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2008.10.10
講座・講演録
月刊「部落解放」 2008年7月号 600号 より

「今後の人権行政のあり方について」
大阪市の答申をどう読み、活用すべきか

柏木宏(大阪市立大学大学院教授/大阪市人権施策推進審議会委員)


 大阪市人権施策推進審議会(以下、審議会)は2007年12月、関淳一市長(当時)に、「今後の人権行政のあり方について」答申を行った。2006年12月に関市長から、「市民-人ひとりの人権が尊重される社会の実現に向け、時代に即した実効性のある施策を進めるため」、中川喜代子・奈良教育大学名誉教授を会長とする審議会が諮問を受けたことに対するものだ。

 1年に及んだ答申の作成の中心になったのは、審議会のなかに設けられた「今後の人権行政のあり方検討部会」(以下、検富会)である。検討部会は2007年9月、答申の骨子案を作成。審議会全体のフィードバックを受けたあと、答申起草委月余が設置され、答申案の作成のための審議が3回にわたり行われた。作成された答申案は、同年2月に開催された審議会で承認され、若干の修正や加筆などをへて、3月の答申にいたった。

 私は、審議会、検討部会、答申起草委月余において、それぞれ委貞として、この答申の作成にかかわった。したがって、この「又は、第三者的な解説やコメントではなく、答申を作成した側の「ひとり」として執筆するものである。「ひとり」である以上、審議会、検討部会、答申起草委貞会、いずれも代表するものではない。答申の過程や内容、意義をできるだけ客観的に説明、検討していくが、個人的な視点や解釈が入ることが避けられないことを理解したうえで、読んでいただきたい。

諮問の背景と答申への基本姿勢

 答申の内容を検討する前に、市長が審議会に再開した背景や理由、審議会が答申の作成においてとった基本的な姿勢「 スタンスについて考えておく。「今後の人権行政のあり方」という抽象的な表現に対して、審議会は、具体的な答申を行う際、諮問がなぜ行われたのか推察し、内容を決めていく必要がある。事実、答申内容を検討するにあたり、審議会は、どのようなスタンスに立って作業にのぞんでいくべきか、主体的に判断していった。

 開市長は、諮問趣旨のなかで、人権行政基本方針の策定をはじめとした大阪市における人権行政の概要を示したうえで、「社会状況の変化を背景として」「高齢者虐待、児童虐待、いじめ、ドメスティック・バイオレンスなど深刻な人権侵害が生起」していると指摘。さらに、「結婚や就職などに際して、差別意識が残っていると危倶される事件なども生じて」 いるという認識を示している。そのうえで、大阪市の「人権課題の現状やこれまでの取り組みを跨まえ、……時代に即した実効性のある施策を積極的に推進する必要」があるとし、「行政と市民が協働し、心豊かで、生きがいのあるまちづくりをめざして」「今後の人権行政のあり方」を諮問するとした。

 このように、諮問の背景や理由は、漠然としてお力、具体的な内容を求めていない。では、審議会は、諮問趣旨をどのように解釈したのだろうか。答申の「はじめに」において、中川会長は、大阪市の同和行政をめぐり市民から厳しい批判がでたとしたうえで、「大阪市が進めてきた一連の市政改革のなかで関連事業等の見直しがなされ、この見直しを契機として、時代に即した実効性のある人権行政を推進していくため」、諮問を受けたと思考すると述べている。ここから、審議会は、大阪市の同和行政への市民の批判を真摯(しんし)に受け止めなければならないというスタンスに立っていることがわかる。

 しかし、審議会は、「同和行政への批判が、人権が尊重される社会の実現という理念とそれに基づく取組みを停滞させることにつながってはなりません」として、「同和行政の功罪から学んだことを十分に踏まえ、市民からの賛同と協力が得られるよう、透明性・公平性・公正性が確保された新しい人権行政について検討」している。関市長が諮問趣旨で示した、「深刻な人権侵害が生起」するとともに、「差別意識が残っていると危倶される事件なども生じて」 いるという認識に対応したものといえよう。

 「同和行政の功罪」ということばを用いているが審議会は、同和行政のような「課題ごとの施策を推進することが重要」としつつも、新たな人権行政の枠組みを考えるうえで「問題を横断的な視点で捉える必要性、人権問題を固定化するのではなく、すべての人にかかわる問題として捉える必要性がある」と判断。このため、答申は、個別の人権課題に言及していない。

 このように、問題を横断的にとらえ、人権問題を固定化せず、すべての人にかかわる問題としてとらえることは、審議会の基本姿勢のひとつだ。従来の人権行政は、女性、障害者、外国籍住民、同和地区出身者のように、特定の被差別集団に属する人々への対応が中心であった。その必要性は依然としてあるが、この枠組みだけでは、「被差別者」と「差別者」が固定化され、人権問題が「すべての人にかかわる問題」として理解されにくくなる。このため、福祉や医療における人権、経済的な格差などのような横断的な視点から人権問題をとらえなおしていくスタンスをとったといえよう。

