講座・講演録

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2005.04.05
講座・講演録
第258回国際人権規約連続学習会
世界人権宣言大阪連絡会議ニュース270号 より
フィリピンからの報告
-コミュニティに根づいた人権教育活動-

ニタ・マグビタン・チャウハン
(フィリピン人権委員会地方委員会(リージョンI)コーディネーター、
Pangkat財団代表)

人権委員会の地方における役割

  フィリピン人権委員会は、30年に及ぶマルコス独裁政権から平和的な手段によって移行されたアキノ政権になって制定されたフィリピン憲法のもと、設置された独立委員会です。設立の経緯からわかるように、設立以前に起こった人権侵害を解決することも委員会の重要な仕事の一つです。また人権委員会は、他の機関と連携して人権侵害の事例を調査したり、国民に人権に関する情報や人権教育を提供します。あるいは刑務所内で囚人が国際的な人権基準の下で収監されているかを訪問調査することや、フィリピン政府が批准した国際人権条約の履行状況をモニタリング(監視・評価)するのも重要な任務の一つです。こうした任務を果たすために委員長を含めて5人が委員として選ばれて、全国16の地域(リージョン)にある地域オフィスで活動しています。

  委員会の仕事を大きく分けると政策策定などを通じて全体的な状況を監督することと、各地域を中心に具体的なサービスを提供することの2つに分けられるといえます。また地域のオフィスの仕事は、人権教育の促進やパートナーシップの構築、人権の擁護、管理・財政的な仕事の3つに分けられます。

  私が所属するリージョン1は、フィリピンの最北東に位置し、4つの県にまたがった8つの市、124の町、3000以上の村・バランガイ(フィリピン独自の最小行政区)が存在しています。またマルコス元大統領の出身地でもあり、政治的に地方で君臨してきた人びとが築いてきたイロコス地方がリージョン1に含まれています。従ってそういった状況がこの地方の人権状況に何らかの影響を及ぼしていることもあるといえます。

  イロコス地方でも約100万人が貧困状態にあると言われていますが、他の地方と比較するとそれほど貧しい地域ではありません。しかしこの貧困というものは包括的には人権侵害だといえるでしょう。なぜなら貧困によって人びとの基本的ニーズが奪われてしまい、基本的ニーズが否定されてしまえば人としての基本的な権利も行使できなくなってしまうからです。

「人権についての教育」と「人権のための教育」

  私が所属するリージョン1の地域オフィスは97年に設置されました。私は2003年にそこのディレクターに指名されて活動しています。人権委員会による人権教育活動はもちろんそれ以前からも行われていましたが、私が赴任して感じたのはそれが地域の人びとに知られていなかったということです。

  まず、私たちが提供する人権教育には2つのアプローチがあります。一つは国際条約や国内法で保障された権利等を人びとに知ってもらう「人権についての教育」で、もう一つは先の権利をどのように保護し、それが侵害されたときにはどうするのかなどを学ぶ「人権のための教育」です。そこで私たちはこういった2つのアプローチを警察、軍隊、特定職業従事者、自治体、教員、保護者そしてコミュニティであるバランガイの人びとを対象にして現在取り組んでいます。

  しかし私たちのオフィスには15人のスタッフしかおらず、資源も限られているためにそれらを十分に行うのは容易なことではありませんでした。そこで地域の中に12ヵ所の人権教育地域センターを設立し、それまでの講演中心の人権教育よりも幅広く、地元全体にいきわたる活動ができるような手法で現在は活動しています。

  この人権教育地域センターは昨年終わった「人権教育のための国連10年」行動計画のもとで作られ、そういった経緯から私たちのリージョン1がフィリピンではパイオニア的存在であるといえます。現在では他のリージョンでも同様の活動が行われ始めています。

  今回、人権教育地域センターを通じて、地方委員会がどのようにパートナーシップ育成し、人的資源を創出しているかについて事例をあげながら話をしたいと思います。なぜなら人権を促進するにしても擁護するにしても多くの人びとや機関と連携することが重要ですし、人的・財政的に限られた資源で活動する際、パートナーシップを育成すればその面を大いに強化できるからです。

人権教育地域センターとは

  2003年5月に人権教育地域センターが設立されました。これを作るために私たちは、まずなぜ人権教育を継続・効果的に取り組む必要があるのかを理解してもらうため、センターの概念図を作成し、パートナーになってくれる機関に提示しました。そしてそれをもとに政府機関や自治体などを巻き込んで、概念図を検討するためのパートナー会議を立ち上げました。ここで人権教育の対象についてやセンターをどこに設けるのかなどが話し合われました。その結果、リージョン1内にある公立と私立の大学に対してセンター機能を果たして欲しいという依頼を行いました。これが承諾された後、人権委員会とパートナー機関のセンターになることを受諾した大学とが契約書を交わし、人権教育地域センターが設立されました。

  大学には人的資源が豊富にあり、設備もあります。そして何より大学は地域に密着しているので、地域へ接近した広範囲にわたる人権教育を行うためには、非常に有効なところだといえるでしょう。

