講座・講演録

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2006.01.31
講座・講演録
部落解放研究第38回全国集会
「部落解放」546号(2005月2月号) より 
若年雇用をめぐる政策課題

信州大学名誉教授・元雇用審議会会長 高梨 昌


■はじめに

 若者の雇用間題が深刻であることについて政府の文書で最初に指摘したのは、1999年8月、雇用審議会の「第九次雇用対策基本計画」(計画年度2000-2010年)です。そこで、高校卒業生を中心とする新規学校卒業生が、1990年代の「失われた十年」と言われる時代になると、特に大都市地域では、就職者より無業者のほうが多くなってきました。無業者のなかには正規に就業しないフリーターと言われるパート・アルバイトの人や「二ート」と呼ばれる無業者も含まれていて無業者の実態は必ずしもはっきりしませんが、これは深刻な事態です。

 当時私は、日本労働研究機構(JIL)という特殊法人の会長を務めていましたが、その研究所に若者の雇用・就業に関するプロジェクト「若者の就業構造研究会」をつくり、フリーターの調査を始めました。そのプロジェクトでまとめたのが、『自由の代償・フリーター 現代若者の就業意識と行動』(小杉礼子編、JIL出版部、2002年)です。調査のなかで実態がわかってきましたが、問題は、職業高校よりも、進学校である普通高校のほうが、フリーターになる率が高いということです。大学卒でも人文社会科学系のほうが無業者が多く、理工系はそうではない。学校の種別によって違う。ではどのような対策を立てるか。

 2003年1月に「若年者の雇用の将来を考える会」を社会経済生産性本部の社会労働部に設置してもらいました。この「考える会」には、学識経験者、労使の代表などに入っていただき、私が座長を務めました。2003年12月、その中問報告として『若者が職業に希望と誇りをもてる社会を』をまとめ、2004年5月には『若者に希望と誇りをもてる職業を-次世代の橋渡しを行うための行動計画』として最終報告をまとめました。この最終報告を中心にして、お話ししたい。


■若者たちの「静かなるストライキ」

 まず、注目しなければならない事実は、若い人たちは、この長期不況にもかかわらず、自分の都合で退職していることです。不況なら再就職は困難ですから会社をやめないのが通常であるのに、不況であるにもかかわらず自分の都合でやめている。これが若者の10パーセント前後という高い失業率の内実です。もう一つは、新規学卒直後の無業者が、非常に増えてきたことです。もともと日本は世界でもまれなほど未就職失業率が低く、学校を卒業すると就職する人がほとんどでした。しかしいまは、学校を卒業しても職に就いていない無業者が急速に増え始めています。

 このことは、学校から社会へ橋渡しする仕組みに問題があるということです。また、ここには、若者たちの就業意識や就業行動の変化もあります。「就社よりも就職」、つまり、会社が若者を選ぶ時代ではなく、若者が会社を選び始め、しかも賃金の高低や会社名よりも、仕事のやり甲斐などで会社を選ぶ「就職」に変わり始めたことです。このように社会と若者との考え方がずれてきている、労働力の需要と供給のミスマッチが拡大してきているということです。このことは、若者がいまの社会システムに対して「異議申し立て」をしているのではないでしょうか。自分からすすんで会社をやめるというのは、自分が会社の条件に合わないわけです。一種のストライキです。ストライキと言えば労働組合が賃金や労働条件を改善するために一時的に労働力の売り止めをすることですが、そうではなく、個別に、条件が自分に合わないからやめる、という抵抗をしている。私はこれを「静かなるストライキ」と表現しました。これは日本だけではなく、世界的な潮流です。1970年前後、日本では大学紛争が起きました。若者の反乱です。これはラジカルな行動でした。これも世界的に起きました。この世代はいわゆる団塊の世代で、日本の経済をしょって立ってきた世代です。いまの若者たちはそのようなラジカルな行動形態をとっていない。自覚しているかどうかはともかく、静かで、個別的な抵抗形態です。


