講座・講演録

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2008.01.24
講座・講演録

職業と世系に基づく差別の撤廃
女性の視点より

【報告者】
横田洋三(中央大学法科大学院教授)
ブルナド・ファティマ(タミルナドゥ女性フォーラム代表インド)
塩谷幸子(部落解放同盟大阪府連合会副委員長日本)
ペンダ・ムボウ(ダカール大学イスラム史教授セネガル)


 世界人権宣言が国連で採択されて2007年で59周年目を迎えました。世界人権宣言大阪連絡会議は、2007年12月10日大阪国際交流センターにて、「職業と世系に基づく差別の撤廃 女性の視点より」というテーマで記念集会を開催しました。参加者は約750名でした。(文責 事務局)

職業と世系に基づく差別問題に関する国連の取り組み

横田洋三

国連人権委員会へ報告書提出

 「職業と世系に基づく差別」問題の調査研究は、2000年以降、国連人権促進保護小委員会(人権小委員会)で行われました。私は2000年に人権小委員会のメンバーになり、2002年にこの問題の特別報告者に任命されました。

 そして今年の9月、もう一人の特別報告者である韓国の鄭鎮星(チョン・チンスン)さんと一緒に最終報告書を人権理事会に提出しました。この最終報告書には、「職業と世系に基づく差別」を克服するための原則と指針案が含まれており、非常に重要です。

国連提起のきっかけ

 そもそも「職業と世系に基づく差別」の問題が国連で提起されたのは、部落解放同盟が中心となって組織された反差別国際運動(IMADR)の活動がきっかけでした。IMADRは国連の協議資格を持っており、部落解放運動の成果を国際社会に広げ、同じ差別に苦しむ人々と連携して運動を展開したことから国連での取り組みが始まりました。

 しかし「部落解放」という言葉では、世界において同様の差別に苦しむすべての人々を含むことができません。世界に存在する同様の差別と部落差別との共通点は何かということを考えた時、それが「職業」、そして出身・出自や血縁という意味の「世系」の二つだったのです。この二つが絡みあった差別の形態として、「職業と世系に基づく差別」という言葉で議論されるようになりました。

職業と世系差別問題の特徴

 このテーマを国連で扱うことについて、インドやネパール、バングラデシュから反対の声もあがりました。私が特別報告者になった2002年、インド大使館から連絡があり、報告者を降りて欲しいと要請されたこともありました。

 もちろんインドのカーストに基づく差別は深刻な人権問題ですが、これはインドの問題だけではありません。日本の部落差別以外にも、南アジアや中東、アフリカやヨーロッパでも職業と世系に基づく差別があります。ですから、これは世界的な問題であるという認識で、私や他の特別報告者は調査を進め、原則と指針案を作り上げました。

 日本政府はこの問題を取り上げることに賛成し、インド政府に反対しないよう、説得してくれました。このように、日本政府が国際社会でも目に見える活動をしてくれるようになったことを、私たちは評価する必要があります。

人権委員会で取り組んだ経緯

 このテーマをどこが扱うかという、国連組織内の縄張り争いのような難しい問題にもぶつかりました。ILO(国際労働機関)は職業と差別に関するILO条約を根拠に、これは自分たちのテーマだと主張しました。一方、人種差別撤廃委員会も、人種差別撤廃条約において、世系に基づく差別も人種差別と定義しているため、自分たちのテーマだと主張したのです。

 部落差別を例にすると、確かに職業差別の要素もありますが、現在その職業に就いていなくても、その職業についていた人の子孫であることや、住んでいる場所が差別の要因とされています。よって職業だけの問題ではありません。また、人種差別撤廃条約では世系だけではなく、他の要因による差別にも言及しており、世系に特化しているわけではないのです。

 私たちはこの問題が職業と世系の両方に基づく独自の問題であり、そこに人権小委員会で扱う意味があることを強調しました。実際、この差別に苦しむ人は世界に3億人、つまり全人口の5%もいるのです。そのような経緯で、2000年から人権小委員会で扱うことが認められました。

