講座・講演録

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2005.0622
講座・講演録
(第35回部落解放・人権夏期講座 課題別講演[職域・企業]より)
(『部落解放』2005年1月増刊号(544号)「部落解放・人権入門2005」、解放出版社)
課題別講演 職域・企業1
ホームレスの自立支援のための新しい試み

佐野章二((有)ビッグイシュー日本代表)

ホームレス問題の今

  ビッグイシューの仕組みを説明しますが、1冊200円で55%の110円が販売者の取り分です。
  最初に10冊を無料で差し上げ、それを売った売上を元手に1冊90円で仕入れて、それを繰り返していく仕組みです。
  現在、ビッグイシューの販売員は、東京は50人位で1日あたり、大体1人平均25冊位、関西では70人で1人平均30冊位、全国で120人位が売っており、収入に直すと3000円を切る位の収入があります。
  3000円程売ると、大阪市西成区のあいりん地区、釜ヶ崎のドヤ(簡易宿泊場所)は1泊1000円、500円の弁当3食1500円と合わせて2500円、手元に7-800円余ります。
  とりあえず路上生活から脱することが可能な水準になったのが現状です。
  現在、大阪では野宿生活者が市内だけで7000人、ドヤで暮らす方も含めると大阪市だけでも1万人は越えるでしょう。

  2003年1月の政府統計では野宿生活者は2万5-6000人ですが過小評価だと言われています。

  日本では純粋に野宿をしなければいけない状態の人をホームレスと言いますが、例えばイギリスの場合はホームレスの概念は、住宅問題の概念で、1ヶ月後に家賃が払えなくて追い出される可能性がある人達もホームレス状態と考え、全人口は日本の2分の1ですが10数万人も居ることになります。
  ですがビッグイシューのような民間の営利活動や民間非営利、さらに1997年に誕生したブレア政権が野宿生活者、英語ではラフ・スリーパーといいますが、その対策を政府を挙げてやった結果、イギリスで4桁を切りました。
  したがって、日本でも3万人弱の野宿生活者を少なくする、あるいはなくすことは、イギリスの例を見ても取り組み次第では不可能ではありません。


なぜ大阪で始められたのか

  大阪には、全国の野宿生活者計2万5000の内の4分の1以上がおり、私は通勤経路の路上で寝ている人を見ない日はありませんが、私は見てみないふりをしていました。
  しかし、毎日これが続くと、何とかできないかと思うようになりました。
  結局、日本のホームレス問題は、雇用の問題だと思います。アメリカや英国のホームレスは若くアルコールやドラッグに依存しないと暮らせないというような方が多い特徴があります。

  なぜ若いかというと、1つは軍隊や刑務所にいたが出てきて仕事がないというケースが多い。もう1つは日本の場合は若い人が引きこもりやパラサイトシングルというふうに家で暮らせるような環境がありますが、イギリスの場合は18歳や20歳になると全員家から出るし、日本のようないわゆる、血縁関係による家族が圧倒的少数になり、ステップファミリーが主で、なかなか若い人が家にいられないことが若いホームレスが多いという原因だと言われています。

  日本のホームレスの平均年齢は56歳位、つまり団塊の世代の年齢で、高度成長時代に働いていた人たちが今は仕事がなくなり路上に放り出されています。しかし彼らはすごく働きたがっています。

  ですから英米と日本を比較すると、欧米のホームレスは若いですがアルコールやドラッグ依存等の病を抱え、日本のホームレスは高齢であっても就労意欲が高い。日本のホームレス問題は、働き口を作ることで8割がた解決するだろうと政府関係者も分かっていますが、分かっていてもなかなか進まない状況にあります。
  そういう中で、市民自ら解決策を作るしかないと研究会を作り、最初にアメリカのホームレス問題に取り組むNPOを調査しました。

  アメリカの場合は、ホームレス支援の民間団体は星の数ほどありますがなぜ多いかというとほとんどの教会がスープアンドキッチンという炊き出しをして、それを裾野に、多くの企業がホームレス支援をやっている団体に資金提供をするため、組織化された規模が大きいホームレス支援組織ができています。それは住宅問題、就労問題、食糧問題などの専門的にやっている組織からずいぶんとプログラムは学べますが、アメリカ式を日本でやるのはしんどいというのが率直な意見です。

  そうこうしている内に出会ったのがビッグイシューです。


日本版ビッグイシュー成立へのハードル

100%失敗という専門家の太鼓判

  ホームレスの方々の仕事を作るために雑誌を作り、それを売ることを仕事にしていくというアイデアは素晴らしいと思いましたが、皆に200円を出して買って頂ける雑誌を作れるのか。ホームレスの人が本気で売る気になるか。実際に日本の路上で売れるのかといろいろなハードルがありました。

