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200910.30
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国際的な部落問題のとらえ方

~人種差別撤廃条約発効40年の年にあたって

友永健三(世界人権宣言大阪連絡会議事務局長)


2009年は人種差別撤廃条約が国際的に発効して40周年にあたります。

日本政府の人種差別撤廃条約の実施状況に関する報告書が昨年国連に提出され,来年2月に審査が予定されています。審査の結果は日本における人権状況の改善に活かされなければなりません。世界人権宣言大阪連絡会議では国際的な観点から見た部落差別の捉え方を提起します。(文責 事務局)

地域改善対策協議会意見具申書から

部落問題の解決が国際的な視点から考えられなければならなくなったことを最も端的に表現している文章は1996年5月に地域改善対策協議会から出された意見具申書です。

これは特別措置法が終了した段階で、部落問題の解決をどのように進めるべきかについて、政府の諮問を受けた専門家が議論をして出した文書です。その基本認識のなかで「同和問題など様々な人権問題を1日も早く解決するように努力することは、国際的な責務である」と指摘しています。政府の諮問機関の文書で、国際的な責務とまで述べたのはこの意見具申書が初めてです。

これは日本が国連の人権条約を締結したことに基づいています。

国際人権規約と部落問題

国連の人権関係諸条約の内、もっとも重要な条約は国際人権規約です。国際人権規約は社会権規約と自由権規約、両規約が守られていない場合、個人が国連に訴えることができる手続きを定めた選択議定書等から構成されています。

国際人権規約への日本の批准には、部落解放運動が活発に取り組みました。なかでも大阪では、部落出身で日本弁護士連合会会長も歴任された和島岩吉さんを代表に、1977年3月、国際人権規約批准促進大阪府民会議が結成され、部落解放同盟だけでなく、労働組合や護憲連合などの参加を得て早期批准を求めた世論を巻き起こす運動を展開しました。

1979年4月19日、東京で開催した「国際人権規約の第87国会での批准を求める各界の集い」には、女性の参政権問題を生涯かけて闘われた市川房江さんや部落問題の研究者として第一線で活躍された磯村英一先生も参加されました。外務省は国際人権規約への早期批准の意向が強かったため、この運動への期待も大きく、来賓として参加しました。

 1979年6月、日本は社会権規約と自由権規約を批准しました。

自由権規約、社会権規約委員会の勧告

ほとんどの人権条約は批准すると定期的にその実施状況について報告書を国連に提出しなければいけません。自由権規約の場合、規約締約国の中から18人の専門家が選挙で選ばれ、自由権規約委員会を構成します。この委員会が2日間くらいかけて、その報告書を審査します。日本政府の報告書を審査するときには日本政府の代表にも参加を求めます。しかし、政府の代表は日本の困難な面はなかなか報告しません。そのため、委員会はNGOにも意見を求めます。委員は専門家の立場から報告書を分析して、良い点は評価するけれども、問題点については改善を勧告する最終見解を公表します。これは国際人権規約の履行を確保するための重要な制度です。

1988年11月、4回目の日本政府報告書の審査を踏まえ、自由権規約委員会は「部落の人たちのへの差別があることを政府自身が認めているのだから、この問題の解決のためにしっかりとした取り組みを行うよう」という趣旨の勧告を行いました。

社会権規約に関する日本政府が提出した第2回報告書審査においても、2001年9月、社会権規約委員会は部落と在日コリアン、沖縄そしてアイヌの問題を日本におけるマイノリティの問題として指摘し、法律上の差別、特に雇用、住宅及び教育の分野における差別をなくすために、引き続き必要な措置をとることを勧告しています。

人種差別撤廃条約と部落問題

部落問題の解決という観点からは人種差別撤廃条約の批准運動にも力を入れました。日本は1995年12月に加入しましたが、条約発効から26年かかっています。この年、2つの有利な出来事がありました。ひとつは1994年のアメリカのこの条約の締結です。さらに決定的な要因は村山富市内閣ができたことです。新内閣の下、国際的な人権条約に積極的に入っていこうではないかという流れが強くなり、最終的に村山内閣が決断してこの条約に加入したのです。

