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2004.08.16
講座・講演録
第253回国際人権規約連続学習会
世界人権宣言大阪連絡会議ニュース264号 より

「人権教育のための国連10年」の総括を踏まえ、「人権教育のための世界プログラム」の創造を!

友永 健三(世界人権宣言大阪連絡会議事務局長 部落解放・人権研究所所長)

人権教育のキーワード

  1995年に始まった「人権教育のための国連10年」も残り6ヶ月を切りましたが、ここで言う人権教育とは何でしょうか。人権教育というものは非常に広い概念であるためどうしても定義が必要となります。「国連10年」実施に向けた決議文では、「あらゆる発達段階、社会階層の人びとが他の人びとの尊厳について学び、その尊厳をあらゆる社会で確立するための方法と手段について学ぶ生涯にわたる総合的な過程」と定義されています。つまり人権教育とは年齢や社会的な立場を問わず全ての人が生涯を通じて、どうすれば人間の尊厳が尊重され、住みやすい社会にしていくことができるのかを学ぶ教育です。

  また「国連10年」国連行動計画ではこれとは違った角度から定義づけを行っています。ここでは『知識と技術(=やり方)の伝達』、『人権という普遍的文化(人権文化)を構築』、『研修、普及、広報努力』の3点で定義づけられていて、中でも「人権文化」の創造がキーワードとされています。

  これに対して各国の取り組みがどうかというと、191カ国の国連加盟国のうち2001年12月の時点で86カ国の取り組みが国連のHPで公開されています。この中で私が一番関心を持ったのがフィリピンです。フィリピンには大統領直属の機関として人権委員会がすでに設置されていて、そこが民間団体とも議論して包括的な行動計画を策定しているのですが、その期間が1998-2007年になっています。つまり国連の期間に合わせるのではなくて、自分たちが決めた時から10年としています。

  また憲法や大統領令で人権教育の推進が明確に盛りこまれている(私が調べたところ法律で人権教育が規定されているのはフィリピンと日本だけです)ことや、軍人や警察官を対象とした人権教育の推進があります。また、日本の自治体でも具体的課題と直結しないために住民への人権啓発が行き詰っているところも多いようですが、フィリピンでは住民運動を推進するための人権教育を推進していることは参考になるでしょう。フィリピンは貧困が深刻な問題のため、人権教育で農民がエンパワメントするよう応援しています。この取り組みは日本における人権尊重のまちづくりの取り組みにおおいに参考になると思います。

人権教育のこれまでの取り組み

  日本では、1995年12月に首相を本部長とする推進本部が設置され、97年7月に国内行動計画が策定されましたが、委員会は設置されませんでした。日本の国内行動計画の特徴としてはあらゆる場での人権教育の推進を柱として、そこに民間の企業という言葉を入れた点があげられます。さらに教員や公務員など人権との関わりの深い13種の特定職業従事者に対する人権教育の推進や、女性・子ども・高齢者・障害者・同和問題・アイヌの人びと・外国人・HIV感染者等・刑を終えて出所した人等という重要課題の提起、国際協力の推進があげられます。

  日本におけるこの10年の最大の成果はやはり2000年12月の人権教育・啓発推進法の制定です。この法律の特徴としては、その趣旨が部落差別をはじめあらゆる差別と人権侵害を撤廃するためであることがあげられます。そして基本理念の部分で学校、地域、家庭、職域その他様々な場を通じて人権教育を行うとされたことです。私は日本の現状からして職域という点が含まれたことは非常に良かったと思っています。なぜなら大阪などの民間企業では同和問題や人権問題の研修が行われていますが、それに対する法的根拠ができたからです。

  また理念の中に人権尊重理念の理解と体得という言葉が含まれたことも重要な特徴だといえますし、これ以外にも国・地方公共団体・国民の責務としての位置づけや、基本計画の策定、年次報告の実施、予算の確保が行われるようになったことも重要です。特に年次報告については「人権教育・啓発白書」が毎年発行されていて、私たちはそれを批判的に見ることによって、政府に提言できる手がかりをそこから見出していかなければならないでしょう。

