講座・講演録

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2006.10.24
講座・講演録
第15回ヒューマンライツセミナー
世界人権宣言大阪連絡会議ニュース290号 より

「不可視化」「周縁化」を乗り越えて
−人種主義・人種差別に関する国連特別報告者の日本報告書を受けて

基調講演 
武者小路 公秀(IMADR-JC理事長)

◆パネルディスカッション◆
北口末広さん(部落解放同盟大阪府連合会書記長)
宋 貞 智さん(多民族共生人権教育センター事務局長)
金城 馨さん(関西沖縄文庫)
リリアン テルミ ハタノさん(甲南女子大学多文化共生科助教授)
コーディネータ:森原秀樹(IMADR-JC事務局長)

2006年9月25日(月)、浪速人権文化センターにおいて第15回ヒュ-ンマンライツセミナーを開催、約700名が参加しました.

今回は人種主義・人種差別に関する国連特別報告者のドゥドゥ・ディエンさんの日本報告を受けて、私たち日本の被差別集団の相互連帯の実現という課題が基調講演で発題された後、パネルディスカッションで報告者4名から各集団の現状と今後の展望ついてそれぞれ提案がなされました.基調講演とシンポジウムの概要については以下の通りです.  (文責 事務局)

■□■基調講演■□■

武者小路公秀さん

「声なき声」を伝える報告書

武者小路 公秀(IMADR-JC理事長) 昨今日本政府や様々なマスコミで多文化共生という掛け声がよく聞かれるのですが、掛け声だけで実際には実現できていません。何故ならその裏に「声なき声」があるからです。日本国内でも聞かれることのなかったその声を国連に伝えてくれた、それだけでもこのディエン報告書は大きな出来事であったといえます。

 国連では単に人種を理由にした差別だけを人種主義に基づく人種差別とするのではなく、部落差別をはじめとする様々な差別を人種差別と定義しており、本報告書でも同様の視点が取り入れられています。この報告書のもっとも注目すべき点は「日本における人種差別が歴史的・社会的にどうなっているのか」という問いかけから始まっている点です。

先週日本の外務省は国連の人権理事会で

 この報告書への弁解を行なったのですが、そこでディエンさんの越権行為を批判しています。ディエンさんは国連の特別報告者として日本の「今の」人種差別の問題を国連に報告する責務にあるにも拘らず、「過去の」従軍慰安婦問題や琉球王国併合等の歴史問題に触れるのは不適切な越権行為だというのです。しかしこれがまったくの見当違いである事はご理解いただけるでしょう。

差別問題を歴史的に捉える必要性

 例えば最近では対人地雷をなくそうとする運動が高まり、それを支える条約も締結されています。条約を作るには単純に「地雷をなくそう」という意志だけで良いのですが、実際に埋められた地雷をなくしていくにはどの戦争でどこに埋められているのかという歴史的な流れへの理解が不可欠です。人種差別についても同じことが言えます。人種差別をなくすためにはどのような差別がどこに根を張っているのかを歴史的な流れの中から理解する必要があるのです。

 この考え方は2001年にダーバンで開かれた反人種主義・人種差別撤廃世界会議でも公に認められたもので、日本政府も人種差別の背景にある歴史的な植民地主義や奴隷制を理解しなければならないという趣旨を理解してダーバン宣言を承認しているはずです。にも拘らず従軍慰安婦問題を取り上げたことを批判しています。だからこそ歴史的な流れから植民地主義・人種主義を捉えようとした同報告書は意味があるのです。

日本での反応

 しかし私たちIMADRや日弁連等のNGOがこの報告書を評価すると、雑誌『諸君』で「これらのNGOは嘘の情報等を流した『反日』団体」と称され、「日本の差別問題を外に出して日本の恥をさらした」と批判されています。こういった考えは右翼だけではなく、残念ながら日本の外務省にもあることが先の答弁から窺えます。

