グローバルスタンダードとしての子ども権利条約
私はこれまで様々なNGOに関わりながら子どもの権利条約の普及促進活動に取り組んできました。また子どもの権利委員会については第2会期以降傍聴を続け、日本政府報告審査の際には様々なNGOと連携してNGOの視点からの報告書を提出するなどの活動を行ってきました。そこで今回は国連子どもの権利委員会において日本の状況がどう捉えられ、どのような勧告が行われたのかについて、特に差別と人権救済機関の問題を中心に報告していきたいと思います。
まずこれまでの経緯を簡単に説明しておくと、子どもの権利条約が国連で採択されたのが1989年11月20日で、現在アメリカ合衆国(以下、アメリカ)とソマリア以外の192カ国が批准しています。ソマリアについては現在中央政府が機能していないため国際条約に加盟できる状況ではありませんが、既に条約への署名を済ませていて、国内情勢が落ち着けば批准される可能性は高いです。
一方他国の人権状況に口うるさいアメリカが批准していない理由としては、アメリカが孤立主義的な立場をとる傾向がある国であることや、市民権には積極的であっても社会権には非常に否定的であることなどが上げられます。子どもの権利条約の中に表現や宗教の自由などがアメリカの強い働きかけによって盛り込まれましたが、教育や健康に関する権利はそれぞれ個人の責任によるものだとするのがアメリカ政府の基本的な立場です。従ってそれら社会権に関する条項が条約に多く盛り込まれていることが、アメリカの批准しない大きな理由の1つになっています。また子どもが権利行使の主体であるとする条約の子ども観に反対する人も多く、そういった人々が現共和党政権を支えていることも大きな理由になっているのではないでしょうか。
今後もアメリカが条約を批准することは当面ないと思われますが、この2国以外の全てが批准していることから考えても、この条約が子どもの権利のグローバルスタンダードだといえます。
子どもの実態が明らかにされていない日本政府報告書
日本は1994年4月に条約を批准しており、その10年後の今年、国連子どもの権利委員会で日本の第2回政府報告書が審査されました。他の人権条約と同様、子どもの権利条約でも締約国政府は国連子どもの権利委員会に定期的に報告書を提出する義務が課せられています。これが年3回3週間ずつ開かれる会期中に18人の委員によって審査され、勧告等が出されます。
日本の第1回報告書は96年に提出されましたが、その内容は法律や制度の羅列にとどまっていて日本における子どもたちの実態がほとんど明らかにされていませんでした。権利委員会は単に政府から提出される報告書だけで審査を行うのではなく、様々な国際機関やその国で活動しているNGOからの情報も活用しながら審査を行っています。従って日本の報告書に対してもそれらの情報を活用しながら審査が行われ、98年に委員会から約22項目の勧告を含む第1回総括所見が出されました。
これを受けて、次の報告では、それらの勧告をどう受け止めて実行に移したのか、そしてその結果子どもたちの状況がどのように改善されたのかについての報告が求められます。ところが日本政府が2001年に提出した報告書は、前回同様子どもたちの実態が明らかにされていない、非常に不十分な内容でした。例えば前回は一言だけ触れられていた同和問題という言葉が削除されており、また前回の審査で多くの時間を割いて議論した在日韓国・朝鮮人の子どもへの差別の問題についても一切触れられていません。またそれ以上に、前回の勧告を日本政府がどのように受け止めたのかが見えてこないという問題があり、勧告を無視していると思われても仕方がないような内容になっていました。
この報告書に対する審査が今年の1月28日にジュネーブで行われ、1月30日に第2回総括所見が出されたわけです。しかし非常に短時間で出されたためにいくつか抜け落ちている課題もあり、議論された全てがそこに反映されているとは言えません。
第2回総括所見の8つの特徴
今回の総括所見を細かく説明することはできないので具体的な内容は直接読んでいただきたいのですが、この所見では27項目の勧告がなされていて、全体の特徴としては以下の8点があげられます。
- 権利基盤型アプローチの必要性について言及されている、
- 総合的対応の必要性が多くの課題について指摘されている、
- 施策の評価の必要性が指摘されている、
- 全体として前回の勧告よりも具体的になっている、