  では実際に国内の取り組みはどうなっているのかといいますと、まず自治体の取り組みは47都道府県中40都道府県で行われ、45計画等策定(自治体によっては「国連10年」の行動計画と人権教育・啓発推進法の基本計画などの両方を策定している場合もある)となっており、3,239市町村中少なくとも526の市町村で行動計画が策定されています。また760を超す自治体で部落差別撤廃や人権尊重の社会づくり条例が制定されており、その多くは人権教育・啓発に関わる条文を含んでいます。

  一方民間での取り組みとしては人権教育の推進連絡会が全国・地方レベルでできていて、独自の行動計画の策定も例えば部落解放・人権研究所や解放同盟和泉支部などで行われつつあります。でもまだまだ数が少ないという問題もあります。また教材の開発についてはかなり進んできたといえます。

国連の行動計画からみた成果と問題点

  国連は行動計画の中で99項目の柱をあげてきましたが、それを総括するためのチェックポイントにもなる8点の重点課題があります。それはまず人権教育の中身やあり方として、<1>世界人権宣言などの普及と実現、<2>被差別の人々の人権を重視(被差別当事者のエンパワメントと社会的偏見の撤廃)、<3>教員や公務員、警察官や軍人、弁護士や裁判官、マスメディア関係者などに対する人権教育の重視、<4>学校教育のみでなく、家庭、社会、職場、メディア等を通した人権教育の推進。またどのレベルでどのように人権教育を行うかについて、<5>国際、国際地域、国、地方、それぞれのレベルでの取り組み推進、<6>各方面からの参画を得た委員会の設置による行動計画の策定、<7>推進体制の確立、予算の確保、センターの整備、<8>手法、テキスト、カリキュラムの開発の8点です。

  これらを踏まえてまず成果としては、人権教育の内容に関する理解と重要性に関する認識が高まった、様々な分野でバラバラに取り組まれていた人権教育の連携を構築した、被差別者に光が当たるとともに特定従事者に対する人権教育が重視されだした、各方面で推進体制、行動計画が整備されだしたという4点があげられます。

  一方問題点としてはまず世界的に見て、取り組んでいる所と取り組んでいない所がある、虐殺・拷問・虐待を伴う戦争や民族紛争が克服されていない、情報化社会、特にインターネット時代の到来に十分対応できていないことということがあります。

  また日本国内の問題点としては取り組んでいる所と取り組んでいない所がある。6年連続して3万人を超す自殺者が出ているし、児童虐待、悪質な部落差別、民族差別落書きや投書、インターネットによる差別宣伝・差別扇動が増加してきています。また計画が抽象的なものに止まっていて、具体化されていないきらいがあります。具体的な人権侵害や、人権尊重のまちづくりとの結合がなされていなく、議員や裁判官、民間企業や宗教教団、更に民間団体の取り組みが弱く、同和教育と人権教育の関係も統一的に捉えられていない等があげられるでしょう。

  特に取り組みが具体的な問題と結合していない点が非常に大きな問題だと思います。大阪府岸和田市で起きた児童虐待のような誰もが注目せざるを得ない人権侵害を深く掘り下げて、これまで私たちが行ってきた人権教育・啓発に弱点が無かったのかを反省すべきではないでしょうか。いずれにせよそういった問題が起こったときに力になれる人権教育を考えていく必要があります。

今後の課題:「人権」教育科目の必要性

  では以上の問題点を踏まえて今後の課題ですが、まず国際的に求められていることとして<1>国連として人権教育をさらに重視すること(人員、予算等)、<2>全ての国で体制や計画を作り人権教育に取り組むこと、<3>国連で人権との関わりの深い職業従事者向けの教材を引き続き作成すること、<4>企業に人権教育に取り組むことを呼びかけること、<5>インターネット時代に対応した行動計画を策定すること、<6>世界各地の人権教育に関した取り組みを引き続き収集し紹介すること、<7>第1次の総括を踏まえた今後の取り組みの方向を明らかにすること等があります。