 日本は明治以来西欧から文明国として認めてもらうために「外圧」によって人権を守ろうとする流れがあったのだから、こういった考えが強いのも仕方ないかもしれません。しかし全国水平社の運動を中心とする「内から発した」人権を守ろうとする流れも一方にはありました。本来なら内発的な流れが中心であるべきですが、残念ながら前者が主流となってしまったために今日の状況になってしまったのでしょう。

 ディエンさんは日本は力のある国だという前提の下、日本社会が多様性のある開かれた社会に変容しようとしているのか、それともグローバル化と国内社会のあり方との間に矛盾が生じているのかを知りたいと語っています。そして結果は報告書にもある通り後者だったわけですが、これに対して私たちはどうすれば良いのでしょうか。

多様性のある社会をめざして

 私たちは弁解するのではなく、ディエンさんの指摘を素直に受け入れて改善すべき点は改善し、多様性のある社会をめざすべきだと思います。それが成しえない限り日本は本当の意味での多文化共生の国にはなれないでしょう。

 現在、日本政府は国際的に多くの多文化共生プログラムを行なっています。これは欧米文化だけを文化とする流れに反発するもので、それ自体は良いのですが、国内での共生を行なわないで海外に対してのみ行なうのは間違っています。国内の多文化共生を実現することで単一民族意識や排外主義を払拭し、様々な歴史的背景を有するマイノリティの存在を尊重できてこそ日本社会は良くなるのではないでしょうか。

 水平社宣言にもある通り、人の世の冷たさを知っているマイノリティこそが本当に光と熱のある日本を作るために発言する必要があることをマジョリティである日本人にも理解して貰い、互いが協力して共生していくことが何より重要です。

そこで今回、ディエン報告書の勧告の最後にある『差別を受けている集団はすべてのマイノリティが尊重され、居場所を見出すことのできる真に多元的な社会を実現する手段として、相互連帯の精神で行動し、おたがいの主張を支持し合うべきである』という言葉にある、被差別集団の相互連帯の実現を提案したいと思います。

■□■パネルディスカッション■□■
森原秀樹さん

森原秀樹(IMADR-JC事務局長) 武者小路さんの提起に対して、我々日本の被差別集団がディエン報告書を受け止めてどのように運動を展開することができるのかを考えていきたいと思います。我々運動体は日本にも人種差別・民族主義の問題は存在しており、それを公的に認めて解決に向けて取り組むよう、これまで求めてきました。ディエン報告書はそういった不可視化された差別の問題を歴史的・社会的に真正面から指摘しているといえます。そこでまず初めに各パネリストからこの報告書をどう受け止めるのか、また各々の差別の実態等について報告してください。

北口末広さん

 部落差別の状況で差別事件から見える実態として、ネット上の差別事件の悪質化・増加という点が挙げられます。ご承知の通り今年の5月に運動体内部の不祥事が発覚し、それが刑事事件に発展して以降、これまで同和行政や解放運動に対するマイナス報道が続いています。それらの報道が既存の部落差別意識を活性化することを危惧しています。こういった報道に連動してネット上ではもっと露骨で差別的な情報が流されています。事件以降に「エタ」というキーワードで検索するとヒット件数が急激に増えています。しかしネット上での差別事件に対して何もできないのが現状です。

 またこれ以外にも戸籍不正入手・「部落地名総鑑」差別事件や電子版「部落地名総鑑」の存在も深刻な状況にあります。実際に調査業者とも今年の5月以降身元調査の依頼が増えているとの事実確認ができており、ここでも先の事件によって差別意識が活性化されたと言えるでしょう。特に電子版「部落地名総鑑」については、いったん電子空間上にアップされれば従来とはまったく異なった経路で拡散していく可能性が高く、愉快犯的な発想や差別煽動を目的としたものになる可能性も高いのです。私は電子版「部落地名総鑑」が出回ることにより、差別意識が強化されることをもっとも危惧しています。

