フランスにおける2つの出来事
フランスでは昨年後半と今年前半に若者をめぐる2つの大きな出来事がありました。1つは都市郊外の若者による暴動であり、もう1つは政府が出した若者雇用政策に対する反対運動です。今日はこれらの実情をお話したいと思います。またこれを通して、フランスにおける若者の雇用問題・雇用政策において何が課題となっているかを示したいと思います。
若者による暴動
昨年の若者暴動は、10月27日に発生し、11月17日に終息が宣言されました。発端は27日夜にパリ郊外クリシー・ス・ボワ市において強盗事件を捜査していた警官が北アフリカ出身の若者3人を追跡し、彼らが逃げ込んだ変電所で若者2人が感電死し、1人が重傷を負った事件です。移民系を中心とする地元住民たちはこうした警察のやり方に怒りを持ち、治安部隊との衝突、自動車や路上施設への放火などの破壊行為を行い、そして騒乱へと拡大しました。
フランスでは差別に対する移民たちの抗議は80年代から続いています。とくに90年代に入ってから警察が移民の2・3世の若者を尋問や投獄する事件が頻繁に発生し、そのたびに警察と移民系の若者・地元住民との対立・暴力行為が発生していました。最近では、1日に60〜70台の車が燃やされるという状況が日常化しています。今回の暴動は、その延長線上にあります。今回の暴動はこうした歴史的文脈の中で発生したわけですが、これに加えて、彼らを力ずくで押さえ込もうとしたサルコジ内相が彼らを「社会のクズ」と呼び、これが火に油を注ぐこととなり、暴動は全国へと拡大することになりました。
この事件において注目すべき点は、11月8日に政府が非常事態宣言を発令し、自治体の首長権限で外出禁止令を出せるようにしたことです。この法律はアルジェリア戦争の時代にアルジェリア人を抑圧するために1955年に制定されたいわくつきのもので、それ以来はじめて政府は非常事態令を発令しました。フランスでは1968年に大きな社会運動がありましたが、この時には発令されませんでした。しかし、ここにきて植民地主義・移民抑圧のためにつくられた法が再び発令されたわけで、政府の移民に対する抑圧的態度を示すものとして、注目されました。
またこの暴動期間中に約1万台の車が燃やされるなど大きな損害が出ましたが、何よりも大都市郊外の移民の2・3世、失業者の多い地区を中心に暴動が発生したことが注目されました。フランスではここ10年ほど郊外地区を多様な問題を抱える地域として国レベルでの取り組みが求められてきましたが、実際には何も行われず今回の暴動が起きたといえます。
若者暴動をどうとらえるか?
こうした地区の移民は、高度経済成長を謳歌していた60年代の労働力不足の中でチュニジア、アルジェリア、モロッコや中央アフリカ諸国の旧植民地地域の人びとを、政府や企業が労働力として勧誘したことから始まりました。ところがフランスの製造業は移民の安い労働力に頼り続けたために生産システムの近代化を怠り、フランス企業は国際競争に敗れることになりました。70年代から80年代にかけて、自動車産業などではスクラップアンドビルドのために大規模な人員削減を実施し、多くの移民が失業しました。こうした移民たちが都市郊外の低家賃住宅に住むようになり、共同体を形成し、それがいつしかフランス社会の中から切り離されていったのです。
このように暴動の背景には移民・植民地問題があるわけですが、同時に労働問題としての側面も重要です。ローラン・ボネリは月刊誌『ルモンド・ディプロマティーク』(2005年12月号)で、「今回の暴動の背景には、労働者層の再生産の危機がある」と論じています。失業と不安定雇用の増加が労働者の生活不安を助長していること、とりわけ多くの若者は人生の方向を見失ってしまったことによる問題の深刻さを論じた。教育の大衆化の中で大学入学資格(高校卒業資格)を獲得するのが普通になってしまったフランスの中で、これを持たない残りの18%の若者の将来は非常に厳しい状況にあると言われています。フランスでは(高校卒業資格等の)何らかの資格の有無が就職の決め手になるため、それを持たない若者が就職できずに地域に留まってしまうことになります。これらの若者は、「将来が不確かになれば住宅の取得、結婚、余暇といった長期的計画を考えることはできない。刹那的に、毎日をどうやって切り抜けるかということしか考えられず、ちょっとした悪事への誘惑に負けやすくなってしまう」と論じています。しかも、政府は、彼らに対する様々な支援策を実施してきましたが十分な成果は得られていないのが現状です。
第3の背景は、過去20年間の都市政策の影響です。移民層が集中して暮らしている郊外の住宅は公的資金で建てられた社会住宅ですが、その地域の中には仕事もスーパーも娯楽施設もなく、交通の便も非常に悪いことが多いのです。したがって一見近代的な暮らしでも、実際の生活環境は非常に悪いというのが実態です。このため、これらの地域は、いわば陸の孤島のように、フランス社会から排除されてしまっていることが多いのです。
第4の背景は、政府の治安対策です。ローラン・ボネリは、これを次のように簡潔に論じています。