  私自身は雑誌を作ったことはないので専門家に協力を求めに行くと、100%の方がビッグイシューの事業は失敗する。日本で特に大阪で成功するわけがないと言いました。

  専門家によれば、今はお金を持った中高年者向けの雑誌は成功するが、若者の活字文化離れが甚だしいので若者向けの雑誌は成功しないし、大阪には雑誌を出すためのライターや編集者や印刷所等の出版インフラがないのだそうです。

  仮に雑誌を作れても三重苦があると言われました。それは、まず第1に日本国内では雑誌の路上売買の風習文化がないことです。第2は日本ではフリーペーパーの水準が高いので有料では駄目だということです。
3番目は3Kのイメージのあるホームレスに売らせても誰も買わないと言われました。しかし、それを認めたらビッグイシューは成立しません。

  私は直ちに、三重苦というがそれは、我々の3つの優位性であると反論しました。

  ビッグイシューを大書店の雑誌コーナーに置いたら埋もれるだけですが、私たちの雑誌は街頭で皆さんの目に見える生きた書店なんだ、というのが1番目への反論です。2番目には、マスコミが自主規制して書けないような記事を掲載し、ビッグイシューを読まないと分からない情報を提供します。それが高いか安いかは読者の判断です、というのが反論です。3番目には、明日どう暮らすか予定の立たない暮らしをされている方々が命を懸けて販売の仕事を選んでくださいますが、あなたたちの中で、命を懸けて今の仕事を選んでいる人は何人いますか、と反論しました。

  反論も2回3回とやる内に確信を持てるようになりました。3Kのイメージを持たれているホームレスから直接手渡しに買うかどうかは確信を持てず、雑誌ができていないので調査やアンケートもできないわけです。

  やってみないとわからないビッグイシューのスタートはリスキーな事業でした。しかし、読者対象としては、年配の方よりも若い方々の方がホームレスに対する偏見が少ないのではないかと思い、また、ホームレスの問題は何よりも若い方々に考えて頂きたいとあえて若い人たちを選びました。

  どうしたら若い人に買ってもらえるのか議論をすると2つくらいの対応が出てきます。

  3Kのイメージを払拭するために制服を着せようということと、買う方に失礼にならないようにマニュアルを作ろうという意見です。ホームレスの方々は良くも悪くも人生の辛酸というか仕事で苦労してそういう状況にあるのですから、むしろ苦労が自然に伝わった方が良いのではないかと考え制服とマニュアルはやめることにしました。

  ただ1つ説明会で販売員の皆さんに、着る物は是非清潔な物、洗濯した物を着てくださいとお願いし、販売を開始しました。

法律問題と交渉

  また、路上販売には2つ程規制する法律と、担当する機関があります。
  例えば路上に台を設けて、路上を占拠してビッグイシューを売るには道路管理者である都、府、市など行政の道路占有許可が必要です。
  その点、ビッグイシューは胸からポスターをさげて売るので道路の占有はしないので問題はありません。

  むしろ、行政当局は私たち民間の試みを歓迎してくれ、側面から協力を頂いています。問題は使用許可を担当する警察です。

  使用許可は、道路交通法77条第1項の3号に、移動しないで露天屋台もしくはそれに類する物を出そうとするときには許可を要すると書いてあり、78条には許可条件が書いています。

  法律的には申請すれば問題のない限りは原則許可だと考え、府警本部の交通規制課に道路の使用許可を簡便に取る方法がないかと相談に行きました。
  私たちは法律的には原則許可だと思いましたが、警察は法律を事実上運営していく上で物売りについては原則禁止にしていました。
  運用上の原則禁止は法令違反ではないかと言うと「佐野さんのいうことも正しいが路上で一斉に物を売り始めたら収拾がつかないし、我々の人手も足りないからそういう処置をしています。だから佐野さんたちだけを認める訳にはいきません」という形で壁にぶち当たりました。

  交通規制課はガードが固いですが、彼らなりに困っているのではないかと想像できました。それは不許可にした場合2つ問題があるからです。
  1つは2002年の7月に、ホームレス自立支援特別措置法が作られているように、社会にホームレス問題を何とかしなければという追い風が吹き始め、不許可にすると社会的な批判を浴び、政治問題にされるかもしれません。

  そこでビッグイシューとして知恵を絞って、目次の横に書いてある、販売員が守らなければならない8つの行動規範の5つ目に、「他の市民の邪魔や通行を妨害しません。特に道路上では割り当て場所の周辺を随時移動し販売します」と書きました。
  道路交通法には、移動しないで露天屋台もしくはそれに類する物を出そうとする時には許可を要する、とありますが、私たちは生身の人間ですから、露天屋台もしくはそれに類する物ではありません。

