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2003.11.13
講座・講演録
部落解放研究127号(1999.04.30)より

隣保館活動の新たな創造にむけて
―『隣保館運営の手引き』改正にたずさわって―

中尾由喜雄(全国隣保館連絡協議会)

はじめに

 昨年8月に、隣保館職員の必携書といわれる『隣保館運営の手引き』(以下「手引き」)が改正され、『新・隣保館運営の手引き』(以下「新手引き」)として発刊された。

 改正作業は、全隣協から5名、関係府県から5名の計10名に厚生省が事務局として入った検討委員会で、1997年11月20日(第1回)を皮切りに、3回の全体会と2回の作業部会を持って行われた。

 これまでの「手引き」は、1983(昭和58)年に発刊されたが、それまで隣保館活動に関しては「隣保館運営要綱」だけで、具体的な運営の指針や活動の事例をまとめた手引書は全くなかった。そこで全隣協は、全国の隣保館職員が同和問題の基本的な認識を身につけ、隣保館が同和問題解決の拠点として機能しうるよう、「職員必携書」の作成を厚生省に要望を重ね、やっとできたのが「手引き」である。

  これを基に全国で各種の研修会が行われたり、ブロック協議会や府県隣保館連絡協議会独自の手引き作成の手本にされてきた。また、隣保館職員の日常のハンドブックとして活用されるとともに、広く同和行政関係職員の参考書として利用されてきた。

 それから15年が経過し、住環境をはじめ対象地区の実態は大きく変化するとともに、残された課題や新たな問題も提起されている。また、特別対策から一般対策への移行にともない、隣保館は第二種社会福祉事業を行う施設として位置付けられたが、地域課題の解決とともに将来的展望を見すえた運営や活動のあり方を、今日的視点から見直すことも必要となっていた。

 全隣協は、1994年に『隣保館・福祉と人権のまちづくり』を発刊したが、その中で、これまで隣保館が果たしてきた役割と残された課題を明らかにし、新たな隣保館活動の創造にむけた基本的視点と具体的方向を示した。この内容が「九六地対協意見具申」に一定程度反映されたと考えるところである。そして1997(平成9)年度にはいり、「隣保館設置運営要綱」が改正されるとともに、三つの新規事業が創設された。これを機に、全隣協は、「手引き」の改訂を厚生省に要望し、できあがったのが「新手引き」である。

 作成にあたっては、全国の隣保館をはじめ関係府県・市町村ならびに多くの関係者のご協力を頂いた。誌面を借りてお礼申しあげる。

 また、直接作業に携わって頂いた検討委員の方々には、本当にご苦労を頂いた。全国共通の「手引き」という制約もあり、それぞれの意向が十分反映されず忸怩たる思いがあるものと推測する。が、それはこれからの隣保館活動に対する大きな期待と使命感の裏返しと確信している。

 隣保館が同和行政の大きな転換期を迎え、特色のある社会福祉施設として飛躍、発展を願って作られた「新手引き」、この作成に関わった一人として、その概要とこの間の検討経過を通じ、隣保館の新たな創造にむけて「新手引き」に込められた思いの一端について述べてみたい。


一 「新手引き」の構成

 内容は、『第一篇』本文(同和問題及び隣保館の概要)、『第二篇』関係機関・関係施策一覧、『第三編』資料編で構成されている。

 『第一篇』は、「同対審」答申(1965年8月)、「地対協」意見具申(1996年5月)、隣保館設置運営要綱(1997年9月)の内容を踏まえたもので、これまでの「手引き」を基本としてその後の変遷を考察・加筆し、運営実務の基本的事項を中心にまとめている。また、各府県におけるモデル的隣保館や各種事業の先進的活動事例を、都市型・農山村漁村型の類型や大型館・普通館の区分に配慮しながら10数例を紹介している。

 『第二篇』では、福祉施策を中心に一般制度の概要や相談窓口について記述し、隣保館運営の実務を行う上で参考となるよう工夫している。

 『第三編』は、毎年発行される厚生省監修「地方改善対策提要」との重複を避け、数多くの資料や諸規定・様式など隣保館運営に関わるものを採り入れている。


二 「手引き」改正のねらいとポイント

 「新手引き」作成に先立って、検討委員会で基本的方針を次のとおり確認した。

1 改訂版を作成するに至った背景

  1. 改正「手引き」については作成から10余年を経過し、この間隣保館を取り巻く社会的環境も大きく変化したこと。

  2. 「地対財特法」が平成9年3月をもって法期限を迎え、これからの隣保館活動は特別対策から一般対策に移行することとなった。

  3. これに伴い、隣保館設置運営要綱も改正され、隣保館が「同和地区及びその周辺地域の住民に対して、福祉の向上や人権啓発のための住民交流の拠点となる地域に密着した福祉センター(コミュニティーセンター)」としての役割が大きく求められていること。

