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2007.11.22
講座・講演録

企業の社会的責任と人権

李 嘉永(部落解放・人権研究所)


はじめに

 2006年度、日本においては、製品の安全性に関わる問題が発生し、中には人命が失われる事案が多発した。

 2006年6月3日、東京都港区のマンションで、シンドラーエレベータ社製のエレベーターがドアの開いたまま上昇し、高校生が挟まれて死亡した。事件後、同社製エレベーターでも多数の不具合が発生していることを受けて、国土交通省は、同年6月9日、同社に対し、駆動装置、制御器、安全装置が同一のエレベーターの設置状況の把握・報告を要請し、かつ各都道府県に対して、同社製エレベーターの設置箇所を特定して点検・報告し、所有者に対して注意を喚起するよう通達した。この調査の結果、対象エレベーターにおいてこれまで3件の人身事故が発生している実態が明らかとなった。

 また、全8,834台のうち、過去一年間で1294件の不具合が生じていたこと、中には戸開のまま昇降した事案が2件報告されている。発覚当初、同社は、事故原因について「欠陥ではなく他社の不適切な保守点検か、閉じ込められた乗客による危険な行為が主因」とする責任を回避する声明を公にした。昇降機検査資格者について、「登録昇降機検査資格者講習」受講に当たって必要とされる実務経験を詐称していることが明らかとなった。これを受けて、国土交通省は、同社の経歴詐称者53名について、資格を剥奪し、有資格者によるエレベーターの再検査を実施するよう指示した。

 また、経済産業省は、2005年に東京都で発生した一酸化炭素中毒による死亡事故や、1985年から2005年までに16件の中毒事故・14名の死亡事故が発生していたと発表した。この事故の検証の結果、パロマ社製瞬間湯沸器について、安全装置の改造の形跡があり、これにより不完全燃焼が発生し、一酸化炭素中毒事故に至ったケースもあるとした。そこで、パロマ社に対し、計7機種について点検・改修を行うよう指示するとともに、原因究明に必要な報告を求めた。なお、同社は同年12月、「半密閉式ガス瞬間湯沸器による一酸化炭素中毒死傷事故事故処理対策取りまとめ報告書」を提出したが、経産省は、2007年1月10日、これを不十分として、追加報告を行うべきこと、当面四半期に一度定期報告を行うよう指示した。

 さらに、2006年3月10日及び7月15日、一般家庭向けに販売された紙用シュレッダーにより、幼児の指切断事故が発生した。当該メーカーは、消費者への注意喚起と製品の改修・交換を行うとしているが、経産省としても、ビジネス機械・情報システム産業協会及び社団法人全日本文具協会に対し、シュレッダ事故の発生状況の調査、消費者への注意喚起、再発防止に必要な対策の策定・実施を要請した。その後の調査により、1983年から2006年までに計35件事故が発生しており、幼児の指切断事故が新たに3件発覚した。これを受けて、各メーカーは改修を行うための新聞広告を行うとしている。また、再発防止策として、各企業は、事業者団体を通じて、事故発生時に事故情報を公開し、注意喚起を行うとしている。

 また、2006年は、保険業者による保険金の不払問題が社会を揺るがせた。2005年2月25日に、生命保険募集人の募集時の説明状況、告知義務違反の内容などを十分考慮せず、本来支払うべき死亡保険金を支払っていなかったとして、金融庁は、明治安田生命保険相互会社に対して、業務停止命令及び保険金支払管理態勢確立などの業務改善命令を行った。その後、損害保険会社26社、生命保険会社2社について、不適切な保険金等不払い及び保険募集、付随的な保険金の支払漏れ、保険金支払処理の長期滞留等につき、業務改善命令が発せられている。これら保険金未払い問題については、損害保険会社による業務改善状況フォローアップのために、付随的な保険金の支払漏れについて最終的な件数等について報告を求めた。

