講座・講演録

部落問題・人権問題にかかわる講座情報、講演録を各カテゴリー毎にまとめました。

Home講座・講演録>本文
2005.04.05
講座・講演録
第259回国際人権規約連続学習会
世界人権宣言大阪連絡会議ニュース271号 より
犯罪被害者の権利を支援のために
-犯罪被害者等基本法について-

林良平さん(全国犯罪被害者の会(あすの会)幹事)

犯罪被害者等基本法成立

  昨年「犯罪被害者等基本法」(以下、基本法)が成立しまた。私たち「全国犯罪被害者の会(通称・あすの会)」は被害者の権利確立に向けて取り組んできました。本来ならばその過程でご助力もらえていたならという気持ちがあります。しかし基本法が制定されて、今後は私たちの意見を取り入れた新たな法律がどんなものになるのか、という段階にきています。そこで本日はこれまでの私たちの活動と、このたび成立した基本法にどのような問題点があるのかを中心にお話しさせて頂きます。

  まず初めに今回制定された基本法の前文と、成立時、「あすの会」が記者会見で発表した声明文を読んでいただきたいです。基本法の前文では犯罪被害者等の権利を保障することは社会的責務であると明言し、そのための施策を図ることを目的に制定されたと謳われています。また声明文には私たち犯罪被害者等の現状や、成立した基本法へ寄せる思いが率直に込められています。これらをご覧頂けば、なぜこの法律が必要で、私たちが何を思い何を求めているのかの概略は理解してもらえると思います。しかし、何よりもそれ以前に基本的な点として、声明にもある通り私たち犯罪被害者はこの法律によって初めて権利主体となり、六法全書に犯罪被害者という言葉が記されるであろう立場になりました。ぜひ、ここまでの長い道のりを皆さんにも理解してもらいたいのです。

  私の妻は新今宮駅前の交差点で仕事帰りに、信号待ちしているところを突然刺されました。妻が刺されたのは阪神大震災の8日後。震災報道一色の中、事件報道されず、後に犯人(現在も逮捕されていない)からの電話で、外科の医者の身代わりとして妻が刺されたということを知りました。妻はかろうじて一命を取り留めました。しかし、出刃包丁を背後から根元まで突き刺されて出血多量のショック状態で麻酔なしの手術を受け、あまりの痛みに意識が覚醒したそうです。事件から10年、車椅子での生活を余儀なくされています。遺族ではなく、交通事故や様々な事件に遭われた被害者本人がどれだけ事件当時、痛くて辛い思いをしたのかも想像してほしいのです。

「あすの会」の設立までの経緯

  「あすの会」は2000年1月23日の設立総会を経て誕生しました。私は自分の家族が犯罪被害に遭うまで、日本では手厚すぎるほど犯罪加害者の権利保障がいわれるのだから、被害者にはそれ以上の十分な手当てがなされている国だと錯覚していました。しかし、自分の家族が被害者になって、医療費までも負担させられ、初めて自分の浅はかさに気づかされました。そこで被害者の権利のために何か活動しなければならないと思い、「犯罪被害者の権利を確立する当事者の会」を立ち上げたのです。

  「当事者の会」の機関紙を作成していた1998年、岡村勲弁護士の書かれた『司法の扉、被害者に開け』という論文を新聞で見つけ、それを機関紙に載せたいと思い、連絡したのが私と代表との出会いでした。代表もその前年に妻を犯罪被害によって亡くされました。私が電話した頃、悲嘆の中で苦しんでおられたようです。しかし電話連絡を取り続ける中、私の家庭がNHKの番組で取り上げられたのをきっかけに代表も自分自身も動かなければならないと決心されたのです。

  岡村弁護士の妻の三回忌を終えた後の99年10月31日に、岡村弁護士を含めて5人の犯罪被害者遺族が初めて東京で顔を合わせました。それから約2ヵ月半の間、何度も話し合いを重ねて、翌年の設立総会を迎えたのです。

  こうして誕生した「あすの会」も今年1月23日に5周年記念総会を開きました。会の設立からすれば、5年という短い期間に基本法という大きなものを勝ち取れたことは本当にすごいことだと思います。しかしそれは一方で戦後に刑事司法が新しくなってから60年間、犯罪被害者は何の保障、そして保護もなかったという事実の証明でもあります。

当事者の運動

  今回の基本法以前、81年に日本では「犯罪被害者等給付金支給法」という法律が施行されました。これは三菱重工ビル爆破事件をきっかけにして制定されたと紹介されています。実際、確かにこれがきっかけであったのですが、それ以上に、制定までに「あすの会」と同様、犯罪被害者たちの運動があったからこそできた法律なのです。しかし法は、制定後のみ対象としているため、先達に給付金を支給しませんでした。この事実も知ってもらいたいのです。

  私は、なぜ日本では被害者自身が動かなければこういった制度ができないのかといつも思うのです。アメリカやイギリスでは被害者が動くというよりは、それを支援する団体が中心となって運動が起こり、制度ができています。なぜ日本ではそれができずに被害者自身が動かなければならないのでしょう。今回基本法が制定されて、今後は更に具体的な個別法が制定されることになります。しかしそれは法律制定後の被害者を対象にするもので、それ以前に被害にあった私たちに遡及することはありません。なぜ陽の当たらない過去の被害者だけが活動して他の人は手伝ってくれないのかと、そのことだけは私の心の中でわだかまりとして残っています。