  4. 地区全体の生活水準の向上および高齢者対策、障害者対策をはじめとする隣保館への住民の福祉への需要、要望が質的に変化してきたこと。

  5. 以上のような社会的要請に応えられるよう「新手引き」を作成するものであること。

2 「新手引き」の基本的性格

  1. 「同対審」答申(1965年8月)、「地対協」意見具申(1996年5月)および隣保館設置運営要綱(1997年9月)の内容を踏まえた範囲内であること。

  2. 記述にあたっては、中立公正を旨とし、運動色を出さないこと。

3 作成のねらい

 運営実務の基本事項を中心とし、新任館長、指導職員などにわかりやすいように記述し、これら隣保館職員の必携となるよう工夫すること。

4 主な内容

  1. 本文、活動事例集、諸規定・様式および資料編とする。
    また、他制度(福祉施策を中心として)の制度概要や相談窓口などについても記述する。
  2. 本文は1983年度版を基本として、その後の変遷を考察し加筆する。
  3. 活動事例集は、各県におけるモデル的隣保館や隣保館の各種事業の先進的取り組みを行っている事例について、都市型・農村型の類型および大型館・普通館の区分についても配慮しながら、10数例を取り上げ紹介する。
  4. 諸規定・様式については、隣保館運営の実務を行う上から参考となるものを紹介する。
  5. 資料編については「提要」との重複を避け、隣保館運営に資するものを中心に、簡潔なものにとどめる。

 次に、隣保館運営の現状について、運営方針・各種事業の実施状況・運営審議会の設置と内容などが全隣協委員から説明がなされ、検討・意見交換が行われた。その主な内容は次のようなものであった。

  • 「中立公正な運営」に関して、なお国会などでの関心が高い。管理規定などのモデルを「新手引き」で紹介できないか。
  • 今後ますます一般施策の効果的活用が重要となる。高齢者・障害者対策、地域福祉活動(デイサービス・配食・給食などの福祉サービスの提供)の推進や社会福祉協議会・ボランティアとの連携について、具体的な事例がほしい。
  • 関係(行政)機関との連携をシステム化しているようなモデル事例を。
  • 周辺を含めた啓発・広報活動、とりわけ若年層や女性層を対象とした事業の必要性の強調と具体的事例を。

 このうち、とくに「中立公正な運営」については、これまでいく度となく厚生省と全隣協がやりとりをしてきたところである。1987(昭和62)年に厚生省社会局長通知「隣保館活動の充実及び運営の適正化」が出されたが、その中で、「隣保館は、広く住民の参加の下にコミュニティセンターとしての活動を展開すべきであり、特定の運動団体に独占的に利用されている等の批判が生じないよう、隣保館の設置目的に沿って中立公正な運営に努め、広く国民に信頼されることが必要である」と明記された。

 この背景には運動団体間の対立から、隣保館の使用をめぐり国会質問がなされ、厚生省が答弁に苦慮したという経過がある。さまざまな論議を呼んだが、当時においても大半の隣保館は公の施設としての管理運営を行っており、指摘されるようなものはごく一部であった。それも地域ごとに歴史性や事情があってのことである。ともあれその後10年を経て、いわれる実態はほとんどなくなっている。

 この問題に関して全隣協は、「隣保館は地方自治法244条にいう(公の施設)であり、中立公正を旨とするのはあたり前のことであるというスタンスは変わりない。また、社会福祉施設として位置付けられたことで、より厳格な管理運営が求められることも当然のこととして受け止めている」ことを改めて表明した。

 その他の事柄については、全隣協は「福祉と人権のまちづくり」のスローガンの下に、自立支援、地域福祉の推進、開かれた交流の場としての隣保館づくり、人権情報の発信基地など具体的な取り組みを提唱し、数々の実践が報告されている。組織をあげて事例の提供をすることを約した。

 「新手引き」のポイントのひとつは、具体的な先進事例を紹介することであったが、全隣協ルートで多くの事例を頂いた。誌面の制限や編集上すべてを掲載できなかった。お詫び申しあげる。


