講座・講演録

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2004.06.01
講座・講演録
第33回部落解放・人権夏期講座
■課題別講演 現状・行政1より

差別事件が問いかけるもの

赤井 隆史(部落解放同盟 中央執行委員)

はじめに

  北朝鮮の拉致問題以降、在日コリアンに対する長文の差別落書きや、『同和利権の真相』という本が出版されて以降、同和問題に対する差別事件が増えてきています。

  今までだと『エッタ死ね』や『穢多、ヨツ』という賎称語を使って書くという事件が多かったのですが、最近はトイレの壁一面に書く、あるいは封書に入れて、便箋に何枚も綴って部落解放同盟に送りつけるというような、非常に悪質な事件へと変わってきています。

  そこでこういった差別をどう捉えるかということをお話して、皆さんの日々の日常業務に活かしていただきたいと思います。

今日の差別をどう捉えるか

3領域から5領域へ

  1965年に国は同和対策審議会答申を出します。それまでの部落の実態は、非常に劣悪であったということは、皆さんも認識していたと思います。

  ではなぜ、部落だけが一般地域に比べて劣悪なのでしょうか。「部落の人には甲斐性がない」から、非常に厳しい生活水準にあるのでしょうか。そうではなくて、差別によって就職の機会均等が奪われていたり、教育を受ける権利を侵害されたりすることによって、自立できないのではないかということに部落解放運動が気づいていきます。この責任は、部落の側に甲斐性がないという問題ではなく、「社会に差別があるという問題ではないのか」ということを、部落解放同盟を中心にして声をあげ、部落差別の解消の責任を国に求めてきました。

  これが国策樹立請願運動となり、同和問題の解決は、同和地区の課題ではなく、国民的な課題だとという認識の下に、同和対策審議会答申が出され、その4年後の1969年から、本格的な同和対策事業が始まりました。そして、同和地区の環境改善はこの30年の間に、相当改善されたのです。

  次に問題になったのが、心理、心の問題です。同和問題の場合、差別するのは一般の人で、この心の問題をどんなふうにケアをしていくのかという問題です。

  2000年に大阪府は、府民の意識調査をしました。そこで、部落の起源を聞いていますが、部落の人は民族が違うと答えた人が、少なからずいます。しかし1970年に行った調査と比べると、そう答えた人の数は下がっています。これは行政が中心になって取り組んできた人権啓発という、心理的差別の解消に力を入れてきた成果です。この一般社会が持っている心の問題をどんなふうにケアをするのかを考えた時、人権啓発は非常に大事な取り組みだといえます。

  同和対策審議会答申以前は、部落は汚い、怖いといって、忌避差別ともいえる「部落を避ける」「できけば関わりたくない」という差別でした。それが1969年以後、急激に環境が整いますと、次は、「部落ばっかりいいな」という、ねたみによる差別事件が起こっています。「忌避」という差別から「ねたみ」という差別に変わっただけで、部落に対する差別はなくなっていません。その理由はどこにあるのでしょうか。

  このような大きな集会が開かれますと、行政の方が挨拶をされますが、その内容は、1つは、1969年以降、同和対策に取り組んでまいりました結果、環境面では一般との格差もほぼなくなり、今は教育と労働が主要な課題です。2つ目に、人権啓発に取り組んでおります。そして3つ目に、去年はこれだけの差別事件がありました、と話されます。つまり、同和行政は、この3つ領域を中心として進められてきたということです。

  私は、これまでのこの3つの領域に、2つの領域を加えることで、差別をなくしていく方法が見えてくるのではないかと考えています。

差別された人の心の痛みについて

  その1つが、同和地区住民が持っている心の問題です。この教訓は、阪神淡路大震災です。私は兵庫県の学校の先生方に研修に呼ばれました。その中である先生が、私のクラスの中に、家まで迎えに行っても、部屋から出てこない、人との会話を拒否している子がいますと教えてくれました。

  1月17日の地震とともに、自分にとってかけがえのないものをなくしてしまったことに対する心の傷が、一切、他人と会話をしないという形で表れた子どもがいたのです。

  これに対処するには、心の傷という課題が現実に存在することを社会が認知し、その心の傷を癒す手法を考えなければなりません。いろいろな子どもに、いろいろな処方箋が必要だということです。良く考えてみますと、部落解放同盟の糾弾闘争では、差別をした相手には、非常に鋭く糾弾をしますが、差別された人の心の傷を払拭するようなアフターケアをやってきたのかというと、私は首を傾げます。これからは、差別されたマイノリティーに対する心の傷という問題は、非常に大事な課題となってきたのです。