  また、休憩する時は場所を離れてどこか見えない所で休むので随時移動している訳ですから道交法に該当しません、というふうに言いました。警察はどう守りますかと聞くので、この雑誌には「行動規範に違反すれば市民の皆さんから電話してください」と書いています、と言いました。

  市民の監視に耐えない、あるいは支持が受けられないということであればこの事業自体が成立しません。それから相談員を置いていると説明したら、向こうは指導員を置かれているのですね、と言いました。行動規範で通行を邪魔しないと書き、指導員を置いているということで、売ることができるようになりました。この他に、例えば商店や路上で売っている人と争わないといったことが行動規範に書いています。

  路上で売るということは、それなりのルールを自覚して、路上での新しい文化を作っていく、ルールを新たに作っていくということを自覚しながら初めて販売できます。

  東京、特に新宿の場合は、地回りのやくざが警察よりも勢力を張っていて3、4回遭遇しましたが、基本的に私たちからは接触しませんが彼等から接触してきた時は誠意を持って話し合い、今の所はトラブルも起こっていません。
  そういう形でも日本でもビッグイシューを売る事が可能になりました。


ビッグイシューと社会 - 市民の反応と支持

『有り難う』と『頑張ってや』の街角コミュニケーション

  大阪のみなさんは好意的に受け止め反応してくださいました。販売と購入してくださる方の間には、いろいろなことがありました。雑誌は若者向けであるため50歳前後の販売員には商品を完全に理解できない。そんな状態で売らざるを得ないことが私たちの泣き所と思っています。販売員の中には熱心に隅々まで読んで、販売時に一生懸命説明をする方もいますが、基本的に世代ギャップというか、人物、特にインターナショナルのページに出てくる人物が何者なのかわからないということがあります。

  最初に10冊差し上げて、雑誌の中を見た販売員には、内心「こんな物が売れるか」という態度がありありと見えます。しかし、ビッグイシューの認知度も上がってきたので、売りにくい人でも半日で、中には1時間で10冊売れるのでびっくりするのです。最初の10冊が売れるのが嬉しくて仕方がないので、ありがとうございますというのと同時に最敬礼する人がいるのです。

  特に「ありがとうございます」という言葉には、買って頂いた方から、マニュアルではないありがとうを久しぶりに聞いた。あるいは初めて聞いた、というお声を頂きます.そういうメールもたくさん来ます。中にはそれでも、持っている手が汚れていないか、本が汚れていないかと見る人もいます。販売員は、本をクリアファイルに挟んで直接商品には手を触れないようにするなど各自が工夫しています。彼等の仕事に取り組む姿勢は凄く真摯だと私は思います。まじまじと見た人は、綺麗にしていると思う反面、自分はなんてホームレスに偏見を持っていたのか、恥ずかしい、そういうメールを下さいます。そういうコミュニケーションが街角で随所に現れています。

  現在、6万部を印刷していますが、5、60歳位の人から「ありがとう」と最敬礼されると、「おっちゃん、頑張ってや」と義理でも言うでしょう。販売員は、「おっちゃん、頑張ってや」と言われるのが凄く嬉しいと言います。中にはダラダラと売る人もいます。この仕事は3つくらいの理由できついのです。

  まず第1に立ち仕事がきついこと、第2に日本のホームレスの6、7割は土木現場で働いてきて客商売の経験はなく慣れがないこと、第3は街中で、1人で売らないといけない仕事だということです。「ありがとう」をめぐる購入者とのやりとりに加え、2つ目の反応は、段々調子が出てくると、朝なら「あれがとうございます、行ってらっしゃい」と言える人が、夕方なら「ありがとうございます、お疲れ様でした」と言える人が出てきます。私はホームレスの人に対して見てみないふりをすると言いましたが、お客を励ます存在になるというのは考えもしなかった状況でびっくりさせられます。

  コミュニケーションとは、対等で双方向ですからお客が励まされても何の不思議もないのですが、こちらは必死ですから、販売員たちが励まされるのは想定していても買う人を励ますことまでは想定できませんでした。ですがお客に、励まされたよという言葉を聞いた時はこの事業を始めて良かったと思い、本当に嬉しかったです。

  3つ目は、私はいつも、若者とホームレスの間にはともに仕事がないという共通性があると言っています。何度も就職試験を受けても落ちて「もう俺、あかんわ」と思っている時に売っているおっちゃんたちに会い、すごく励まされたという声も届きます。それから雑誌は若者向けで、創刊号はフリーター特集でしたので二重に励まされたという若者の声もありました。逆に、就職なんか嫌だと思っている時にビッグイシューの販売員と出会い、「なんと自分はわがままなのか。これくらいでくじけてはいけない、頑張ろう」と思った、という声も聞こえてきました。

