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2009.05.22
講座・講演録

インターネットと人権
-グーグル・ストリート・ビュー問題を中心に-

園田 寿(甲南大学法科大学院教授、弁護士)


はじめに

園田 寿(甲南大学法科大学院教授、弁護士) コンピューター技術の進化は、(人間の数倍のスピードで歳をとる犬に例えて)「ドッグイヤー」と呼ばれるように、スピードがおそろしく速いのが特徴ですが、それに対する既存の法律・道徳・倫理の対応はたいへん遅いと言えます。この速度のズレが問題を起こしています。

 また革新的なテクノロジーの発明に対する態度は一般に2つに分かれます。『何が起こるかわからないが、とにかくできることはやってみよう』という態度と、『何が起こるかわからないので、できるかもしれないが、様子をみてみよう』という態度。例えば遺伝子操作などの技術についてはもっぱら後者の態度を取ることが社会的に合意されていますが、コンピューターやインターネットの世界では、大半が前者の態度です。グーグル社もおそらく前者の態度だろうと思われます。この点に根本的な問題があるのではないでしょうか。

グーグルストリートビューとは

 グーグルストリートビュー(以下「GSV」)とは、ネット上で道路沿いの風景を静止画像で眺めることができる無料サービスです。2007年5月にアメリカで開始され、日本では2008年8月に東京・大阪・神戸等の12の都市でスタートしました。私も初めて利用した時は、その画質の鮮明さと面白さに驚いた、というより感動しました。

 グーグルの地図に住所やキーワードを入力して検索すると、その場所の航空地図が表示されます。その場所をクリックすると、道路沿いの風景の静止画像を見ることができます。さらにその静止画像をマウスでクリックすることで360度、ぐるぐると回転させたり、まるで道を歩くように進むことも出来るのです。

 この画像は天井に地上から2.5m程の高さの特殊なカメラを設置した車が、一都市あたり3,4ヶ月をかけて、道路をくまなく走って撮影されたデータで作られています。

 現在ではこのGSVを使ってインターネット上で不動産の物件案内などを行っている企業も出てきています。

グーグルストリートビューへの反響

 あるネット調査会社が8月に20-40歳代を中心とするネットユーザーへ行った調査ではGSVの存在は70.2%が「知っている」、認知者の65.9%が「利用した」と回答しています。一方67.6%が「プライバシー侵害の不安」、58.0%が「(道路や建物が特定されるため)犯罪に使われないか不安」と訴えています。

 また行政や弁護士会等もグーグル社へ批判的な動きを見せています。日本版のGSVが開始された直後の8月12日と11月7日に東京都杉並区がグーグル社へ口頭で対応を申し入れています。他にも東京の町田市や大阪の茨木市等、複数の議会が同社に対して対応等を求める意見書を採択しており、福岡や新潟の弁護士会はサービス中止等を求める声明を発表しています。

 例えば町田市の意見書には①「住宅街の画像については、公開の適否について国民に意見を聞いた上で、事業者に対して指導する」、②「個人や自宅等を無許可で撮影し無断で公開する行為を都道府県迷惑防止条例上の迷惑行為として加えることの検討」、③「必要に応じて法整備を行う」といったことが記されており、主としてプライバシー保護及び防犯上の観点からの問題提起といえます。

 現状で迷惑防止条例の迷惑行為として加えることについては難しいでしょうが、私もプライバシー保護や防犯上の観点での問題はあると思います。また、GSV上ではすでに削除されていても、ラブホテルに入るカップルの姿が、その後も別のサイトでデータとして残っているケースなどがあります。一旦ネット上に公開されたデータは、インターネット上からすべて削除することは不可能に近いのです。これはネットの恐ろしさと言えます。

日本の制度上の問題点

 自治体等がこのような問題点を指摘する背景には、グーグル社がGSVを日本で開始する際に事前協議を行う公的な機関がなかったという制度上の問題もあります。

 日本と同じ時期にサービスがスタートしたオーストラリアでは、GSVが開始される前に、グーグル社と国の機関であるプライバシー専門会議との協議がなされており、同機関はGSVが持つ危険性として次の4点を指摘しています。すなわち、①DⅤやストーカーの被害にあう可能性や女性の一人暮らし、幼い子どもがいる家庭等が判明することによる「人々の安全に対するリスク」。②侵入や脱出を容易にすることによる「建物の安全に対するリスク」。③公共の場でのテロに利用される可能性からの「公共の安全に対するリスク」。④公共の場であってもプライバシー侵害の問題は生じ、ボカシを入れていても特定可能な場合はあるという「個人のプライバシーに対するリスク」です。

 これに対して日本では、このような協議はまったく行われていません。日本にもこのような公的機関が必要でしょう。グーグル社は一方的に、「公道からの撮影なので問題はなく、個人の顔や車のナンバープレートにはボカシを入れている。また、既存の法規制に合わない新サービスには法的リスクやクレームがつきものだが、グーグルは世界中の法律や文化を尊重している」と主張して、サービスをスタートさせたのでした。