 また意識面では5年ごとに行なわれている大阪府民意識調査から2000年まで良い傾向にあった意識が、2000年以降は逆の方向を示していることがわかります。つまり今日の市場原理至上主義や格差社会を顕著に反映して、差別意識が悪化しているということです。さらに実態調査から格差拡大の中で悪化する差別実態も指摘されてます。日本の経済格差は確実に広がっており、2000年のデータを基にしたOECDの調査では日本の相対的貧困者層は米国に次いで世界第2位です。その差が僅かだったことから最新の数字では日本がトップになっているのは間違いないでしょう。

 この大きな原因に正規雇用と非北口さん・金城さん正規雇用との賃金格差があるわけですが、部落の就労実態は非常に厳しく、格差拡大の底辺を同和地区が担っていると言えます。こういった差別の現状をディエン報告書が世界に知らしめたことは非常に大きな意味があったと思います。

金城馨さん

 自分自身の中では正直言って「人種差別」という言葉に違和感を持っています。恐らく明治以降の沖縄統合を巡る「沖縄人と日本人との関係」を体感することのないまま同化が進められ、いつしか日本人だと思い込まされて育ちました。その結果、自分が日本人だという意識と、沖縄人だという意識が複雑に絡まって、整理がつかない状態が続いているからなのでしょう。

 それは裏返せばディエンさんがおっしゃる通り、私たちは植民地主義と同化政策よって生み出された民であって、日本人に気に入られる沖縄人を演じているに過ぎません。そうして自らの主体性を放棄した、自己決定権を持たない「沖縄人」「沖縄」が作り上げられていったのです。そのような自分たちの今ある立場を知るきっかけとして、報告書は非常に大きな意義がありました。

 内面的には同じ日本人でありたいと思っていても、実際には同じ日本人として扱って貰えません。その間に存在する差別を乗り越えるには、沖縄の現状を日本人にもわかって貰うしかないと考え、これまで沖縄を理解して貰う取り組みを行なってきました。しかし、結局理解されることはありませんでした。「沖縄を理解して貰うことで問題が解決する」という発想は結果的に錯覚だったのです。

 それはここ数年間「人類館事件」(1903年に大阪で開かれた第5回内国勧業博覧会というイベントの際、「学術人類館」という東大の学者の監修によるパビリオンで沖縄、アイヌ、台湾、インド、マレー、ジャワの人々が民族衣装姿で展示され、見世物とされた事件)について調べる中で明らかになってきました。沖縄人が同じ日本人であるなら、何故沖縄人が展示されるのでしょう。それは本質的にそうは思っていないからです。沖縄人を日本人とは別の民族として位置づけたことは正しいのですが、問題は展示する側の優越感と展示される側の劣等感を植民地支配に利用しようとする意図と、それを学問として日本全体が受け入れていた点にあると私は考えています。それが今日の基地問題等につながっているのでしょう。

 日本社会は一方で沖縄人を日本人と同等、或いはそれ以上と称えておきながら、他方では基地の75%を沖縄に集中させています。つまり我々の思いが植民地支配へプラスの方向で作用しているということです。そして差別は今も続いています。人類館が展示されていた一定期間だけ差別されたのではなく、今も続いているのです。

宋貞智さん

 現在日本に住む外国人は200万人を超え、そのうち旧植民地支配国出身者やその子孫の特別永住資格者は46万人といわれています。日本政府はこれら在日コリアンに対する戦後処理を誤り、排外と同化の施策で臨んだのです。

 具体的には日本政府は国籍条項に基づく過酷な法的制度差別と、生活に直結する就職差別で在日コリアンに絶対的な「貧困」か絶対的な「同化」を強いてきました。現在、在日コリアンの6世が誕生する時代ですが、その法的地位は権利としての「永住権」ではなく、不安定な「永住資格」でしかありません。

