職業と世系に基づく差別問題に関する国連の取り組み
横田洋三
国連人権委員会へ報告書提出
「職業と世系に基づく差別」問題の調査研究は、2000年以降、国連人権促進保護小委員会(人権小委員会)で行われました。私は2000年に人権小委員会のメンバーになり、2002年にこの問題の特別報告者に任命されました。
そして今年の9月、もう一人の特別報告者である韓国の鄭鎮星(チョン・チンスン)さんと一緒に最終報告書を人権理事会に提出しました。この最終報告書には、「職業と世系に基づく差別」を克服するための原則と指針案が含まれており、非常に重要です。
国連提起のきっかけ
そもそも「職業と世系に基づく差別」の問題が国連で提起されたのは、部落解放同盟が中心となって組織された反差別国際運動(IMADR)の活動がきっかけでした。IMADRは国連の協議資格を持っており、部落解放運動の成果を国際社会に広げ、同じ差別に苦しむ人々と連携して運動を展開したことから国連での取り組みが始まりました。
しかし「部落解放」という言葉では、世界において同様の差別に苦しむすべての人々を含むことができません。世界に存在する同様の差別と部落差別との共通点は何かということを考えた時、それが「職業」、そして出身・出自や血縁という意味の「世系」の二つだったのです。この二つが絡みあった差別の形態として、「職業と世系に基づく差別」という言葉で議論されるようになりました。
職業と世系差別問題の特徴
このテーマを国連で扱うことについて、インドやネパール、バングラデシュから反対の声もあがりました。私が特別報告者になった2002年、インド大使館から連絡があり、報告者を降りて欲しいと要請されたこともありました。
もちろんインドのカーストに基づく差別は深刻な人権問題ですが、これはインドの問題だけではありません。日本の部落差別以外にも、南アジアや中東、アフリカやヨーロッパでも職業と世系に基づく差別があります。ですから、これは世界的な問題であるという認識で、私や他の特別報告者は調査を進め、原則と指針案を作り上げました。
日本政府はこの問題を取り上げることに賛成し、インド政府に反対しないよう、説得してくれました。このように、日本政府が国際社会でも目に見える活動をしてくれるようになったことを、私たちは評価する必要があります。
人権委員会で取り組んだ経緯
このテーマをどこが扱うかという、国連組織内の縄張り争いのような難しい問題にもぶつかりました。ILO(国際労働機関)は職業と差別に関するILO条約を根拠に、これは自分たちのテーマだと主張しました。一方、人種差別撤廃委員会も、人種差別撤廃条約において、世系に基づく差別も人種差別と定義しているため、自分たちのテーマだと主張したのです。
部落差別を例にすると、確かに職業差別の要素もありますが、現在その職業に就いていなくても、その職業についていた人の子孫であることや、住んでいる場所が差別の要因とされています。よって職業だけの問題ではありません。また、人種差別撤廃条約では世系だけではなく、他の要因による差別にも言及しており、世系に特化しているわけではないのです。
私たちはこの問題が職業と世系の両方に基づく独自の問題であり、そこに人権小委員会で扱う意味があることを強調しました。実際、この差別に苦しむ人は世界に3億人、つまり全人口の5%もいるのです。そのような経緯で、2000年から人権小委員会で扱うことが認められました。
原則・指針案の意義
先述の通り、今年提出した最終報告書には差別を克服するための原則と指針案が書かれています。そこでは「差別は差別をする人の問題だ」と定義した上で、「『職業と世系に基づく差別』は、国際人権条約で規定されている人権に違反する甚だしい人権侵害だ」ということを原則として書いています。さらに「職業と世系に基づく差別」をうける中で、子どもや女性、障害者は二重・三重の複合差別から逃れられないという問題も指摘しました。
そのような原則を踏まえた上で、国や自治体が方針を立て、法律を作り、差別的立法を改変し、予算措置や積極的差別是正措置を使って差別をなくすように努力しなければならないという指針を示しています。特に教育・啓発を重視しており、教育の機会を平等に保障することや、メディアを中心にした啓発活動が重要であると明記しています。
皆さんには今後も国内のみならず、国際的な問題にも目を向けて、連帯し、不合理な差別をなくすために活動していただきたいと思います。