講座・講演録

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2008.07.17
講座・講演録

自治体の財政再建と人権行政

中川幾郎(帝塚山大学教授)

 2008年6月24日に開催いたしました研究所第68回総会後、記念講演として、中川幾郎先生より、今日の自治体財政再建問題と人権行政の関わりについて、ご講演いただきました。ここでは、その概要をご報告します。


1.三位一体改革後の自治体財政

 小泉内閣時代に提唱された国と地方自治体との関係における行財政改革、いわゆる三位一体改革は、極めて不徹底のままになっている。そもそも三位一体改革とは、国庫補助負担金の廃止・縮減、税財源移譲、地方交付税の一体的な見直しを指すが、税財源移譲が極めて不十分で、地方行財政に大きな穴をあけてしまっている。そのため、各自治体が行財政改革を進めても赤字が減少しないという事態に陥っていることを念頭に置かなければならない。また、今日地方自治体が負っている負債は、そもそもバブル景気の頃に、米国の内需拡大要求に呼応して、国債を発行し、リゾート開発を奨励した。これらの巨大公共事業のためにすべて公債を発行し、地方交付金の元利償還で穴埋めをすればよいと指導したのである。この点で、今日の地方行財政危機の責任は国にあるのだ。

 そうは言っても、今日累積している負債の管理はしなければならない。問題はその仕方とペースなのである。借り換えや繰り延べといった方策は、禁じ手という批判もあるが、負担の平準化という意味では妥当なやり方であることを知る必要がある。

 しかし、いわゆる「大阪維新プログラム」では、福祉、人権、文化、教育、治安の分野で事業費等を削減している。なかでも人権と文化には容赦なく切り込んでいる。そこで用いられる論理とは、「役割は終えた」や、「利用者、対象者が少ない、範囲が狭い」といったものだが、ではどのような指標で役割を終えたと評価しているのかは不明であるし、対象者が社会的少数者であれば対象者が少数であるのは当然なのである。にもかかわらず上記のような論理で削減するのは政策矛盾と言うほかない。

2.同和対策特別法期限切れ以後の状況

 報告者は、『人権年鑑』において人権行政・同和行政に関するアンケート調査を実施したが、一般対策に移行するという位置付けるという方向性が、単に人権一般に埋没させるという状況に陥っていないか、懸念される。様々な課題があるなかで、同和行政がしっかり位置付いているのかという問題である。そもそも同和行政は、法律に基づく機関委任事務ではなく、自治事務である。特別対策としての国の特別交付金という財源的な裏づけがなくなったからといって、放棄してもよいということにはならない。自治体責任が前面に出さざるを得ないのである。特別対策がなくなったのであれば、自治体主導ですべきなのである。実態調査をして、課題を発見し、政策立案。施策設計、実行、政策評価のサイクルに乗せ、解決を図る必要がある。しかしながら、今日、財政危機を理由として、倒産を避けるために切るという論理である。そのために良く用いられるのが、ニュー・パブリック・マネジメント(NPM)である。

3.行財政改革の流れの中で

 NPM論とは、サッチャー時代の行財政改革を主導した理論であるが、今日の日本では、全く似て非なるものに変貌してしまっている。NPMには4つの原則があるが、成果主義、市場原理の導入、分権化、消費者満足志向である。しかし成果については、公共的な価値の実現や社会変化をもたらした度合いなどの指標は等閑に付されている。また、市場原理主義の導入によって、単なる効率性のみが強調され、その負担が労働者に転嫁されている実態がある。地方分権についても、市民参画の視点は乏しく、依然としてトップダウン型である。さらに消費者満足志向も、単に料金負担に対する不満が意識され、大衆迎合に用いられる危険性が大きい。

 また、行財政改革は、コストダウン、パフォーマンス向上、アウトカム改革、スクラップアンドビルドの順で財政の効率化を図る必要があるが、コストダウンだけ議論をして、他の側面については議論されておらず、一連の取り組みを一気にやっている印象がある。

 さらに、市場と政府の関係についても、民間がやってくれない公共サービス(僻地山村医療など)は公設でやるべきである。民間が汗をかいているところには補助金等を出すべきであるし、民間では無理なところは完全直営ですべきである。人権行政においては、実態調査と施設管理は民営化が可能であろうが、ソーシャル・ワークの世界は完全民営化できない分野ではないのか。

4.公益性をどう担保するか

 今日、隣保館を指定管理に出すということが議論されているが、この制度には、公平性、安定性、経済性、効用の最大化というメルクマールがある。しかし特に「効用の最大化」は、「効率性」と勘違いされ、本来かかる施設が持っている社会的使命を最大限発揮するという点が見失われている。隣保館について言えば、人的資本を蓄積し、事業実施機能を備え、人的機能を通じて地域社会を変えていくという機能が半ば意図的に捨象されているといわざるを得ない。

 同和行政にかかわって、「公益性」の観点から問題があると指摘されることがある。即ち、「不特定多数の第三者利益」という基準からすると、同和地区住民という特定少数の当事者の利益に対してなぜするのかという議論である。しかしこれに対しては、流出入問題からして、一般地区住民が利益を受ける場合がありえるし、同和地区住民とみなされて部落差別を受ける場合もありえる。またそもそも人権行政を多数者の利益に従わせることは人権論の理念からしても誤っている。規約人権委員会から幾度となく世論調査によって人権基準を定めるべきではないと勧告を受けている。多数決で決めるのは現に戒めなければならないのだ。

5.参画、協働、まちづくり概念から

 それでは、どのような考え方で進めるべきか。市民の参画と協働である。計画立案から実施段階に至るまで、サービスの受け手である市民が参画し、企画を考え、実施していくということである。また、まちづくりについても、人づくり、集団作り、コミュニティづくりという三層構造で考える必要がある。そして、これを豊かにしていくことが地方公共団体の政策的な必要性なのである。特に人権行政においては、社会資本、人的資本の形成が不可欠である。そのためにも、広く市民啓発を行う必要があるし、地域性を重視していただきたい。

(文責:李嘉永)

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