「このように労働者層の危機的状況は根本的に社会的なものと言ってよい。それは一つには労組や政党のような集合組織の衰退として、また他方では内部競争の激化(「フランス人」対「外国人」、「定職のある労働者」対「終身の臨時雇い」)となって現れた。その結果彼らは根深い鬱屈を抱え、身近な生活に閉じこもるようになった。90年代初頭以降こうした状況を見た政治家達は、有権者が『治安対策を求めている』と主張するようになる。こうして社会関係が治安問題として読み替えられたことに応じて、警察の戦略も変化した。90年代初頭から聞き込み型の警察活動、あるいは社会党の幹部らがもっともらしく語っていた地元密着型の警察活動よりも、出動型の警察活動が重視されるようになった。この変化を何よりも物語るのが犯罪対策部隊(BAC)の拡充であり、警官の中には自分達の職務が「軍隊化」されていると非難してはばからない者もいる」。
この暴動の背景には、このようにいくつもの要因があり、それらが相互に重なり合って問題をいっそう深刻にしていることを理解しておく必要があるでしょう。
排除される人びと
移民の2・3世は親から民族的アイデンティティを持つように教えられる反面、フランス公教育は普遍性を重視して民族的アイデンティティの持込を認めない政策をとっています。確かにフランスの公教育には誰に対しても普遍的に同等の教育を行う原則がありますが、他方でフランス流の普遍主義に馴染もうとしない人に対しては非常に抑圧的な側面もあります。その結果彼らは民族性とフランス公教育の間でアイデンティティの喪失に追い込まれてしまい、結局教育現場の中で脱落していく傾向が生まれてしまいました。そしてそれが低学力、無資格、卒業しても就職できない状況を生み出しました。事実、フランス全体の若者失業率が約20%であるのに対して、暴動の起こった地域の若者失業率は40%を越える失業率です。こうした若者は、地域の中で拠り所として集団をつくり無為に暮らすことになりました。
今回のタイトルでもある「社会的排除」という言葉が最初に注目されたのは80年代のフランスですが、これは貧困をはじめ様々な困難を抱えた人びとの問題を論じるために構想された概念です。もちろん、それは、若者や移民などの問題も含んでいます。その意味でフランスは、社会問題をクリアに把握しようとする意識の強い国だといえます。
CPEをめぐる若者たちの運動
もう一つの出来事は、今年の2〜4月に起きたフランス初採用契約(CPE)に反対する若者たちの運動です。先の暴動の中心は移民2・3世などの排除された若者であったのに対して、こちらは比較的恵まれた立場にある大学生・高校生や労組が中心でした。
この背景にも、若者の失業率の高さと不安定雇用の広がりという問題があります。全体の失業率は約10%であるのに対して、25歳未満の若者の失業率は20%を越えています。こうした中、多くの若者が派遣・一時労働など「有期限雇用契約(CDD)」で就職している実態があります。フランスではCDDは全雇用の13%を占めるだけですが、29歳未満の若者に限定すると、競争的な産業部門では3分の1がCDDで雇われ、非営利部門ではもっと多く40%に達しています。そして、こうした若者の多くは、雇用契約が終了し新たな職を見つけるまでの期間は失業を余儀なくされるなど不安定な状況に置かれており、一般的に彼らが安定した職を得るまで8〜11年かかるとさえ言われています。つまり現在のフランスの労働市場全体において有期限雇用契約(CDD)はまだ決して多くはありませんが、若者に限定してみるとこれが相当増えているのが現状なのです。
実際には政権が不安定なために成果は明確ではありませんが、政府は若者雇用に対して様々な施策を打ち出してきました。そして今年2月9日に保守政権であるド・ヴィルパン内閣が、CPEを導入したのです。その最大の狙いは、高失業率が続く若者の雇用促進を図るための柔軟な雇用契約の創設にありました。以前よりも緩くなったとはいえ、フランスでは解雇に対して日本よりも厳しい基準を設けています。それが新規採用の拡大を妨げていると考えた現政権は、企業がCDI(無期限雇用契約)により従業員を新規採用する際、これまでの3カ月の試用期間を2年に延長することによって、契約締結後2年間に限り企業側はいつでも解雇できるとするCPEを導入しようとしたのです。しかし、学生・労組らは「導入は解雇の乱発と雇用の不安定化を引き起こすだけ」として2月から反対運動を開始し、4月4日には全国で310万人が参加するという大規模のデモにまで発展しました。この大規模なCPE導入反対運動に圧倒されて、ついに4月10日、シラク大統領の撤回宣言という異例な形で結末を迎えました。
さて、このCPEという政策は、直接的には、安定した仕事への就職がうまく進まない若者に対する支援策として登場してきたが、根本的には解雇規制の撤廃をめざし、労働法のつくり替えに道を開くものでした。労働経済学者のフロランス・ルフレーヌ氏も『ルモンド・ディプロマティーク』(2006年3月号)で、「この措置は失業者のうち特定の層が対象にされているが、そのじつ労働法そのものに対する侵害に他ならない。」と論じた上で、次のように指摘しています。