 また在日コリアンの人権を守る法律はなく、あるのは治安を管理する「外国人登録法」と「出入国管理及び難民認定法」だけなのです。また国籍条項を理由に参政権・援護法・公務員採用・国民年金等の社会保障等から排除され、教育では日本学校への就学が義務付けられました。しかし税金については日本人同様の納税義務が適用されています。要するに義務があって権利がない状態が今日まで続いているのです。

 このような在日コリアンの問題を目の当たりにして半世紀以上が経ち、新たに外国人が増加する中で、全国で外国人に対する差別事件が増加しています。例えばスポーツクラブへの入会や人材派遣会社への登録の際に外登証の提示が求められるケースや、NTTドコモが在日コリアン以外の外国人に対して預託金制度を設けている実態があります。

 何故このような事件は起きるのでしょう。それは企業が外国人を消費者や地域住民ではなく「リスク」という考え方で捉えているからでしょう。料金を払わない等のリスクは日本人も外国人でも同じはずです。しかしこういった企業は相手を知らないままに「リスク」と捉え、一方的に差別的なルールを外国人に用いているのです。また外国人に対する入居差別も日常的に発生しています。

 在日外国人を「リスク」ではなく「地域で共に生きる住民」と捉えていかなければ、多民族・多文化共生はただの幻想になってしまいます。ディエン報告書は残念ながら在日外国人の生活実態を十分反映したものではなかった宋貞智さんとリリアン テルミ ハタノさんのですが、日本の差別実態が包括的に明らかにされたのは画期的と言えます。従って今後はこの報告書を受けて差別を禁止する法律の制定や、「違いを認めて共に生きる」社会の確立に向けた取り組みを進めていきたいと考えています。

リリアン テルミ ハタノさん

 世界人口に対する男女比率は半々だと思いますが、この会場では女性の参加者は圧倒的に少ないですね。これには様々な背景があるのでしょう。

 いずれにしても社会というものは様々なマイノリティを生み出します。ですので、私たちは常に自分自身を監視し続けなければなりません。つまり皆さん一人一人が「男女が平等であるか」「国籍や歴史的背景が違っていようが、全ての人が平等であるか」ということをいつも考えていかなければならない、ということです。そういった観点から今回は女性で、かつ在日ブラジル人1世(日系ブラジル人という言葉は非日系ブラジル人を排除してしまうので、敢えて在日ブラジル人と自称しています)としての当事者性も含めて、報告していきたいと思います。

 日本は現在多くの外国人を受け入れる立場にありますが、同時にこれまで多くの移民を海外に送り出している国でもあります。私の親がブラジルに移住した当時、移民たちは現地のブラジル人を「外人」と実に自己中心的な発想で呼んでいたように、日本は移民と一緒に人種主義も海外に輸出していたのです。

 私が今回危機感を持って最も報告したいのは、構造的・制度的につくられる「ゼノフォビア(外国人嫌悪)」についてです。記憶に新しいことですが、広島でペルー人男性が日本人女児を殺害するという事件がありました。当時マスコミはこの事件を大々的に報じ、これによって外国人は日常生活に恐怖を覚えるほど厳しいバッシングを受けることになりました。

 しかしこれが逆に外国人が被害者の場合はほとんど報道されません。例えば97年に14歳のブラジル人少年が20人以上の日本人少年にリンチされた事件がありましたが、警察は当初、事件化さえしようとしませんでした。そういった状況であるから、メディアからの一方的なバッシングによって命を狙われる、差別されるのではないかと外国人は日常的に不安を感じています。

こういった状況は徐々に作り上げられてきたものです。皆さんの中にも最近外国人による犯罪が増えていると信じている人が結構いるのではないでしょうか。統計を調べれば事実は明らかなのですが、嘘も百回言えば真実になると言われるように、日本政府がメディアを通じて国民の間にデマを浸透させてきたことに、私は非常に危機感を感じています。