2001年3月に行われた人種差別撤廃委員会での日本政府報告書の審査において、日本政府は「『世系(decent)』とは、あくまでも人種や種族、民族の違いに基づくものであって、身分差別である部落差別は、人種差別撤廃条約の対象とはならない」と主張しました。ところが委員会は「『世系』とは、日本の部落差別のような身分差別も対象となる。したがって、人種差別撤廃条約に規定された内容を、部落問題解決のためにも守っていくよう」勧告しました。日本国内でも部落問題がこの条約の対象となるか議論が交わされていましたが、委員会が「入る」という見解を示したのです。そういう点でこの勧告は非常に重要な意味がありました。

さらに委員会は2002年3月の末に特別措置法が終了した段階で部落問題の解決に対する日本政府の戦略を次の報告書に盛り込むように勧告しています。

同様の議論がインド政府の報告書の審査でもありました。インドには世界で最も典型的で、深刻な差別、カースト制度に基づく差別が存在しています。差別を受けている当事者たちは、自らをダリッド(被抑圧者)と呼んでいますが、この問題も人種差別撤廃条約の対象になるかどうかが、インド政府と委員会の間で議論になりました。そこで、2002年8月、人種差別撤廃条約委員会が条約第一条で規定されている「世系」について、専門家や当事者も集めて議論を行い、統一見解をまとめた一般的勧告29を採択しました。

この中では「世系に基づく差別が、カースト及びそれに類似する世襲制度などの人権の平等な享有を妨げまたは害する社会階層化の形態に基づく集団の構成員に対する差別を含む」、つまり部落差別やカーストに基づく差別はまぎれもなしにこの条約の対象になることを確認したのです。

女性差別撤廃条約と部落女性

日本は女性差別撤廃条約にも批准しています。2003年7月、日本政府の報告書審査において委員会は日本政府に対し、次回報告書で日本におけるマイノリティ女性の状況について情報を提供することを求めました。

これが複合差別ということで、新たな視点として国連で注目されている問題です。部落差別と同時に女性差別を受けるという、より深刻な差別です。ところが女性差別撤廃条約にはマイノリティ女性という規定がありません。人種差別撤廃条約にもマイノリティ女性の規定はなく、2つの条約のエアポケットになっていました。そこで報告書を審査するときにマイノリティ女性についても特別な柱を作って審査しよう、そのためにはまず実態報告を求めることが必要となったのです。

今年の7月23日、女性差別撤廃委員会によって日本政府の第6回報告書審査が行われ、8月7日に勧告が出ました。その51番目のパラグラフに、女性に関する政策を立てる場合、マイノリティ女性に役立つ施策を盛り込むことと、再度マイノリティ女性の実態を報告することが求められました。しかもこの勧告の中には先住民族アイヌ、部落、在日コリアン及び沖縄の女性と、マイノリティの具体的な名称が明記されています。

反差別国際運動(IMADR)の結成

国連が定期的に開催する人権に関する会合の中でも部落問題が取り上げられています。その一つに国連の人権小委員会があります。

1983年8月、部落解放同盟の代表団が人権小委員会の現代的奴隷制の作業部会で初めて部落問題を訴えました。そして人権小委員会ではミリアム・シュライバーさん(ベルギーの弁護士、故人)が部落問題を訴えてくれました。 1984年にも人権小委員会で部落解放同盟が部落問題を訴えました。

この経験が国際組織である反差別国際運動(IMADR)を作るきっかけになりました。1988年1月、部落解放同盟は世界各地で差別撤廃に取り組む団体や個人と共にIMADRを結成し、1993年3月に国連人権NGOとして認められました。国連人権NGOのメリットは国連の人権関係の会議で発言や文章の配布ができることです。1991年3月にはジュネーブ事務所を開設しました。