  次に人権教育地域センターの展望についてですが、あらゆる形態の搾取からの自由を享有する民主的社会の創造と維持をめざし、責任保持者あるいは利害関係者として行動できるような知識、価値観、態度およびスキルを持つ人びとがいるコミュニティをリージョン1に暮らす人びとに提供していきたいと思っています。なぜならそれらを得ることで人権を実現するための責任が自分たちにあること、そして同時にそれが生み出す利益を享有する権利も人びと自身にあるということが理解できるからです。つまり自らが権利の主体であるという自覚を持って行動することができれば、搾取などから自由な社会が実現できると私たちは考えています。

  またこのような人権教育地域センターの展望に基づいた夢ですが、この地域で暮らす人びとの人権と自由が尊重され、平等・非差別・正義が社会の隅々まで行き渡り、そして全ての人、とりわけ社会の中で最も傷つきやすく恵まれない分野の人びとの可能性が育まれる風土があって、民主的な実践によって人びとが平和と繁栄や自然・環境との協調の中で共に暮らせる、そのような社会を私たちは実現していきたいと考えています。

  人権教育地域センターの具体的な使命と目標についてですが、まず、使命は教育の権利の義務保持者としての責務をもつ学校、市民社会組織、政府機関が人権教育を実施できるようにすることにより、人権・民主主義・平和の文化を発展させることにあります。そして目標は、社会的に傷つきやすい人びとに特別な注意を払いながらエンパワメントすること、環境と持続可能な開発や平和と発展、そして良き統治に、権利に根ざした発展と人権教育へのアプローチを取り入れるためのトレーニングを通じて貢献することであると考えています。

人権教育のための協力体制

  私たちがもつ使命と目標を達成するため、組織がどうなっているとかといいますと、まず私の属する人権委員会リージョン1があり、センターの概念図を一緒に検討したパートナー機関がそのまま移行した諮問評議会があります。さらに全てのリージョンにある社会発展のための委員会(RSDC~公正で民主的な社会発展を目指す機関)、人権教育州センター、人権教育市センターがパートナーシップを結んで人権教育地域センターを中心とした人権教育への協力体制を築いています。ここが行う人権教育は大きく分けて研修、調査、活動の発展・促進の3つがあり、これを先の体制以外にも自治省や人権教育委員会、BHRAC(バランガイレベルの人権のアクションセンター)、社会の様々な分野の組織、あるいは市民社会全体をも巻き込んで取り組んでいかなければならないと考えています。しかし、このセンターで取り組まれている人権教育は継続的ではなく、人権委員会の求めるレベルには残念ながら達してはいません。なぜならこの取り組みがまだ新しいものであるからですが、成功させようとする現場の熱意は非常に強いと私は感じています。

  諮問評議会の構成は、まず中央レベルの政府機関としては高等教育に関する委員会、教育省、人権教育のための州・市センター議長、フィリピン国家警察、内務・自治省、フィリピン情報局、福祉・発展省、国家経済発展局が入っています。またNGOでは技術教育技能と開発局、フィリピン国立総合大学・単科大学協会、フィリピン公開講座実施機関教会があり、合計11機関によって構成されています。

  こういった人権教育に対する人権委員会の役割として、やはり人権教育地域センターの活性化が挙げられます。例えば人権教育のために働くボランティアを養成、ボランティア養成のためのトレーナーを研修して資格を認定する、人権教育に関わる動機づけとして賞や奨励制度を設けるなどが現在取り組まれています。一方、人権教育地域センターの役割として、人権教育を提供できるトレーナーの研修を実施、研修を受けた職員がセンターの待機職員として人権教育活動に関われるようにするなどの人的資源に向けた取り組みや、人権教育に関する様々な取り組みやミーティングなどに対して場所を提供したりしています。

  ここでの研修には通常の研修に加えて、実地研修も含まれています。具体的には人権教育エデュケーターの認定を受けたい人が学生やコミュニティの人びとを招いて自ら企画した人権教育の講座を実際に開き、それを参観した人権委員会のメンバーや専門家がその人がエデュケーターとして相応しいかの合否を判断します。この認定は学生であれば大学の単位にもなり、社会に出てからも昇進などの良い材料にもなります。ちなみに03年では302人のボランティアのうち230人が研修を受け、そのうち99人が人権教育エデュケーターとして認定を受けています。

これまでに学び、得たもの

  最後にこれらの取り組みから私たちは何を学んだのかについて触れておきたいと思います。まず第1に学習の計画にしても実施にしても参加型が重要であるということです。なぜなら自らが参加することでもっと主体的になれるからです。第2に複数のパートナーの間で互いに資源を共有することの重要性です。第3に人権に関する取り組みにはボランティア精神が不可欠であって、その精神を有する人びとのグループでなければこうした活動は実現できないだろうということです。そして第4にはパートナーの貢献に対して絶えず感謝して、それを認めることが絶対に重要です。

  またパートナーシップから得たこととして、<1>効果的なコミュニケーション、<2>効率的なコーディネーション、<3>明確なコミットメントと役割、<4>共通の利益と目標、<5>センターコーディネーターの選択、<6>努力の成果を認め合うことができた、などがあげられます。更に資源の動員で学んだこととしては、<1>共通目標に向けた資源共有の法的根拠、<2>効果的なコミュニケーションとコーディネーション、<3>資源の利用可能性、<4>タイミング、<5>センターコーディネーターの役割などがあげられます。