 その結果、合計32万件、約188億円の支払漏れが判明した。また、第三分野商品(医療保険、がん保険、所得補償保険、医療費用保険及び介護費用保険等)に係る疾病又は介護を支払事由とする保険金の不払事案について調査したところ、全損保会社48社のうち21社から、5760件、約16億円の不払事案があることが判明した。そのうち、10社には重大な問題が認められるとして、金融庁は、第三商品分野についての業務停止命令、及び経営管理態勢の改善・強化について業務改善命令を発した。さらに、2007年2月1日、生命保険会社の保険金支払に関して、本来支払うべき保険金等の一部を支払っていないとの指摘があることから、すべての生命保険会社に対して、過去5年間に保険金等の支払事由が発生した事案について追加的な支払を要するものの件数及び金額について報告するよう求めた。

 これら本業における人身・財産に対する不当な侵害事例の他にも、様々な労働問題が生起した。

 厚生労働省は、賃金不払残業(いわゆるサービス残業)の解消のために、2001年4月に「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準」を定め、さらに2003年5月には、「賃金不払残業総合対策要綱」及び「賃金不払残業の解消を図るために講ずべき措置等に関する指針」を策定し、労使の主体的な取り組みを促している。この取り組みの一環として、2005年度に定期監督及び申告に基づく監督を行い、是正を指導した結果、不払になっていた割増賃金が一企業当たり合計100円以上となったを集計し、「賃金不払残業に係る是正支払の状況」を2006年10月2日に発表した。

 これによれば、是正企業数は1,524企業、対象労働者167,958人、支払われた割増賃金合計数は232億9500万円に上るとした。2001年度から2005年度までの5年間の総額が851億円であったことを考えると、近年、2005年度単年度の是正額は極めて多いといわなければならない。このことは、サービス残業の実態が依然として深刻であることを物語っている反面、ようやく未払いの是正が多くの企業で実現することとなったとも考えられる。

 なお、今日偽装請負(契約の形式は請負等としながら発注者が直接請負労働者を指揮命令するなど労働者派遣事業に該当するもの)が蔓延しており、労働基準法や労働安全衛生法などの事業者責任があいまいとなる事態が顕在化している。このことを踏まえて、厚生労働省は、労働基準行政と職業安定行政が連携し、監督指導を強化することで、偽装請負の防止・解消を図るために、「偽装請負に対する当面の取組について」を発表した。

 発展途上国の労働者を受け入れ、日本企業の現場において実習を行うことにより、技能を修得させることを目的とした「外国人研修・技能実習制度」に関連して、かかる制度を悪用して、外国人研修生に対する極めて悪質な人権侵害が問題となっている。低賃金、長時間労働、強制貯金、不当なパスポートの管理、保証金・違約金による身柄の拘束、差別的言動、携帯電話の所持禁止、日本人との接触制限、性暴力など、強制労働といっても過言ではない実態が明らかになっている。このような指摘を受けて、経済産業省は、2006年10月「外国人研修・技能実習制度に関する研究会」を設置し、制度の適正化について検討を開始した。しかしながら、適正化の指導監督の実効性を危ぶむ向きからは、制度自体を廃止すべきとする声も少なくない。

国際社会の動向

(1)国際連合

 国際連合人権委員会は、1999年より人権の促進及び保護に関する小委員会で進められてきた「人権に関する多国籍企業およびその他の企業の責任についての規範」の策定に関する課題について、2005年4月20日、国連事務総長に対し、2年間の任期で「人権と多国籍企業及び他の企業の問題に関する特別代表」を任命し、2006年に中間報告書を、2007年に見解と勧告を含む最終報告書を提出させるよう要請した。これらの報告書には、次の課題について検討した結果を含むことが任務とされた。

