講座・講演録

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2005.12.27
講座・講演録
第267回国際人権規約連続学習会
世界人権宣言大阪連絡会議ニュース280号より
一通の手紙から
〜「部落地名総鑑」差別事件の発覚から30年〜

友永 健三(部落解放・人権研究所所長)


投書からわかった事実

 今年で「部落地名総鑑」差別事件発覚から30年を迎えますが、この事件は1975年11月18日に解放同盟大阪府連人権対策部宛に「『部落地名総鑑』販売は大変遺憾で、ぜひこの件について処置してほしい」という手紙が入った一通の匿名の投書から始まりました。その後「部落地名総鑑」の現物を入手し、同年12月9日にその事実を記者会見で発表したことから、大きな社会問題となりました。

「部落地名総鑑」は法務省の発表では8種類販売されていて、そこには全国5300ヶ所を超す部落の名前、所在地、戸数、主な職業などが都府県別に記載されていました。中には所在地を戦前の旧地名と現在の新地名の両方を記載しているものもあり、興信所・探偵社などの調査業者が調査業務の副業で作成していたようです。これを延べ223の企業が購入し、中には複数冊や複数種類購入していた企業もありました。また誤って届いたダイレクトメールから、結婚を控えた子を持つ個人が購入したケースもありました。

人権問題を担当する法務省は、1989年にこの事件の「終結宣言」を発表しています。部落解放同盟は、まだ終わっていないとしてこの決定に抗議しました

が聞き入れられることはなく、法務省の取り組みは終了しました。しかし、未だに真相が解明されていないだけでなく、同様の事件が現在も続いているのです。

「部落地名総鑑」作成の動機

作成販売者の証言によると、結婚や採用調査で部落出身かどうかを調査することが多かった経験から、「部落地名総鑑」を出せば売れると考えたことが動機だったようです。また「部落地名総鑑」の序文からも分かるように製作者は部落差別の実態や運動を十分理解したうえで、本書を極秘扱いにするように求め、自ら「世情に逆行して本書を作製」とまで記していました。一方、購入側はどうだったかというと、企業の人事担当者や企業自体が部落に対する差別体質を持っていたために、採用で部落出身者を排除するのに使っていました。更に最近では不動産売買の際に利用する目的で購入した企業もあったといわれています。また個人の場合は結婚相手の身元を調べることが動機でした。当時「部落地名総鑑」が新聞報道されると本屋にそれへの注文が多く寄せられ、解放出版社にも問い合わせがありました。それだけ差別意識が根深いといえるでしょう。つまり「部落地名総鑑」差別事件は結婚や就職の面で深刻かつ根強い部落差別の実態を示しています。

再発防止に向けた取り組み

これまで同様の事件が再発しないように様々な手立てが講じられてきました。それらの取り組みに対する成果としては、<1>全国各地に「部落地名総鑑」を購入した企業が中心となって、部落問題に取り組む企業の団体が結成されたこと、<2>労働省が企業に根深い差別体質があることを認め、77年12月に100人以上の従業員を抱え採用を行っている事業所で「企業内同和問題研修推進員」の設置することを求めた通達を出したこと。<3>99年6月に職業安定法が改正され、採用にあたって差別につながる情報を収集することが禁止されたこと。<4>大阪府で85年3月に興信所・探偵社による「地名総鑑」の販売や部落差別調査を禁止する条例が制定され、その後もいくつかの県で条例が制定されたこと。<5>「部落地名総鑑」が最終局面では訪問販売されるようになったことを契機に、各地で「身元調査お断り」運動など人権草の根運動が活発化したこと。<6>糾弾に対する理解が深まったこと、<7>個人情報保護法が今年から施行されたことの7点があげられます。

まだ事件は終わっていない

今もなお、第5の「地名総鑑」が何部印刷、販売されたのかが不明なことに示されているように未だに未解明な部分があります。そしてまだ「部落地名総鑑」を持っている企業があるとの投書が続いているという点です。あるいはパケット通信や、最近ではインターネットの掲示板を使って部落の地名が流される事件が多発しています。そして相変わらず結婚に際して身元調査が行われており、皇太子の結婚に際しては私たちの税金を使って身元調査が公然と行われていました。   

これ以外にも去年11月以降、兵庫県や大阪府などで行政書士が不正に戸籍謄本や住民票を大量に入手していた事件が発覚し、併せて事件を依頼した興信所が「部落地名総鑑」を隠し持っている実態も明らかになってきています。

