大阪府においては、1998(平成10)年11月1日から、「大阪府人権尊重の社会づくり条例」を施行した。
本条例は、府における今後の人権施策の制度的枠組みとなるものであり、極めて重要な意味をもっている。本稿では、条例制定に至る経過や背景、条例の内容について触れながら、条例の意義と今後の課題について述べることとする。
まず、この条例制定に至る背景としては、国内外における人権尊重機運の高まりをあげることができる。
国連においては、1948年の世界人権宣言の採択以降、国際人権規約をはじめとする23の人権関連諸条約を採択し、国際的な枠組みの中で、あらゆる人の人権が尊重される社会の実現にむけての取り組みが進められてきた。その集大成として、1994年には、1995年から2004年までを「人権教育のための国連10年」とする決議を行い、あわせて、国連事務総長から「人権教育のための国連10年行動計画」が報告されたところである。
わが国においては、1995年12月に長年の懸案であった人種差別撤廃条約への加入を果たした。また、前述の「人権教育のための国連10年」の国連の決議を受け、国、地方公共団体において、積極的な取り組みが進められている。本府においても、1997(平成9)年3月に全国に先駆けて「人権教育のための国連10年大阪府行動計画」を策定し、社会のあらゆる分野に人権という普遍的文化を構築すべく、鋭意取り組みを進めているところである。さらに、人権擁護施策推進法が施行され、人権教育・啓発および人権侵害の被害者の救済に関する施策の充実強化に関して、人権擁護推進審議会において、検討が進められている。
このように人権尊重が世界的な潮流となる一方、現実の社会に目をむけると、私たちの身のまわりには、依然としてさまざまな人権問題が存在している。同和問題、女性、障害者、在日外国人、子ども、高齢者などにかかわる人権問題のほか、社会経済状況の変化に伴って、新たな人権問題の発生が懸念されているところである。子どもや高齢者に対する虐待、インターネットなど最新の通信機器を悪用したプライバシー侵害など、さまざまな問題が顕在化してきているのが実情である。今や、人権問題は、特定の人に限られた問題ではなく、まさに私たち一人ひとりの身に起こり得る問題となってきている。
他方、昨今、自己の人権だけを主張し、他人の人権の尊重という当たり前のことが十分に理解されていないといった傾向もみられるようになってきている。
こうした中で、人間の命や尊厳についての認識を深めるとともに、すべての人の人権が尊重され、個人がその個性や意欲、能力を生かしながら、自己実現を図ることのできる社会の実現が求められるようになっている。
大阪府においては、1996年度から、「大阪府差別のない人権尊重の街づくり協議会」や「大阪府人権尊重の社会づくり懇話会」を設置し、人権に関する学識経験を有する者をはじめ、各界府民の幅広い意見を聴きながら、今後の人権尊重の社会づくりのあり方について検討を進め、1998年9月議会に「大阪府人権尊重の社会づくり条例」を上程するに至った。
昨年は、人間の尊厳と権利の平等を高らかにうたいあげた世界人権宣言が採択されて50周年の節目の年であった。さらに、府における人権行政を総合的に推進するための組織として、従来の人権平和室と同和対策室を統合して、人権室を再編設置した年でもあった。この記念すべき年に、今後の人権施策推進の枠組みをつくり上げることにより、すべての人の人権が尊重される社会の実現を目的として、「大阪府人権尊重の社会づくり条例」が制定されたものである。
人権問題は、日常生活の中で生起するものであり、世界人権宣言や日本国憲法の基本理念である個人の尊厳、基本的人権の尊重を、現実の社会において実現させるべく取り組みを進めていくことが重要である。条例の制定は、このような理念を府民に普及啓発していく上で非常に大きな意義がある。また、本条例は、そのような社会づくりにむけて、府政全体を人権尊重を基軸として展開していく上での原動力ともなるものである。
続いて、条例の内容を各条ごとにみていく。