原則・指針案の意義

 先述の通り、今年提出した最終報告書には差別を克服するための原則と指針案が書かれています。そこでは「差別は差別をする人の問題だ」と定義した上で、「『職業と世系に基づく差別』は、国際人権条約で規定されている人権に違反する甚だしい人権侵害だ」ということを原則として書いています。さらに「職業と世系に基づく差別」をうける中で、子どもや女性、障害者は二重・三重の複合差別から逃れられないという問題も指摘しました。

 そのような原則を踏まえた上で、国や自治体が方針を立て、法律を作り、差別的立法を改変し、予算措置や積極的差別是正措置を使って差別をなくすように努力しなければならないという指針を示しています。特に教育・啓発を重視しており、教育の機会を平等に保障することや、メディアを中心にした啓発活動が重要であると明記しています。

 皆さんには今後も国内のみならず、国際的な問題にも目を向けて、連帯し、不合理な差別をなくすために活動していただきたいと思います。

絶望にあっても闘い、そして挑戦するダリット女性

ブルナド・ファティマ

ダリット女性が受ける差別

 ダリット女性は、ダリットとして、女性として、そして低賃金労働者として複合的に差別を受けています。女性たちは常に従属的な立場に置かれ、性暴力、レイプ、あるいは殺害の危険性に直面しています。地主の性的欲求を満たす安価な相手にされています。ヒンドゥー経典の教えにより、女性は全般的に教育の権利や財産の権利を奪われてきましたし、社会的な地位を得る道も閉ざされてきました。ヒンドゥーを支配的モデルにするサンスクリット化により、上位カーストであるブラーミンの慣行がダリットにも押しつけられ、不可触を規定した生活様式はダリットにも取り入れられてきました。

 ダリット女性が搾取されている具体的な例として、「マタマ」の慣行があげられます。これはブラーミン主義のもとでのデバダシという慣行を踏襲したもので、病気の治癒を願った親がダリットの女児を「マタマ」という名の女神を祀る寺院に捧げます。捧げられた子どもは女神と結婚したものとみなされ、男性との結婚はできませんし、公共の所有物としてあらゆる性的搾取を受けることになります。一生「マタマ」として生きることを強制され、一切財産を持つこともできなければ、社会的地位を得ることもできません。これは、宗教が認める売買春です。

 ヒンドゥー主義のもと、一般に女性は結婚が一生の大前提とされます。生まれてからは父親に従い、結婚してからは夫に従い、寡婦になれば息子に従うということで、家父長制のもと、一生男性に従って生きていかなければなりません。またカースト制度における「浄・不浄」の考え方のもと、同じ女性でも、他のカーストの女性は清いとされる一方で、性的に搾取されているダリットの女性は不浄とされてきました。

経済のグローバル化による被害

 ダリット女性は社会の最下層に地位づけられてきました。女性たちには資源も土地もなく、生計の手段へのアクセスもありません。グローバル化はこのことを加速させ、多くのダリット女性が農地から追われています。経済特別区が作られ、何千ヘクタールもの土地が奪われ、企業に売却されています。インドでは、国が企業と一緒になって経済のグローバル化を進め、ダリットの女性を苦境に追いやってきました。たとえば、輸出用として花栽培がもてはやされ、栽培面積や栽培農家が増加することによって、多くのダリットの女性が健康や生計にマイナスの影響を受けています。たとえば、栽培のために散布される殺虫剤によって健康被害がでています。また、無法な海老養殖の拡大により、ダリット女性の多くが仕事を奪われています。1人の地主、栽培農家あるいは養殖家のために、何万人ものダリット女性が健康被害を受け、職を失い、あるいは生計の手段を失っているのです。

差別の撤廃に向けて

 このような状況に対して、私たちはダリット女性の意識化と組織化を進めています。反差別国際運動(IMADR)や部落解放・人権研究所などの協力を得て、「マタマ」女性の識字クラスやリーダーシップ研修を行っていますし、ダリット女性やその子どもたちのためにデイケアセンターも建ててきました。このような活動を通して、ダリットの女性たちは土地に対する権利や政治的な権利を主張するリーダーシップを培ってきました。