結婚における習慣

  4年前に新聞にも載りましたが、「警官、戸籍謄本を不正入手。捜査照会偽造容疑で逮捕。金融業者に流す」という事件について、触れておきたいと思います。

  ある女性が、部落解放同盟大阪府連合会にお兄さんと一緒に相談に来られました。女性は看護士をしておられました。そこで知り合った研修医の男性と結婚を前提に付き合うようになり、まず女性の家に、男性が行きました。女性の家族は賛成してくれました。次に女性が男性の家に挨拶に行きました。男性の実家は開業医でした。そこで問題になったのが、彼女が大学を出ていないことでした。

  そこで2人で話し合った結果、彼女はいったん看護士を辞めて勉強し、大学受験に挑戦しました。そして合格するのです。そうなると、反対の理由もなくなり、双方の親が会うことになりました。すると男性の親から、「これが私どもの家系を示した釣書です」「お宅もこのような釣書を仕上げて、私達のところに持ってきてほしい」といってきたのです。女性側は、1ヶ月ほどかけて書き上げました。それを受け取った男性の母は、しっかりとした所で調べさしてもらいますと返事されたそうです。そして、その答えが「兄のつれあいは、部落の出身ではないか」ということでした。部落と隣接する場所に実家があったのですが、それを指して「部落だ」というのです。

  以上のような相談を私が受けました。私は、これは間違いなく興信所、探偵社が関与していると思い、関係機関と協議する中で、彼女たちの居住する区役所から、同じ日付、同じ警察官から戸籍と住民票が照会されているということが分かりました。

  つまりこの事例は、お兄さんの連れ合いが部落の近所に住んでいたということを理由に、結婚が破綻になったという事件です。「釣書の交換をする」、「相手の家柄を聞き合わせする」、「調べる」といったことが、差別につながったのです。この事件から、結婚における様々な制度や慣習は、差別を強化するということを、しっかりと見て取る必要があるのではないでしょうか。

興信所による部落身元調査「求める企業と調べる業者」

  次に、採用という問題を見て見ましょう。採用については、「適正と能力で判断せよ」というのが、厚生労働省の指導です。能力は筆記試験、適正は面接で採用の判断をするということになっています。雇う側からすると、このことがあまりにも抽象的です。もう少し知りたいと思うのが人間です。そうすると、第三者に委託するのです。その結果、調査会社アイビー・リックが起した事件となって表れました。

  大阪府で調べた結果、1400社がアイビーと契約をしていました。アイビーが行う業務とは、依頼のあった企業から送られてきた履歴書を元に、その人物を調べることです。

  ある再就職希望の女性の場合、履歴書を元に彼女の自宅まで行きその周辺を調査していた所、部落解放同盟の解放会館が目にとまりました。部落の人だと分かった段階で調査は終了です。そして履歴書のコピーに、解放会館の隣と書き加えた上で、※をつけます。意味は調査不能人物で、依頼された会社への報告も、調査不能です。企業から、なぜ調査できないのかという問い合わせはないそうです。つまり、調査不能に等しい人ということで、不採用で終わるからです。

  次に就職希望の女子大生の場合、彼女の住んでいる地域には、被差別部落はありませんが、聞き込んだ結果、彼女のお父さんの仕事先が分かりました。彼女のお父さんの仕事は、革の原皮を扱うものでした。原皮を扱う仕事というと、ほぼ部落の人が携わっています。そこで彼女は間違いなく部落だというレッテルを張って、調査が終わりました。

  次に、奈良県の女子高生の場合、彼女の本籍が部落解放同盟の真ん中にあったので、調査用紙にDと大きく書いたその上に、「ヨツ出身」とまで書いています。そしてさらにこの報告を受けた企業は彼女に電話をして、あなたは私の会社にふさわしくないから、試験を受けないでと伝えていました。

  以上のように、部落の場合は調査不能との報告が企業に行くといいましたが、それ以外のケースも当然あるわけです。ある報告書の場合、一枚の紙に調査依頼のあった人物の氏名等を書いて、人物評価をA-Dの4段階で評価してありました。

  この場合Dとなります。採用に値しないという評価です。そしてそこに人柄、思想、勤務元状況、家族及び備考、特記事項の欄があり、それぞれにその人物に対する評価が報告されていました。