本条例は、前文と4条から成っている。前文においては、条例制定の背景および人権尊重の社会づくりの方向性をうたっている。すべての人間が固有の尊厳を有し、かつ、基本的人権を享有することは人類普遍の原理であることを確認した上で、人権に関する諸課題について、地球的視野からその現状認識を行っている。さらに、人権を行使するにあたっては、社会の構成員としての責任を自覚し、かつ、他者の人権の尊重を念頭に置くべきであるという道理を、より一層浸透させていく必要性についても言及している。
人権尊重の機運が国際的にも高まる中、大阪が世界都市として発展していくためにも、すべての人の人権が尊重される豊かな社会づくりが必要とされていることから、こうした人権尊重の社会づくりを進めるために、たゆまぬ努力を傾けることを決意し、この条例を制定することを明確にし、前文を締めくくっている。
第1条では、条例の目的を規定している。この条例が人権尊重の社会づくりに関する府の責務を明らかにするとともに、府民の人権意識の高揚を図るための施策および人権擁護に資する施策の推進の基本となる事項を定め、すべての人の人権が尊重される豊かな社会の実現を目的とすることを規定している。
第2条では、条例の目的達成に果たす府の責務を規定している。府の責務としては、施策の実施にあたって人権尊重の社会づくりに資するよう努めるとともに、人権施策を積極的に推進すること、人権施策の推進にあたって国や市町村と連絡調整を緊密に行うこと、市町村、事業者、府民との協働により、人権尊重の社会づくりを積極的に推進する体制を整備することを規定している。
条例においては、「人権施策」を府民の人権意識の高揚を図るための施策および人権擁護に資する施策と定義している。これは、具体的には、幅広い意味での人権教育・啓発施策と人権問題に関する相談・情報提供などの施策を意味するものである。人権尊重社会を実現するためには、人間の命や尊厳に関する認識を深めるとともに、人権尊重の意識を高めることが重要であるとの考えから、本条例においては、府民の人権意識の高揚を図るための施策を中心とした人権施策の積極的な推進を主たる目的としたものである。
第3条では、人権施策を総合的に推進するために必要な事項を定めた基本方針の策定を知事に対して義務付けている。基本方針の策定、変更にあたっては、あらかじめ、新たに知事の附属機関として設置する大阪府人権施策推進審議会に諮問するとともに、その答申を添えて、府議会の意見を聴くことが定められており、知事は、府議会の意見を勘案した上で、基本方針の策定、変更を行うこととされている。この基本方針は、今後の人権施策推進の柱となる重要なものであることから、府民の代表である府議会の意見を聴くことが義務付けられたものである。
第4条では、審議会が、人権施策の推進に関し、知事の諮問に応じて意見を述べる機関であることを規定するとともに、その会議を原則として公開とすることが定められている。人権施策の推進に関する調査審議については、府民に広く公開され、その透明性を確保することが重要であるため、プライバシーに係わる情報を扱う場合などを除いて、原則公開とすることが定められたものである。
さらに、附則において、大阪府附属機関条例の一部を改正し、附属機関として新たに大阪府人権施策推進審議会を設置している。
以上が本条例の内容である。
なお、条例の議決にあたっては、以下のとおり4項目にわたる附帯決議が付されている。今後は、議会での審議内容や附帯決議の趣旨を十分踏まえて、この条例に基づき人権施策の推進を図っていく。
また、条例の施行と同時に、審議会の組織や委員の報酬などを定める「大阪府人権施策推進審議会規則」を施行している。規則においては、審議会は学識経験を有する者12名以内で構成することなどを規定している。
最後に今後の課題について述べる。
本条例は、府の人権施策推進の基盤となるものである。それと同時に、条例において、施策の実施にあたって人権尊重の社会づくりに資するように努めることが求められているように、今後は、より一層府政の基礎に府民の人権尊重をしっかりとすえた施策展開が必要とされる。そのためには、行政執行に携わる職員一人ひとりが人権意識の高揚に努めるとともに、常に自己の業務と府民の人権との関連に注意を払い、府民の人権確立をめざしてその職責を果たしていくことが重要となる。