 この形態の差別は撤廃されなければなりません。人間の尊厳が最優先されなくてはなりません。皆さまと協力して、ダリットの女性を取り巻く複合差別の問題を解決し、グローバル化という新植民地主義に挑戦していきたいと思います。

部落女性の現状と課題
教育・労働・生活を中心に

塩谷幸子

はじめに

 1922年に全国水平社が結成されて部落解放運動はスタートしました。この間、私たち部落女性も部落の環境や生活改善、糾弾闘争や教育闘争、政治闘争など、多面的に頑張ってきました。

母親たちの運動の歴史と成果

 特に保育所建設については当たり前に人間らしい営みがしたい、という思いで闘ってきました。

 保育所には「保育に欠ける乳幼児に限る」という入所原則がありましたが、部落の場合、親が家にいても内職などの家内労働に従事している場合が多く、多くの子どもたちが保育に欠ける状況にあったのです。このような状況を改善するために、権利としての「保育の社会化」を部落解放運動の中で取り組んできました。その結果、部落にも保育所ができ、その後も保育時間の延長や病児保育の保障が達成されました。

 こうした取り組みが部落の生活を変革し、子どもを変え、母親を変え、そして今日、夫婦のありようも含めて、家庭全体も変えようとしています。保育を託児ではなく就学前教育として実践してきたことを私は部落女性として誇りに思っています。

女性労働者たちの運動の歴史と成果

 運動への主体的な参加は識字運動へも発展しました。文字を取り戻すだけではなく、就労に結びつく資格取得の学習へもつなげ、女性の雇用や行動範囲、視野を拡げ、感性をみがき、解放への情熱を呼び起こしたといえます。

 運動の成果で女性の就労条件は改善してきましたが、最低工賃制や最低賃金制度という言葉も、労働運動に取り組んでいる女性仲間から教えてもらう状況でした。しかし、様々な制度を学ぶ中で、次に取り組んだことが生活保護費の男女差別をなくすことでした。

 現在、生活保護費は男女同額ですが、1970年代は14歳までは男女同額で、15歳より男性と女性の食糧の摂取量が違うとの理由で支給額に格差がありました。「これは差別だ」と部落女性が立ち上がり、厚生省と交渉を積み重ね、男性だけの審議委員に女性を加えさせて、1985年から格差がなくなりました。

 生活保護費の基準が賃金の一定の目安になるのですから、そこに男女差があることは男女同一労働同一賃金に影響をもたらすという重要な意味があります。このことに気づき、是正させることができたのは、厳しい仕事にも男性と同じように働いてきた部落女性だからこそだと思います。

 現在、次世代育成事業で謳われている妊産婦のためのヘルパー派遣や国民健康保険で分娩費支給という母性保護、あるいは男性だけの職域を女性に開放させる、逆に保育という、それまで女性の職域だった中に男性を登場させるといった職域拡大と、職場改善の取り組みも行ってきました。これらの運動を通じて培った労働組合、民主団体等の女性たちとの交流や情報交換は運動の幅を広げ、新しい発想を生み、それが女性差別撤廃条約批准の取り組みに続いたのです。

運動体の中での女性解放を課題に

 部落解放同盟内の改革も重要課題です。女性は多くの闘いに参加してきましたが、動員されても主要な役職から排除され、行事があれば炊き出し担当が当たり前のようにされてきました。残念ながら、組織内においてセクハラ・パワハラ問題やDV問題が避けて通れない状況でもあります。

 女性部ではこれらの克服と組織改革を主張し、男女平等社会実現基本方針等が採択されました。このように部落解放と女性解放を解放同盟の課題にしていくことが重要なのです。

 男尊女卑の考え方は部落でも強く、部落女性への複合差別は厳しいといわざるを得ません。特に学力、労働、無年金の問題は深刻で、早急な課題として今後提起していきたいと思います。