  1. 人権に関する多国籍企業及び他の企業の責任とアカウンタビリティに関する基準を同定し、かつ明確化すること、
  2. 国際協力を含む、人権に関する多国籍企業及び他の企業の役割を実効的に規制し、かつ裁定する国家の役割を精査すること、
  3. 「加担」及び「影響の範囲」などの概念の多国籍企業及び他の企業に対する意義を研究し、かつ明確化すること、
  4. 多国籍企業及び他の企業の活動について、人権影響評価を実施するための材料及び方法を開発すること、及び
  5. 諸国及び多国籍企業及び他の企業のベスト・プラクティスを収集すること。

 この要請に従って、アナン事務総長(当時)は、ハーバード大学のジョン・ラギー教授を特別代表に任命した。

 ラギー特別代表は、研究を進めるに当たり、政府、非政府機関、国際経営者団体や個別企業、労働組合、国際連合その他の国際機関、法学専門家と協議を行い、また、フォーチューン誌CSR先進企業500社のアンケート調査を実施するなど、精力的な研究を進め、その結果2006年2月に中間報告書(E/CN.4/2006/97)を、2007年2月に最終報告書及び4冊の補遺(A/HRC/4/35 and its Addendum 1-4)、さらに人権影響評価についての関連報告書(A/HRC/4/74)を人権理事会に提出した。

 最終報告書において特別代表は、今日の企業による人権侵害は、企業の経済力と政府による統治能力の誤った関係によって発生するとし、今日の公的機関による規制、とりわけ国内法の域外適用について漸進的な発展がみられるが、これは個人に対する法規制の強化の意図せざる副産物に過ぎず、依然として被害者保護法制と企業の側の予見可能性には深刻なギャップがあるとしている。また、ソフトローによるイニシアティブや企業行動規範などによる自主規制には相当の発展がみられるが、明らかに脆弱であるとしている。さらに、法規範の不明確さが、いわゆる「影響の範囲」についての理解を妨げているとも指摘している(4補遺と関連報告書については、紙幅の関係上割愛する)。なお、当初の任期では、任務を十分に果たすことができないとして、1年の任期の延長を求めている。

(2)国際連合グローバル・コンパクト

 2006年4月1日から2007年3月31日までに、計1523団体がグローバル・コンパクトに参加し、計3677団体に増加した。なお、日本の団体参加状況について言えば、9団体が新たに参加し、計51団体となった。また、グローバル・コンパクトは、各地域の実情に応じた実施を促進するために、各国・各地域ごとにネットワークを構築することを推奨しているが、同期間において、ウクライナ(4月25日)、ラテン・アメリカ地域(5月25日)、ナイジェリア(6月7日)、ベルギー(6月15日)、ドミニカ共和国(10月20日)、ロシア(10月31日)ボリビア(11月14日)、アルメニア(11月17日)、モルドバ(11月28日)、ベラルーシ(12月20日)、ケニア(2007年2月5日)でネットワークが結成された。

 人権問題に関する取り組みとして、グローバル・コンパクトは、2006年6月6日、ビジネス・リーダーズ・イニシアティブ・オン・ヒューマン・ライツ(BLIHR)、国連人権高等弁務官事務所と共同で、企業が人権原則を企業内に導入するためのガイドブックを作成した。このガイドブックは、人権の内容の解説、企業戦略に人権を組み込む方法、人権研修の進め方、人権分野の影響評価、人権に関する報告など、一連のプロセスを実施するための方法を示すものである。さらに、2007年3月20日には、UNHCHRとともに、人権とビジネスに関する学習ツールを開発し、公表した。これは、経営陣やCSR担当者が、人権概念の理解と浸透を図るために、研修用教材として用いられることを意図するものである。このツールは、3つのモジュールに分かれており、それぞれ人権についてのイントロダクション、影響の範囲、人権侵害への加担について解説している。