犯罪被害者の権利確立と被害回復制度の確立

  私たちの目指すことは大きく分けて「犯罪被害者の司法制度における権利の確立」と「被害者の被害回復制度の確立」二つです。

  私自身は既に医療費だけで250万円以上支払っていて、交通費や仕事を休んだ分も含めれば非常に大きな負担になる中で活動してきました。現在の刑事裁判では加害者の罪を裁くことだけが目的とされ、被害者への賠償は取り上げません。被害者が損害賠償を求めるには加害者を相手取って新たに民事訴訟を起こさなければなりません。たとえ民事訴訟を起こしても、加害者に支払能力がない場合や犯人が逮捕されていない場合、何の補償もなく、結局は被害者が全ての支出を自ら負担しなければなりません。私たちは本当に陽が当たらないところでの活動をしているのですが、「あすの会」には現在400人弱の同じ覚悟をしている犯罪被害者の人たちが自らの心を奮い立たせて参加しています。

日本の司法制度の問題点

  基本法成立までの「あすの会」の活動を簡単に紹介しますと、まず02年にヨーロッパに調査団を派遣しました。日本がお手本とした大陸法系の国、ドイツとフランスでの犯罪被害者等の扱いを調査するためです。これらの国では、既に20数年前から被害者の権利が認められて裁判に関わることができます。これに対して日本の刑事裁判では、被害者が関わることは一切認められていません。検察官が罪を訴え、弁護人が弁護を行い、裁判官が判決を出します。法廷は国が罪を裁く場であって、被害者は裁判に関係のない人であり、傍聴席にいる被害者は発言することも裁判記録を観ることもできないのです。

  同じ大陸法の国でありながら被害者の権利にこれほどの違いがあります。知る気があれば、これまでに知り得たはずの弁護士や裁判官には憤りを感じますが、いずれにせよこの事実が私たち被害者団体の調査によって初めて明らかにされました。そして同年12月の第4回総会ではこういった事実を前提にして、全国署名運動の実施が決議されました。

  39万人の署名が集まった03年7月には小泉首相と面会しました。小泉首相もまた、事件に遭う前の私と同様、被害者の実態の詳細を知らず、私達の現状を説明するとびっくりされて、政府と自民党とで検討することを約束してくれました。これを受けて法務省法務総合研究所に「犯罪被害者のための施策を研究する会」が同年9月に発足し、翌年には自民党司法制度調査会基本法制小委員会でも調査が開始され、昨年6月、自民党の提言として小泉首相に基本法制定の必要性を提言しました。

  これがきっかけとなって議員立法として基本法を成立させることになったのです。

  それに加えて「あすの会」では署名活動を全国で展開するとともに、地方自治法99条に基づく国への意見書提出を求める陳情活動も03年から開始しました。こうした流れがあって昨年秋の臨時国会に提出された法案はそのまま通過し、12月1日に超特急で成立したのです。

経済的負担の軽減と刑事司法への被害者参加への道

  今回成立した犯罪被害者等基本法の柱は、<1>犯罪被害者を支援する制度の確立、<3>被害者の経済的負担の軽減、<3>刑事司法への被害者参加の道を広げていくということに集約されます。その中で<1>と<3>、特に医療費の問題などについては誰も異論ないことだと思いますし、これらの個別法は早く出てくるでしょう。殺人事件では年間1300-1500人、傷害事件を合わせると3万人以上の人が被害に遭っています。これに対して、現状では犯罪被害者給付金支給法で定められた十分な額とは言えない見舞金が支給されています。

  01年の同法改正以降は医療費の自己負担分を被害発生から3ヶ月に渡っては国が負担するという制度が適用されています。しかし給付金の額が不十分であることも問題ですが、それ以上に医療費の国庫負担が4ヶ月目から打ち切られるというのはおかしいと思います。4ヶ月以上も医療費が必要ということはかなり重篤な状態であって、本来最も医療費補助を必要とするこれらの人に対して、補助を打ち切るような法律が人道でしょうか。そこで私たちはこの期間を無制限にするように今後運動を進めていこうと考えています。

  今後の問題は<3>の被害者の刑事司法への参加です。以前、司法試験で被害者のことに触れれば合格しないということすら聞きました。この基本法ができたことで徐々にこうした間違った人権意識は薄れるでしょう。それでもまだ国内法や被害者が司法参加している他国の実態に背を向ける抵抗勢力があるのが、今日の日本の現実であって、この点を今後、明らかにしていかなければなりません。

  みなさんも自分の愛する人が殺されて、その刑事裁判から締め出されたらどう思うかという視点に立って刑事司法について考えてください。

  00年に被害者保護二法(「刑事訴訟法及び検察審査会法の一部を改正する法律」と「犯罪被害者等の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律」)ができて、条件を満たした場合のみ、お情け的に裁判等の情報は開示されるようにはなりましたが、被害者の権利が認められたとは到底言えません。先述の通り被害者の刑事司法への参加は、特に専門家の間で反対論が強いです。その理由は被害者が法廷に入ることでその裁判が「感情裁判」になってしまい、正当な判決を出すのに支障をきたす恐れがあると考えられているからです。しかし、ドイツやフランスでそういった混乱は起こっておらず、仮に起こるとするならばそれは裁判官の能力に問題があるとされているのです。

  被害者と加害者には代理人がつくのだからそこで法理を尽くして議論すればいいのであって、法廷が復讐の場になるなどの心配するのはおかしいと私は思います。

  日本が本当の民主国家であるならば立法・行政だけでなく、司法における国民参加も実現していかなければなりません。それが民主国家の真の姿です。刑事司法に携わる国民とは何でしょうか。それは加害者と被害者に他ならないのです。被害者を排除している刑事司法は絶対に信用されることはありません。全ての国民が犯罪被害者になればこういった問題点は理解してもらえるのでしょうが、それは不可能なことです。ですから、まず私たち被害者の声を聞いていただき、みなさんにも当事者の立場にたった司法参加について考えてもらいたいのです。そしてその上でそれらを実現する個別法を成立させていくことが、私たちの願いです。

関連書籍