三 検討委員会でのいくつかの議論

 委員会は、前述の基本的方針と意見交換をふまえ、10名の委員と事務局が『第一篇』の本文の改正原案作成と活動事例の収集を分担し、持ち寄られた原案をもとに推敲を重ねるという方法で行われた。また、資料編については事務局が準備することとした。

 この経過の中で、とくに次の諸点について提起され、一定の整理を行った。

 1 「隣保館設置運営要綱」が改正され、【第1・目的】で、これまでの「… 同和問題の速やかな解決に資する…」から「…人権・同和問題の…」となったが、特別対策が一般対策に移行することで、「同和問題は終わった。あとは人権問題」といった間違った解釈がある。隣保館は同和問題解決の拠点という視点が曖昧にならないよう、明確な解説が必要ではないか。さらに、人権というと幅が広く、とても隣保館がすべての人権問題を担いきれない、どの程度まで「手引き」で触れればいいのか。

 2 「手引き」では、“スラムと同和地区との相違点”の説明にかなりのスペースをとっているが、共通した部分で低位な生活状況が克明に著されている。このような実態はほとんどなくなってきているのだから、「新手引き」には載せる必要がないのではないか。

 1 については、隣保館が同和問題の解決をめざす施設であることを再確認した上で、誤解を与えないよう注意する。人権問題と同和問題との関係性については、96「地対協意見具申」の精神をふまえ整理する。

 また、隣保館がすべての人権問題を解決することはできない。ただ、まちづくりという観点からすれば、そこに住む高齢者や障害者、子ども、女性、外国人などの人権をなおざりにしては実現できない。それゆえに隣保館では、あらゆる人権問題をはじめ、平和や環境問題にまで亘る広範な教育啓発事業を行ってきた。その延長としての方向性を示せばいいのではないか。

 2 は、部落の悲惨な生活実態面を強調することで、偏った部落のイメージを植え付けるのではないかという心配からの提起である。これまでの啓発で反省しなければならないひとつである。ただ、表面にあらわれた地区内外の生活実態のみで部落問題を見ようとする傾向はいまだ強く、ねたみや逆差別意識がそれを象徴している。“スラムと同和地区の相違点”は、隣保館の歴史篇の一こまであり、隣保館職員の手引書としてはむしろ残しておくべきでないか。

 以上、主だったことについて紹介したが、他にもさまざまなやり取りがされたが紙面の関係上割愛せざるを得ない。限られた期間内での検討会の開催と作業であったが、検討委員をはじめ事務局が本当に真摯に取り組んだことはお伝えしたい。

 結果は、できあがった「新手引き」を見て頂くこととする。


四 同和地区が21世紀のまちづくりのモデルに(私論)

 特別対策から一般対策への移行という流れの中で、1997(平成9)年度から、隣保館は第二種社会福祉事業を行う施設として位置付けられたが、これにより「特別措置法」後の国の運営費補助が継続され、改築や施設補修などの施設整備補助が制度化された。法失効後の隣保館存続についてはさまざまな論議がかわされたが、国の財政的援助が打ち切られると閉館あるいは事業の縮小や停滞といった深刻な状況も予測された。

  隣保館の設置運営主体は市町村であり、「特別措置法」が切れても存続の意思決定は首長にある。とはいえ、財政力の乏しい多くの自治体では国の補助金の有無が隣保館存続の生命線という極めて現実的な状況があり、この危機的状況を救ったのが一般対策の受け皿であった。同和問題の解決を一般施策で対応するという方向は、全体的にさまざまな問題を提起したが、隣保館にとってはむしろ一般制度への移行が大きな前進面となった。

 しかしながら、それにも増して重要なことは、国が隣保館を恒久施設として認知したことが画期的な意味を持つということである。すなわち、隣保館が社会福祉事業法(第二条第三項第六号【隣保事業】)を根拠にしているものの、老朽化しても改築のための国庫補助はなく、傷んだ施設補修についてもまたしかりであった。

 1995年の阪神大震災ではいくつかの隣保館が壊れたり、設備や備品が使いものにならなくなったが、災害復旧対象施設である社会福祉施設などの中に隣保館は含まれておらず、復旧・再建に際して大きな問題となった。幸い、全隣協と兵庫県隣協が国に善処の要望をした結果、異例の速さ(2ヶ月後)で、隣保館・共同浴場に災害復旧費の国庫補助の次官通知が出されるというケースがあった。しかしながらこれは、あくまでも超法規的措置であり臨時的対処であった。

