講座・講演録

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2007.02.27
講座・講演録
世界人権宣言大阪連絡会議ニュース295号 より

子どもをとりまく状況ー子どもの権利の視点から

桜井智恵子(大阪大谷大学助教授 川西市子どもの人権オンブズパーソン)


日本の子育て状況
 
今日の日本は子育てが最も難しい状況であるといえるでしょう。
 かつては地域が子どもを育て、守ってくれていました。地域の人々のつながりが濃いのは噂話が広まりやすい等のマイナス要素もありましたが、近所の人々が関わりあうことで子ども達は悪いことをすれば親以外の人からも叱られたし、安全キャンペーンを行わなくても水撒きをしているおばちゃんや囲碁を指しているおじいさんに見守られて、自然に地域社会で育てられていました。皆さんもそんな風景を思い出すことができるでしょう。
 桜井智恵子(大阪大谷大学助教授 川西市子どもの人権オンブズパーソン)しかし今はそれがなくなってしまいました。その結果家庭だけが教育・子育てをすることになって、親の負担が大きくなりすぎてしまっています。今日の子どもをとりまく状況は家庭の教育力が落ちたのではなく、大人にとっても「自殺大国」と言われるほどに生きにくい今日の日本社会が反映されているのです。

いじめは増えていない
 また最近いじめの問題が大きく取り上げられていますが、実際にはいじめが増えているわけではありません。少年犯罪や児童虐待も同様です。虐待を例にとると、虐待の件数が増えたというよりもむしろ虐待通報件数が急増しているのです。
 昔ならば、子どもの泣き声に気付いた周囲の人が直接その家に行って助けていたものが、地域のつながりが希薄な社会状況が反映されて、自らは出て行かず、通報して専門家に解決を任せてしまっています。そんな状況下で「いじめは増えていない」という社会学者達の声は無視されて、マスコミによって「いじめが増えている」というイメージが作られているということを最初にご理解ください。
 ちなみに専門家に任せるということは税金を投入することになります。私たちは以前だったら地域で自主的に解決していた問題を今は税金をかけて解決しようとしているのです。

いじめが注目される流れ
 いじめが増えているわけではないのですが、これが注目されているのは事実です。まず北海道滝川市の小6女子が2006年1月に自殺していたことを同年10月1日に教育委員会が伏せていたことが発覚し、全国紙に掲載されました。ここから教育委員会や学校現場が問題視されます。同時期の10月10日に安倍政権発足後から計画されていた教育再生会議が設置されました。この機関は学力の強化やゆとり教育の見直しのために設置されたといわれており、設置根拠も「21世紀の日本にふさわしい教育体制を構築し、教育の再生を図っていくため、教育の基本にさかのぼった改革を推進する必要がある」といったどのようにも取れるものになっています。その翌日の10月11日に福岡県筑前町で中2男子がいじめを苦に自殺しており、このいじめに担任が加担していたということで非常に大きな問題となったのです。この2つの事件に挟まれて教育再生会議が設置されたというのも一つのシンボルといえるでしょう。
 これ以外の背景としては教育基本法「改正」の議論やタウンミーティングでのやらせ問題等の「激動」がありました。しかし、あまり市民に注目されることはありませんでした。
 そんな中11月29日に教育再生会議は設置当初には予定されていなかった「いじめ問題への緊急提言―教育関係者、国民に向けて―」を発表しています。その中身は「学校は、問題を起こす子どもに対して、指導、懲戒の基準を明確にし、毅然とした対応をとる。例えば、社会奉仕、個別指導、別教室での教育等、規律を確保するため校内で全教員が一致した対応をとる」というもので、ここで初めて『毅然とした対応をとる』という言葉が出てきたのです。
 その後12月15日に新・教育基本法が成立しました。そして2007年1月19日には文部科学省初等中等教育局はいじめ定義の見直し案を発表しています。このようにこれまで何十年もの間変わらなかったことが、この数ヶ月の間で大きく変わったのです。