衰弱する社会から敗者復活が可能な社会創生へ

  高齢者になると再就職が難しくなるのでホームレスの人たちになかなか仕事がないのはわかりますが、若い人たちの就職が困難で、仕事がない日本社会には未来はありません。若い人にとって仕事というのは、それを通して具体的に社会に参加する機会です。ホームレスだけでなく、若い人にも仕事を与えられないということは、具体的な社会参加の機会を与えられない社会だということです。ホームレスだけではなく若い人々を結果的に排除する構造を持った社会になっています。

  実は、最大の問題は、排除される人は大変なのですが、ホームレスや若い人の就職機会を作れず、人に排除していきながら問題解決能力を低め衰弱していっている社会全体なのです。そういう状況を、社会の衰弱という社会自体の問題と考えた時に、日本社会ではいったん勤めていた会社を辞めるなどメインストリートから外れるとなかなか戻れません。日本社会は排除の構造を持つと同時に排除された者が復活しにくい社会構造を持っています。

  最も復活しにくい人とは、就職したくても住所がないために就職活動すらできないホームレス状態にある方です。つまり、若い人たちは、就職が困難な社会の中で、最も復活困難なホームレス状態にある販売員が街角に立ってビッグイシューを売ることを通して、同じ戦いを戦っているというふうに共感してくれているのではないかと思います。私たちの仕事はビッグイシューを一生懸命作り一生懸命売る事が仕事ですが、そのことを通して日本社会を、敗者復活しやすい社会に作り変えることも私たちの大事な仕事ではないかと1年活動して思うようになりました。

ビッグイシュー、今後の課題と夢 - 自立の応援とは

  敗者復活のしにくい社会の中でビッグイシュー日本はホームレスの方々の自立を3つくらいのステップで考えています。第1ステップとは、まず、寒い冬、路上から屋根のある所に移り寝られる状態を作ることです。これはビッグイシューを30冊程度売れば、3000円態度の収入が得られ、実現します。1000円のドヤに泊り、食費に1500円程使って、小金が残ります。第2ステップとは、その日暮しではなく、ビッグイシューを売り貯金をして、ドヤではない文化住宅のような所へ入って、住所を持つことです。

  現在、月刊から月2回刊にしますと、リピーターの人が2回買ってくださるので売り上げが、1.5倍弱になり、貯金ができます。30冊売っている方が40から45冊くらいには増やせ、半年で30万円足らず貯金ができるという考えです。第3ステップは、高齢の失業状態の方の仕事探しは困難ですが、いうまでもなく住所を持って新しい仕事を探してもらうということです。

ビッグイシュー財団

  自立については、有限会社ビッグイシュー日本としては第2ステップまで、第3ステップは非営利団体を作り、行政や企業とも連携して販売員及びホームレスの人々の就労トレーニングや就労斡旋等をやりたいと考えています。

  そのためにビッグイシューは大いに事業をして、儲けの一部を非営利団体に持っていき、ネットワークの結節点のような機能を果たしながら、ホームレスの方々の就労による自立の応援を具体的にしていける場所として、有限会社と非営利団体が両輪として動いていく時に初めて、ビッグイシューが日本社会に定着したと言えると考えています。

ホームレスワールドカップ - 国際的問題としてのホームレス問題

  最後に、生きている書店は1年経つと疲れてきます。販売以外にいろいろなことをしています。毎月1回は定例のミーティングをします。重要な取り決めは必ずここで議論された上で決められます。また、新宿の販売員が1日100円貯金をして非常時に備えて貯蓄組合のようなことをやっていますし、春と夏にはパーティーをするといった自主活動も出ています。さらに、2004年7月25日から8月1日まで、スウェーデンで26ヶ国が集まり第2回ホームレスワールドカップ(サッカー大会)が開かれ、日本も8人の代表団を送りました。

  平均年齢52.3歳の日本チームに20代のナミビアは手加減して最初は相手にしてくれず、おじさんたちは傷つき、手加減しないでくれと抗議に行ったりするようなこともありました。日本チームは高齢にもかかわらず、必死に戦い、随一の人気チームになりました。そういう国際的な交流ができるのはどういうことかと言うと、冒頭で言ったようにビッグイシューそのものはイギリスで始められた物ですが、ホームレスワールドカップが開かれる程にホームレス問題は国際問題になっているということです。

  販売員自らがたまたまフットサルチームを作って出かけて国際的に交流する時代が来ているということに私も感動いたしました。そういう意味で敗者復活をしやすい社会を作ること、それを国際的な視野を持ちながら作ることがビッグイシューの課題であり使命であり、それをやり遂げる事はビッグイシューの夢でもあると考えています。

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