また、人権尊重の社会づくりは、行政の取り組みだけで達成されるものではない。本条例においても、市町村、事業者、府民との協働により、人権尊重の社会づくりを積極的に推進する体制を整備することが、府の責務として規定されているように、市町村、府民などそれぞれの主体的、自主的な取り組みと連携していくことが不可欠である。府としては、府民などの自主的、主体的な活動との適切な連携方策を検討するとともに、人権意識の高揚を図るための施策の展開にあたっても、市町村、府民などの自主的な取り組みを充実させるような環境整備を図っていくことが重要となる。
本条例で明らかにされた理念を現実のものにできるよう、また、個々人の人権が尊重され、それぞれが個性を発揮して、多様な生き方を選択できるような豊かな社会の実現にむけて、積極的な施策の展開に力を尽くしていきたい。
資料
すべての人間が固有の尊厳を有し、かつ、基本的人権を享有することは、人類普遍の原理であり、世界人権宣言及び日本国憲法の理念とするところである。
かかる理念を社会において実現することは、私たちすべての願いであり、また責務でもある。
しかしながら、この地球上においては、今日もなお、社会的身分、人種、民族、信条、性別、障害があること等に起因する人権侵害が存在しており、また、我が国においても人権に関する諸課題が存在している。
さらに、私たち一人ひとりが人権を行使するに当たっては、社会の構成員としての責任を自覚し、かつ、他者の人権の尊重を念頭に置くべきであるという道理を、より一層浸透させていかなければならないという課題も存在している。
人権尊重の機運が国際的にも高まる中で、大阪が世界都市として発展していくためにも、私たち一人ひとりが命の尊さや人間の尊厳を認識し、すべての人の人権が尊重される豊かな社会を実現することが、今こそ必要とされている。
私たち一人ひとりが、こうした人権尊重の社会づくりを進めるために、たゆまぬ努力を傾けることを決意し、この条例を制定する。
(目的)
第1条 この条例は、人権尊重の社会づくりに関する府の責務を明らかにするとともに、府民の人権意識の高揚を図るための施策及び人権擁護に資する施策(以下「人権施策」という。)の推進の基本となる事項を定め、これに基づき人権施策を実施し、もってすべての人の人権が尊重される豊かな社会の実現を図ることを目的とする。
(府の責務)
第2条 府は、前条の目的を達成するため、施策を実施するに当たって人権尊重の社会づくりに資するよう努めるとともに、人権施策を積極的に推進するものとする。
2 府は、人権施策の推進に当たっては、国及び市町村との連絡調整を緊密に行うとともに、市町村、事業者及び府民との協働により、人権尊重の社会づくりを積極的に推進するための体制を整備するものとする。
(基本方針の策定)
第3条 知事は、人権施策を総合的に推進するために必要な事項を定めた基本方針を策定しなければならない。
2 知事は、前項の基本方針を策定し、又は変更するときは、あらかじめ大阪府人権施策推進審議会(以下「審議会」という。)に諮問の上、その答申を添えて府議会の意見を聴かなければならない。
3 知事は、前項の意見を勘案した上で、第一項の基本方針を策定し、又は変更しなければならない。
(審議会への諮問等)
第4条 審議会は、人権施策の推進に関し、知事の諮問に応じ、意見を述べることができる。
2 審議会の会議は、原則として公開とする。
附 則
(施行期日)
1 この条例は、平成10年11月1日から施行する。
(大阪府附属機関条例の一部改正)
大阪府附属機関条例(昭和27年大阪府条例第39号)の一部を次のように改正する。
大阪府個人情報保護審議会の項の次に次のように加える。
大阪府人権施策推進審議会 大阪府人権尊重の社会づくり条例(平成10年大阪府条例第42号)第3条第2項及び第4条第一項に規定する事項についての調査審議に関する事務
附帯決議
真にすべての人の人権が尊重される社会の実現のため、「大阪府人権尊重の社会づくり条例」の運用にあたっては、知事をはじめとする執行機関は、次の諸点について格段の努力をすべきである。
- 大阪府人権施策推進審議会の運営に関しては、公正中立性及び透明性を確保すること。
- 審議会の学識経験者としての委員については、偏ることなく、幅広く選任すること。
- 本条例により、過剰な財政的な負担が生じないようにすること。
- 市町村、事業者及び府民と連携するに当たっては、その自主性を損なわないようにすること。