■ 質疑応答■
●沖縄や韓流ブームをどう評価しますか

金城馨さん

 ブームによって差別がなくなればいいのですが、残念ながらブームと沖縄の理解は別だと思います。私たちは大正区でエイサー祭りを毎年催していますが、その参加者は確かに増えています。しかし沖縄の現状が良くなっていく気配は感じられません。キツイ言い方ですが良いところだけ取って、あとは知らん顔。沖縄ブームがあっても基地をなくすブームはおこらないように、日本人に都合の良い沖縄を自分達を癒すための商品として受け止めているに過ぎないと思います。

宋貞智さん

 ブームが差別をなくすとは思わないけれど、どんな切り口でも差別をなくすきっかけの1つになれば良いと思っています。しかし単に韓国好きの人を在日コリアン問題全体への理解者ぶらせるという逆効果の恐れもあります。またブームの裏で「北は悪・南は善」という構図が出来上がり、それが新たな差別を生み出しています。これではますます在日の立場が難しくなるといえるでしょう。

北口末広さん

ブームが差別撤廃のきっかけになるか否かは、それが社会システムの変化に結びつくかどうかにかかっています。例として、戦前の「鬼畜米英」の意識が敗戦を機に「親米」に変わった歴史があります。また反セクハラという一種のブームが男女雇用機会均等法の改正につながったように、ブームが大きければ体制に影響を与えるきっかけになるとも言えます。

●在日外国人児童の不就学問題について

リリアン テルミ ハタノさん

 正確なデータはないのが現状です。義務教育の対象にない外国人の子どもの就学は「許可制」で、教育を受ける権利は保障されていません。これが不就学を許す現状を生み出しています。政府はこの問題を意図的に放置し、底辺で単純労働に就く、使い捨ての労働力を国内で確保しようとしているのかと疑ってしまうほど無政策です。保護者の労働環境と関連した複雑な問題ですが、決して見逃してはなりません。

●差別を「公的に認める」ことの定義は

北口末広さん

 人種差別撤廃条約第1条に記された定義が今日国際的に通用する普遍的な差別の定義です。これを国内向けに引用すれば、ある程度定義づけできます。ただ差別を犯罪とするならば、犯罪構成要件を明確にするために、もっと詳しい定義が必要になってくるでしょう。

森原秀樹さん

勧告の冒頭で『日本政府はもっとも高いレベルにおいて、日本社会に人種差別及び外国人嫌悪が存在することを、正式かつ公的に認めるべきである。これは日本の被差別集団それぞれの実態調査を実施することにより、なされなければならない』と記しています。つまりここから差別を公的に認める定義は「政府のもっとも高いレベルで」「正式に」「実態調査に基づいて」認めることの3点だといえるのではないでしょうか。

●ディエン報告書の効力は

北口末広さん

 今後の我々の使い方次第でしょう。かつて部落解放運動が同対審答申を武器としたように、運動がこれを効果的に活用して、国内における議論の材料として社会に組み込ませていく、同時に報告者自身がフォローアップを行い、状況の経過監視と報告を継続していく姿勢があれば、国際的な法規範として我々の取り組みに積極的な効果を示すと思います。

森原秀樹さん

 麻生外務大臣は国会答弁で「報告書に法的拘束力はない」と明言しています。確かにそうですが、国連の人権委員会が任命した報告者の調査結果に基づく勧告なのだから、日本政府にはそれを遵守する道義的責任があり、現在開会中の国連人権理事会で正式に報告書が承認されれば、日本政府も無視するだけではすまなくなってくるでしょう。しかしこれを「外圧」という国連からの授かり物とするだけでなく、我々当事者自身がその内容を自分の言葉に置き換えて伝えていかなければなりません。

 また、現在政府が作成に着手している人種差別撤廃委員会への次回政府報告書の中に、今回のディエン報告書の勧告内容をいかに反映させるかも重要な問題です。人種差別撤廃条約には法的拘束力があり、国内法に適用することもできるのですから、そこへ反映させることでディエン報告書を単なる参考文書から法的拘束力のある文書に変えていくことができるということを是非ご理解願います。

