講座・講演録

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2003.11.13
講座・講演録
部落解放研究128号(1999.06.30)より

教育の新しい風よ北条へ
-1998年度 人権総合学習の実践から-

松永遵子(大東市立北条小学校)

1 はじめに  北条っこの姿から

 本校は創立29年目になる、生駒山の中腹にある学校である。自然環境に恵まれ、堂山古墳や野崎観音などの史蹟が近くにあるが、子どもたちの遊ぶ公園や空地のほとんどないところである。急な斜面を切り開いてできた新興住宅街と昔から居住していた人びとが混住している地域である。

 そのため、地域の教育力の育成、子どもたちに自分たちが生きる地域という自覚をもたせることは大切な教育課題である。

 さらに、北条っこは概して「自学自習する力が弱い、論理的に考える力が弱い、表現力が豊かでない、主体的に行動する力が弱い、依頼心が強い、人間とのかかわり方が上手でない」側面をもっている。反面「直感力が優れている、発想が素晴しい、衝動的に行動することもあるが、行動力には優れている。時には付和雷同することもあるが、組織力がある」という長所短所をもっている。

 一般的に今日の子どもの姿であるが、北条っこたちは特にこれらの特徴を有している。

2 学校づくりから

 「子どもの手による子どものための北条小づくり」をめざして、教育活動のすべての分野を見直し、子どもが主体的に活動する場面を多くし、深めようと1996(平成9)年度から、実践をはじめた。

  • 特別活動のほとんどは子どもが企画し、運営する活動にした。
  • 授業は、(1)授業内容 (2)授業方法 (3)授業形態のそれぞれを検討し、多様でアクティブなものにするよう試みた。
  • 地域とともに生きる「北条小」をめざし、外部の優れた知恵と知識と技術を持った人びとを授業者として迎えた。
    (「地域の先生」「北条おやじ応援隊」)
  • 自立し、自律する子どもの育成をめざし、人間の生き方、自己の生き方を問うた。北条小学校の人権総合学習はこの学校づくりの一つである。

3 北条小の人権総合学習から

1 ねらいは 

  1. 社会の変化に対応する力の育成
     北条っこが未来への夢や希望を抱きながら21世紀を生き抜く力を培うこと
  2. 課題解決や探求活動を主体的、創造的に取り組む態度の育成
     北条っこの直感力と発想と行動力を生かして、課題にむかう力を涵養すること
  3. 学び方やものの考え方の基礎を築く
     北条っこが多様な視点でものごとを考え、自分で学習していくことができる力を培うこと

2 テ-マは

  • ふるさと北条を学習素材とする。
  • ふるさと北条の自然環境、生活環境、社会環境を探る。
  • 人間を愛し、人権を尊重する課題を追求する。(福祉教育、男女共生教育、国際理解教育、部落問題、「障害」児者問題、民族問題など)

3 特徴は

  1. 体験を大切にする
     子どもたちが生活の中で直接体験することが少なくなっている。特に低学年では体を通して学ぶ(マネブ)ことが必要である。1〜2年生は総合生活学習の中で遊び体験、自然環境にふれる体験、くらしの模倣体験を大切にしている。

  2. 生活との結びつきを大切にする
     地域や子どものまわりにある素材を対象とする。
     子ども自身の実感や必要感、興味・関心と結びつける。
     子どもが学習しようとする時、すぐそばに学習素材があるということは、課題への追求、検証を可能にし、実感できる。また、自己の生活を振り返ることもできる。

  3. 自然や地域の人びと・文化とのふれあいを大切にする
     恵まれた自然環境の中に北条は存在している。その自然を体と心で感じさせる活動、自然と人間がどのようにかかわり、生きてきたかを学ぶ活動を大切にしている。
     地域の人びとの生き方、くらしに接し、人間を愛する心を培う。子どもたちが多くの感化を受けるのは人との出会いである。北条小では教職員だけではなく、多くの外部の優れた人材に「地域の先生」として、さまざまな場面で指導していただいている。
     さらに、3、4年生では自分たちが生きていく場所としての、地域学習を大切にしている。その中で地域で生きる、地域を大切にする気持ちが育つ。

  4. 子どもの主体的な活動とその過程を大切にする
     課題に対して、立ち向かう力や解決する力は子どもがその事柄に対して、試行錯誤を繰り返し、苦労し、挫折することによって学び、獲得できるのである。北条小では、調査、探求活動は可能なかぎり子ども自身が行うよう指導している。活動の過程でさまざまな人びとの拒絶や、取り組めないできごとに出会う。また、あたたかい人びとの援助や、子どもの疑問を受け入れる社会のしくみと出会う。これもまた、学習であり、そのような出会いも課題の一つである。

  5. さまざな活動を組織する
      人権総合学習は現実に対してどのように、切り込んでいくかという学習である。現実は多様で複雑である。その現実に対して、多様な角度で取り組むためには、発展性のあるテ-マでなければならない。

4 なぜ、人権総合学習なのか

 1971(昭和46)年創立以来本校では、「差別の現実に深く学び、生活を高め、自ら進んで未来をきりひらく子どもを育てる」ことを教育目標に掲げてきた。人間を愛し、人権を尊ぶことを教育の主要な課題として、実践してきた。29年間の歩みの中で、時には人権学習を子どもの認識とすれ違ったところで実践したり、テ-ゼとして押しつけになったところや理性としては学習させても、感性を変えるところまでは迫りきれなかったところも存在した。