 また、グローバル・コンパクトは、2006年10月6日、GRI(後述)戦略的提携を結成した。両者は、原則面、実施面、報告面でも共通性があること、規格や基準などが多様化している現状を考慮して、提携するに至った。この提携に基づく成果として、「つながりをつくる: 国連グローバル・コンパクトのコミュニケーション・オン・プログレスにGRIのG3報告ガイドラインを使う」というツールを、同日公表した。グローバル・コンパクトは2003年より、企業に対して、GC10原則実施の進捗状況を報告するよう求める仕組み(Communication on Progress、COP)を実施しているが、この進捗状況の報告について、GRIのサステナビリティ報告書ガイドラインをどのように活用すれば、報告義務を果たすこととなるかを示すものである。なお、2006年には、927団体が、COPをグローバル・コンパクト事務局に提出した。さらに、グローバルコンパクト事務局は、2006年11月20日、ISOと了解覚書を締結した。これは、ISOの社会責任に関する規格の開発、活用の促進、支持の拡大の際に、緊密に連携していくことをはじめ、両者の協力と相互的な支持を促進することを約するものである。

 これらの動きは、CSRに関する国際的な基準・規範が増加する中で、内容の共通性を確保することにより、企業側の混乱を防止する意味で、重要であろう。

(3)国際標準化機構(ISO)

 国際標準化機構(ISO)では、2005年から社会的責任の規格化が進められているが、2006年3月に社会的責任に関する規格ISO 26000第1次作業文書が取りまとめられ、規格の骨格が示されたが、人権問題は、環境問題に続く課題と位置付けられた。この第1次作業文書に対する各エキスパートの意見が寄せられたが、その論点を整理するために5月15日から19日にかけて作業部会第3回総会がリスボンで開催された。

 その後、具体的な規格の内容の立案作業が、第5タスクグループ(TG5)で進められ、10月には第2次作業文書が公にされた。ここでは、人権の保護・促進に関する最も重大な責任は国家が負っているとしながらも、今日のグローバル化の進展などにより、人権保障の役割を個別国家が果たしえない状況が生じているとした。また、個人や家族、企業、市民社会組織による人権侵害の増加も、地球規模の問題となっていると指摘し、各組織や個人が、個人が尊重され、多様性が受け入れられる社会を希求すべきとして、市民的・政治的権利、経済的、文化的、社会的権利、基本的な労働権、地元コミュニティの権利の尊重を中心的な課題としてあげている。

 2007年1月29日から2月2日かけてシドニーで開催された第4回総会は、それまでに寄せられた5176件のコメントを踏まえて、7項目の中核課題(組織統治、環境、人権、労働慣行、公正な事業活動、消費者問題、コミュニティ参画/社会開発)を盛り込むことを決議し、5つのアドホックグループにそれぞれ規格原案を作成することとした。

 なお、社会的責任に関する規格は、当初2008年10月発行を予定していたが、作業の進捗状況にかんがみ、2007年1月のシドニー総会において、発行を2009年11月に延期することとされた。

(4)グローバル・レポーティング・イニシアティブ(GRI)

 企業におけるCSR活動の公表を促し、もってCSR活動の促進をはかる国際NGOであるGRIは、2006年10月、サステナビリティ・レポーティング・ガイドラインを改訂し、第3版を発表した。このガイドラインは、経済性のみならず、社会、環境問題についても情報公開を企業に求めるものであるが、社会性の一分野である人権の項目に関しては、とりわけ差別問題に関わって、従前の差別撤廃の方針・手順・プログラムの記述に止まらず、発生した差別事件の総数とそれについて行った取り組みを記述するよう求めている。CSRに関する取り組みが、仕組みを構築する段階から、運用する段階に移っていることが、ここにも看て取れる。

日本国内の動向

(1)CSRに関連する法制の動向-2006年度に施行された法律

 近年の少子高齢化による労働力不足に対応し、年金支給開始年齢の引上げられる中での、生計維持のための収入確保及び社会保障制度の支え手の確保する必要があることから、2004年6月11日、「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」が改正された。この改正により、各企業は、それまで努力義務であった65歳までの雇用確保が原則とされ、何れに企業も、定年の引き上げ、継続雇用制度の導入、定年の定めの廃止のいずれかを実施する義務を負うこととなった。また、募集・採用に当たって、やむを得ない理由により上限年齢を定める場合には、求職者に対してその理由を提示しなければならないとされている。さらには、45歳以上の解雇等による離職予定者に対しては、その者の希望に応じて、本人の職務経歴、資格・免許、職業能力等を記載した求職活動支援書を交付することが義務付けられている。この改正法は、一部を除き、2006年4月1日に施行された。