  次に日本国内で求められていることとしてはまず国際的な面と共通することですが、<1>各方面で第1次の総括を踏まえ、今後の取り組みの方向を討議すること、<2>差別事件や人権侵害の現状を含めた実態調査を実施することがあげられる。自治体など多くのところでは第1次「国連10年」は来年の3月で終わるため、予算等の面から考えても今後の取り組みに向けた議論はもう始まっていなければ間に合いません。また次の計画を考えるためには実態調査が不可欠です。そのためには従来型のやり方もありますが、それ以外にもこの10年に地元で起きた差別事件・人権侵害を年表化して掘り下げていく方法もあるといえます。そこで明らかになったことを人権教育のあり方に反映させていくことも私は非常に重要だと思います。

  日本政府に求められていることとしては、<3>国の「10年」にちなんだ行動計画や人権教育・啓発基本計画を見直し、改訂すること、<4>その際に各方面からの参画を得た「委員会」を設置し、上記の取り組みを実施すること、<5>「10年推進本部」、「人権教育・啓発推進法」の事務局を内閣府に設置し、体制を充実させ予算を確保することがあげられます。「国連10年」行動計画と人権教育・啓発基本計画は一見同じと思われるかも知れませんが、実は「10年」行動計画の方が人権教育・啓発基本計画より包括的な内容となっています。つまり「国際連帯」や「教育を受ける権利」、「企業をはじめとするあらゆる分野」という視点が明確に含まれています。従って「10年」行動計画に基本計画の代わりができても、逆はできないということです。

  自治体などに対しては、<6>特定職業従事者に対するテキストとカリキュラムを策定して人権教育を充実させること、<7>全ての自治体で体制を整備し、行動計画の策定や予算を付けることが求められています。更に付け加えるならば既に計画を策定している所は改訂・充実することと、人権尊重のまちづくりや具体的な人権侵害の救済と結合を図ることも求めていかなければいけません。

  学校教育等については、<8>学校教育・社会教育・生涯学習のカリキュラムの中に人権教育を明確に位置づけ、人権大学院大学を設置すること、<9>同和教育の成果を踏まえ人権教育を創造していくとともにその重要な柱に同和教育を位置づけることが求められることになります。国連では「国連10年」の終了後に「人権教育のための世界プログラム」に取り組むことをほぼ決めていますが、最初の3年間は初等・中等教育に力点を置くといわれていて、その意味ではこの<8>と<9>が重要になってくるでしょう。

  そのために最も効果的な方法として私たちが以前から主張しているのは、「人権」という科目を学校教育に作るということです。これによって教科書が作られるだけでなく、教える教員が必要となり、教員を養成する講座が大学で設置され、そのために大学院でも人権が位置づけられるという非常に大きな波及効果が期待できます。

国連の動向とこれから

  国連の最新の動向ですが、まず昨年8月に国連人権促進保護小委員会で第2次「国連10年」を求めた決議が採択されました。それを受けて今年4月に国連人権委員会が開かれましたが、第2次「国連10年」は認められませんでした。その最大の理由は第1次が半分の国しか取り組めていなかったためです。つまりあまりにも理想的で完璧な計画だったために、実行できる国が結果的には半分しかなかったということです。

  そこで同じことを繰り返しても意味がないため、今度はもっと短期間(原則3年)で1つの重点課題に取り組み、それを積み重ねていくという手法に切り替えたのです。つまり3年という期間は決められているものの終わりが決められてなく、エンドレスに積み重ねられることとなります。それが「人権教育のための世界プログラム」です。来年1月からこの世界プログラムに取り組むことを求めた決議が採択されました。

  しかし残念ながらプログラムそのものの具体的な内容は現段階ではまだ分かりません。しかし国連人権委員会の決議文から、人権教育の定義や目的については第1次「国連10年」の考え方を引き継ぐことが予想されます。また人権教育を最優先課題として、あらゆる行動のために共通する全体的枠組みを提供すること、これまでの計画に加えて新しい計画を開発していくこと、そしてあらゆる連携を強化していくという視点も次のプログラムに含まれることになるでしょう。ですので皆さんが来年に向けて準備をされる際にはこれまでの取り組みに加えて初等・中等教育に力点を置くことと、民間レベルに対する支援が含まれることが必要だと思います。

  以上のような国連の動向を受けて今後各方面で、まず「人権教育の国連10年」にちなんだ取り組みの総括が求められることになります。そしてその上で2005年を展望した新たな取り組みの準備を始めてほしいと思います。

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