■若年失業者の増加についての誤った考え方

 このような状況について、さまざまな見方があります。一部の政党、また一部の若い研究者がしばしば言うことですが、良好な雇用機会を中高年層が終身雇用という既得権として手放さない、欠員がないから若者に良好な雇用機会がない、だからやむなく転職している、中高年雇用と若年雇用とはトレードオフ(並立しない)関係にある、と。この考え方の政策的枠組みは、中高年の家族持ちの労働者を解雇して若者に席を空けろということです。このような乱暴な見解がいままかりとおっています。この仮説はまちがっているし、危険な思想です。90年代後半の5年間で、40代、50代の男性が約80万人も解雇されています。決して長期雇用で保障されているわけではありません。

 労働需要については、定年や病気、死亡によって欠員が出ますし、結婚、出産などで退職する人がいます。その欠員を補充するため、90年代後半の5年間に約700万人の追加需要がありました。毎年140万人です。これはたいへんな需要です。新規学卒者は少子化でだんだん減少していますから、ほぼ需給のバランスはとれていたのです。にもかかわらずそこでミスマッチが起きた。中高年が席を空けないから若者の雇用機会が奪われたのではないということです。ヨーロッパでは、若者の失業率がたいへん高いので、1970年代から80年代に、政策的に中高年の引退を促進しようと、公的年金の支給開始年齢を65歳から60歳に繰り上げました。高齢者の引退を促進すれば、欠員補充で若者の雇用が増えるに違いないと思ったが、いっこうに効果がなかった。かえって年金財政が破綻してしまって、いまヨーロッパでは年金支給開始年齢を65歳に戻すために四苦八苦している。ここにも明らかなように、中高年雇用と若年雇用がトレードオフの関係だとか、中高年の引退を促進すれば若年雇用が増えるという問題ではない。政策的に成り立たなかったわけです。

 また、若年雇用の質が悪いから離職するという考え方があります。しかし、たとえば戦後の経済的混乱期は雇用の質が悪く、大量失業時代ですが、それでもほとんど離職していません。離職率が高まり始めるのが1963年の統計からで、所得倍増計画が発表され、景気が回復し、いい雇用機会が出てきたためで、自己都合退職率が3倍以上にはね上がります。景気のいいときには当然起きることです。日本の終身雇用というのは、一つの企業に定年まで勤めることだと言われますが、決してそうではありません。中途退職もあるし、中途採用もある。1960年代の高度経済成長期には大企業でも相当大幅に中途採用しています。

 だから離職するのは雇用の質が悪いからだけだとは言えない。いま若者は、相対的に労働条件の良い大企業に就職しても、退職してしまう。そのことが問題です。

 中高年が引退しないとか、若年雇用の質が悪いといった認識では、対策は立てられない。しかもこの考え方は、世代間の対立をあおります。人間社会は、いろいろな世代が共立共存するのが理想です。助け合わないといけない。

 世代間の対立をあおり、若者の雇用機会をつくれという発想について、われわれは苦い経験をもっています。第一次大戦後、ドイツではワイマール共和国が崩壊し、そのあと世界大恐慌が起きます。そのとき、失業者と若年層をうまく使って政権をとったのがヒトラーです。ヒトラーはヒトラー・ユーゲントという若者の組織をつくりました。既得権を保持して経済を支配しているのがユダヤ人だとしてユダヤ人迫害を扇動します。1960年代には中国で文化大革命が起きます。このときも若い層が紅衛兵として、成人を追放し、1干万人もの人が殺されたと言われます。

 このように世代間の対立をあおる考え方、イデオロギーはたいへん危険です。人間社会というのはみんな既得権を持ちながら生活しているわけですから、いまの小泉内閣のように既得権はすべて悪く、剥奪せよというのもおかしな話で、既得権なくして人間は生きようがありません。既得権を理由なく剥奪すべきではありません。


■仕事への興味と関心を育てる教育を

 私は二つのことに注意を向けたい。一つは、いまの若者たちは、社会にどういう仕事があり、仕事のおもしろみがどこにあるのかを教えられてきたのか、つまり、仕事に対する興味と関心を育てる教育をしてこなかったことです。昔は、商店であれ、農家であれ、仕事をしている両親の背中を見ながら育つわけです。家業も手伝います。いまのサラリーマンは、朝、会社へ出て、夜遅く帰ってきますから、親子の対話もない。サラリーマンの子どもは、仕事がどういうものか実感できない。サラリーマン社会では、仕事に対して興味と関心を育てるような教育をしなければならない。政府は遅ればせながら、インターンシップやトライアル雇用など、若年層が仕事の経験ができる政策を打ち出していますが、学校教育は相変わらず受験教育偏重であり、仕事についての情報は発信されていません。

