自分に自信をつけたり、自分の人生をふりかえる場になっているのだろう。学習の内容もさることながら、地区のこうした人びとが集い、交流することのできる識字教室という場が存在することの意味を、いま一度じっくりと考えてみる必要がある。

 第二に気づかされたのは、地区教室の学習者の学習年数にかなりのばらつきがあることである。筆者にとっては意外であったが、地区教室の学習者はあまり固定化していないようだ。また少数ではあるが、地区教室にも外国人の学習者が在籍している。このように、教室が一部の人だけのものらなるのではなく、多様な人びとの出入りする風通しのよい雰囲気になっていけば、教室はより活性化していくのかもしれない。

  最後に注目しておかねばならないのは、地区教室学習者の知り合いで、読み書きに不自由しているのに教室に来ない人が、600人近くもいるということである。この数を本調査の対象となった地区教室の数で割ると、一教室平均約14人となる。これは実際の数値ではないが、おおよその目安として考えても決して少ない数字ではない。そのうえこの人たちの来ない理由の多くが「勉強しても無理だと思っているから」である。このような個人の意識の問題は、一筋縄では解決できないだろう。たとえば、地区教室学習者の多くが「教室に通っている知り合い」に誘われて参加したことを考えると、現在教室に通っている人自身が、困っている知り合いを地道に誘い続けるといったことも重要になってくるだろう。そのためにもまず、いま教室に通っている学習者自身が困っている友人を誘い続けたいと思えるような、教室の雰囲気、教室の活動をつくりあげていく必要があるのではないだろうか。

2地区外教室

  まず第一に本調査では、地区外教室の学習者に外国出身の人が多いということが明らかになった。なかでも中国、韓国・朝鮮、ブラジル、フィリピンなどの出身者が多く、とりわけ中国出身者は全体の6割近くを占めている。韓国・朝鮮出身者は日本での生活がかなり長いいわゆる「オールドカマー」で、中国やブラジル出身者は、そのほとんどが日本に来て2〜3年以内といったいわゆる「ニューカマー」である。それゆえ日本語の聞き取りや会話に不自由を感じている人が、地区外教室学習者の実に4分の3に達している。

  そしてこのことは、たとえば日本人に電話をかけたり、病院で病状を説明したり、近所の人と世間話をするといった日常の生活行動にも大きな影響を及ぼしている。つまりこれらの人びとにとって、日本語の会話をマスターするかどうかは、死活に関わる重要な問題の一つなのである。したがって地区外教室ではとくに、このような人びとの強いニーズに応えられるように、生活に即した日本語の学習支援のノウハウを蓄積しておくべきであろう。

  本調査の結果で第2に注目されるのが、行政の取り組みである。教室の認知経路について、地区外教室では「知り合いに誘われる」に次いで「役所からのおしらせ」「役所の人の紹介」と回答した人の比率が高かった。これらの結果から、日本語の能力に乏しい学習者が、役所の「お知らせ」をどのようにして入手したのか、またそれをどのように読んで理解したのかという点についてはわからないが、地区外教室学習者の教室への参加に、行政の取り組みが何らかの役割を果たしていることは事実である。

  したがって学習者の教室への参加を促す行政の取り組みについて、具体的な事例を整理しておくことも重要であろう。また教室や行政への要望について、地区外教室では「困ったときに相談にのってほしい」の比率が群を抜いて高かった。地区外教室学習者にとって、日常生活での悩みや困っていることを相談できる人が、あまりにもいないのである。仕事や子どもの教育のこと、住まいのことなどを気軽に相談できるような行政のサービスや教室での生活相談が強く求められている。

  最後に強調しておかねばならないのは、やはり地区外教室学習者の知り合いで、読み書きに不自由しているにもかかわらず教室に来ない人の存在である。その数は2,990人で、1教室平均に換算すると、約53人となる。またこれらの人びとが教室に来ない理由については「時間がない」「教室が近くにない」「お金がかかる」が上位を占めている。通学方法や通学時間のところでも明らかになったように、実際に地区外教室学習者は、電車やバスに乗り、1時間以上もかけて教室に通っているのである。

  したがってこれらの人びとの場合、時間・場所・お金などの条件的な問題さえ解決すれば、すぐにでも教室にやってくる可能性は高い。実現はなかなか難しいだろうが、できるだけ数多くの教室を開設することが求められているのである。そのためにはたとえば、今後も余裕教室が増え続けるであろう学校をうまく利用するといったことも考えられるだろう。小学校や中学校なら、どの地域でも徒歩や自転車で10分もかければ通える距離にあり、気軽に立ち寄れる場所だからである。日本で何かと不自由な生活を送っている外国人にとって、職場や自宅の近くに気軽に立ち寄れるような読み書き教室があることは、たいへん心強いことなのではないだろうか。



(1)大阪府教育委員会『市町村における識字学級・日本語読み書き教室等の調査(学級調査)報告書』、1996年9月