今後の課題

まずは「部落地名総鑑」事件の全貌の解明が必要です。そして企業、行政、運動体の内部でも「部落地名総鑑」の教訓を風化させないようにしなければなりません。また部落差別調査や就職差別を法的に規制することも重要です。特に就職差別を禁止したILO111号条約の早期批准と具体化が重要になってくるのではないでしょうか。

さらに企業全体が部落問題・人権問題に取り組むために、日本経団連や商工会議所等の経営者団体に部落問題・人権問題を基本方針に位置づけるように働きかけることが必要です。「部落地名総鑑」差別事件を部落差別が決して寝ていないことの証拠として、部落の中にある「寝た子を起こすな論」を克服するように働きかけていくことが必要です。さらに「部落地名総鑑」以外にも様々な差別につながるリストがあるといわれる現状に対して、反差別・人権確立の取り組みを強めることも大切です。

「部落地名総鑑」差別事件は部落差別がある限り同様の事件はなくならないと私は思います。だからこそ一つ一つの事件と闘いながら、差別をなくす具体的な手立てを積み重ねていくことが大切です。様々な差別につながるリストが存在する今日において、「部落地名総鑑」差別事件は私たちに深く関係している事件です。だから差別事件は未だ終わっていないということを広く訴えていくことで、差別が野放しになっている日本の人権状況を考えるきっかけにしてもらいたいと思います。

Q & A

Q. 大阪府等で「部落地名総鑑」の販売や部落差別調査を禁止する条例が制定されていますが、他の自治体はどうなっていますか。

A. 大阪府で1985年に制定されて以降、熊本、福岡、香川、徳島で条例が制定され、今年10月には鳥取県で人権侵害の救済をするための条例が制定されました。これは禁止規定の中に部落差別調査を禁止する条文があるので、内容的には大阪の条例に近いのではないでしょうか。これ以外の動きとしては行政書士の戸籍謄本不正入手事件を受けて兵庫県と、司法書士の戸籍抄本・謄本の不正入手事件を受けて京都府で条例制定を求める動きが出てきています。

また一度廃案になり継続審議になっている人権擁護法案では、第3条で「部落地名総鑑」の作成や販売、部落差別身元調査、就職差別が禁止されています。確かにこの法案は人権委員会の独自性など多くの問題点はありますが、このような画期的な一面もあります。この法律が成立すれば全国一律に「部落地名総鑑」の作成・販売や差別身元調査が禁止されることになります。

Q. 皇太子の結婚に際して行われた身元調査に対して解放同盟はどのような抗議や取り組みを行っているのですか。それは今回結婚した黒田慶樹さんの件にどう結びついていますか。また同企連の取り組みは今後もっと具体的な広がりが求められていると私は思うのですが、その点について動きはどうなっているのでしょうか。

A. 小和田雅子さんの身元調査については起こってからかなり後で事実が分かったので、一応抗議はしましたが、それほど強力なものではありませんでした。むしろ今、問題なのは「部落地名総鑑」の作成や身元調査の禁止、あるいは野放しになっている調査業者をどうするかということです。現状があまりにもひどいので自民党からも議員提案でこれらを禁止する法律を作ろうとする動きが出ています。

 また、差別身元調査事件が起こって以降、部落解放同盟大阪府連では、関西の4大経営者団体と就職差別をなくすなどについての懇談会を毎年定期的に行っています。ただ私はこれを中央レベルでも行うように提言しています。それを通じて企業の社会的責任として部落差別をなくす、人権問題に取り組む等ということを中心課題に位置づけるように今後は申し入れていかなければならないと考えています。

Q. インターネットを利用した差別事件が起こっているということですが、表現の自由の問題も含めてプロバイダーの対応など最近の状況はどうなっているのですか。

A. 東京大学の浜田純一さんによればインターネットによる情報社会の登場は、もう一つ新しい世界ができたと思わなければならないほどの大きな変化ということです。そしてその新しい世界では法整備が遅れていて、人権の観点からインターネットを見た基本法的な法律が必要だという問題提起を受けたことがあります。つまり一つの方策では解決しないので、いくつかの基本的な方策を提案して、それを総合的に担うことで問題解決を目指さなければならないということです。そこで重要な柱になってくるのが教育・啓発です。しかし現在行われているインターネット教育は技術ばかりを教えて、何のためにインターネットを使うのかは教えていません。ですから人権・平和・環境を守るためにインターネットを使うという肝心なことを今後はしっかり教育・啓発していかなければなりません。