 しかし、子どもたちが生きるということは人間を愛し、人権を尊ぶということであることには変わりない。本校の大切な教育課題である。

 人権総合学習の中で現実社会に対して、主体的に考え、悩み、事にあたり、討議し、自分の意見を表現することは子どもが自立していくことであり、自他の人権を尊重することを学ぶことでもある。

 本校では、既存の教科、科目、分野の枠をはずして、知識や技能を総合的に学ぶことのみを総合学習と考えていない。

 学習する過程で子どもたちが「ものごとを考える基礎」を育成するもの、いわば、価値観の基礎を築くものと考えている。

 以上の観点から本校では「人権総合学習」としている。

5 人権総合学習は学年によって違いはあるのか

 1、2年生  総合生活学習

  • 低学年の認識力の未分化の時期に教科の体系に基づいて教授するのではなく、体験や活動を重視することによって、自立への基礎を築く。
    「遊び」「マネビ」「ものを造る」活動を中心とする。

 3年生  入門総合学習

  • 学習者を取り巻く現実社会を多様な角度から総合的に考え、学習していく活動が総合学習である。
  • 入門期である。継続的に行える活動、素材が適切である。
  • 学習者の日常生活に立脚して素材、飼育栽培などの自然環境への働きかけを必要とする素材も適切である。
  • 表現活動は身体表現、言語表現、造形表現、音声表現などを中心に行う。
  • 学習したことを構成員(学習者)全員で共有することが大切である。学習内容を個人のレベルにとどめないで、共有することによって、さらに学習者が学ぶことができるため、共有化活動を大切にしている。同時に表現活動とリンクさせている。

 4年生  人権総合学習

  • テ-マ性を大切にするのが、総合学習である。
  • 「ふるさと北条」「人間を愛し、人権を尊重する」ことがテーマである。
  • 言語活動を中心として総合化をはかる。表現活動は言語活動を中心としている。

 5〜6年生  人権総合学習

  • 価値観の基礎を築くことが大切であるから、できるだけ多様な方向から考えさせることが肝要である。
  • 学習した事柄について、自分の意見を論述できるところまで追求する。
  • 総合化ではディスカッションできることが必要である。

6 どのように展開するのか

  1. 子どもが課題にであうこと
     課題にであうように指導者が仕掛けることが肝要である。よい出会い(テーマ)がこどもの学習意欲を喚起し、活動を多様にする。

  2. 課題を明確にすること
     テ-マを設定した時から、課題と仮説がはっきりしていることもあるが、活動の中から課題が見えてくる時もある。したがって、前提となる大きな課題とその時-の小さな課題を明確にすることは指導者の任務である。
     「モンゴルの人びとに出会った」「日本人と似ているところもあるけど、違うところもある」モンゴルを知る活動が始まる。「もっと他の国のことも知ろう。そして、世界の国を知る活動へと発展し、世界と日本のあり方を考え始める。

  3. 課題解決の方法を探り、計画をたてること
     「北条田んぼの稲が、虫やすずめに食べられた」「風がきつくて稲が倒れそうだ」解決方法は 子どもが考え、悩み、調査し、探求するのである。子どもたちの発想を大切にしながら、方法の是非についての討議を大切にする。支援活動は惜しまない。

  4. 計画にもとづいて解決に必要な資料となる知識と知恵を集めること
     調査、探求、インタビュ-、体験(直接、間接)、情報収集活動、試行活動などを実行させる。

  5. 課題解決の見通しや仮説をたて、解決方法にしたがって実行すること
     この時の思考活動や討議活動、表現活動が解決方法を確かにしていく。また、解決方法を実行していく時に出会う困難や挫折を大切にし、それを乗り越える方法を考えさせる。

  6. 解決した課題の中から新しい課題へと発展させること
     「稲は収穫できたが、他の食糧は大丈夫か」「日本の食糧と自分たちの食生活は」などの発展性を追求する。

7 本校の学年別の展開

  図表を参照。

8 人権総合学習でどのような力がついているのか

 人権総合学習だけで生きる力がつくと考えるのは間違いである。最初に述べたように教育活動のすべての分野に新しい教育の風を吹き込まないと子どもたちの学ぶ力は培うことができないと本校では考えている。

 このような前提で少しばかりの子どもたちの変わり方を述べる。

1、2年-
コミュニケ-ション力、異年齢での交流を通して、人とのかかわり方を学んだ。また、自分の意見を主張することを学んだ。
3年-

自学する力、知りたい、調べたいと主体的に学習する意欲が芽生えた。
身体表現、言語表現する力がついた。

4年-

自学する力、主体的に課題を見つけ、解決する力がついた。
論理的に説明する力、紙芝居やパンフレットづくりで要点をまとめて表現する力がついた。

5年-
物事を探求する楽しさを学んだ。
ポスタ-セッションを通して言いたいことをまとめたり、インパクトのある話し方をする表現力がついた。
6年-
卒業論文の制作を通して、論理力、思考力、表現力、物事を探求する力を身につけ、達成感を味わった。