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2009.02.24
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裁判員制度と人権

上野 勝(弁護士、大阪弁護士会会長)


裁判員制度開始への道のり

上野 勝(弁護士、大阪弁護士会会長) 今年の5月から裁判員制度が始まります。裁判員制度とは、裁判員候補者名簿から選ばれた市民が裁判員として殺人などの重大事件の刑事裁判に参加し,被告人が有罪か無罪か,有罪の場合どのような刑にするかを裁判官と共に評決する制度です。

 政府が司法制度改革審議会を設置して、司法制度の改革に本腰を入れて取り組み始めた時、刑事裁判をいかに改革していくかが大きな問題になりました。当時、裁判所と検察庁は従来の職業裁判官による裁判の維持を主張しており、それに対して私たち弁護士会は陪審員制度の実現を求めていました。

 アメリカなどで行われている陪審員裁判では、有罪か無罪かの犯罪事実の認定を市民から選ばれた陪審員が行います。私たちは司法改革の流れの中で何とかこの陪審員制度を実現しようと努力したのですが、残念ながら実現は出来ず、中間的形態として裁判員制度が作られることになりました。

 私たちがそのような制度改革を目指した背景には「調書裁判」「人質司法」「代用監獄」といった冤罪を生む現在の刑事司法システムへの批判があります。

冤罪を生むシステム- 1 調書裁判

 調書に基づいて行われる裁判のことを私たちの業界用語で「調書裁判」と呼んでいます。警察が被疑者を逮捕すると、最長23日間の逮捕・勾留の間に取調べが行われます。そこで書き上げられるのが「調書」です。この調書が被疑者の意見や体験をそのまま文章化したものであれば問題はないのですが、実際にはあくまでも取調官が作る文書です。被疑者とのやりとりをもとに警察や検察が密室で作るストーリーは、被疑者本人の体験と異なる場合が多くあります。

 調書の内容に対して被疑者が異議を唱えても、取調官に『君は法廷で自分の意見を主張すればよい』と説得されて、署名指印する被疑者もいます。しかし実際に裁判が始まると、調書の内容が優先されて、被告人がいくら自分の体験を主張しても嘘つき扱いされてしまいます。

 現在の日本の刑事司法では、法廷に裁判官、検察、弁護人が集まって審理する形が取られていても、実際には法廷は捜査官が作った被疑者や事件関係者の調書に証拠能力を与える場に過ぎないのです。すべてが密室で作られたシナリオ通りに進められています。だから、調書裁判と呼ぶのです。

 先述のアメリカの陪審員裁判では調書などの書面審理ではなく、些細なことも証人を呼んで法廷で事実を明らかにしています。

 私たちはこのような調書に基づく裁判を是正することを求めています。

冤罪を生むシステム- 2 人質司法

 調書は被疑者が起訴された後、裁判所に証拠として提出されます。被告人がその調書に書かれた内容が事実と異なると主張した場合、証人等を呼んで法廷で事実が争われることになります、しかし、現在の制度では、被告人はその間、なかなか保釈されません。被告人が自由になって、証人等に何らかの働きかけをすることを防ぐという理由で、調書を証拠とすることに同意しなければ保釈が認められないことになっています。無罪推定を受ける被告人が有罪立証のための人質にされてしまっている、この状態を「人質司法」と呼んでいます。

 このために裁判で争えば無罪を勝ち取れる可能性があっても、調書を証拠とすることに同意して保釈を求めるケースが多いのです。特に執行猶予になることが明確な場合は、無罪を求めるより保釈を優先するケースが多く、結局検察が作った「ストーリー」が「事実」となってしまうのです。

冤罪を生むシステム- 3 代用監獄

 刑事司法でもう一つ重要な問題として「代用監獄」の問題があります。日本では警察署の留置場に、被疑者を最大23日間拘束して取り調べができます。これも多くの冤罪を生み出す原因となっています。