- 子どもをはじめ様々な主体との協議・協力の必要性が強調されている、
- 自治体の前向きな取り組みが歓迎・奨励されている、
- 意識啓発や教育・研修が重視されている、
- 事後的対応のみならず予防のための取り組みが重視されている、
この中で特にキーワードになるのが「権利基盤型アプローチ」という言葉ではないでしょうか。これはまだ一般に馴染みの薄い言葉かも知れませんが、もともとは開発の分野で、開発は人権を中心に置かなければならないという問題意識から出てきた言葉です。それが子どもの権利の世界でも使われるようになりました。例えば子どもに関わる立法作業や政策立案は子どもの権利保障を最大の目的としなければならないのであって、教育に関して言えば、国家にとって役立つ人間をどう育てるのかではなく、子どもたちの学習権を保障するためにはどういった対応が必要かを考えます。つまり子どもの権利を出発点にし、且つ子どもの最善の利益を第一義的に考慮しなければならないということです。
権利基盤型アプローチについてもう少し説明しておくと、第1に、条約で求められているのは恩恵や福祉を施すことではなく、権利の保障です。従って締約国は、在日外国人の子どもを含む1人1人の子どもに権利を保障する国際法上の義務があり、その義務の履行について、国際社会と子どもを含む全ての市民の両方に対して説明責任を果たさなければなりません。この説明責任を果たすためには、これまでの措置をしかるべき形で検証・評価することも必要です。
第2に、基本的人権は相互に依存・関連しあっており、ばらばらに切り離すことはできません。つまり条約の効果的実施のためには、縦割りではない総合的対応が随所で求められます。そのためにも青少年育成施策大綱の全面的見直しは必要ですし、国内法整備や児童虐待防止、障害児の統合など他の多くの分野でも総合的対応をとることが勧告されています。
そして第3には、権利の保障は子ども及びその周りの大人が持てる力を十分に発揮・強化できるようにすること(エンパワーメント)を通じて進められなければなりません。そのためには対話・協力・パートナーシップの精神が必要ですし、特に子どもの意見を正当に尊重すること、子ども参加を促進することが求められます。
社会的差別に対する懸念の勧告
以上のような総括所見の特徴を踏まえて、具体的勧告を見ていきたいと思います。まずは差別の禁止についてです。子どもの権利委員会は前回の審査の時から差別の問題に強い関心を示していて、今回の審査でも7名の委員がそれを取り上げています。「政府報告書に書かれている措置はどのぐらい効果的予防につながっているのか」、「差別事件はどのぐらい通報され、被害者への賠償や加害者への処罰も含めてどのように対応しているのか」と、これまでの施策の効果を問う質問も出されましたが、これらに対する政府代表の答弁は不十分なものでした。
そこで所見ではまず婚外子に対する差別、及び女子・障害児・アメラジアン・コリアン・部落・アイヌの子ども、その他のマイノリティーグループならびに移住労働者の子どもに対する社会的差別が根強く残っていることへの懸念を表明しています。そしてこれを受けて、婚外子差別の撤廃と、先に述べたさまざまなグループの子どもに関して社会的差別と闘い且つ基本的サービスへアクセスできるよう、特に教育及び意識啓発キャンペーンを通じて締約国があらゆる必要な積極的措置をとるように求めた勧告がなされています。また2001年に南アフリカで開かれた反人種主義世界会議で採択されたダーバン宣言及び行動計画をフォローアップするために締約国がとった措置のうち、子どもの権利条約に関わるものについての具体的情報を次回の定期報告書に記載するように要請がなされています。
人権救済機関の独立性について
もう1つの勧告のポイントとしては、独立した人権救済機関の問題があります。この点については前回も勧告を受けていますが、今回はまず条約の実態を監視する独立したシステムが全国規模で存在しないことへの懸念が表明されています。また政府が設置しようとしている人権委員会が法案では法務大臣の監督下におかれる構想である点について、その独立性への懸念が表明されています。加えて、計画されている人権委員会には条約の実施を監視する明示的な権限が与えられていないことへの懸念が表明されています。しかし同時に、人権委員会の設置に関する法案が再提出される予定である点とあわせて、川西市・川崎市・埼玉県の3つの自治体が地方オンブズパーソンを設置したことも歓迎しています。