  私は、その依頼をした企業の担当者と会い、何を調べたかったのか尋ねました。すると、中途採用なので、前職確認ですと答えました。この報告書でその件に触れているのは、わずか2、3行です。私が、「それ以外の報告は読まないのですか」と聞くと、いや読みますと答えます。それでは、この人を不採用にした理由は、ほかのことではないのか聞くと、「そうです」となりました。特記事項にその人物を否定するようなことが書かれてある人を、採用しようという企業があるでしょうか。私でも、この報告書を見れば、採用しないでしょう。

  つまり、調査会社に依頼する企業側が、この人を調べて欲しい、値段はいくらというだけで、調べてもらう項目、調べてもらう範囲、調べてもらう意図、そんなものを一切明確にせずに、ただ抽象的に、この人物についてもう少し知りたい、とお金を払うのです。つまり、依頼する企業と調査する企業とのあいまいな取引関係に基づいて、金が動く。そこに差別が加担していたということです。

  1400社の企業と、アイビーとの取引状態を調べた結果、細かい明細などは、一切ありませんでした。アイビーが50万円といえば、50万円振り込むのです。その50万円がどのように使われていたかは、一切企業は調べていませんでした。

  唯一、細かい明細が残っていたのは、アイビーからある人の家までの電車賃、そして本籍地の鹿児島までの電車賃がいくらとあっただけでした。

  本籍を調べるということは、部落差別をするための調査ということが明らかです。つまり、こんな明細はない方が、どちらにとっても都合がいいということが分かります。私の知っている限りですが、年間4千万円もの金を支払っていた企業もありました。人を採用するときの調査と慣習は、結果として差別に行き着くということになるのです。

遮断している差別という壁

  部落出身だというだけで、結婚が破談になる、家が解放会館の隣だというだけで、就職という機会均等が奪われる。ただそれだけのことで、人間の尊厳が非常に傷つけられる。

  その結果は、部落に生まれたことを後悔するようになるということです。「住吉結婚差別事件」では「もう100メートル向こうで、お母さんが私を産んでいてくれたなら、私は彼と結婚できたのに」と、遺書に書いてAさんが自殺をしています。彼女は部落に生まれたことを、卑下し、後悔し、そのことで傷つけられ、人生を投げやりにしたのです。そうならないための、一番、早い方法は、部落を出て行くことです。しかしこれでは問題は解決しません。自分が悪い、親が悪いのではなく、差別が悪いのだと、がんばれるかどうかが大切なのです。

  一方で、差別をする側の方は、関係を避けることで、差別をするようになります。差別する側とされる側という関係があって、差別は成立するのだから、どっちかをなくすことでその関係を避けようとするのです。

  それを実行したのが、ナチスドイツのヒトラーです。彼は、ユダヤ人差別をなくすためにといって、ユダヤ民族を虐殺しました。このやり方は間違いであるということは、歴史が証明しています。つまり、関係を避けるのではなく、この2つの関係を断絶させている壁を取り除けば、人権というものがしっかりと定着するのではないかと考えています。環境改善だけでは、差別はなくなりません。一般の人が持っている意識を変えるだけでは差別はなくなりません。様々な形で表れる差別の壁を、ありとあらゆる方法で取り除かないと、人権立国、人権社会というものは、なかなか築けないと思います。

最後に

  最後に、最近大阪市に送られてきた差別投書を紹介します。

「いつもお仕事ご苦労様です。部落問題の唯一の解決方法は、全国3百万匹の穢多、非人の害虫を1匹残らず殺すことです。やつらは人間に似ていても、人間ではけしてありません。ですから殺しても犯罪になりません。逮捕もされないので、どんどん殺してください。残念ですが、現在大阪は、部落解放同盟に支配されています。役所などの行政、教育現場、地域社会、企業と、ありとあらゆるところまで部落解放同盟の悪の手が伸びています。私の勤務している会社もそうですが、どうして会社内で人権教育をさせるのでしょうか。教育現場では、保育園の時から同和保育といって、部落解放同盟の利益になる差別反対とかいう思想を強制的に洗脳しているのである。保育園児では、自分で判断できないので、穢多の思うがままの人間を作ろうとしているのです。そのくせに、エタとかちょっとでも間違った発言をすると、糾弾の名のもとに暴力団みたいに大勢で押しかけてきて、1人の人間を威圧します。」

  こういう文章が2-3ページにわたって、続くのです。非常に挑戦的で、1通1通違う内容で、各市町村、あるいは団体に送りつけています。

  けれども、私たちが落胆していはダメです。差別する力を潰しきる力を、もう一段レベルの高いものにするために、皆さん方とさらに奮闘したいと思っております。