ゼロ・トレランス(Zero Tolerance)
 皆さんはゼロ・トレランスという言葉を聞いたことがありますか。トレランスとは「寛容」という意味です。よってゼロ・トレランスは「寛容なし」を意味しており「寛容は甘い」「毅然とした対応」の意味で用いられています。
 これはアメリカで実践されている方法論で、文部科学省にもこれを研究するチームが設置されており、先の緊急提言もこれに呼応したものだったのでしょう。既に一部の学校でゼロ・トレランスは採用されています。政策としては、2007年1月22日に教育再生会議第一次報告に関連して、いじめを繰り返す児童・生徒に対する出席停止措置等の、現在の法律で出来ることは教育委員会に通知するように、首相が文部科学大臣に指示したことから始まっています。
 この教育再生会議第一次報告では初等中等教育を中心にした7つの提言がなされています。もともと教育再生会議は学力強化を目的にしたものであったので、最初の提言は「ゆとり教育を見直し、学力を向上する」となっていますが、2つ目の提言ではゼロ・トレランスを意識した「学校を再生し、安心して学べる規律ある教室にする」ということが出されています。具体的には「いじめている子どもや暴力を振るう子どもには厳しく対処、その行為の愚かさを認識させる」「暴力等反社会的行動を繰り返す子どもに対する毅然たる指導、静かに学習できる環境の構築」等が記されているのです。
 状況はさらに『毅然とした対応』に向かいます。2月5日には「問題行動を起こす児童生徒に対する指導について」という通知が文部科学省初等中等教育局長から出されました。これは「問題行動を起こす児童生徒は通学停止にしても構わない」という内容で、これには学校現場も戸惑ってしまいました。何故なら人間関係があまりにもこじれてしまった場合に両者を引き離して落ち着かせる方法もありますが、その後のフォローがなければどうなるかを現場の人間は知っているからです。

いじめている子にも丁寧な対応を
 いじめている側の子どもは負のエネルギーを溜めています。それを通学停止にしてしまえば非行グループと結びついてしまったり、家庭内暴力につながってしまったりと問題をより深刻化させてしまいます。
 一般に半数の子どもがいじめを受けているといわれていますが、いじめ問題も含めて学校内での人間関係を子ども自身が解決することは社会性を養う上で重要なことです。しかし大人が介入しなければならない場合もあります。特に小学校高学年から中学校ぐらいまでのいじめが多発する世代は、問題のある子どもを排除するのでも甘やかすのでもなく、いじめをする側にもされる側にも負のエネルギーが溜まらないように丁寧に見守って、必要があればきちんと対応していかなければならないのではないでしょうか。

川西市子どもの人権オンブズパーソンの取組み
 私は現在、大学での仕事の他に「川西市子どもの人権オンブズパーソン」というところでも働いています。ここは司法、教育、心理学の専門家各1名と4名の相談員で構成される、日本初の条例によって設置された公的なオンブズパーソンです。このオンブズパーソンは教育委員会や学校現場、あるいは福祉等と連携することができ、年間600件ほどの相談に対応しています。ひとつの相談を丁寧に扱えていて、驚くほど上手く機能している機関です。
 具体的には相談員から報告を受けて対応を協議するのですが、それぞれのケースによって対応が異なるため、マニュアル化することはできません。ただ「必要があれば相談員やオンブズパーソンが何度でも直接子どもと会って、まずその子どもと仲良くなることから解決を図っていく」という手法は川西市だけです。そのため取材や問い合わせがたくさんあります。

いじめが起こる本当の理由
 私たちの取組みに興味を持って取材に来てくださったユニセフ研究所上級研究員のヴォーゲさんは、いじめ問題への対応について「アメリカとカナダが行ってきた処罰を中心としたゼロ・トレランス(毅然とした対応)は完全に失敗でした。それは本来助けを必要としている子どもを罰することになるからです。」とおっしゃっていました。
 また「いじめを行う子どもも助けを必要としている」という言葉に、私は非常に深い感銘を覚えました。大人もそうですが、人間が攻撃的になるのには理由があるのです。ですからその理由を解決しなければ、いくら毅然とした対応をしても問題は解決しません。そのような簡単な仕組になぜ気付かなかったのでしょうか。
 それがわかっても、今の学校には余裕がないから寛容になれないという問題もあります。トレランス・ゼロだから、起こる「いじめ」。つまりいじめや不登校等といった問題は個人の問題、ましてや最近の子どもは…云々で済ませられる問題ではなく、クラス作りや全体の人間関係の問題に、家庭環境や社会状況が反映していると言えるでしょう。