そして以上の点を踏まえ、<1>計画されている人権委員会がパリ原則に従い独立した効果的機構となるように人権擁護法案を見直すこと、<2>人権委員会が条約の実施を監視するという明示的な権限を有して、子どもからの苦情に迅速に対応し且つ条約に基づく権利の侵害に対して救済を提供することを確保すること、<3>自治体における地方オンブズマンの設置を促進し、人権委員会が設置されたときには地方オンブズマンが同委員会と調整するための制度を確立すること、<4>人権委員会及び地方レベルのオンブズマンに十分な人的及び財政的資源が提供され、且つ子どもが容易にアクセスできるものとなることを確保することという勧告がなされています。
以上の点以外にも、子どもの権利保障のための総合的政策、広報・研修、子どもの意見の尊重及び子ども参加についての重要な勧告もあるので、そちらもぜひご覧ください。
自治体・企業の行動計画策定義務
昨年、次世代育成支援対策推進法が制定され、これに基づいて全ての自治体と従業員300人以上の大企業に行動計画の策定が義務付けられました。この法律は少子化対策の法律であって子どもの権利を保障しようというものではないのですが、これに向けて出された行動計画策定指針は、差別の問題については配慮が薄いという側面はあるものの、内容は決して悪いものではありません。
例えば
- 子どもの視点、
- 次代の親づくりという視点、
- サービス利用者の視点、
- 社会全体による支援の視点、
- 全ての子どもと家庭への支援の視点、
- 地域における社会資源の効果的な活用の視点、
- サービスの質の視点、
- 地域特性の視点
という8点の次世代育成支援の基本的視点が示されていて、これらが権利基盤型アプローチを実践するきっかけの1つになるのではないかと私は考えています。
いずれにしてもこれは義務ですから、今後はこの指針に基づいて行動計画が策定されることになります。その過程で子どもの権利の視点が少しでも強化されるように働きかけを行っていく、あるいは行動計画の中で子ども参加を進めるように働きかけていけば、自治体レベルで子どもの権利を進めていける可能性も十分に出てくるのではないでしょうか。
そのため、今後は皆さんにも自治体や企業での行動計画づくりがどの程度進んでいるのかをチェックして頂き、子どもの権利の視点や子どもの権利条約の内容、そして今回の勧告等がそこに反映されるような取り組みを進めていって頂きたいと思っています。そうすればもう少し子どもたちの権利が守られる社会、子どもたちがのびのび暮らせる社会にしていくことも可能になってくるでしょう。
質疑応答
Q,権利委員会は在日外国人についてコリアンとその他の移住労働者の位置づけを分けていますが、日本政府はそれを一括りにしています。権利委員会はこのような日本の状況をどのように認識していますか。
A,前回の審査の際には委員会も日本の差別の状況を十分理解していなかったようですが、今回は差別の現状や在日コリアンの歴史的背景も理解していたようです。だから在日コリアンとその他のニューカマーを分けて勧告したのでしょう。しかし日本政府がなぜ第2回報告書で在日韓国・朝鮮人という言葉を使わず、その存在にさえ触れなかったのかについては分かりません。
Q,在日外国人に対する母語による教育の必要性は在日韓国朝鮮人の子ども達だけではなく、ニューカマーの子ども達にもあります。その点について総括所見では触れられていますか。
A,総括所見のパラ49(f)および50(d)は、ニューカマーの子どもも念頭に置いて母語教育・多文化共生教育の保障を勧告したものです。2001年8月に社会権規約委員会で採択された総括所見では、母語教育の保障についていっそう具体的な勧告が行なわれています。この所見の日本語訳も私のホームページに掲載しているので、ぜひご参照ください。子どもの権利委員会でも、母語と日本語による二言語教育は子どもの権利として保障されなければならないというのが基本的な考え方です。
Q,子どもの退去強制についてどのような議論がなされましたか。
A,一つは収容の問題です。子どもの権利条約では収容は最後の手段として位置づけられているにもかかわらず、子どもが収容されているのは問題だという指摘を受けていました。また退去強制手続における子どもの最善の利益がきちんと考慮されているのかという質問も出されていました。しかしこの問題が取り上げられたのが審査の最後の段階であったこともあり、政府代表は十分な答弁はしていなかったと記憶しています。