講座・講演録

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2008.01.24
講座・講演録

日本社会の人権NGOの役割

柏木 宏(大阪市立大学大学院創造都市研究科教授)


はじめに

 私は現在、大阪市立大学で教員をしています。それ以前は、アメリカで、アメリカに進出している日本企業の雇用差別やセクハラ等の問題に取り組むNPOの活動に20年ほど関わってきました。そういった経験を踏まえて、日本社会における人権NGO-NPOの役割や人権NGO-NPOと企業のコラボレーションのあり方について、考えていきたいと思います。

人権とは何か

 広辞苑によれば、人権とは「人間が人間として、生まれながらに持っている権利」とされています。さらに現在の社会は法律の下に成り立っているので、人権も法律に基づいて分類することができます。例えば、表現の自由などの自由権や労働基本権などの社会権、請願権などの受益権、参政権という分類です。このように分類される人権について現実にどのような問題が起こっているのでしょうか。

自由権に関わる問題

 自由権の一つに信教の自由があります。信教の自由は政教分離という政治的な大原則に結びついています。そのため、アメリカではブッシュ大統領の支持基盤である保守系宗教団体をはじめとした宗教団体による社会的な慈善活動に政府が資金提供しようとする「慈善の選択」という政策に大きな議論が起こりました。また、アメリカで最も古く、大きな人権団体にNAACP(全米黒人地位向上協会)という団体がありますが、この団体が2004年の大会でブッシュ政権の政策を批判すると、政府はNAACPに認められていた税制優遇措置を不当な政治活動を行ったという理由で剥奪しようとする動きがありました。

 アメリカではNPOへ寄付すると、寄付した側の所得税や法人税からその分が控除されるという税制優遇措置が認められていますが、その措置を受けるNPOは基本的に党派性を持った政治活動は行ってはいけないとされています。その点から大会での政権批判を党派性のある違法な政治活動だとして、税制優遇措置を認可する内国歳入庁は、NAACPに関係書類の提出を求めたのです。NAACPは現政権さえも批判できないのは表現の自由の侵害であり、不当だと強く反発しました。この問題は、人権関係だけではなく、多くのNPOから抗議もあがり、NAACPの税制優遇措置は維持されることになりました。元々この調査のきっかけが、一般に民主党支持者が多いとされる黒人へ政治参加を呼びかけるNAACPを、快く思っていない共和党保守系議員の依頼であったこともあり、アメリカでは大変大きな関心事となったのです。

社会権に関わる問題

 現在、日本で話題になっている、いわゆるワーキングプアの問題は、まさに社会権の問題と言えます。彼らはなぜ「貧しい」のでしょうか。以前なら働かないから貧しいという個人の責任で貧困を考えることができましたが、最近では働いても食べられない状況が生まれてきています。

 この問題の解決に必要なことは、まず何より働いた人に適正な賃金が支払われ、それによって生活ができるという社会システムです。そうしなければ労働に対するモラルが低下し、働かない人が一層増えてしまうということは、保守・リベラルを問わず共通した意見です。アメリカでも最近、最低賃金の引き上げが実現していますが、日本でももっとNPOや労働団体が活発に提言していく必要があるでしょう。

 では、最低賃金の引き上げが実現すれば問題がなくなるのでしょうか。アメリカでは、今回の引き上げによって、普通に働けば辛うじて生活保護の受給対象となる貧困ライン以上に年収が届くことになりましたが、そもそもその貧困ラインが現状に合わなくなってきているという問題もあります。そのような実態調査もアメリカではNPOが行って、貧困ラインの適正化を社会に提言しています。

 しかし、それが提言されるだけでは問題は解決しません。そこで考えられたのがリビングウェイジ(生活給)という考え方です。最近では行政が事業を外部委託することが増えていますが、この委託先は競争入札で決められることになります。要するに最も安い金額で請け負う業者に委託するのです。その際、その事業で働く人はその賃金で生活できているのでしょうか。実際にはかなりの人が低賃金で働いています。つまり、行政が市民のために税金を使って行う事業が、ワーキングプアという別の社会問題を作り出しているのです。

 企業が行政から仕事を請け負って利益を出しているのに、そこから生まれる貧困問題への対策に行政がまた金を使うのはおかしいという発想から、アメリカでは、行政が委託や補助金をだす仕事には、それに従事する労働者に対するリビングウェイジを保障しようという取り組みが1990年代から広がりを見せ、現在ではほとんどの大都市で採用されています。リビングウェイジとは、その地域で暮らす最低限の水準にプラスアルファ程度の賃金水準で、その基準もNPOと労働組合、宗教団体などが連合組織を結成して地方議会に提言したり、直接各自治体で住民投票にかけて決定しています。こういった取り組みにNPOが関わることの意味は大きいでしょう。なぜならNPOの役割は就労支援や職業訓練等の直接的なサービス提供だけでなく、働けば生活できるように政策を提言していかなければならないという側面もあるからです。

 いずれにせよ、アメリカでは、以上のように、NPOは様々に分類された人権の実現のために、社会のシステムとしてしっかり組み込まれているのです。

NGO-NPOの人権問題への具体的対応

 では、NGO-NPOは人権問題へ具体的にどのように対応しているのでしょうか。まず女性、高齢者、子ども、障害者、外国籍住民、被差別部落民、野宿生活者等といった特定の属性をもつ人々(クラス)への対応があります。これはそれらの属性を持つことで、何らかの差別を受けている人々の解放を目的とした、特定のクラスへの総合的な対応です。縦型の運動といえるでしょう。ただそのような取り組みを進めていくと、クラスで縦割りにするだけではなく健康・福祉・医療、経済・労働、融資、環境保全、教育、住居、交通、情報・通信へのアクセス、プライバシー等といった課題別の横断的な対応の必要性も出てきます。