国連・人権小委員会での部落問題

部落問題は人種差別撤廃条約では「世系に基づく差別」として考えられていますが、人権小委員会では「職業と世系に基づく差別」として、少し違った角度から捉えられています。部落差別やカースト制度に基づく差別、韓国・朝鮮における白丁に対する差別を調べると職業とのかかわりが非常に深いことがわかります。そこで人権小委員会ではこうした差別を単なる「世系に基づく差別」としてではなく「職業と世系に基づく差別」として把握したのです。委員会は2000年8月、「職業と世系に基づく差別に関する決議」を行い、2001年8月には第1回目の調査報告が行われます。

この調査ではインドだけでなくスリランカ、ネパールなど南アジア諸国すべてにダリット差別があることや日本の部落差別が報告されました。2003年8月にはアフリカでも同様の差別があることが報告されました。2004年8月の報告ではディアスポラ(移民)の中の差別が報告されています。世界各地のインド人社会にカースト制度が維持されて差別事件が起こっているというのです。ハワイの日系人社会でも部落差別が残っています。古い考え方や文化が、返って移民社会の中に根強く残っているのです。

「職業と世系に基づく差別」の撤廃に関する原則と指針のとりまとめ

2006年6月、国連人権委員会が国連人権理事会になりました。経済社会理事会の下部機関から総会に直属する機関となり格上げされたのです。それに伴って2008年8月から人権小委員会も国連人権理事会諮問委員会に変わりました。

2006年3月、IMADRの代表は人権高等弁務官に職業と世系に基づく差別の取り組みの継続を要請しました。2007年6月、特別報告者だった中央大学の横田洋三先生と、韓国のソウル大学の社会学者、鄭鎮星さんの二人が職業と世系に基づく差別に関する調査結果を取りまとめ、この差別をなくすための原則と指針を最終報告書の形で国連人権理事会に提出しました。そして今年6月、その報告書が国連の正式文書として発行されました。

しかし、残念なことに人権理事会で議論されてはいません。今後、人権理事会での承認と活動継続が必要となっています。

国連人権理事会における部落問題

国連人権理事会でも部落問題を取り上げる動きがあります。人種主義等に関する特別報告であるドゥドゥ・ディエンさんが2005年7月3日から11日にかけて日本を公式訪問しました。部落解放同盟中央本部や大阪の人権センターにも来られました。北海道でアイヌの人たちにも会っています。

2006年1月、その結果が報告書になりました。そこでは日本には①部落、アイヌおよび沖縄の人々のような、日本国籍を持ち差別を受けているナショナルマイノリティ、②旧日本植民地出身者及びその子孫で、日本の国籍を持っていない在日コリアンを始めとする人々、③移住労働者の3つの被差別集団があると述べています。そのようなマイノリティが教育と雇用、健康と居住の面で差別されている現状や、歴史認識の欠如と差別的なイメージが固定化している問題等を指摘しています。そして勧告として①国内における人種差別の存在を認め、かつそれと闘う政治的意思を表明すること、②差別を禁止する国内法を制定すること、③国内人権委員会を設置すること、④歴史教育を見直すこと、が人権理事会に報告されています。日本政府はこれに対して答弁しなければならない立場に置かれています。

今日の到達点と問題点

国連の様々な委員会で部落問題が取り上げられて日本政府に勧告が出るようになってきたこと、そして「世系」あるいは「職業と世系」に基づく差別が国際的に関心をもたれる問題となってきたことは運動の一つの到達点です。

これには民間団体の活動が大きく影響を与えています。IMADRは、専門性をもった国際人権NGOとして、今年1月、従来のロースターから一つ上の特別協議資格を得ています。国際ダリッド連帯ネットワーク(IDSN)は被差別当事者達が中心になって結成された団体で、部落解放同盟本部や部落解放・人権研究所もオブザーバーとして参加しています。日本国内でも部落問題の解決が国際的な責任であるという認識が少しずつ広まってきていることも大きな転換です。

しかし、日本政府は未だに人種差別撤廃条約の対象に部落問題が含まれないという態度をとっています。昨年8月、人種差別撤廃委員会に提出した報告書にも部落問題を含めなかったのです。また、自由権規約委員会等からの部落問題に関する勧告についても履行していないという問題があります。