 もう一つは、この不況下でいとも簡単にリストラされ、解雇される人が増えてきました。人はだれでも、その仕事に誇りを持って働いているはずです。誇りを持って働くからこそ意欲がわく。ところがリストラは、「おまえはもういらない」ということだから、誇りは無残に打ち砕かれる。これが、労働市場流動化という美しい言葉で、いとも簡単に行われています。それを身近に子どもたちが見ている。だから仕事に対する誇りも希望も持ちようがない。

 また流通産業のように、労働を極端にマニュアル化する。マニュアル化するということは、だれでも簡単に仕事に就けるということですが、同時に、どこにでも代われる要員がいる。それが労働市場流動化ということです。これでは仕事に誇りも意欲も持てるはずがない。仕事のおもしろみがわからない。そういう状況がいまの社会です。


■若者の雇用対策

1 二つの視点

 基本的に二つの視点が重要です。第一に、総合的な経済・社会政策の構築です。雇用・労働政策だけではなく、経済政策、教育政策を総動員した総合的な経済・社会政策を構築して臨まなければならないということです。とりわけ入職前の職業教育政策が重要です。この問題は、日本の社会の将来にかかわることだからです。少子化の問題点は、子どもの数が少なくなるうえに、質も悪くなる点です。若い時代は、記憶力もいいし、体力もある。仕事への適応能力もありますから、新しい仕事をどんどん身につけるチャンスです。仕事は経験しなければなかなか身につかない。学力でも勉強を繰り返しやるから身につく。経験というのは非常に重要です。仕事をしながら覚えていく。いかなる人間の能力も、経験を積み重ねることによって高まるのが原理原則です。

 第二に、国および地方自治体、産業界、労働界、教育界、家庭や地域社会などは、連携した継続的国民運動としてこのような経済・社会政策を推進しなければなりません。十年、二十年の長期戦でやらなければならない重要な課題です。少子化になって若者の質が下がったのでは、日本の経済はもたない。資源のない日本の国力を支えているのは人材です。次代を担う人材が、だんだんと衰えつつあるということは危機的状況と言わなければなりません。

2 入職前の職業準備教育の充実・強化

 では具体的にどういうことが必要か。第一に、入職前の職業準備教育を充実・強化することです。

 最近、村上龍さんが『13歳のハローワーク』という本を書きました。これは私が村上さんと二年前に対談したときに、小説家として、仕事に興味と関心、好奇心が湧くような表現形式で書いていただけないかとお願いしたことがきっかけです。当時、日本労働研究機構は、職業を千種類ぐらい紹介した『職業ハンドブック』を出していましたが、高校でも中学校でも利用してもらえませんでした。そこで村上さんが、そのハンドブックを活用して『13歳のハローワーク』をまとめてくれたわけです。これがいまベストセラーになっています。

 また、2003年、「さまざまな仕事を、見て、触れて、体験して考えて、学ぶ機会を提供する」ことを目的とした「私のしごと館」が京都府にオープンしました。仕事の博物館としては、成功をおさめていると思います。

 村上龍さんの本に学んだり、「私のしごと館」のような場を活用して、仕事や職業に対する認識を深めていくことは重要です。さらに、義務教育に「仕事と暮らし」の教科を新設し、仕事や職業への好奇心を湧き出させる。仕事に就くためにはどういう教育、訓練が必要か、また、それぞれの仕事には必ず労働法制が対応しています。パートや派遣で働く人にはパート労働法や労働者派遣法があり、労働者の権利・義務が保護されています。全体には労働基準法があります。このような法律の仕組みがどうなっているか、最近の子どもたちはまったく知りません。労災事故にあっても、労災保険法があるのを知らない子どもがたくさんいる。これでは困ります。人間として生きていくために、義務教育段階から「仕事と暮らし」という教科を新設することが重要です。

