講座・講演録

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2009.03.25
講座・講演録
財団法人滋賀県人権センター『じんけん』第335号(2009年3月)より

今日の部落の雇用問題とCSR

中村清二(部落解放・人権研究所 研究部長)


1. 今日の部落の雇用問題

<1>不安定な部落の労働実態(教育問題)―2000年大阪府調査より

 2000年に大阪府が実施した大規模な部落問題調査結果[i]の1つが、図表1「年齢別・性別失業率」である。

年齢別・性別失業率

不況の底の頃だが、男性の15~19歳(中卒者・高校中退者・高卒者)をみると、大阪府平均15.6%に対し部落は31.3%と2倍近く失業率が高い。何故、これほど部落の若年者の失業率が高いのか。それは、グローバル化の中で、低学歴層ほどフリータや失業者にならざるを得ない社会構造が世界中で生まれたことと、依然として深刻な部落の低学歴構造の存在からである。即ち、図表2「年齢別・最終学歴構成」に見られるように、25~29歳でも部落の初等教育卒(中卒・高校中退を含む)は府平均6.5%の3倍強の20.5%と高いのである。

年齢別・最終学歴構成

 2006年の大阪府学力調査結果[ii]をみても、貧困化の進行と相まって、部落の子ども達の低学力傾向は深刻であり、2000年よりもさらに事態の悪化が推測される。

<2>解決しない「採用過程」の問題―大学生の場合

 「読売新聞」2007年5月22日の記事をみると、府の調査(2005年度)によれば、大学生に対する企業の採用選考で判明しただけで約1200件の問題事例があり、旧労働大臣指針に反した「家族状況に関する質問」が695件(63%)と最も多いという。

 個人情報保護に反するばかりか、部落をはじめとした就職差別に繋がりかねない事案がなお今日も続いているのである。

2. 部落問題解決を妨げる戦後「日本的企業社会」―同一性(排他性)の強い企業中心型社会

<1>ステークホルダー(株主/取引企業/労働者/市民など)の独立性の弱さ

 こうした部落を排除しやすい社会的背景の1つに、戦後の「日本的企業社会」[iii]がある。それはまさに1950年代後半以降の高度経済成長の中で確立したもので、大企業同士の株の相互持ち合いによる企業防衛(=株主としての主張の抑制)、取引企業の「系列化」に象徴される発注元企業を中心にした社会、企業別労働組合や「終身雇用制」にみられる労働者の企業への帰属性の強さ、約4万近いNPOが存在するとはいえ依然として強くない市民の声といった傾向がある。そのため日本の「企業社会」では、欧米と比較して、企業のステークホルダーの独立性が弱い=企業中心・同質性の強さという特徴がある。

<2>ステークホルダー内部のピラミッド的序列構造

 さらにはステークホルダー内部においてもピラミッド的序列構造があり、「企業社会」全体で差別・被差別の関係性を生み出しやすい。即ち、大株主である大企業と個人株主、1次・2次・3次下請けといった取引企業の序列構造、労働組合の加入資格を持つ正社員と大半は労働組合に加入できない非正社員(女性や外国籍労働者、部落などの被差別者もここに組み込まれやすい)といった実態がある。

3. 「日本的企業社会」の変革を迫る「企業の社会的責任」(CSR)の波―1998年の国連グローバル・コンパクト―2010年のISO(国際標準機構)26000(社会的責任規格)

<1>グローバル化が生む「負の面」の克服

 国際的には1990年代後半以降、国際的にCSRの波は大きく高まっきている。ソ連崩壊と市場経済の世界化に伴う企業活動のグローバル化が生み出した環境破壊や人権侵害・貧困化といったマイナス面と、それに対するNGO/NPO等による批判[iv]、さらには1998年の国連グローバル・コンパクト[v]や2010年のISO(国際標準機構)26000(社会的責任規格)[vi]等の企業が守るべき国際的基準の整備などがその背景である。

<2>問われている経営活動(本業)での社会問題・環境問題・倫理の取組み

 こうした近年のCSRは、これまでの企業と社会との関係を大きく変化させている。寄付をするといった「利益配分の仕方」の問題ではなく、経営活動(本業)での社会問題・環境問題・倫理の取組みといった「経営活動(本業)のあり方」が問われだしているのである[vii]。日本国内でも人権関係で、旅行関係会社による「バリアフリー旅行」「児童売春の禁止」、通信販売会社のカタログに障害者の作った商品を掲載し販売拡大に協力、金融機関による社会的責任投資(SRI)[viii]の開発、といった様々な取組みが始まっている。

<3>ステークホルダーの重視・説明責任

 もう1つは、上記の本業重視の関連で、取引企業や労働者、地域といったステークホルダー(利害関係者)の重視・説明責任である。例えば、取引企業を、コストだけではなく人権・環境・倫理といったCSRの取組み状況も加味して選定するというCSR調達[ix]が求められている。労働者の関係では、国際労働機関(ILO)の中核的条約[x]や国内人権関係法(労働3法・男女雇用機会均等法・障害者雇用促進法・改正パートタイム法・人権教育啓発推進法など)の遵守が最低限必要である。地域との関係では、国内外において、本業を活かしたビジネス(非ビジネス)として人権問題に関わることが求められる。国内の身近な地域の中・高校生の職場体験の受入れから、アフリカでのマラリア抑制のための住友化学による防虫蚊帳「オリオセット」製造[xi]などがある。