 つまり、特定のクラスへの対応は、継続していかなければなりませんが、同時に課題別に専門性を持ったNPOが開発されていくことも重要なのです。私は、こうした課題別の取り組みを横型の運動と呼んでいます。これらに加えて、この二つをつないでいく対応、あるいは特定のクラス同士の対立を緩和させるような縦でも横でもない面型の対応も大切だと考えています。

NGO-NPOとは

 そもそもNGOとは、Non-Governmental Organizationの略です。元々は国連と政府以外の民間団体との協力関係について定めた国連憲章第71条の中で使われている用語で、国際協力に携わる「非政府組織」「民間団体」のことを意味しています。しかし現在では、必ずしも国際的な活動を行っている団体だけを意味するのではなく、NGO活動推進センター(JANIC)では「開発、人権、環境、平和問題等地球的課題の解決をめざす非政府、非営利組織」と定義しており、一般的にも民間非営利団体という意味で定着しています。このようにNGOはどちらかと言うと「政府に対する民間」という政治的性格が強いという側面があります。

 それに対してNPOはNon-Profit Organizationの略で、営利に対する非営利という経済的性格が強いといえるでしょう。ただ誤解しないでほしいのですが、NPOは儲けてはだめという訳ではありません。ここで言う非営利の意味は団体が利益を得ることを否定しているのではなく、株式会社の株主への配当のように、理事や社員という団体の構成員に利益を配分しないという意味なのです。

NGO-NPOの特徴

 NGO-NPOの活動の最大の特徴は、寄付金やボランティア活動を含めた現物寄付といったパブリックサポート(第三者の支援)を受け、活動を実施している点です。例えば、100円でボトル水を提供して利益を得ている企業は100円を支払える人に販売します。それに対してNPOは、災害や貧困で100円が払えない人に半額や無料でボトル水を提供します。しかしそれでは活動が維持できないので、半額や無料にした差額、あるいは専従スタッフの人件費等の必要経費をパブリックサポートで賄っています。つまりNPOは、ボトル水を無償で提供することの意義をパブリックサポートする側の企業や個人に説明して、それへの賛同によって得られた物品や資金・労力を被災者や途上国の人々へ仲介することで、企業とは違った社会的位置づけを得ているのです。その点でパブリックサポートは重要であると同時に、課題に対して問題意識のない人々を巻き込んで啓発していくという意味ももっています。

 しかしこれは本来、行政が行うべき仕事です。であるからこそ行政的な手法と民間的な手法を支持者が適正に比較して支持できるように、アメリカの税制優遇制度のような仕組が日本でも必要でしょう。しかし現状はアメリカのNPOへの寄付総額が3000億ドル以上であるのに対して、日本では年間収入1000万円未満のNPOは約6割、100万円未満は4分の1を占めます。財政規模だけで事業内容の是非は計れませんが、日本のNPOの規模はまだまだ小さいといわざるを得ません。

 税制優遇については、日本でも認定NPOの資格を取れば優遇は受けられるようになっています。認定基準はゆるくなったとは言われますが、まだまだきつく、特にアメリカでは基準の中心である予算に占める寄付の割合について過去の実績を問わないのに対して、日本では過去の実績を基準にしているのは問題です。

NGO-NPOと企業の関係

 企業の人権NPOへの寄付はもっと厳しい状況です。CSR(企業の社会的責任)の認識についても、日本企業の人権問題に対する意識は低く、それが人権問題への資金提供の弱さに直結しているのでしょう。

 また、寄付を集める上では税制優遇だけでなく、その手法も多様化しています。例えば、企業が寄付しやすいように、NPOの連合組織を結成したり、NPOの理念と企業のマーケティングを融合させて、売上の数パーセントを寄付してもらう等といった工夫も必要なのです。小さい団体でも束になれば数になります。何よりもNPO自身が、例えば子どもや高齢者の問題に取り組んでいる等ということが、その人々を対象にする企業のマーケティングにメリットをもたらすという強みであることをしっかり自覚して、寄付を集める戦略を練っていくことが、これからは必要でしょう。

NGO-NPOの社会的役割

 NPOの社会的役割は先述の通り、サービス提供と政策提言(アドボカシー)に大別することができます。これらは基本的には不可分なのですが、実際の活動ではどちらかに比重を置いている団体が多いようです。

 サービス提供を主体とする団体の役割は、やはりサービスが十分提供されていない人々へ、必要なサービスを提供することでしょう。NPOの活動は行政が目を向けていない課題に対する隙間産業です。特に行政は法律や制度が整備されなければ動けないのですから、その前に必要なサービスを提供することは非常に大きな役割です。そして同時にサービスを提供することを通じて個別の課題の背後にある課題を引き出し、問題を根本的に解決できる社会システム作りに向けたアドボカシーへつないでいくことが重要なのです。

 一方、アドボカシーを主体とする団体の役割はどうかと言うと、クラスや課題ごとの調査・研究が中心となるでしょう。そしてその結果を基礎としたアドボカシーを行って、問題解決を実現していくことが重要な役割となります。ただアメリカでは税制優遇を認められているNPOにもロビー活動が認められていますが、日本のNPO法ではこの点が明確ではありません。先のNAACPの例ともつながりますが、今後日本でもNPOがアドボカシーを行っていく上で、政治との関わりにどこで線を引くかが問われることになるでしょう。

おわりに

 今後NPOは様々な課題に対するサービスは続けながらも、根本的な問題解決を目指した社会システムが実現できるように、サービスのあり方を変えていくことが求められるでしょう。そして同時にそれが社会制度化されれば財政支出が減らせる等といった、財政的な合理性も今の時代には必要です。それに人権という日常的で大きな観点からアプローチしていくことが重要だと思います。

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