 この際言っておきたいのは、このような教育分野の提言については文部科学省は、「教育は文部科学省の独占分野であって、外部からとやかく言われる必要はない」と思えるような態度で、たいへん閉鎖的です。それは教職員組合も同じです。教員は、社会知らず、世間知らずで教員になって一生を過ごす人が多過ぎる。校長を民間人にするだけでは足りない。私は、学校の教員の半分は職業経験十年以上の者という条件をつければどうかと提言しています。それぐらいしないと、社会と学校との連携はできない。教育界の保守性・閉鎖性をどう打開していくかということが、重要な教育改革の課題だと思っています。

3 学校から社会への円滑な移行システムの構築
  「若年キャリア支援センター」の設置

 次に、学校から社会への円滑な移行システムの構築のために何が必要かということです。まず第一に、「若年キャリア支援センター」の設置です。現在政府は、「ヤング・ジョブ・スポット」や「ジョブ・カフェ」を都道府県に一カ所つくることを予算化しています。しかし、これでは役に立たない。都道府県庁所在地だけだし、フリーター対策といっても、ごく一部の問題意識をもっている層しか来所しません。多くは閑古鳥が鳴いている。通商産業省の一般会計予算で30億円以上投入してやっていますが、ドブに金を捨てるようなものです。

 100万人と言われている無業者は、仕事に近づいてこないわけですから、こちらから近づいていかないといけない。幸い全国市町村500カ所(東京と神奈川は廃止した)に「勤労青少年ホーム」があります。もともと若者に遊びの機会を提供する施設です。器楽演奏や社交ダンス、レクリェーションなどの遊びを通じた若者の溜り場です。この溜り場に、キャリア支援サービスやカウンセリングなどの機能を付加し、ハローワークや学校と連携する。若者の遊び心と仕事をつなげることで、二ートと呼ばれる無業で仕事に近づかない人にも近づいていける。

 たとえば、京都では「居場所事業」として、親が「引きこもり」になった子どもを連れてくる。インストラクターの多くは「引きこもり」経験者で、そこで初めて対話が成り立つ。半年か一年かけて徐々に一般社会に戻していく努力をしている。若者同士が対話をする時間をつくることが重要です。このようななかで、若者が仕事にだんだん近づいてくる。そのための有力な施設として「勤労青少年ホーム」があります。勤労青少年福祉法に基づいてつくられた施設です。これは市町村レベルにあるので、若者がふだん近寄りやすいところです。学校区とも近いし、ハローワークの管轄とも近いわけですから、地域の問題として受け入れやすくなる。

「若年キャリア育成協議会」の設置

 第二に、「若年キャリア育成協議会」を都道府県だけではなく市町村にも設置することです。労働組合、経営者団体、学校などの関係者が育成協議会に参加する。重要なのは世代間の交流です。若い世代と成人の世代をそこで交流させる。レインボートラスト、虹の架け橋です。世代間で助け合い、次の時代を背負って立つ人材に対して仕事の世界のこと、生き方についてさまざまなことを伝授していく。伝える機会を増やすことが重要です。

 「キャリア・カード」(「キャリア・パスポート」)の交付

 第三に、「キャリア・カード」、または「キャリア・パスポート」を交付することです。若者たちは学校時代にもアルバィトやパートで、さまざまな仕事に就いています。その職業歴を記録する。そのカードを持っていれば、転職や就職の際にも、個人のキャリア情報がインプットされているので、たいへん役に立つ。これは政府がキャッチアップして、2005年度の概算要求に計上されています。アメリカではオハイオ州ですでにやっています。

 1999年に、緊急臨時雇用対策を政府が固めるにあたって私が提案し、今日も実行されている「キャリア交流プラザ」が全国に13カ所あります。中高年で解雇されると、家族にも会社をクビになったことを話しにくい人もいるわけです。「キャリア交流プラザ」には失業者の仲間がいっぱいいる。仲間と語り合える。自分の受けたショックをやわらげるのにたいへん役立つ。そこに「キャリア・シート」をつくる講座を設けました。自分がどういう仕事歴をもってきたかを書き、だいたい30人ぐらいのクラス編成で、口頭で発表し、いろいろ意見を聞いて手直しする。そして自分なりに履歴書を正確につくる。このようにして失業者は自分たち同士で気持ちが通じ合えて元気づけられ、再就職する。若者も同じです。若者の溜り場はその意味で重要です。

