Q:スリランカの差別、特にカースト制度の実状を教えてください。
ニマルカ:私はシンハラ人のキリスト教徒です。スリランカにおいて民族的には多数派に属していますが、宗教的にはマイノリティに属しています。同じく宗教的マイノリティであるヒンドゥー教徒もたくさんいます。ヒンドゥー教徒が多数を占めているのがタミル社会で、そこではカーストに基づく差別が存在しています。現在、戦争状況に置かれているので大きな問題にはなっていませんが、社会的な付き合いや結婚に際して、カースト差別が存在します。しかし、封建的なカースト慣行が存在するタミル社会の一部以外では、教育が功を奏したせいか、不可触制は行われていません。また、紅茶農園ではインドから来たタミルの人々がたくさん働いていて、その人たちの多くはインドのダリットコミュニティに属していた人たちといわれています。そのため、農園で働くタミルの人々の生活は貧しく、様々な形で社会的な力を奪われています。この点を変えていくことが今後重要となるでしょう。
Qスリランカにおける平和に向けた取り組みを教えてください。
ニマルカ:これまで15年以上、民族の壁を越えて女性たちが「戦争が解決ではない」と訴えてきました。政府とLTTEはずっと武力を解決策として選んできたわけですが、それによって最も大きな負担を強いられてきたのが女性です。夫や子どもを戦争に奪われ、避難民となった女性こそが、戦争が解決にならないということを誰よりも強く実感しています。そこで、女性たちは連帯して、国連に対して戦争の連鎖を止めるように行動を起こしました。しかし、砲撃が続き、民族間の対立が深まると、異なる民族の女性たちは離れた所に追いやられてしまい、お互いを疑うようになり、連帯が壊されてきています。
人権活動家として、平和を訴える者として、女性として、一人の人間として、皆さんにお伝えしたいのは、問題を解決するのは戦争ではなく、公正で、平等で、公平な環境を作ることだということです。テロリストとして捕まえて殺してしまうことは簡単です。しかしそれは殺戮の連鎖を生むだけで、集団が心に培ってきた憎悪を決してなくすことはできません。タミル人を殺しても、その心は殺せないのです。平和と人権の尊重だけが事態を解決すると私は確信しています。
Q:IMADRは政府とLTTEのどちらを支持しますか。
武者小路:IMADRはマイノリティの権利保障を大切に考えていますが、その立場から、スリランカにおいては、紛争に巻き込まれ国内難民になっているマイノリティとくに女性などの不安全を少しでもへらすことと、政府とLTTEとが軍事解決を断念して、和解のための交渉・対話の準備をすることが何よりも重要だと考えています。そこで紛争解決に向けて、次の二点を指摘します。
一つは、現在のスリランカには民族間の相互信頼がないという最大の問題です。それゆえに、一緒に生活できない状況になっています。この不信感の原因は、脅威を力で抑え込むと相手側もその力を脅威と受けとめ、脅威が脅威を生み出す悪循環から生じています。平和学で指摘されている通り、人間の安全保障を実現するためには、それぞれの立場の人びとの間に「共通の安全保障」(コモン・セキュリティ)を実現する必要があります。シンハラ人の安全を確保するためには、タミル人の安全も確保されなければなりません。またその逆も保証されなければならないのです。そのような状況を実現するためには、戦争状態にあっても、その中で人権という基準を明確にしていく事が必要です。そしてそれを実現しようとしている市民の活動を、私たちが外からどう手伝っていくのかということがこれから重要となるでしょう。
もう一つ重要な点として世界の紛争を比較研究すると、紛争というものには大きな波があることが明らかになってきています。つまり、紛争というものは上り坂でどんどん度合いを増していきますが、ある程度上り詰めてどうしようもなく行き詰ってしまい、熱は一旦下がっていくのです。この勢いが下がりつつあるとき、谷に下りたとうとしている状態にあるときに停戦を呼びかけ、仲裁する地点にたどり着けば、紛争は終結に向かうのです。残念ながら、現在は停戦してしばらく谷に落ち着きそうになっていたのに、その地点を過ぎて紛争がまた上り坂にある状態にあります。この状態では相互信頼を作る事はとても難しくなってしまっています。
