働く女性の一人として
私は1970年から教師として働いてきました。当時は教員ですら出産退職する人が多く、女性が出産後も働き続けるというのはほとんど皆無でした。しかし私の中には「辞める」という選択肢はありませんでした。当時は保育所の数も今より少なく、保育時間も9時から5時と短くて、預けられたとしても、仕事を続けることは不可能でした。そこで産休の間に子どもを預かってくれる人を必死で探して、どうにか仕事を続けることができました。
私が仕事を辞めなかったのは、経済的な理由で進学できなかった母親の影響があったと思います。幼い頃から母親に『金や物は使えばなくなるが、学問や技術は一度身につければ一生無くならないのだから、それを身に付けて自立するように』と言われてきました。それがあったからあの厳しい状況でも仕事を続けることができたと思います。
性別分業意識と女性差別撤廃条約
私が仕事を始めた当時、既に世界人権宣言は存在していましたが、当時の「人」は「MEN」だけで「WOMEN」はなかったのではないでしょうか。国際的に女性の権利が登場したのは1975年の国際婦人年からで、更にそれを具体化したのは1979年の女性差別撤廃条約からだと思います。
当然それ以前も様々な運動はありましたが、女性の権利を確立するには程遠いものでした。1970年当時、民間企業の雇用契約では女性の定年は「結婚時または35歳」というのがほとんどの状況でした。また世の中には女性の適齢期をクリスマスケーキに例える風潮さえありました。24歳までは飛ぶように売れるけれど、25歳になると半額で叩き売られ、26歳を過ぎれば見向きもされないということです。そして30歳を過ぎても結婚せずに仕事を続ける女性は、オールドミス等と言われて蔑視されてきたのです。
このような状況を支えてきたのは社会に根強く存在していた「男は外で働いて、女は家で家事や育児を行うべき」という性別役割分業意識でした。労働者の権利を求める労組のスローガンでさえ『妻子を養える賃金を!』と掲げていたことからも、この意識が社会にいかに根付いていたのか想像できます。
このような女性の労働に対する日本社会の捉え方を真っ向から否定し、労働を女性の権利として初めて唱えたのが女性差別撤廃条約でした。それまでの日本社会には存在しない新しい考え方で、初めてこの条文を読んだ時、鳥肌がたつほど感激したことを今でも覚えています。その後、日本政府の条約批准と国内法の整備を求める様々な運動が行われ、その結果1985年に条約は批准され、更に男女雇用機会均等法が制定されたのです。均等法は1997年と2006年に改正され、今日の日本社会では働く女性に対する差別規定はすべて撤廃されたことになっています。ではその実態はどうなっているのでしょうか。
働く女性の実態 1 結婚・出産をめぐって
まず雇用者数の推移について、全雇用者数のうち女性の占める割合は1965年が31.4%であるのに対して、2002年では40.5%です。今日も大体この程度の割合だと思われます。そして女性の働き方、つまり労働力率ですが、依然として日本社会ではM字型カーブを形成しています。グラフから分かる通り、女性が結婚して出産を迎える25歳辺りから労働力は極端に下がり、子育てが落ち着く35歳辺りから再び率が上がり、男性同様55歳辺りから再び下がって折れ線グラフはアルファベットのM字型になっています。以前と比べて近年はカーブが浅くなり、谷の年齢も右に移動していますが、男性の労働力率が台形であるのに対して、女性は今でも明らかにM字型です。しかしドイツやフランスでは女性も男性同様ほぼ台形のグラフです。条件さえ整えば働きたいと思っていることを示す、潜在的な労働力率は日本女性も台形となっており、実態とは大きくずれていることが判ります。
ちなみにこのM字型を形成するのはいわゆる先進国では日本と韓国くらいです。
次に第一子出産後の継続就業率については、1985年から現在に至っても約25%とほぼ変わってはいませんが、出産を機に退職する人の率は1985-1989年が35.7%にあるのに対して、2000-2004年は41.3%と高まっています。育児休暇が制度的に認められるようになってきているにもかかわらず、退職率が上がっている背景には、育休制度があっても使った前例がない、身内から退職を勧められる、残業で正社員として働くことが困難である等の理由があると思います。
働く女性の実態 2 男女の賃金格差
女性の労働を考える上でもう一つ大きな問題は、男女間の賃金格差です。1980年が男性の賃金を100とした時、女性の賃金は58.9%であったのに対して、2002年では66.5%と縮まってはいますが依然として男女間の賃金格差は大きく、連合の調査でも民間企業では男性の方が2万円以上高いという結果が出ています。これに対して欧米では大体80%前後で、日本の格差は先進国の中でも飛び抜けて高いのです。
その原因を経営者、男性労働者、女性労働者の3者の意識調査から分析すると、3者とも1番の理由に挙げているのが管理職の女性が少ないことです。男女別の管理職比率を見てみると、男性の場合勤続年数が20から24年で18.4%が課長、5.7%が部長になっているのに対して、女性は課長が2.1%で、部長に至っては0.4%に留まっています。平均勤続年数が男性16年であるのに対して、女性が7年であるという違いや、男性に比べて女性への諸手当の支給が少ないことも大きな理由として指摘されています。結婚すれば多くの場合男性が世帯主となり、妻や子の扶養手当が支給されます。手当自体による所得格差も生じますし、手当は給与所得に含まれるので、そこから査定されるボーナスの額も大きく変わります。更に同様に給与を基に算出される厚生年金の受給金額も変わってしまいます。