 「キャリア・カード」に自分の職歴を正確に書くという指導も「キャリア支援センター」で行う。これによって若者が無駄に退職したり転職したりすることはかなり防げる。若者の気持ちをとらえながら支援していく必要があるというのが、私が「キャリア・カード」に込めた考え方です。

「大学卒業資格試験」または「学力検定試験制度」の採用

 第四に、大学卒業予定者への「大学卒業資格試験」もしくは「学力検定試験制度」の採用です。大学はたいへん数が増え、希望すればだれでもどこかの大学に入れる状況です。医師や歯科医師などの国家試験のように「大学卒業資格試験」を採用できればいいのですが、現在の状況で「大学卒業資格試験」を採用すると、大学の格差が明確になってしまいますので、これはなかなか採用されないでしょう。そこでさしあたり、どれだけ学力を身につけたかを測るために、「学力検定試験制度」を採用すればどうかという提案です。

 現在、大学入試センター試験があります。しかし、だいたいどこかの大学に入れるようになっていますから、必要性はあまりありません。入試センター試験の現状も、高校程度の学力が身についているかどうかという学力検定試験に近くなっているので、その予算を全部「学力検定試験制度」に切り換えて大学4年生の12月に実施し、その結果を産業界で活用できるように変えたらどうか。

 いま就職戦線は、大学2年の後半か3年に、ほぼ決まってしまう状況です。3年生からの専門教育の学年で就職活動に飛び回る。4年生になると就職が決まって学生は遊んでしまうから、大学4年間はおよそ満足な勉強をしないで卒業する学生が多い。大学というのは高度の専門教育をするところなのに、産業界は専門教育を否定しているわけです。就職時期が早まることを防いて大学でどういう勉強をしたかということを、産業界も採用慣行にしていく一つのきつかけになればということを込めてこの提案をしています。

若者が仕事や職業に「希望と誇り」がもてる経済・社会システムの構築

 若者が仕事や職業に「希望と誇り」がもてる経済・社会システムの構築は、たいへん重要です。政府の自立・挑戦プランは「夢と希望」と言っているが、「夢と希望」ではない、「希望と誇り」です。

 産業界は、採用・配置・昇進・昇格・人材育成など、人の使い方や処遇の仕方などの抜本的見直しが必要です。産業界もやっと遅ればせながら、変わってきています。たとえばセル生産方式です。セル生産というのは、原材料・部品から完成品までチームでつくらせる方式です。ベルトコンベアだと部分労働しかしませんから、自分が何をつくったか実感できません。セル生産だと完成品までわかる。仕事の価値が実感できる。このほうが生産性が高い。日本は人口減少社会ですから、このままいけば経済成長率は当然低下していきます。それを食い止めるのは、なんといっても付加価値生産性をどう高めるか、ということです。付加価値生産性を高めるのは技術革新です。新しい技術をどんどん開発していかなければ、国際競争にはとても勝てません。

 雇用の流動化は技術革新を阻害します。これは簡単なことです。研究には失敗がつきものです。しかし、成果主義処遇で、成功しなければ賃金を上げないということでは、

失敗していられない。しかしもともと技術開発というのは失敗の積み重ねで、失敗が成功のもとになっていくわけです。そのためには短期的な成果を問わない長期雇用システムでないとだめです。流動的市場では開発した技術がもれてしまいますから技術開発が進まない。

 だから私は、安易な雇用調整と労働力の使い捨て経営を極力自制し、長期安定的雇用システムを再構築することが、日本の産業界を育てていく基本だと思います。流動的市場にすることは、日本の産業をつぶすことになる。人材開発もうまくいかないし、技術開発も進まない。もともと人間の能力は同じ仕事を繰り返すから発達する。同じ仕事がどんな企業にもあるとは限りません。終身雇用とは言わないまでも、少なくとも長期安定的雇用システムを基本に据えなければならないと思います。

 最近は年功制もだめだという風潮がありますが、年功にも、文字どおり年の功、年齢という意味と、徒弟奉公してやっと一人前の熟練職人になるという二つの意味があります。同じ仕事を続けなければ能力は高まらないという意味で、年功というのは重要な要素をもっています。また、年齢によって人間は成長します。多様な年齢の人がいてお互いに助け合って理解しあえるから、人間社会が成り立つのです。そのいちばんの基本的基準は年齢にあると思います。年齢要素を排除したら人間社会の秩序は保てません。終身雇用を解体せよとか、年功賃金は成果主義に変えろとかいったスローガンはまちがっています。