 以上のような国際的なCSRの波は、「2003年は日本のCSR元年」と言われるまで至っているが、「日本的企業社会」の変革、企業による人権の本格的取組みの実現が「試金石」と言える。

4. 今後の企業における人権・部落問題の課題―雇用分野を中心に

<1>人権啓発

 1975年の『部落地名総鑑』[xii]差別事件発覚と企業による購入を機に、企業内の人権・部落問題研修推進の政府通達が出され取組みが始まりだした。今日においては、上記の「CSRと人権」の取組みを促進するという点でも企業内の人権・部落問題研修は、大きな意義を有している。2006年の改定・GRIガイドラインの「人権」指標でも、人権研修を「業務に関連する人権的側面に関わる方針及び手順」[xiii]と位置づけていることに注目すべきである。

<2>雇用差別の禁止―ILO111号条約の批准

 1999年の職業安定法改正により、採用過程での労働者のセンシティブ情報をはじめとした不必要な個人情報の収集が初めて禁止された。しかし未だに統一応募用紙違反の実態が民間企業だけでなく官庁関係でも発覚しており、採用段階をはじめ全ての雇用段階での差別禁止が求められている。既に130ヶ国をこす国が批准しているILO111号(雇用差別禁止)条約を日本はまだ批准しておらず、その早急な批准と労働基準法をはじめとした国内法整備が必要である。

 他方で、企業自身も日本経団連「2008年度大学・大学院新規学卒者等の採用選考に関する企業の倫理憲章」(賛同895社)[xiv]の遵守や、その社内外への意思表示として企業のホームページ等で就職差別の禁止や採用時の個人情報保護を明確に示すことが必要である。

<3>「就労困難層等」の雇用促進

 全労働者の約3分の1=約1800万人が非正社員であり、その中でもフリータ・1人親家庭の親・中高年・障害者・部落出身者・外国籍労働者等のいわゆる「就職困難層等」に対する雇用促進の取組みは急を要する。

 そのためには、地方自治体等による福祉・生活・健康・教育・労働等の多分野な課題に対する「ワンストップ・サービス」機能の実施(例えば大阪府の地域就労支援事業[xv])等や、これに対応した企業の職業体験・トライやる雇用、障害者雇用促進法・男女雇用機会均等法・改正パートタイマー法等の遵守が最低限必要である。さらには環境・農業・福祉・教育・人権等の分野で、行政、企業、NPO等が協働し、新たな事業と雇用を創出していくことも重要である[xvi]

<4>CSR調達・投資の本格的実施

 改訂・GRIガイドラインの「人権」指標では、「人権条項を含む、あるいは人権についての適正審査を受けた重大な投資協定の割合とその総数」「人権に関する適正審査を受けた主なサプライヤーおよび請負業者の割合と取られた措置」が冒頭に書かれている。上記の<1>~<3>をふまえた「人権」を内容としたCSR調達や投資[xvii]が求められている。



[i] 大阪府『同和問題の解決に向けた実態調査等報告書』(生活実態調査)、2001年。

[ii] 米川英樹「同和地区の学力実態を考える―2006年度大阪府学力調査結果から」部落解放・人権研究所『部落解放研究』第178号、2007年10月。

[iii] 谷本寛治『CSR 企業と社会を考える』NTT出版、21~30頁。

[iv] 斉藤槙『企業評価の新しいモノサシ―社会責任からみた格付基準』生産性出版、2000年10月、83~165頁。

[v] 国連広報センターの以下のHPを参照。http://unic.or.jp/globalcomp/index.htm

[vi] 日本規格協会の以下のHPを参照。http://iso26000.jsa.or.jp/contents/

[vii] 谷本寛治『CSR経営―企業の社会的責任とステイクホルダー』中央経済社、2004年7月。

[viii] 谷本寛治『SRI 社会的責任投資入門―市場が企業に迫る新たな規律』日本経済新聞社、2003年6月。

[ix] 藤井敏彦・海野みづえ『グローバルCSR調達―サプライチェーンマネジメントと企業の社会的責任』日科技連、2006年10月。

[x] 仕事の世界で守られるべき最低限の労働基準で、これは4つの分野(雇用及び職業における差別の排除、児童労働の実効的な廃止、強制労働の禁止、結社の自由及び団体交渉権)で、8つのILO条約を指定するという形で定められている。

[xi] 住友化学(株)『CSRレポート2008』

[xiii] 日本内外の企業・CSR報告書のガイドラインとして、最も活用されている。NPO法人サステナビリティ日本フォーラム『GRI サステナビリティレポ―ティング ガイドライン 2006』2008年6月。

[xv] 田端博那編東京大学社会科学研究所研究シリーズNo.22『地域雇用政策と福祉―公共政策と市場の交錯』2006年3月で、大阪府並びに和泉市の地域就労支援事業を詳細に分析。

[xvi] 渡邊奈々『チェンジメーカー~社会起業家が世の中を変える 』日経BP社、2005年8月。

[xvii] 2006年4月、国連環境計画金融イニシアティブ(UNEP‐FI)は、投資先企業を選ぶ際に環境や社会性、企業統治を考慮することを謳った「責任投資原則」を機関投資家に提唱している。