 アメリカでは警察が被疑者の身体を拘束できるのは最大で2日間です。それでも、DNA鑑定や真犯人が判った等で明らかとなった誤判125件のほとんどで虚偽の自白が行われたとノースウエスタン大学のドリズィン教授は報告しています。日本の長期に及ぶ代用監獄での身体拘束がいかに問題かは明らかでしょう。

裁判員制度における評決の問題

 裁判員裁判では市民の良識が評決に反映されるよう、皆さんには積極的に参加していただきたいと思います。

 裁判員制度の下では、裁判官3人と一般市民から選ばれた裁判員6人が評決を行います。その際、単純に9人の過半数で決するのではなく、構成裁判官及び裁判員の双方を含む過半数でなければなりません。つまり裁判員5人が無罪とした場合、そこに最低でも裁判官の1人が入ってなければ有効にならないのではないか、との問題点がありますが、この点につき最高裁事務総局は有罪の評決が成立しない場合には無罪となる、との見解を示しています。

裁判員制度に必要な公判前整理手続

 様々な社会的役割を担っている市民の皆さんに裁判員としての責務を履行して頂くためには、連日的開廷が必要になってきます。そのためには裁判での争点や取り調べする証拠を事前に整理する公判前整理手続が必要になります。これは裁判官、検察、弁護人で事件の争点と証拠を予め整理し、審理の計画を立てることです。しかし、裁判を早く終わらせたい裁判官と被告人を有罪にしたい検察官、被告人を無罪にしたい弁護人という、思惑の違う者が主張・証拠を整理することは非常に難しいことです。特に弁護人にとっては大変な負担です。

 弁護活動は被告人に会いに行くことからスタートし、関係者の連絡先さえも弁護人が一人ずつ調べていかなければならない場面や、裁判を通じて被告人を理解していくケースも多々あります。このような被告人と弁護人の関係を理解しない裁判官は、公判前整理手続を早くするようにせかしてきます。ところが、何の調査権限も持たない弁護人にとって、起訴後数ヶ月で事件内容を把握して手続に入るのは大変なことです。

 検察側が持っている証拠すべてを開示してくれるのならこの問題は解決するでしょう。しかし検察は、請求された証拠から自分たちに有利な証拠だけをチョイスして、開示します。弁護側は、検察側が持っている証拠を推測して、証拠開示請求します。弁護人は検察庁に出向いて自費で開示された証拠のコピーを取り、それを被告人に見せて事実関係を確認する、という時間のかかる手法を取らざるを得ないのです。

冤罪による事件/甲山事件の経過

 私が長年携わってきた甲山事件を通して、冤罪の問題を共有したいと思います。

甲山事件 えん罪のつくられ方 1974年3月17日に兵庫県西宮市の知的障害者施設「甲山学園」で12歳の女児が行方不明となり、同月19日には12歳の男児が行方不明となって、学園の浄化槽から2人の溺死体が発見されました。遺体が発見された浄化槽の蓋は園児の力では開閉できないと警察は判断、外部侵入の形跡がなかったことから、内部説として犯人が絞られ最終的にはアリバイがないという理由で当時22歳だった同園の保育士、山田悦子さんが12歳男児殺害の容疑で逮捕されました。しかし3週間後、検察は処分保留で彼女を釈放します。山田さんは逮捕が違法な人権侵害であるとして国家賠償請求訴訟を起こしましたが、1978年2月、男児殺害の容疑で再逮捕されました。

 起訴時の検察側の描いたシナリオは、彼女が勤務していた17日の夜に、同園の園児によって被害女児が浄化槽に落とされたのを彼女が目撃し、自分の責任が追及されることを恐れて、当直外の19日に同様の事件を起こした、という奇想奇天烈なものでした。最初に山田さんが逮捕された時のシナリオはこのようなものではなかったのですが、事件発生3年後に16歳の園児が被害女児を17日に浄化槽に落としたと警察に告白し、それとの辻褄を合わせるためにこのような内容になってしまったのでしょう。

 その後1985年に1審の神戸地裁は無罪判決を出しますが、検察はこれを不服として控訴。これに対し1990年、大阪高裁は無罪判決を破棄して地裁への差戻し判決を出しました。山田さん側は最高裁へ上告しますが、1992年に上告棄却され地裁への破棄差戻しが確定したのです。