 また、「安易な雇用調整と労働力の使い捨て経営を極力自制する」と言いましたが、「安易な雇用調整」は仕事の誇りを奪うのでよくない。1960年代の造船不況で大規模な希望退職を募集しました。希望退職で退職金を割り増しすれば応募者は出るけれども、残った人たちのモラルダウンがひどかった。会社に対する信頼が傷ついてしまった。それを回復するために10年以上かかった。この苦い経験が産業界にあって、今回の90年代の不況過程では、大手企業の場合、安易な希望退職はしなかった。

 「労働力の使い捨て経営」というのは、労働の極端なマニュアル化で、労働の価値と意味を失わせるわけです。最近、パートタイマーの労働市場が大きく変わってきています。大手のスーパーなどでパートタイマーを労働組合に組織することを、経営者が賛成しはじめました。どういうことかと言うと、いまパートで働いている女性でも平均勤続年数が7年ぐらいになっています。正社員だと8年弱です。ほとんど違いがない。それだけ長い経験を積めば熟練技能も高まりますから正社貝と違わないような仕事能力をもつ。パートの賃金を低くするという差別ができにくくなった。同一労働同一賃金にせざるを得なくなり、大手企業のなかで、パートについてユニオン・ショップ協定を結ぶことにした企業が何社かあります。パートの組織化は急速に進み、まもなく100万人を超えるだろうと思います。

 派遣社貝もそうです。大手の派遺会社では優秀な社員をかかえないと競争できませんから、定着させるために、労働組合結成の要望があれば受け入れています。市場競争のなかで差別はできなくなってきた。パートタイマーを単に使い捨て経営の雇用形態に利用する時代は終わりつつあるということです。日本社会における雇用形態によるさまざまな差別が是正されていく方向にあると考えています。


■教育予算の増額と特別立法の制定を

 日本の公教育に対する予算は一人当たり年聞800ドルです。欧米諸国は3倍の2000ドルを超えています。いかに日本は義務教育を含む公教育に予算を出していないか。義務教育は、国民の平均的な教育水準を高めることになるのですから重要です。エリートだけ育てても意味がない。エリートはほうっておいても育つ。むしろ一般国民の教育水準をどう高めるかということです。日本はいま高校進学率が97パーセントですから、高校教育まで重要です。高校教育まで公費を投入してもいい。現在、三位一体改革のなかで義務教育教員の賃金を低くしようとしていますが、逆方向です。

 私はいま、「青少年職業準備教育・職業安定対策法」を立法化しようと、具体的な法律案要綱も固めています。ところがなかなか実現しない。実現するために、「勤労青少年ホーム」の根拠法である「勤労青少年福祉法」を活用し、抜本改正して、「青少年職業準備教育・職業安定対策法」にすればどうかと考えています。というのは、「男女雇用機会均等法」の前例があります。私は当時の労働省の審議会で、ずいぶん努力をしてやっと「男女雇用機会均等法」にこぎつけたのですが、この法律の基礎は「勤労婦人福祉法」です。「勤労婦人福祉法」を換骨奪胎して「男女雇用機会均等法」をつくったわけです。「勤労婦人福祉法」に基づいて「働く婦人の家」が市町村レベルにたくさんありましたが、均等法の施行によって「働く婦人の家」の活用が進みました。それと同じような方法で、「勤労青少年福祉法」を「青少年職業準備教育・職業安定対策法」にし、現在の「勤労青少年ホーム」を「若年キャリア支援センター」に改組しようということです。そのために、さしあたり、全国十数カ所をモデルケースにできないか要請しています。

 これは文部科学省、厚生労働省、通商産業省など各省にまたがりますから、政府提案立法ではなく、議員立法でなければならないと考えています。私はさしあたり、国民運動を地道に展開し、啓蒙しながら、若者対策に取り組んでいきたいと思っています。私はもう喜寿を迎えて引退する年齢ですが、私の子の世代、孫の世代を含めて、日本の社会をどのように健全で豊かな国として維持していくかが重要だと思っていますから、私のもつ知恵を全部はきだし、さまざまな人のつながりも利用して進めていきたいと思います。

著書