●今後の展望について

北口末広さん

 ディエン報告書でも勧告されているとおり、高いレベルで差別の現状を認めさせ、実態調査を実施させることがもっとも重要です。部落差別については、法失効後の実態調査が自治体レベルでほとんど行なわれていないことを大変危惧しています。社会的格差の拡大が部落差別をはじめ、その他の差別へどう影響しているかの実態を詳細に把握する必要があります。特に意識面と就労状況の調査を、ディエン報告書を基盤に政府や自治体に求めていき、今後の取り組みにつないでいきたいと思います。

金城馨さん

 そもそも差別というものは「差別する側が差別していることに気付くこと」が重要であって、「差別される側を理解する」必要はありません。つまり差別する日本人が差別していることに気付いて、それをなくすために日本人がどうするのかという方向に進むべきです。差別される側を理解しようとする方向で人権が語られるならば、残念ながらそれは差別をなくすことにつながらないでしょう。そのために私たちも沖縄人が受けている差別の実態をしっかり提示していかなければなりません。

また日本人に差別の自覚がない限り、ブームが差別を継続させること、さらに多文化共生や沖縄ブームが新たな危機を生んでいることを私は心配しています。「相手を分かりたい」と思う意識は大切ですが、「分かる」と思い込むことは結果的に自分の差別性に気付かないことにつながります。この件について日本人や沖縄人を問わず、非常に危険だと考えています。

宋貞智さん

 日韓併合から100年が経ち、かつて在日外国人の9割以上が在日コリアンでしたが、現在は半数にもなりません。しかし差別の現状は今日も続いており、さらに他の外国人に対しても再生産されていることをしっかり捉えていかなければなりません。今回、ディエン報告書が差別の存在を認め、それを国内外に伝えたことは非常に画期的でした。報告書の内容が完全でない点は避けられませんが、これを今後の運動の中で語っていくことで、報告書自体を活きたものにしていき、同時に私たちが直面する教育、福祉、就職差別等の問題を改善していくように努力していきたいです。

 最近では在日外国人も実態は非常に多様化しており、それをいかに包括的に把握していくのか、ということが今後は重要になってくるでしょう。そういった意味で、今後も参政権のある皆さんにご支援いただけることを心から願っています。

リリアン テルミ ハタノさん

 今日、私は「すべての差別が構造的には同じである」ということをもっとも強く感じました。厳しい差別の中で「声なき声」を発しているブラジル人は現在日本に30万人います。彼らには力のあるコミュニティはありませんが、もし彼らが皆さんと連帯ができれば日本社会はどんなに素晴らしいものになるでしょう。そのために皆さんにも外国人に対して排外的概念ではなく、社会を良くするための味方だという概念を持っていただきたいです。

人は誰も人間らしく尊厳をもって生活したいと願っています。日本へ移住しただけで、時給300円で働かなければならない弱い立場に追いやられてしまう、そういった差別を見て見ぬ振りすることはまさに恥だと思います。ここにいる皆さんや一般市民の方々が一緒に差別と闘うと思ってくださることが、私には報告書が国連で承認されることよりも心強く思えます。

森原秀樹さん

 この報告書が公表されて以降、報告書の周知と人種主義に反対していくためにIMADR−JCが中心となって人種差別撤廃NGOネットワークが組織されることになりました。その目標は<1>ディエン報告書を広める、<2>ディエン報告書の勧告の実現をマイノリティ同士の協議に基づいて求める、<3>お互いが連携・理解しあって、報告書を私たち自身で語り直していくという3点です。

このネットワークを通じて「人種主義・人種差別の克服」という互いの共通の課題に取り組むことで、これまで不可視化・周縁化されてきた人々の歴史と現状を、あらためて世の中に伝えていくことからはじめていきたいと考えています。