従って、その紛争がどういう段階にあるかを慎重に見極め、どのような対策を取るかを考える必要があります。具体的には経済制裁などが挙げられますが、これはただの処罰でしかなく、相互信頼の構築には寄与しません。制裁よりも、むしろ経済協力の中身をどうするか、どうみんなに平等に届くかといったことが重要ではないでしょうか。つまり経済協力が軍事的にではなく、市民の生活に直接役立つものであるかどうか、届け先が本来届けられるべき所にちゃんと届いているかどうかの検証が必要なのです。
現在のスリランカにEUのような主権国家体系で問題を解決することは不可能です。しかし将来的には連邦的に、すべての民族のアイデンティティを尊重する仕組みを構想していくことも重要になってくるでしょう。確かに今すぐには無理かもしれませんが、今の段階からそういった議論を政府、企業、市民の間で進めることは可能でしょう。このように、私たちにできることはいくらでもあるのです。
Q:日本のODAは日本企業の利益に結びつくなど、問題があるのではないですか。
中村:ODAのコンサルタント業務ではだいたい日本の大手会社がそろっています。建設では鹿島、熊谷組、三井建設等、海外での建設に携わっている土木建設会社は名前を連ねています。確かにそれらが事業に参加すれば日本の利益になります。しかしそれだけが目的で援助が行われているかといえば、そうでもないでしょう。
どの分野でも継続的に人が交流できていないという問題があります。スリランカには先の建設会社やNGO、領事館、あるいは青年海外協力隊員を通じて、いろいろな人が入ってきていますが、その多くが2、3年で交替してしまうために、どうしても継続的な交流が難しくなっています。津波のときには多くの人がスリランカを訪れましたが、これもまた2、3年で引き上げてしまいます。パルシックという私たちの団体も、現在はスリランカに事務所を置いていますが、いつまで維持できるかはわかりません。それくらい日本のNGOは弱小でお金がないのです。責任者である私がこんなことは言いたくないのですが、本当に現在の資金状況では活動を続けることは難しいと言わざるをえません。
Q軍事政権に資金援助するのは問題があるのではないか。
中村:スリランカ政府は、軍事政権だといえません。国会議員は選挙で選ばれています。直接選挙で選ばれたラージャパクサ大統領も、元は人権活動家でした。ただ現政権が軍に多くの面で依存しているために今日のような結果を招いているのです。
Q私たちは何をする事ができるでしょうか。
中村:繰り返しになりますが私はやはり人の長期的な交流が必要だと思っています。その点で特に活用したいのが、タミル人社会に定着している生活協同組合運動です。現在は戦争に利用されてしまっていますが、組織的にも十分確立されています。日本の生協の人々が先の象2頭の話にだけ熱中してしまったことが残念ですが、生協運動を活用して、市民レベルでの交流を行っていければ良いと思っています。ほかにもスリランカで初めて、女性で大学の学長になった人に対して、福岡市が学術文化賞を贈りましたし、大阪の堺市が国際貢献賞をスリランカのジハン・ペレーラ氏に贈ることになりました。このような自治体も含めた市民レベルでの交流が、今後も継続的に行われることが何よりも大事なことではないでしょうか。
スリランカでは今日、多くの人が苦しい生活を強いられています。それはスリランカ国内にとどまらず、女性を中心に多くの人が海外に出稼ぎに行き、酷い仕打ちに合っています。
日本の入管当局に難民申請するタミル人は最近格段に増えているそうです。しかし日本政府は、スリランカ人に対する難民認定をたった一人として行っていないことを、最後にご報告いたします。
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