「一連の政府の決定が中期的にねらっているのは、労働法のつくり替えである。・・・・・・、有期限契約と無期限契約を一元化して、二本立てによる影響を断ち切ってしまおうというのは、一見魅力的な提案かもしれない。しかし第一に、それでも二元性は残る。新規採用者と長期勤続者はやはり区別されるだろう。第二に、有期限契約と無期限契約を統合しようとすれば、解雇に対する保護が大幅に切り下げられることは必至である。」
今日のフランス社会においては無期限雇用契約(CDI)が規範的なものですが、それは戦後の経済成長期の生産体制(少品種大量生産)と労働編成のあり方(労働の科学的組織化)が長期の安定した雇用を必要としたことによってつくられたものです。同時に福祉国家体制の中で、労働に関わる様々なリスクへの対策が必要だとの認識が社会的に高まり、それらのリスクを考慮した労働法と社会保障制度が整備されていったのです。
これに対し、フランス政府が提案したCPEは、これまでの福祉国家体制の中で構築されてきた労働法の標準的モデルを無期限雇用から有期限雇用に転換しようとするものだということです。
2つの出来事の比較
これら2つの出来事を比較したとき、いずれも若者の雇用問題に関わるものという共通点がありますが、それらを担った若者の置かれた状況には大きな違いがあります。昨年後半の若者暴動は、社会的に排除された状況にある若者によるものでした。これに対して、今年前半のCPE反対運動を担った若者は比較的恵まれているとはいえ、将来については失業や不安定雇用などの「不安定さ」がいっそう深刻になっている者たちでした。このように置かれている状況には違いがありますが、「不安定さ」から「社会的排除」へは連続していると考えてよいわけで、両者の抱えている問題は底流でつながっています。
これらの出来事が示唆する問題
では、日本に暮らす私たちは、これらの出来事から何を学ぶことができるでしょうか。
第1はフランスの若者暴動から得られる示唆についてです。日本はまだまだ移民の数は少ないですが、最近はどんどん増えてきています。これらの人びとが日本社会の中でその権利が守られるような生活環境をつくらなければいけません。とりわけ2世の子どもたちが日本社会の中で差別されたり排除されたりすることのない生活環境をつくりだしていく必要があります。こうした課題に政府はもちろん社会がもっと目を向けるべきでしょう。
第2に、2つの出来事に共通した問題として若者の失業や不安定雇用の増加があります。若者を安定した仕事に就かせるにあたって、フランスでは多様な取り組みが行われています。それらが成功しているとは言いませんが、学ぶべき点は多々あります。
第3は、CPEに示された解雇規制の緩和についてです。実は、この考え方は決してフランスだけのものではありません。日本においても、それを推進すべきだという意見が最近高まってきています。企業に雇用維持の責任を負わせる労働政策は、これまでの経済環境のもとにおいては有効でした。しかし、グローバリゼーションと企業間競争の激化、消費ニーズの変化スピードの加速化を特徴とする今日の経済社会においては、企業は常に新製品の開発と、短期に製品モデルを更新していくこと、そして雇用量をそのつど調整していくことが求められています。しかし、雇用量の短期的な調整は、被雇用者の生活の不安定化に結びつきかねません。そうした中で、フランスをはじめ欧州で提唱されているのが、Flexecurity(フレセキュリティ)という考え方です。これはflexibility(柔軟化)とsecurity(保障)とをミックスした造語で、労働者の生活の安定を維持しながら、雇用の柔軟化をすすめるという政策です。しかし、その実現には多くの困難があるというのが今日のヨーロッパの状況です。そうした中で、解雇規制のないアメリカ流の政策を支持する声が高まり、それに向けた第一歩の政策としてCPEが打ち出されてきたのです。これは、日本においても議論の避けられない課題となるでしょう。
日本における労働法の規制緩和
日本国内での解雇規制をめぐる議論を補足的にお話ししておきます。日本でも、無期限雇用を標準とする労働法の根本的見直しを求める意見があります。既に施行されている改正労働者派遣法の規制緩和をめぐる論議において、解雇問題に関連する見解が示されています。すなわち、その見解は、派遣労働を労働者が自発的に選び取った雇用形態であると捉え、規制緩和はそれに応じるものとして肯定的に評価しています。そのうえで、この見解は、今日の労働法は常用雇用の正社員を基準にして考えられたものであり、今後は期限付き雇用が増えるのだから有期限雇用という働き方を基準にした労働法が求められると主張しています。この考え方は、解雇については規制を緩和すべきだという考えにつながります。
さいごに
今回紹介したフランスの若者をめぐる出来事は日本の私たちからすれば過激な活動に見えるでしょう。しかし、権利意識が高いフランス社会では、当然の行動として受け取られているようです。
他方、彼らが提起した問題は、日本の若者が今日直面している問題と類似しています。いわばフランスのこうした動向は、これからの日本社会を考える上で大いに参考になるものと思われます。
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