グーグルストリートビューの問題点

<1>街頭風景の公開は許されるのか

 GSVは、「公道」から「私的生活圏」を含む街頭の風景を網羅的に撮影して、そのデータを、インターネットを通じて不特定多数に公開しています。これついて、グーグル社は「公道においてはプライバシーは放棄されている。念のために顔にはボカシを入れている」という見解です。

 しかし日本では既に公道における顔や服装等の写真撮影について、明確な判例による基準が示されています。公権力(警察)の写真撮影については、1969年最高裁の判決で『公道において勝手に顔を撮影されない権利があることは認められている』とされています。民間による撮影についても2005年東京地裁の判決で同様の権利が認められました。

 従って一般的に公道における個人の顔や容貌等の撮影は、モザイク処理等で個人が特定不可能である場合は別として、一般的に許されるものではありません。つまり原則的に撮影は認められず、それが認められるか否かは一定の条件をクリアした上での、撮影する必要性と撮影される者のプライバシー権との利益衡量の問題となります。

 つまり、公道における個人の撮影が許される場合というのは、被撮影者の社会的地位・活動内容・撮影の場所・目的・態様・必要性等を総合的に比較検討して、「みだりに写真に撮られない」という被撮影者の人格的利益の侵害が、社会生活上受認の限度を超えるものと言えるかどうかを判断して決めるべきなのです。

 ではGSVの場合はどうでしょうか。まず撮影の目的や必要性は不明瞭です。また撮影が網羅的で、街頭でのスナップ写真に偶然他人が写ったといったような場合とは明らかに異なります。グーグル社は、ユーザーからの申し出による削除という手続き(オプトアウト方式)をとっていますが、これでは先の違法性は治癒されないでしょう。

 なお公道からであっても、住居の中を撮影するのは明らかに違法です。住宅の敷地が広く、道路から住宅まで一定の距離がある場合は問題がないかもしれませんが、日本では一般的に道路と住宅の間に塀があるだけなので、その塀を越える2.5mの高さで撮影すれば住居の中も容易に撮影されてしまいます。軽犯罪法の「のぞき」の罪に該当する可能性もあります。

 なお、防犯上の問題については、GSVが犯罪に利用される可能性は否定できませんが、その危険性は抽象的なもので、これだけでGSVを停止させることは難しいでしょう。更に現実に犯罪に利用されたとしても、グーグル社の法的責任を問うことは難しいと思います。

グーグルストリートビューの問題点

 <2>土地のデータを不特定多数に提供すること

 収集した土地(居所)のデータを、住所をキーワードに検索可能とし、それを不特定多数に提供することには問題はないのでしょうか。グーグル社は「住所で検索されるのは『場所』である。GSVで『氏名』が検索される訳ではなく、『氏名』から『住所』が検索されるものでもない」との見解を示しています。

 しかしGSVで検索されるのは、はたして単なる「場所」なのでしょうか。GSVでは住所(居所)が「点」ではなく、いわば3D(3次元)のかなり鮮明な立体的情報として表示されるのが最大の特徴です。例えば、保有する自動車の車種・年式、小さな子どもがいるかどうか、一人暮らしかどうかなどの家族の状況、洗濯物、家の外観等、まさに個人の生活情報そのものが「住所」によって表示されるのです。例えば住所録ソフトのような他のアプリケーションでも、住所から航空写真を見ることができるものはありますが、それらはGSVのように鮮明な立体的情報ではなく、住所を単なる地図上の点として示しているに過ぎません。具体的な生活情報が読み取れるGSVとはまったく異なるのです。

 住所はそれ自体では個人を特定できないので、原則として「個人情報」には当たらないと考えられてきました。しかし住所から個人が特定されるケースもあります。例えば東京都の田園調布でGSVを使えば、ある邸宅の前に警察官が常駐していることが分かります。一般人の住宅に警官が常駐することはあり得ないので、この家が要人の家であることはすぐに分かります。また、現東京都知事が田園調布にお住まいであることは有名ですから、この家が知事邸であることは容易に推測できます。

 このようにGSVの出現は、住所(居所)に付随する無数の個人データ(生活情報)を網羅的に収集していることで、住所を「個人情報」の問題としただけではなく、「プライバシー」の問題にも変質させたのです。

グーグルストリートビューの問題点

 <3>個人情報保護法に抵触しないのか

 グーグル社の行為は個人情報保護法に抵触しないかという点について、グーグル社は『GSVで収集されたデータは「個人情報」ではない』との見解を示しています。そこで、改めて個人情報保護法の基本的な仕組みを押えておきましょう。

