講座・講演録

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2005.04.28
講座・講演録
第261回国際人権規約連続学習会
世界人権宣言大阪連絡会議ニュース273号 より
人権文化をみんなの手に
〜人権教育のための世界プログラムの創造に向けて〜

友永 健三(世界人権宣言大阪連絡会議事務局長、部落解放・人権研究所所長)

「国連10年」を振り返って

  これまで世界人権宣言大阪連絡会議は「人権教育のための国連10年」を最重点課題として取り組んできましたが、昨年をもって終了しました。そこで今回はその総括を踏まえて、新たにこれを継承するものとして国連で採択された「人権教育のための世界プログラム」について説明していきたいと思います。

  まず「国連10年」の総括ですが、「国連10年」では、人権教育について二つの定義づけをおこなっています。一つは国連の決議文で示されている「あらゆる発達段階、社会階層の人びとが他の人びとの尊厳について学び、その尊厳をあらゆる社会で確立するための方法と手段について学ぶ生涯にわたる総合的な過程」という定義です。つまり人権教育とは年齢や社会的な立場を問わず全ての人が生涯を通じて、どうすれば人間の尊厳が尊重され、住みやすい社会にしていくことができるのかを学ぶ教育だとしています。言い換えれば人権教育とは現状を少しでも良い状態に変えるための教育という側面もあるといえます。

  また「国連10年」国連行動計画ではもう一つ、これとは違った角度から定義づけしていて、「知識と技術の伝達、態度の形成を通じて、人権という普遍的文化(人権文化)を構築するために行う研修、普及、広報努力である」としています。この定義は非常に簡単な定義ではありますが、三つの重要なポイントがある。一つは従来の同和教育ではあまり取り上げてこなかった「技術」が強調されている点です。つまりこれはやり方のことであって、差別事件が起きた時にどうするのか等のやり方を事前に学んでおかなければならないということです。二つ目は「人権文化」の創造がキーワードとされている点です。この人権文化を説明するのは非常に難しいですが、これは日常生活に人権が定着している状態と理解して貰えればいいでしょう。そして三つ目に研修だけではなく、情報化社会が進む中で「普及・広報努力」も人権教育に含まれるということです。これらの定義を十分に踏まえた上で総括を行っていきたいと思います。

  まず成果としては、1)人権教育の内容に関する理解と重要性に関する認識が高まったこと、2)様々な分野でバラバラに取り組まれていた人権教育のネットワークを構築した、3)被差別者に法律や行動計画等を通じて直接光が当たるようになった、4)13の特定職業従事者に対する人権教育が重視されだした、5)各方面で推進体制、行動計画が整備されだし、人権教育啓発推進法や自治体での条例が制定された等という点があげられます。一方、問題点としては日本国内だけに目を向けても、様々な働きかけがあったにも拘らず青森・宮城・岩手・秋田・山形・沖縄ではこの10年間に推進本部も行動計画も作られませんでした。また、行動計画等は作られたものの計画倒れに終わったものも多くあり、その実効性は不十分でした。そして特定職業従事者に対する人権教育の重要性は広まってきましたが、テキストもカリキュラムもない状況で実効性が伴いませんでした。この間の人権擁護法案の議論からも分かるように、特に国会議員の中での人権学習がほとんど行われていない等の点が上げられると思います。

「世界プログラム」の特徴

  次に「人権教育のための世界プログラム」についてです。「国連10年」は先の通り少なからぬ成果をあげてきましたが、国内外の人権状況には引き続き人権教育に取り組んでいく必要がありました。そこで昨年の国連総会で05年1月1日から「人権教育のための世界プログラム」に取り組む決議が採択されました。「国連10年」と「世界プログラム」にはいくつかの違いがありますが、最大の違いは「国連10年」には10年という期限があったのに対して「世界プログラム」にはないということです。ただそれではあまりにも漠然とし過ぎるので「世界プログラム」では小段階を設けることになっています。この小段階は3年ごとに区切られ、それぞれの段階で国連人権委員会が定めた重点課題が置かれることになっています。その第一段階が05年1月1日から07年12月31日までで、ここでは初等・中等学校制度における人権教育の推進に重点が置かれています。こういった形態になった最大の理由は、「国連10年」では国連加盟国の半分の国しか参加できなかったことがあります。どんなに素晴らしい内容が書かれていても、国民に食べさせることができない状況下の国では取り組めません。そのような状況の国が世界に約40カ国もあるため、同様の計画ではいけないという議論になり、短い期間に一つの重点課題に取り組み、それを積み重ねることで少しでも多くの国が参加しやすい状況を目指すことになったのです。

  「世界プログラム」の事務局である国連人権高等弁務官事務所は昨年10月、「世界プログラム第一段階のための行動計画案」を発表しており、今国連総会の閉会までに正式承認される予定になっています。現在はまだ案でありますが、この行動計画は、<1>人権教育の世界プログラム、<2>第一段階初等・中等学校制度における人権教育のための行動計画、<3>国のレベルにおける実施戦略、<4>関係機関に対する行動計画の実施の調整、<5>国際的な協力及び支援、<6>評価の6章から構成されています。