 最後に、審議にあたり市民・団体からの意見募集を行い、答申への反映に努めたことをあげておきたい。市民・団体への意見募集は、答申に必要な情報を集めるためだけではない。「すべての人にかかわる問題」であるならば、審議会の委月や人権団体という人権問題の専門家だけの考えではなく、すべての人の意見に耳を傾ける機会をつくるべきだ、という基本姿勢に立ったためと考える。

答申の3つの構成部分の概要と意義

 答申は、3つの構成部分から成り立っている。以下、それぞれの概要について紹介しながら、とくに意義があると考える部分について説明していきたい。

1 大阪市の人権行政はどうあるべきか

 答申において、具体的な提言を行う前に必要となる概念、答申で扱うテーマに関連する課題、そして人権行政の推進にむけた基本的な方向性について整理したのが、この部分である。概念整理の部分は、人権、人権行政、大阪市のめざすべき人権行政の3つに分けて説明。課題については、市民・団体への意見募集を参考にしてまとめられている。最後の方向性は、第2の構成部分で具体的に展開される人権行政へ取り組む手法と第3の人権行政推進のための枠組みを考えるうえでのベースを提示したものといえる。

 概念整理の部分で、人権について「いつでも、どこでも、誰でも、そして平等に保障されるべきもの」としたうえで、自分の権利の乱用によって他の人の人権が損なわれるような場合以外には制約を受けない、という認識を提示。そして、制度的にいえば、日本国憲法の基本的人権の豊や国連で採択された国際的人権基準などにもとづき、大阪市は「人権を擁護し、さらに発展させていく責務」があると主張している。

 人権行政については、「市政において日常の業務はもちろんのこと、すべての施策の企画から実施にいたる全過程を通じて、すなわち行政運営そのものを人権尊重の視点から推進していくこと」と定義。そして、人々が個人として尊重され、認め合い、受け容れ、共に生き、差別・不公正がなく、社会参加で排除されず、安心してくらせる心豊かで生きがいのあるまち。これを人権が尊重されるまちとして、共通認識にしていくことが必要だという。

 次に答申は、課題とともに、課題への対応策を市属・団体から寄せられた意見をふまえて整理している。具体的には、横断的な視点から給合行政としての人権行政への取り組み、人権尊重の視点で業務に取り組む職月の育成、施策の透明性・公平性・公正性の確保と情報公開、対立する意見への行政の主体性な対応、市民と行政の役割分担による対等な協働関係の構築、現実の問題に対応可能な人権教育・啓発、被害救済のための人権相談機能の充実、実効性のある多角的な評価・検証の仕組み、という八項目だ。

 最後に、人権行政を推進していくためにとるべき基本的な方向を五つに放り込んで提示している。人権豊を基本とした行政運営と担い手づくり、透明性・公平性・公正性の確保、人権教育・啓発及び人権相談・救済の推進、市民参画と協働の推進、評価・検証による実態に即した施策への改善と計画的な人権行政の推進である。これらは、2と3で具体的に言及されているため、ここでは日次的な記述にとどめておく。

2 今後、人権行政にどのように習組むべきか

 1で示した人権行政のあるべき姿をふまえた今後の人権行政の基本的な方向に対応する形で、大阪市が具体的に取り組むべき内容をまと等いるのが、ここである。取り組み内容については、大阪市が主体的に推進すべきものと、大阪市が市民と協働して推進すべきものに分類。さらに、取り組みにあたり、評価・検証による施策の改善をどのように行うべきか検討している。

 大阪市が主体的に推進すべきものは、人権の視点に立った行政運営、広聴・広報・情報公開、人権教育・啓発、人権相談・救済、職月等の研修の5つ。以下、それぞれでとくに重要と思われる点について紹介していこう。

 人権の視点に立った行政運営については、2点あげられる。ひとつは、総合行政の観点から縦割りでない推進体制の再構築の必要性や新たな人権課題に各局・各区が連携して対応すべきだとした点。もうひとつは、大阪市が事業主として製品の購入や業務委託などにあたり、人権や労働、環境などの社会的課題に関する関係先の姿勢や現状を考慮する仕組みの検討を求めていることがある。これは、行政運営に企業の社会的責任(CSR)的な考え方を導入する提言ということができる。答申では具体的な内容を提示していないが、個人的には、自治体の委託事業で働く労働者に生活可能な賃金の支払いを求めるリビング・ウエイジ、障害のある人が利用できない電子情報技術の購入、開発、保守管理を政府機関が行うことを禁じるリハビリテーション法508条などのアメリカの施策をイメージしている。