 企業における法令遵守を促進するために、2004年6月18日に、公益通報者保護法が制定された。この法律は、労働者が、企業内において個人の生命又は身体の保護、消費者の利益の擁護、環境の保全、公正な競争の確保その他の国民の生命、身体、財産その他の利益の保護にかかわる法律に規定する罪の犯罪行為の事実が生じ、または生じようとしている旨を、労務提供先・行政機関等に通報した場合(公益通報)、かかる公益通報者の解雇を無効とし、かつ公益通報をしたことを理由とする不利益取扱いを禁止するものである。この法律は、2006年4月1日に施行された。

 職場における労働者の安全と健康を確保するために、2005年11月2日、労働安全衛生法が改正された。この改正により、労働者の週40時間を超える労働が1月当たり100時間を超え、かつ、疲労の蓄積が認められるときは、労働者の申出を受けて医師の面接指導の実施が義務づけられた。また、その他の長時間労働者についても、面接指導の努力義務が課せられている。その他、危険性・有害性調査の実施や、安全管理者の資格要件の見直し、安全衛生管理体制の強化が図られている。また今日、請負に関わる労働災害が頻発していることを受けて、製造業において元方事業者が請負人と連絡調整を行うこと、合図・標識・刑法等について統一し、かつ請負人に周知することが義務づけられた。この法律の施行は、2006年4月1日である。

 また、働く障害者、働くことを希望する障害者を支援するために、障害者の就業機会拡大を目的として、障害者の雇用の促進等に関する法律が2007年7月6日改正された。この改正により、法定雇用率に精神障害者を参入することが認められ、精神障害者の雇用促進を図ることとなった。また、在宅就業障害者支援のために、かかる障害者に発注する企業等に、障害者雇用納付金制度を活用して、特例調整金を支給することとした。かかる改正法は、一部を除き、2006年4月1日に施行された。

 2005年に発生したJR西日本福知山線脱線事故等を受けて、「運輸の安全性の向上のための鉄道事業法等の一部を改正する法律」が2006年3月31日に制定された。この法律により、鉄道事業者は、輸送の安全性確保のために、安全管理規程を定め、ここに安全性確保のための事業の運営方針、実施・管理体制、実施・管理方法、安全統括管理者の選任に関する事項等を記載して、国土交通大臣に提出すること、枚事業年度に安全報告書を作成し、公表すること等が義務付けられた。この法律は、一部規定を除き、2006年10月1日に施行された。

2006年度に成立した法律

 2006年12月6日、消費生活用製品安全法改正法が成立した。この法律は、2006年に頻発した人命事故を踏まえて、消費生活用製品の安全性確保のために、重大製品事故が発生した際には、民間事業者に対し、かかる製品の名称及び型式、事故の内容並びに製品の販売数量等について主務大臣に報告することを義務付け、かつ一般消費者に情報提供する努力義務を課し、当該報告を受けた際に、主務大臣は、必要な場合には製品の名称・型式、次この内容、当該製に品に伴う危険の回避に資する事項を公表すべきものとするものである。この改正法は、2007年5月14日に施行された。

 2006年6月21日には、男女雇用機会均等法が改正され、女性労働者に対する差別待遇の改善を中心とした法制から、性別に関わり無く雇用において差別が禁止されること、さらには、性別に関わり無く、セクシュアル・ハラスメントが禁止されることとなった。このことにより、女性差別の撤廃という側面が弱まる反面、男性に対するセクシュアル・ハラスメントや、性的少数者に対する差別やセクシャル・ハラスメントに関する法的保護に道を開いた点で、重要である。この法律は、2007年4月1日に施行された。