 無罪判決について破棄差戻判決が確定した場合、差戻審では有罪となるのが一般的ですが、1998年に神戸地裁は再び無罪判決を出しました。検察は再び控訴しましたが、1999年に大阪高裁は地裁の無罪判決を支持し、検察側の控訴を棄却します。その後、検察は上告を断念し、1999年に山田さんの無実が確定したのです。不当逮捕から無罪が確定するまで25年の歳月かかかりました。

長期に及ぶ冤罪事件が生じた背景

 そもそも山田さんが犯人であるという検察側の根拠は、山田さんだけにアリバイがないというものでしたが、実際には彼女の行動には詳細な裏付けがあり、他方アリバイのない人が何十人もいました。1985年1審の神戸地裁が、推定無罪の原則を理解し、検察の要求する膨大な数の証人申請を却下したことで、7年で無罪判決を得ることができました。しかしその後、控訴審が原審の審理不尽を不当にも認定し、差戻審では検察側が同様の証人尋問を申請し、それをすべて調べたために、こんなにも長期間の裁判になってしまいました。

 20年も経過した後、証人に対して事件当日のアリバイを聞いたとしても覚えていないのが当然です。結局、事件直後の調書を読み返すだけの愚かな作業だったと言わざるを得ません。裁判員裁判の場合は公判前整理手続で整理されるべきものです。

 また私たちは17日の事件を起こした園児が19日の事件にも関与していると考えていました。しかし不用意にその見解を主張すれば、当時の時代背景から障害者差別として批判される恐れがあったため、別に存在する行為者に一切触れることなく、弁論してきたのです。第2次控訴審の判決で「捜査側が園児の告白を受けた時点で、19日の事件に関しても見直すべきであった」と裁判所が認定しているので、我々も今なら同様の主張をすることが出来ます。しかし当時はそれが出来ないまま、無罪判決を勝ち取れたことは非常に幸運だったと思います。

事件から見える問題点

 どんな主張でも自由に展開できる国家刑罰権行使側と、被告人側の立場の違いがあまりにも大きいということがこの事件を通してご理解頂けると思います。また多くの時間を費やす検察官の不必要な立証に対する制限や、検察側の控訴に対する制限も今後の裁判員裁判の中で検討されるべきだと私は考えています。

 甲山事件のように、無罪判決を勝ち取っても差し戻され、25年もの時間を奪われるようなシステムは絶対に良くありません。

公正な裁判を実現するために

 甲山事件のような冤罪を防ぐためにも、代用監獄、密室取調、証拠開示の不徹底等という現在の刑事手続の改革が必要です。そして検察の持つ全証拠の開示を実現し、公判前整理手続を速やかに行えるシステムを作らなければなりません。

 そして市民の皆さんは「無罪推定の原則」に留意して、裁判員制度に参加していただきたいと思います。

*質疑応答*

質問:裁判員制度が導入されても冤罪がなくなるとは思いません。また、被害者参加制度によって素人である裁判員が被害者の感情に流された判決を出さないか心配です。裁判官に誘導されて裁判員の思うとおりの判決にならないのかも気になります。

回答:私も裁判員制度で冤罪がなくなるとは思っていませんし、被害者参加制度がどう影響するかは不安に思っています。被害者参加制度が実施されるようになってから、実刑判決が増えており、特に交通裁判ではその傾向が顕著で、実刑率が6割も増えています。犯罪件数は全体を通じて減少しているのに、実刑が増えているのは、被害者参加が影響していると思われます。

 被害者保護自体は良いことですが、それが厳罰化を招くのなら非常に問題です。日本は諸外国のような応報刑ではなく、教育刑の思想が江戸時代から打ち出されていました。これは犯罪者を刑期終了後、社会に復帰させることを目指す思想です。しかしそれが最近では制裁を重視する応報刑の要素が強くなっています。これは治安にとっても逆効果なので、裁判員制度がその傾向に拍車を掛けないように、慎重な判断をお願いしたいと思います。

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