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2009.02.19
講座・講演録
部落解放・人権入門2008(部落解放 増刊号 2008・592号)
第38回部落解放・人権夏期講座 より

課題別講演 部落問題入門1-2

インターネット上の部落差別事件
2 尼崎インターネット差別事件

細見義博(部落解放同盟兵庫県連合会)


 兵庫県の尼崎から来ました細見といいます。これからみなさまに「尼崎インターネット差別事件」について報告をしていきます。

 まず、事件の経過です。

2003年

 今から4年前の2003年3月3日に「もうすぐあなたを特集したホームページを立ち上げます。レイプとか脅しとか解放同盟の幹部としての発言とか盛りだくさんです。全世界に発信しますので感想とか教えてね」という予告メールが、今回の被害者である尼崎市役所職員で支部の役員であった男性Aさんに送られて来ました。

 2回目のメールは、3月23日の日曜日に、尼崎市役所職員72人のパソコンに来ました。「私たちは尼崎市役所の不良職員を監視するNPOです。この度、○○課係長の○○を第1弾として取り上げました(○○は実名)。ホームページは次の通りです。ご意見をお待ちしております」というもので、ホームページのアドレスが貼り付けてありました。このホームページアドレスから、アメリカのプロバイダを通しているということがわかりました。

 問題の差別ホームページは、「尼崎市役所の職員を監視するNPO Lemon Club」という名前になっていました。そこで、1人の女性が男性の上司Aさんからセクシュアル・ハラスメントを受けたとの虚偽のストーリーが流されました。その男性が部落出身ということでさらなる「脅威」を匂わせています。被害者女性は架空の存在であるにもかかわらず実在のごとく扱われ、結果として残るのは生身の「加害者」男性という仕組みです。ありもしない内容をでっち上げ、部落差別をたくみに利用した、卑劣きわまりない誹辞中傷です。そこにはAさんの職場のメールアドレスが貼り付けてあります。

 今度は3月26日、「2ちゃんねる」にこのホームページアドレスが貼り付けられました。その結果、匿名メールがAさんの元にたくさん届きました。

 私たち、当該支部、尼崎市連協、兵庫県連に、これらの内容を報告しまして、尼崎市に対して、この事件を今後どうしていくのかを詰めていきました。私たちは問題のホームページとか「2ちゃんねる」に対して削除請求をしましたが、NPOの活動である点やセクハラの告発という内容が壁になり、そのまま放置されました。そこで兵庫県連の顧問弁護士に相談して、6月23日に名誉毀損として警察に届け出ました。

2004年

 そして、次の年の2004年2月15日、警察は被疑者を見い出し、家宅捜索を行いました。その結果パソコンが押収されました。実は、警察のこの経過は、捜査の機密ということで、こちらにはずっと、情報が入りませんでした。以降、警察は全5回の聴取をしているのですが、私たちには、2004年6月12日にホームページが閲覧できなくなり、ホームページが白紙状態になったことしか、わかりませんでした。

 つまり、問題のホームページは2003年3月23日から2004年6月までの約1年3カ月間、全世界に発信されていたということです。

2005年

 そして2005年12月になって、被疑者が特定されました。

 被疑者特定のきっかけは、今回の被害者Aさんに届いた匿名のメールでした。メールの内容には、「近所や家族にこのことをばら撒(ま)くぞ」などAさんを脅すもつ1つの、椰撤(やゆ)するもの、市役所を挑発するようなものもありました。これらのメールは、おそらく匿名プロキシサーバーというものが使われていて、外国のプロバイダをいくつも経由しながら来ていました。その発信元を調べますが、完全に暗号化されていて、まったくわからない状況でした。しかし、このメールの中に、1通だけ、日本のプロバイダを経由したものが届いたのです。そうすると、日本の「プロバイダ責任制限法」が適用できますので、私たちはこの証拠を警察に持っていきました。そのことによって被疑者のパソコンのIPアドレスがわかります。IPアドレスいうのは、パソコンの固有の名前で、世界に1つしかありません。こうして、警察はメールの発信者を特定でき、被疑者のパソコンにたどり着いたということです。

 検察庁は被疑者を2006年2月に名誉毀損として起訴します。第1回の公判で被告人は全面否認をしました。押収されたパソコンの中には全データが入っていたので、彼はそれは認めざるを得なかったわけです。ところが、彼は裁判で、自分のパソコンにクラッカーが侵入してコントロールされたものであるので、自分は被害者だ、実行者ではないと主張したのです。6回の公判で彼の詭弁(きべん)は認められず、地方裁判所の有罪判決が出ました。これは刑法230条の名誉毀損罪で30万円の罰金でした。彼はこれを不服として高等裁判所に控訴しましたが棄却され、さらに上告するも今年(2007年)7月17日、最高裁判所は上告棄却し、この刑が確定しました。

今後の対応

 今後の対応についてお話しします。

 実行者がわかりましたので、差別糾弾ということになるのですが、彼は特定の団体からの要請は受けないという形で拒否しています。ただ、やはり、私たちは彼の差別心を何とかして解きほぐしたいと思っています。実際、これまでの裁判では差別のことはまったく争われませんでした。彼は自分ではなく他から侵入されてコントロールされたということしか主張していません。そのため、そのホームページがどうして差別にあたるのか、彼がどういう思いでやったのかということはまったく触れずに裁判は進んでしまいました。今、民事裁判にいこうとしています。そこでは彼となんとか対面しながら、話を詰めていきたいと思っています。

 被害者の救済ですが、ホームページにあらぬことをいろいろ書かれていますから、名誉の回復をしていくことが大事だと思っています。そして、市の人権施策も追及していかなければなりません。実行者は市の管理職ですし、また最近、市の職員を対象に市役所の人権室がアンケート調査を実施しましたが、若い人たちは同和問題に関してまったく知識がなかったということがわかりました。

 さらに、インターネットについての人権学習もさらに進めていかなければいけませんし、アメリカのプロバイダを通すなどのこういった手法を、ちゃんとしっかり解明をしなければなりません。どんな組織であれ個人であれ、この海外プロバイダを使った手法でターゲットにされ狙い撃ちされると、問題となるホームページなど、削除することができないのですよ。そして、ホットライン、常に「官」と「民間」が協力して、差別の監視をする必要があるだろうと思います。

 それから、法制度です。今回の裁判で争われたことは、名誉毀損です。問題は、名誉毀損の裁判というのは一対一だけの関係性ということであり、それに対し差別というのはやはり構造的なものです。そのため、差別構造をなくすためには差別禁止法というのが必要だと思っています。

 続いて最後に、国際的な人権擁護システムの確立の必要性です。この問題のホームページはアメリカのプロバイダを通していました。アメリカは表現の自由を重視しますので、アメリカでは、差別表現が書かれたら、逆に反論のホームページを出せと言われます。ヨーロッパでは、ナチズムの経験がありますから、こういった差別の表現は禁止されています。そういったことも踏まえて、国際的なかたちで、人権擁護システムを考えていかなければいけないだろうと思います。