個人情報保護法の基本的な仕組み

 そもそも個人情報保護法は基本原則と国の責務・施策を規定した基本法部分と、個人情報取扱事業者の義務等を規定した民間の個人情報保護を目的とした一般法部分に分けることが出来ます。そして公的部門の個人情報保護は、他の法律や自治体の個人情報保護条例によって規定されています。民間部門では、国の定める一定数以上のデータベース化された個人情報を保有する事業者について、個人情報を第三者に提供する際に利用目的を情報主体である本人に通知し、了解を得ることが必要としています。これによって本人の同意のない個人情報の流用や売買・譲渡が規制され、いわゆる名簿業者の規制がなされています。

 個人情報利用のプロセスと取扱の義務内容については、まず事業者が個人から情報を取得する際に、利用目的を特定してそれを本人に通知しなければなりません。そして事業者は収集した情報を利用目的の範囲内で加工してデータベース化しますが、その作業を委託する場合や、データベース化した情報を第三者に提供して利用する場合には、第三者・委託先に対して監督する義務が生じます。そして更に情報提供者本人から情報の開示や内容の訂正等が求められた場合には、速やかにそれに応じる義務も生じるのです。

 個人情報取扱事業者がこれらの義務に従わない場合には、その事業者を所管する主務大臣が改善または中止の命令等の措置を取ることが出来ます。事業者がそれらの措置に従わない場合、裁判所の命令により6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金が科せられることになっています。これが個人情報保護法です。

グーグルストリートビューと個人情報保護法

 GSV上で既に個人が特定されている場合、同法第18条1項の規定によって、あらかじめその利用目的を公表している場合を除いて、利用目的の本人通知または公表が必要とされています。この場合、その画像は「個人情報」に該当し、意図的に収集している点で「取得」に該当すると思われます。しかしグーグル社はGSVによる画像データをそもそも「個人情報」と考えておらず、利用目的の公表を十分に行っているかは疑問です。

 またGSVは個人データの第三者提供を行っているわけですが、個人データを本人の同意なしに第三者に提供するにはオプトアウトの条件を満たさなければならないと同法23条2項は規定しています。しかしグーグル社は様々なデータをインターネットで公表することや、その停止の具体的な手続きについて、日本では事前に十分な広報を行わないままデータの収集と公表を行っています。

 一方GSV上で個人が特定されていない場合、ここでは「『住所(居所)』は『個人情報』か」という問題が生じます。GSVでは住所を入力するとその場所が表示されます。しかし逆に任意の場所から正確な住所を割り出すことも不可能ではありません。単に地図上の地点を示すのみでは、通常特定の個人を識別できないので住所は個人情報に該当しませんが、他の情報と容易に照合でき、それによって特定の個人を識別できれば全体として「個人情報」に該当します(経産省のガイドライン)。GSVの場合、この「容易性」をどのように考えるかが重要で、今後検討すべき重要な問題点だと思います。ネットを利用する一般人の平均的なスキルを基準として判断することになると思いますが、今後、さまざまな分野でさまざまな角度から個人情報がデータベース化されていけば、それほど高度な技術を使わずとも、案外簡単に個人が特定されることになるのだと思います。

おわりに ―グーグルストリートビューに救いはないのか―

 確かにGSVはツールとしては非常に楽しいものです。しかし住居の中が撮影されている場合や顔や容貌が明瞭である場合、あるいは顔にボカシが入っていても個人が特定可能な場合、GSVはプライバシー侵害の可能性が濃厚で、実際に、公道でのキスシーンを撮影された高校生が、制服から学校を調べられ、個人が特定されてしまった例もあります。またボカシを入れる作業についても、日本のGSVは機械で作業をしているので、誤った処理がなされることもあり、プライバシー侵害の違法性は強いと言わざるを得ません。

 また問題となるのは「場所」から「住所」が特定され、更にそこから容易に「個人」が特定されるのか、です。現状では必ずしも「容易」とは言えませんが、ケースによっては容易な場合も考えられます。すでに全国民を対象とした巨大データベースである住基ネットが構築されており、最近では納税者番号制の導入や、社会保障番号制度と住基ネットとの統合等も議論されています。このような状況を踏まえた上で「容易性」を判断すべきでしょう。また仮にGSVのデータについて個人情報保護法への該当性が肯定され、グーグル社が個人情報保護法を尊守したとしても、住居の中の撮影について必要性も公益性も認められないことなどから、プライバシー侵害の可能性は残ります。

 また他方で、オーストラリアでグーグル社と個人情報保護に関する第三者機関との事前協議がなされたように、日本においてもそのような第三者機関の設置が必要でしょう。あるいは、例えば「誰」が私の家を見たのかを「私」が確かめることができる技術(「見返す」技術)の開発により(これは技術的には簡単に実現できます)、少なくとも「一方的に見られる」状況を緩和することなども今後の対応として考えられます。

 まだサービスの開始から間がないため、どのように評価するべきか難しい点もありますが、少なくともGSVは、プライバシー保護の観点から問題のあるツールだと思います。

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