 広聴・広報・情報公開は、市民の声を市政に反映させたり、市民が社会参加する際に、疎外されることのないようにすべきという観点から提唱されたものだ。広聴では、市民ニーズの的確な把趣と市政への具体的な反映の必要性が指摘されている。広報については、情報が必要であるにもかかわらず情報を得ることが困難な市民への情報伝達のあり方に工夫を要請。情報公開については、単に情報を開示すればいいのではなく、市民との情報の共有化の必要性を提示している。

 人権教育・啓発については、区役所を中心とした地域に根づいた啓発や企業の人権啓発や人権研修への支援などが目を引く。人権相談・救済は、相談業務の充実・強化を求めるだけでなく、「人権侵害の被害者に時間的、経済的負担をかけないで救済を申し立てることができる機関の設置等も検討課題として調査を開始すべき」と救済に言及。さらに、職員等の研修に関しても、「業務に応じた研修プログラムの充実」を訴えるなど、一歩踏み込んだ表現が用い・られた。

 大阪市が市民と協働して推進すべきものという考えを示したのは、人権行政において市民の参加・参画、協力が不可欠という認識に立つからだ。また、諮問趣旨で常長が述べた「行政と市民が協働」して人権行政を進めるという点にも符合する。とはいぇ、協働すべき市民の活動は、十分成熟しているといいがたい。このため、答申は、大阪市と市民の協働にむけたネットワーク・交流の促進とともに、市民活動への支援の必要性を強調。具体的な支援策として、活動や交流の機会・場の提供、リーダーの養成支援などをあげた。

 最後の評価・検証による施策の改善は、時代に即した実効性のある人権行政を推進するために必要という認識に立つものだ。具体的には、まず大阪市の人権課題や施策の現状について実警把起して、分析を行う。次に、課題解決にむけた目標設定と、目標達成のための手法の決定、実施。そして、実施した内容を評価・検証し、効果を測定、その結果にもとづき施策の改善を図るというサイクルをとる。評価・検証においては、人権が尊重されている程度を市民が実感できる数値把膣可能な「人権が尊重されるまち指標」の作成も提唱されている。

 こうした評価・検証システムの形成という答申の指摘は、人権行政における成果主義の導入とみなす人もいるかもしれない。しかし、それは、誤解である。答申に対する審議会の基本姿勢で示した、市民から賛同と協力が得られるよう、透明性・公平性・公正性を確保した人権行政を進めるべきだという観点に立つものと考えるべきだろう。

3 人権行政を推進するための枠組み

 答申の最後の人権行政を推進するための枠組みは、推進体制、実現に向けたスケジュール、関係機関等との連携・働きかけと叶う3点からなる。2で説明した人権行政への取り親みを具体化していくために必要な内容を示したものだ。

 推進体制は、縦割りの弊害を克服し、横断的な視点から人権問題の解決にむけ、企画・立案・計画を行い、実施した内容を評価・検証したあと、状況に応じて施策の改善要請などができる組織体制にする必要があると指摘。そのためには、市の機構改革も視野に入れるべきだとしている。また、時代の変化に即応するプロジェクトチームの設置や審議会のあり方についての再検討、外部の第三者による人権施策の調査や改善提言を実施する体制も検討課題にあげている。

 実現にむけた推進体制をつくるだけでは、道半ばといえる。実施スケジュールが示される必要があるということだ。この点、答申は、2008年中に「人権行政推進計画(仮称)」を策定するよう提言。そして、計画において、年度ごとに実施する内容を決め、その結果を評価・検証し、さらに年次ごとの進捗(しんちょく)状況を市民に情報公開すべきという。

 最後の関係機関等との連携・働きかけについては、国や府、関係機関、団体、大学、研究機開、企業、事業者と協力関係を築くことの必要性を指摘。また、国の枠組みが人権尊重の視点から実態にそぐわない場合は、国に改善を働きかけるべきだとしている。これは、国の施策などにより大阪市で生じている人権課題に対応できない状況が少なくないことを問題視し、その改善を図るためのイニシアチブを市に求めたものである。

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 審議会は、答申の「おわりに」 のなかで、「大阪市が、本答申を其塾に受け止め、展望をもった『推進計画』を策定し、取組みを具体化し、着実に人権行政を推進することを強く要請」している。開市長から平松邦夫市長に代わった大阪市は、2008年4月、人権行政推進本部会議・幹事会を開催、答申で求められた2008年中における推進計画の策定にむけた動きを進めている。この動きをより確実なものとするとともに、推進計画の内容を充実させていくためには、人権問題にかかわる人々をはじめとした市民が積極的に計画の策定に参加、参画していく必要がある。この大阪市と市民の協働により、「時代に即した実効性のある人権行政」 の第一歩がつくられていくことを期待したい。

*「」は、原則として答申からの引用を意味する。答申全体は大阪市のホームページに掲載されている。http://www.city.osaka.jp/shimin/jinken/04/suishin/071210.html

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