  具体的には<1>で人権教育の定義と「世界プログラム」の説明が書かれていますが、最も重要な部分は「国連10年」の人権教育の定義を踏襲している点です。また人権教育が目指すものが列挙されていますが、特に新しい視点として「民衆中心の持続可能な開発及び社会正義の促進」を注目しています。更にここでは人権教育の3要素という従来になかった区分けを行っています。それはa)知識及びスキル・・・人権及びその保護のための仕組みについて学習し、且つそれらを日常生活の中で適用するスキルとして身につけること、b)価値観、態度及び振る舞い・・・人権を支える価値観を発達させ、且つそのような態度及び振る舞いを強化すること、c)行動・・・人権を擁護及び促進するための行動をとることの三つで、特に私は、b)を独立した柱として重視しています。これは自分あるいは他者が人権侵害を受けた時に抗議の声を上げられる素養を養っていくことで、非常に重要だと思います。加えて「世界プログラム」における人権教育活動の原則もいくつか提起されていますが、日本の現状を考えると次の三つが重要といえます。一つは差別に反対する機運を醸成すること、二つ目は地域と個人が人権上のニーズを特定し、且つそれが満たされることを確保できるようにエンパワーすること。そしてもう一つが人権を抽象的規範から噛み砕いて、日常生活との関連を保てるようにするということです。

  人権教育・啓発推進法を見てもらえば分かりますが、人権教育はあらゆる場で実施されることが必要とされています。そして最も基本となるのは学校であって、中でも初等・中等学校における人権教育は重要です。そこで「世界プログラム」は第一段階の重点課題としてその点を上げているわけですが、行動計画の<2>ではそこでの人権教育を組み立てる際の留意点を盛り込んでいます。これもいくつかありますが私が最も注目しているのは「学校環境そのものを人権及び基本的自由を尊重・促進するようなものとすること」という点です。学校環境といっても学校教育を取り巻く全ての事柄を指しています。これまでも多くの人が様々な人権教育についての定義づけを行っていますが学校環境そのものまで広めたことはなく、そういう意味ではこれまでにない新しい重要なポイントだと思います。

実践的に人権教育を行うための重要点

  初等・中等学校制度における人権教育が世界中で実施されるためには、各国で計画が策定される必要があります。その計画を策定するに当たっての実施戦略として第一段階の人権教育の現状分析から、優先課題を盛り込んだ計画の策定、実施及び監視・評価、最終評価と言う四段階を踏むことが<3>で求められ、第三段階の一部までの実施が最低限各国に求められています。また<4>では人権教育を国内で実施する主たる責任は文科省にありますが、それだけでは不十分なため他の機関との緊密な協力が求められています。ただそれは非常に広い範囲で、その他の省庁やメディア、宗教団体やマイノリティーグループ、産業界など直接教育に関係していない機関による支援も必要だとされています。加えて広範多岐に渡る主体間を調整する機関を設置することが不可欠であって、文科省の中に担当部局を指定するとともに人権教育連合の設置を提案しています。これは国内レベルだけではなく、国連レベルでも調整委員会設置の必要性も行動計画は言及しているのです。

  次に<5>の国際的な協力及び支援では、特に日本の政府開発援助(ODA)の今後のあり方について人権教育を推進する方向に見直して欲しいと指摘されています。また最後の<6>の評価の部分では「法的枠組み及び政策、カリキュラム、教育・学習のプロセス及び手段、教科書の改訂、教職員の要請・研修、学校環境の改善など多くの分野で達成された進展を考慮に入れる」という点が上げられています。そして加盟国はこれらの行動計画についての国別評価報告書を国連諸機関調整委員会に3年ごとに提出し、同委員会は関連の国際機関や地域機関及びNGOと協力しながら国別評価報告書に基づいた最終評価報告書を作成、それが国連総会に提出されることになります。

今後の課題

  最後に「世界プログラム」の内容を踏まえた今後の課題6点について触れておきたいと思います。まず一つは、「国連10年」の成果を継承・発展させることです。そして今度こそ全ての自治体で取り組んでもらうことや計画倒れに終わらせないなどといった、「国連10年」の問題点を克服していく必要があります。また三つ目として「世界プログラム」を活用することでそこで明らかにされている人権教育の内容、人権教育を進めていく際の原則などを各方面で広めていくことです。四つ目として、「世界プログラム」の第一段階が初等・中等学校教育における人権教育の推進ですから、これを大いに活用して全ての学校における人権教育の推進に力を入れていくことがこの3年間の最大の目標だといえる点です。五つ目は全てを国連頼みにするのではなく次の重点課題を国連に提案したり、もっと早い次期の重点課題を決めるように関係方面に提起していくことが必要といえます。そして最後の六つ目としては、日本には人権教育を国の責務と位置づけた人権教育・啓発推進法という法的根拠があるので、先に列挙した課題を遂行していく際にはこれを活用していくことが必要だと私は思います。

  実は日本政府はこの「世界プログラム」の共同提案国であり、国連総会でも大変素晴らしい賛成演説を行っています。そのためその内容や姿勢が今後も守られるように要請していきたいと考えています。 今年は第2次世界大戦終結から60年目の年にあたりますが国内外の状況を見ると、世界人権宣言に盛り込まれた内容の実現が今改めて求められているといえるのではないでしょうか。更に今年の1月からは「国連・持続可能な開発のための教育の10年」が始まっていて、ここでは同一世代内での公正、異なった世代間の公正、人間と他の生物・自然との関係の公正の実現が目指されることになっています。そのためぜひともこの流れと「世界プログラム」の取り組みを結合させて、より充実した取り組みを進めていかなければならないと思います。

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