 調査・探偵業に関しては、調査業が、部落差別調査など個人の権利利益を侵害する場合があることから、2006年6月8日、「探偵業の業務の適正化に関する法律」が制定された。この法律により、探偵業を営もうとする者は、各都道府県公安委員会に商号・名称等を届け出ることとし、人の生活の平穏を害する等個人の権利利益侵害を禁止された。また、探偵業務に関わる調査の結果が犯罪や違法な差別的取扱い等のために用いられることを知ったときは当該探偵業を行ってはならないとし、これらの適正な業務遂行のために従業者に必要な教育を行うこととしている。この法律は、2007年6月1日に施行されている。

 さらに、高齢者や障害者等の自立した日常生活・社会生活を確保するために、公共交通機関の旅客施設や道路、路外駐車場、公園施設並びに建築物の構造・設備の改善措置、一定の地区における旅客施設等の一体的な整備を推進する措置等を講じることを定める「高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律」が2006年6月21日に成立したされた。これにより、施設設置管理者等は、移動等円滑化のために必要な措置をとる努力義務が課されるほか、移動等円滑化基準に適合させる義務を負うこととなった。なお、この法律は、2006年12月20日に施行されている。

(2)経済団体の動向

 日本経済団体連合会は、1991年に「経団連企業行動憲章」を発表し、その後3度に渡って改訂を行い、会員企業における企業倫理やCSRの推進を図ってきたが、2004年には、その前文において「人権を尊重」することを謳い、また従業員の多様性、人格、個性を尊重すること、安全で働きやすい環境を確保することを挙げ、企業としても人権、とりわけ従業員の人権を尊重すべきことを掲げた。しかしながら、その後も製品・サービスの品質・安全性に関わる事故、個人情報・顧客情報の漏えい・紛失、証券取引法や独占禁止法といった市場のルールに違反する事件、さまざまな契約をめぐり消費者・顧客の信頼を傷つける行為など、不祥事が絶えないことを踏まえて、企業倫理の徹底を会員企業に促すために、「不祥事を起した会員に対する日本経団連としての対応および措置」を改訂し、企業行動憲章に反する事態が発生した場合、当該会員に対して、経団連として退会を勧告する場合があること、及び退会・除名後の再入会について期間を定める規定を新設した。

 また、企業行動規範に関しては、その実行の手引きを発行してきたが、その後の経営環境の変化や、会社法、独占禁止法、公益通報者保護法、個人情報保護法などの法制の変化に対応して、手引きについても改訂した。

 なお、日本経団連は、ISOの社会的責任に関する規格の策定の作業に積極的に参加しており、各会合の概要についてホームページを通じて紹介している。

 経済同友会は、「市場の進化と21世紀の企業」研究会が中心となって取りまとめ、2002年に公表した「第15回企業白書「市場の進化」と社会的責任経営」の企業評価基準に基づいて、定期的に会員企業にアンケート調査を実施している。2005年に実施された第2回経営者意識調査の結果が2006年3月7日に発表された。ここでは、2002年調査に比べて、各企業のCSRに含まれる項目に「人権を尊重・保護すること」を挙げる企業が68.3%と大幅に増加したことが指摘されている(2002年調査では32.3%)。

 また各企業向けの自己評価アンケートの結果が2006年5月に取りまとめられた。ここでは、人材活用のあり方としてダイバーシティの推進がどの程度進んでいるか、とりわけ「女性の活用」について調査している。女性役員比率に関しては、過去3年間で増加した企業が15社に過ぎず、大半の回答企業(393社)では女性役員がいないという状態である。他方で、課長級以上の女性管理職が過去3年間で増加したと回答する企業が41.7%、192社に登っており、女性の登用が進みつつあることが伺える。なお、非正社員が今日増加しており、正社員との格差は深刻である。その点に関して、自己評価では非正規型社員との対話の機会を設けているかどうかを質問していたが、かかる仕組みを設けている企業は全体で51.7%に上ったが、その内容が十分であるとする企業は6.2%に過ぎず、依然として非正社員が十分な配慮を受けていない実態が明らかになっている。