 ことほどさように、隣保館の約8割が「特別措置法」下で建設され、1,000館近くが活動を重ねてきたが、法が切れ建物の償却年数が過ぎれば自然消滅するという、まさに限定販売・賞味期限付の一時的(特別)施設であったわけである。

 このような不安定な状況に置かれていた隣保館が社会福祉施設に仲間入りしたことの重要性は繰り返すまでもない。その背景にはさまざまな要素が考えられる。ただこれからの隣保館活動を考えるうえで胆に命じておかなければならないことがある。それは、これまで隣保館が積み上げてきた同和問題解決を主目的とした営みが、“ともに生きるまちづくり”という社会的ニーズに対応する理論と実践のモデルとして注目されたという点である。

 隣保館の基本的機能は社会調査事業と相談事業であるが、これは部落差別に起因する生活実態を把握し、個人(世帯)の状況に応じて関係機関と連携をとりながら解決を図っていく活動である。対象地区では住宅、健康、仕事、教育といった生活の根幹にかかわるものが低位の状況で重層的に関係している。

  さらに差別という社会病理がその解決をより困難な状態に押しとどめている。これを解決するには、関係行政機関の適切な対応が不可欠である。しかしながら行政セクトの対応がばらばらであればその効果は薄い。自立支援には行政間の隙間を埋める総合的な調整機能が不可欠である。最近、ケアプランやケアマネジメントの重要性がいわれるが、まさに隣保館の相談事業はこれを実践してきたのである。

 このような活動の積み重ねとあわせ、地区では差別の実態を個人の問題から共通した地域の課題として取り組む自主的な活動(部落解放運動)の長い歴史がある。差別解消の闘いは地区内の弱者である高齢者や障害者が地域で生活できる環境づくりを中心として、互いに助け合い、支え合いながら生きていくまちづくりを地域住民のライフワークとして定着させる取り組みに高まっている。

  このような社会参加や自己実現の意欲は、さまざまなボランティア活動として表れてきている。そして隣保館の啓発交流事業の推進につれ、今や周辺地域をも巻き込んだ広範なエリアの地域活動として広がりを見せている。

 地域の特性に合った創意と工夫を、地域の主人公である住民自身が理解し協力する。さらにその地域活動に参加する。これは地域福祉の原点であり、21世紀を展望した地域づくり、まちづくりのモデルである。

 全国の隣保館の活動内容は、千差万別である。それは地域の実態がそれぞれに違うからである。都市部落のように、就労産業の基盤が弱く、子どもの教育環境がまだ不充分な地区では、生活基盤対策や地区内啓発活動に重点が置かれる。一方、生活状況に格差はない、あとは結婚や付き合いで差別しないでほしいといった地区では、周辺啓発活動や交流活動が中心に活動が展開される。

  また、混住化が進む地区ではそれこそ新しいコミュニティづくりに腐心している。それぞれに地域に根ざした隣保館活動が「特別法」の下で積み重ねられてきた。その成果の上に、「ともに生きる福祉と人権のまちづくり」という普遍的なテーマにむかって、それぞれの隣保館が活動を高めること。それが、他の社会福祉施設とは一味違った特色のある施設となり、本当の意味で恒久施設としての社会的認知がなされるのではないだろうか。

 そして、隣保館活動で培ったノウハウが、同和地区以外の多くの地域づくり、まちづくりに活かされるとき、同和問題解決の取り組みが特別な問題ではなく、国民全体の課題として認識されるものと思う。


五 おわりに

 「新手引き」では活字ポイントが大きくなった。これも隣保館職員の高齢化によるものか。2000年4月から介護保険がスタートする。“一般施策が部落を素通りしていた”実態を、国民であれば当然享受し得る権利として浸透させていった隣保館活動の歴史を振り返ってみても、避けては通れない直面する課題である。新制度を前に真価が問われるところである。

 「新手引き」が10年先も職員必携として座右の書にはならないだろう。また、そうであってはいけないと思う。同和行政の過渡期であるがゆえに、これまでの「手引き」の多くを引きずらなければならなかった。だがそれは、旧態依然という意味ではない。ゆっくりではあるが、着実に足跡は刻まれている。そのことを確認しながら、未来へむけた“隣保館活動の創造”を創造し続ける。これが隣保館である。10年後はまた新しい手引きが作られるものと信じている。

(厚健出版株式会社、1998年8月、A4版、296頁、3,200円+税)