マイノリティ女性との連帯を

 今日の被差別部落や女性をとりまく現状はジェンダーフリーバッシング、ネット上の差別落書き、電子版部落地名総鑑の発覚、憲法改悪などと厳しく、部落女性としての複合的な差別からの解放にはほど遠いと言えます。だからこそ今後はマイノリティ女性と連帯して、国内行動計画の具体化と政府による実態調査実施の要請、さらには条例制定、審議会へのマイノリティ女性代表の送り出しなどに取り組んでいきたいと思います。これは女性だけの課題ではありません。女性差別とは何かを男性と共に考え、差別撤廃に取り組んでいきたいと思います。

セネガルのカースト- その歴史とジェンダーの次元

ペンダ・ムボウ

はじめに

 セネガルには、伝統的に奴隷制とカースト制度の2つが存在してきました。今日はカースト制度と、それが女性に与えた影響について話しをします。

西アフリカのカースト制度

 カースト制度はセネガルだけではなく西アフリカ全体に見られます。この制度のもと、人々はカーストに属しているか属していないかに分けられます。さらにカーストに属していない人は貴族階級と権力を持たない人に分けられます。カーストの中はサブ・カーストに細分化され、鍛冶屋に代表される金属加工に就く人や木材加工を行う人、あるいは言葉を操ることで生業を立てている人など、職業により分かれます。

 私はカーストを「権力からの排除」として定義します。その他にカーストを定義づける特徴として、「浄・不浄」の考え方、カースト内でしか結婚ができないという内婚制度、手に技術をもっていることなどが挙げられます。もう1つ興味深い点に、カーストに属している人たちは決して奴隷になることはなかったということがあります。

カースト制度が女性に及ぼす影響

 では、カースト制度の女性に対する影響はどのようなものでしょうか。カースト制度がもっとも顕著に影響を及ぼしている領域は結婚です。カースト以外の人との結婚に踏み切った場合、さまざまな困難に遭遇します。よくあるのは離婚や、夫婦の社会的孤立です。セネガル社会では結婚は2人の関係ではなく、家族同士の関係であると考えられています。結婚は夫婦の問題だという考え方はあまりされません。

 カースト女性と非カーストの男性との間に子どもができた場合、父親は子どもが自分の家族名を名乗ることを拒否します。そのため子どもは母親の家族名を名乗ります。二人の間に生まれた子どもは「足が1本しかない」という表現で蔑まれ、差別されます。このように、社会的にカーストと非カーストの結婚を認めないという考えが根強いため、カースト女性の中には一生結婚せずに終わる人も多くいます。

 カースト内では一夫多妻制の慣行が今も続いています。高い教育を受けることができない人たちはカーストの世界から逃れることができません。高い教育を受けたカースト女性たちは一夫多妻制のもとでは相手がみつからず、結婚しません。一方、高い教育を受けたカーストの男性は、カースト制度から逃れるためにセネガルの国外に出て結婚します。

 高い教育を受けていないカースト女性はさまざまな形態の搾取を受けています。中でも最もひどい扱いと思われるのは「彼女たちが尊重されていない」ということです。たとえば、カースト外の人たちの言いなりになってお金を稼がなければならないことがあります。カースト外の人たちは自分たちがカーストに属していないことを誇りに思っていて、その優位な立場を示そうとしてカースト女性をお金で言いなりに働かせようとします。

社会の変革を求めて

 今、このような状況に対して、市民性を構築し社会を変革していくということが重要な課題になってきています。このためには、カーストの人たちとカースト外の人たちとの結婚を奨励していく必要がありますが、問題は山積しています。セネガルにおいて、カースト制度との闘いは人権の最優先課題です。また、個人の解放は発展のための一大条件です。偏見や恣意的な判断あるいは厳格な教義に対抗するためには、新しい考え方をとりいれていかなくてはなりません。セネガルの社会に残る最後の古い制度がカースト制度です。「職業と世系に基づく差別」は疑いなく社会の進歩に否定的な影響を及ぼしています。職業に対する見方を肯定的なものに変えていく、自分たちの社会を変えていく、自分たちの能力を見直していく、今、そういう時期に来ているのではないでしょうか。

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