 なお、鹿児島経済同友会でもCSRに関するアンケート調査を実施し、2006年11月に調査結果を取りまとめているが、CSRの具体的な内容として人権の尊重・保護に努めることを挙げている企業は16.7%と極めて低く、地方との意識のギャップが極めて大きいことがわかる。

(3)CSR報告書の動向

 部落解放・人権研究所では、2005年度版にひきつづいて、2006年度版CSR報告書を収集し、人権情報の記載状況について分析を進めている。その調査の結果、CSR報告書は77誌から163誌に増加しており、多くの企業が、環境報告書からCSR報告書に移行している状況が明らかになった。また、グローバル・コンパクト(25誌から31誌)やGRIのサステナビリティ・レポーティング・ガイドライン(185誌から201誌)を支持する旨表明する企業も着実に増加している。また、CSR調達の一環として、調達基準に人権尊重を明示する企業は34誌から53誌へ、とりわけ取引先調査が2誌から17誌へと増加している。割合としては少ないが、サプライチェーン・マネジメントに人権の視点を組み込む企業が増加していることが伺える。具体的な取り組みに関する報告において、人権尊重を直接明示する企業は、27.3%から33.1%と割合として増加しており、企業として具体的に人権尊重に取り組むことが拡大しつつあると評価できるであろう。

 しかしながら、就職困難者の積極雇用についての記載(4誌から0誌)や事業活動の結果生じる人権侵害に対するマイノリティの保護(4誌から0誌)が見受けられなくなっていること、地域住民の権利保護に関する記載が減少していること(7誌から5誌)は懸念される。ステイクホルダーとしての被差別当事者をどのようにCSRに位置付けていくか、さらには企業に人権侵害の保護・防止、さらにはかかる取り組みについての開示を求めていくかが課題といえるであろう。

(4)学生によるCSRの認識

 なお、2006年度には、学生を対象としたCSRについての意識調査がいくつか実施された。これらの調査によって、学生が就職したい企業を選ぶ際に、CSRがどの程度重視されるか、さらにはCSRの取り組みが企業の人材確保にどのような影響を与えるかが伺えるであろう。

 特定非営利活動法人社会的責任投資フォーラムが首都圏の大学生を対象に実施した調査では、CSRを知っている学生が53%、言葉のみを知っている学生は20%と、役4分の3の学生がCSRを認知している。また、就職活動をする際に、CSRに着目すると答えた学生は34%、着目しても良いと考えている者が40%であった。なお、分からないとしている学生の半数近くがCSRを認知していないことを考えると、認知度が高まれば、就職に際してCSRを重視する学生が増加することが伺える。

他方、株式会社日本総合研究所が楽天リサーチ株式会社と共同で行った「若年者の企業観とCSR意識に関する調査」(首都圏に在住する20-29歳の男女を抽出)では、CSRの認知はやや低く、言葉も内容も知っている者は28.7%、言葉のみ知っている者が35%であった。就職活動中の学生は、CSRの内容を知っている者の割合がやや高く、32%に上った。就職活動の際に重視する点としては、能力・適性を活かした仕事を上げる学生が最も多いが、労働時間や賃金が適正水準であること、雇用が安定していることを上げる者も高率である。従業員の待遇を適正なものにすることが、より多くの学生を集めることに繋がることが伺えるであろう。他方で、ユニバーサルデザインや社会貢献活動を上げる学生はやや少なく、これらの取り組みの重要性が十分に浸透していないことが課題である。

これらの調査を通じて、今日の社会においては、CSR、とりわけ従業員処遇を適正にすることが、より多くの学生を惹き付けることに繋がるといえる。CSRに対する認識がより一層浸透することにより、CSRに適合的な労働市場が形成されることが予測されるであろう。

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