あまり知られてはいませんが、男女の賃金格差は命の値段にも格差をもたらしています。子どもが事故等によって死亡した場合、その子が生きていた場合に想定される収入から想定される支払い金額を引いた逸失利益が保険会社から支払われますが、それを査定するのも男女格差が含まれた平均給与なのです。不幸にして子どもを亡くした場合、男の子と女の子では支払われる金額が違っています。裁判の判決でこの格差が女性差別であると初めて認められてからまだ10年も経っていません。
働く女性の実態 3 雇用形態
男女間の賃金格差を生み出しているもう一つの大きな理由に、再就職後の雇用形態として多くの女性がパートやアルバイト・派遣を選んでいることが挙げられます。子育てや介護と言った理由から、自宅近くで短時間だけ働けるパートという雇用形態を選ばざるを得ないのは十分理解できますし、決してパートやアルバイトという働き方が悪いのではありません。問題なのはパート・アルバイトの賃金が余りにも低いということです。グラフを見てもらえれば分かる通り、男性一般労働者の賃金を100とした場合、女性パートタイム労働者の賃金は2006年で46.8%しかありません。同様に昨今増えてきている男性パートタイム労働者の賃金も、一般労働者の賃金と比較すると大きな格差が存在しています。これに対してEUではパートタイム労働というものを単に時間の短い雇用形態と捉えており、仕事の内容や時間給については他の労働者と同等であることが制度的に定められています。
労働組合の非正規雇用問題に対する取り組み
パートタイム労働者の賃金格差の問題は男女間だけではなく、労働者全体の問題として捉えるべき問題です。それに向けて今年4月にパートタイム労働法が改正されましたが、実際に法の効果を期待するのは難しいでしょう。連合では非正規雇用の人々に対する取り組みとして、同一価値労働・同一賃金の原則の実現を目指した様々な検討会等を立ち上げているところです。しかしパートタイム労働者の中には夫の扶養家族から外れることを嫌がって、いわゆる103万円の壁から賃金が上がることを拒否する人もいます。確かに税金や年金のことを考えれば、短期的には僅かに時給が上がったとしても現状では収入が下がってしまいます。しかしながら生涯年収の視点で見れば決してそうではないことを理解してもらうための学習会や、税制や社会保障制度そのもののあり方の見直しを提案できるような学習会も行っていきたいと考えています。これらの取り組みはまだまだ「これから」の段階であって、まずパートタイム労働者に組合に入ってもらう取り組みを強化していかなければなりません。
またこの問題と直結する大きな要因として、連合では最低賃金引き上げの取り組みを行っています。現在、大阪では最低賃金は748円で、去年・今年と2年続いて従来にはない大幅な引き上げに成功しています。それでも748円という低い金額であることは問題ではありますが、2年連続して最低賃金が上がった背景にはやはりワーキングプアの問題が大きく影響していると思います。バブル経済崩壊後に学校を卒業した人々が就職難を迎え、多くの人々が非正規雇用の労働者となりました。景気がある程度回復しても企業側は新卒者を採用していったため、現在女性と20-30代前半の男性の非正規雇用者率が非常に高くなっています。この人達がそのまま60歳を過ぎると、将来政府が生活保護に支出する額が驚異的になるという予測も出されています。昨今の急激な景気悪化もあり、この問題はより深刻になっています。従って今後は最低賃金の引き上げのみならず、正規雇用を増やし、所得の向上・安定を求めていく必要性を感じています。
働く男性の実態
男性の労働実態も検討してみましょう。ある調査によればフルタイムで働く30・40代の男性の5人に1人が週60時間以上働いており、その割合は特に大都市圏で高くなっています。また未就学児のいる父親の14%が平日23時以降に帰宅しており、南関東ではその割合は20%を超えています。このような長時間労働はILO条約に違反しています。過労に起因する脳血管疾患及び虚血性心疾患(過労死)による労災補償の支給決定件数は毎年300件以上になっており、自殺件数も毎年3万人を超えて、その数は交通事故での死者数の4-5倍になっています。
一方男性の家事・育児・介護等に関わる時間は妻の就業状態に関わらず1日30分程度となっており、家事や育児の負担が女性に重くのしかかっていることが判ります。因みに男性が行う家事のベスト3(風呂掃除・ゴミ出し・布団の上げ下ろし)は、小学校3年生のお手伝いベスト3と全く同じです。
働く権利と地域参加の権利
働きすぎの男性が定年を迎えると、それまでの仕事しかしてこなかった(できなかった)ことで何もしない(できない)という問題が生じています。その結果、妻しか頼る人がいない夫の存在を負担に感じる、夫在(宅)症候群の女性が増えているとも言われています。定年・熟年離婚も増加しています。女性の労働権が奪われてきたように、男性も人として豊かに暮らすための家事や地域社会に参加する権利を奪われてきたのではないのではないでしょうか。
皆さんもご承知の通り、日本社会は超高齢化社会を迎え、現在のままでは社会保障制度だってもたなくなってしまいます。それを回避するためには女性も社会の担い手になり、税や年金など社会保障そのものを担っていかなければならない時代です。その際、女性だけに仕事も家庭も、との更なる負担をかけるのではなく、男女が共にぺイド&アンぺイドワークを担うことによって、双方が豊かに暮らせる社会を築いていくことが必要です。
規制緩和や市場万能主義に頼るのではなく、欧州の少子化問題への対応に学ぶと同時に、未批准のILO条約を早期に批准して、労働や社会のあり方そのものを見直さなければいけません。そうすることによって男女問わず誰もが多様な働き方を自由に選択できる社会を建設し、女性の働く権利や男性の地域に参加する権利を確立していきましょう。
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