 また相談や苦情処理をどうするのかも重要な問題です。やはりこれは個人では難しいので、公的な機関が必要になります。つまり然るべき公的機関が通報を受けてそれが人権侵害と認められた場合、その機関がプロバイダーに削除を求めたり、情報発信者に発信をやめるように求める等の方法が有効だと思います。あるいはプロバイダー自身が情報発信に対して規則を設けて、その規則の中で特定の事柄につながる情報があった場合は削除するという規定を予め謳っておく方法もあります。最近では約款の中で差別を助長するような記述は削除すると記載するプロバイダーも増えており、実際に削除するケースが増えてきているのが現状のようです。ただそれでも差別し続ける場合にはやはり罰則が必要ですが、これについては日本の国内法だけでは限界があります。なぜならどこの国のプロバイダーを使おうが料金はほとんど変わらないからです。最近では日本のプロバイダーから締め出された発信者がアメリカのプロバイダーを利用することが増えており、そこで部落の地名が掲載されたときにそれが差別につながるということを分かって貰うだけでも時間が掛かるという問題があります。つまり国際的な条約を設けるしか規制する方法がなく、国連でも現在インターネットでの人権侵害は重大なテーマとして議論されています。

Q. 部落の出身であるかどうかはそもそも集める必要のない情報です。しかし個人情報保護法では個人情報の利用目的の特定、利用目的による制限という規定がありますが、先のような情報を集めることへの規制はありません。なぜこの点においてこれまでの差別解消に向けた取り組みが活かされていないのでしょうか。

A. 個人情報保護法の最も重要な考え方の一つは、情報の主権者はその情報の本人であるということです。従って情報の収拾も利用も全て主権者の同意がなければ行ってはならないのです。私はこの考え方は非常に大事だと思っていて、戸籍謄本や住民基本台帳にもこの考え方を貫くようにかねてから訴えています。戸籍や住民基本台帳には公的な機関が証明する非常に詳しい個人情報が書かれているにもかかわらず、これらは個人情報保護法の対象から除外されています。その問題が現在いろんな形で出てきており、ついには住民基本台帳法の改正の動きへとつながり、更に戸籍法改正にも議論は広まっています。ぜひ皆さんにご理解願いたいのはこれらの情報の流出を防ぐ方法は、これまでの偽造されやすい本人確認やいい加減な利用目的の記入ではなく、本人通知しかないということです。いつ、誰が、どのような理由で情報が請求されたということが情報を取られた本人に通知される制度が導入されれば情報の不正流出は減るだろうし、万一人権侵害が起こった場合にも犯人が特定されやすくなるのではないでしょうか。

Q. 「部落地名総鑑」の購入先の都府県別の分布はどうなっているのですか。また購入先の全てに対して糾弾は行われたのでしょうか。

A. 具体的には覚えていませんが、東京と大阪が圧倒的に多かったと記憶しています。また「部落地名総鑑」購入企業で作られた各地同企連で、早くに結成された都府県は購入企業が多かったと理解して間違いないでしょう。

 糾弾については一般企業に対しては全て行っています。ただ完全に開き直った個人や行方をくらました興信所・探偵社については実施できていませんが、いずれも極少数です。


戦後60年 部落解放運動の歩み&『部落地名総鑑差別事件』発覚 30年
パネル展が開催されました!  
2005.11.16〜18

『写真でみる戦後60年 部落解放運動の歩み』&『部落地名総鑑差別事件』30年のパネル展が大阪人権センターで開催されました。

部落解放同盟大阪府連合会、部落解放大阪府企業連合会、大阪府人権協会、大阪市人権協会、部落解放・人権研究所、世界人権宣言大阪連絡会議で構成された『戦後60年』『部落地名総鑑差別事件30年』パネル展実行委員会の主催で、戦後60年と、「部落地名総鑑」発覚から30年にちなみ、部落解放運動が築きあげてきた成果、部落地名総鑑事件の概要そしてこれから部落解放運動がめざすものを少しでも多くの人に知ってもらうために実施しました。

パネル展示と併せて、88年に大阪府同和促進協議会(現在大阪府人権協会)が製作した「部落地名総鑑」ビデオ上映、当時の「地名総鑑」作成者のお詫び状や購入企業の反省文も展示されました。

 16日のオープニングセレモニーでは、実行委員会を代表して北口末広さん(大阪府連合会書記長)から「今日も『地名総鑑』が貸し借りされていることを考えると、この事件を風化させてはいけない。このような催しが開催されることは意義がある」との挨拶があり、センター関係者約30名が参加しました。開催期間中、延べ533名が見学しました。

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