求められる対応<1>―子どもの権利アプローチ
桜井智恵子(大阪大谷大学助教授 川西市子どもの人権オンブズパーソン)
 ではどうすれば良いのでしょうか。そこで考えていきたいのが、いじめへの子どもの権利アプローチです。これは子どもの権利条約で展開されているアプローチなのでご存知の方もいるかもしれません。この条約はそもそもポーランドのヤヌシュ・コルチャックが提唱した「子どもの権利思想」を基盤に成立しており、「他者を大切にすることが自分を大切にすることでもある」という寛容の精神が、その権利思想を支えています。
 具体的なアプローチとしては、子どもにとってしんどい状況が生じた場合、まず子どもを改善するのではなく、子どもをめぐる事態を改善しなければなりません。職場でトラブルが発生した場合に、社員に心を入れ替えさせるより、何故そうなったのかを調べて次へつながるように事態を調整するのと同じことです。そして次に周縁化された人物の救済を行います。誰かが周縁化されている集団は、問題や危険性を有している状況にあるので、そういった人を救済することで組織の質を向上させるというアプローチです。
 つまり子どもの権利アプローチでは人と人が生き合う中で、互いにとって一番良い生き方を話し合いで見つけていく方法をしっかりと身につけることなのです。

求められる対応<2>−大人が寄り添うこと
 私が川西市子どもの人権オンブズパーソンの実践で感じたことも紹介しておきます。それは寄り添う大人がいたら、それだけで子どもはエンパワーされていくということです。できれば親以外の大人が良いのですが、どんなときも味方になってくれる大人が側にいれば、自信を失った子どもでも、驚く程力をつけていくのです。
 大人でさえ周りがすべて指導的な対応だったり、ゼロ・トレランスだったらしんどいでしょう。子どもにはなおのこと、見守り、声を掛けてくれる人が必要なのです。

会場のみなさんへ
今日は子どもをとりまく状況というテーマで話を進めてきましたが、結局それは日本の市民社会の状況につながっていく話です。今日、様々な問題が取りざたされていますが、今の子どもたちに問題が集約されているのではなく、彼らをとりまく状況に問題があるのです。子どもがより良く生きることができるように支えていくということは、人権の視点から見た人間関係のあり方に通じるのではないでしょうか。
人のあり方や育ち方・働き方を決めていくことは、今後の日本社会全体の方向性を決める上で非常に大切なことです。だからこそ本日この会場にお集まりいただいた皆さんの今後の働きに期待したいと思います。


質疑応答

Q,いじめている子どもを通学停止等にするのは問題があるとおっしゃいましたが、いじめられている側からすれば、いじめている人がそばにいるのは大変なストレスではないでしょうか。

A,いじめられている子が不登校になることもあり、最近では「加害者だけの教育権保障だ」という意見もあります。ただ一番に考えられなければならないのはクラス全体の人間関係です。従って通学停止や別室登校という選択肢があったとしても、それを前提としたトップダウン式の対応ではなく、クラス全体の人間関係をどうすればいいのかを考え、学び合っていかなければならないと思います。

Q,いじめ問題を学校で議論することで人権学習が深まった事例があれば教えてください。

A,私が関わる事例は学校現場で解決できなかったものばかりなので、人権学習につながった事例は分かりません。ただ、私がこの問題に関わるようになって学んだことがあります。それはいじめを支えているのは「同質文化」ということです。世界で最初にいじめ問題が出てきたのは東アジアですが、その原因はこれらの国々に同質文化が強く根ざしているからだといえるでしょう。小学校高学年から中学生ぐらいの子どもは人の目を気にするようになり、特に教室内での人間関係については、「皆と同じであるように」「クラスの中で浮かないように」と神経をすり減らしているのです。
こうした同質文化というものに人権教育は対応していかなければなりません。しかし、その人権教育もあり方を常に問い直して開発をしていかなければ、安易な人権教育が新たないじめを生み出す可能性があることもお伝えしておきます。

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