また、国内で自由権規約委員会等からの勧告や人権小委員会での決議などが知られていません。メディアが取り上げないため、世論にならないのです。

この他、部落問題に関する本格的な英語の本が少ないこと、「世系」「職業と世系に基づく差別」に関する研究が弱いことなどが問題になっています。

今後の課題

今後、日本政府に人種差別撤廃条約の「世系」の対象に部落問題が含まれることを認めさせて勧告の実施を迫ること、自由権規約委員会等からの勧告の実施を求めていくことが重要です。その点では、今回の政権交代がチャンスです。

国際的な視野を持った研究も深めていかねばなりません。職業と世系に基づく差別に関する特別報告者の設置、原則と指針の人権理事会での承認、最終的には職業と世系に基づく差別に関する宣言や条約を作るという選択肢も検討していく必要があります。

そのためにはIMADRやIDSNのさらなる強化が必要です。今年4月に開催されたジュネーブでのダーバンレビュー会議でも「職業と世系に基づく差別」を国連人権理事会で取り上げてもらおうと、IMADRが主催してイベントを開催しました。女性差別撤廃条約でマイノリティ女性の問題への言及があったのも、IMADRが委員に対して積極的なロビー活動をした成果です。

差別撤廃の基本的視点

人種差別撤廃に関する国連宣言等には、差別撤廃の基本的視点として、以下の4つのことが盛り込まれています。

①差別撤廃は人権確立の基礎になります。人間であるというただ一点で認められている権利が人権です。②差別は科学的に合理化されません。人種よって優劣があるという考え方は科学的に間違っています。③差別は世界の平和と社会の平穏を脅かします。④差別は差別されている人々だけでなく、差別している人々にも害を与えます。これは見落とされがちなポイントですが、差別行為は差別している人たちの本来持っている人間性をも傷つけているのです。

日本における差別撤廃の基本方策

 部落差別を始めとする差別を撤廃していくために以下の6つの方策が求められています。

  1. 差別は人を死にも追いやる犯罪です。人種差別撤廃条約や諸外国の法律でも禁止されています。1965年8月の同和対策審議会答申でも差別に対する法的規制の必要性が指摘されています。差別禁止法の早期制定が必要です。

  2. 差別の被害者を効果的に救済しなければいけません。1993年、国連は国内人権委員会の創設を求めた原則(パリ原則)を採択しました。各国は国内人権機関を設置し、基本的には無料で短期間に人権救済をはかるべきという考え方です。日本政府もこれには賛成しています。人権施策推進審議会も日本でも人権委員会を作るべきだと答申を出しました。これらを受けて早急に人権委員会の設置のための法(人権侵害救済法)の制定が求められています。

    もう一つ人権侵害の救済に有力な方法は、個人通報を認めた条約の批准です。自由権規約にはこれが守られていない場合、個人が自由権規約委員会に通報できる選択議定書があります。訴えを受けた委員会は審査と助言を行います。自由権規約だけでなく、社会権規約や女性差別撤廃条約にも同様の選択議定書がありますが、日本はいずれも未批准です。この重要な救済手段に関する選択議定書の批准をマニフェストで表明したのは、民主党と公明党です。政権交代を機にこれらの選択議定書の早期批准が期待されます。

  3. あらゆる差別は仕事や教育、居住の権利を奪います。しかもそれが世代間で継承されています。累積された差別をなくすには、一般的な施策では解決しません。劣悪な実態をかえるためには、特別施策が必要です。それは人種差別撤廃条約でも指摘されています。差別撤廃のための特別施策は逆差別ではありません。しかし、特別施策は目的が達成すれば廃止しなければなりません。その際、普遍性がある特別施策は一般施策にしていくことが求められます。義務教育の教科書無償化や、高等学校進学のための奨学資金制度は、同和対策の特別措置が一般施策に拡大された良い事例です。

  4. 差別観念を教育・啓発で払拭することが必要です。差別観念は歴史性を持っています。また、日常生活の中で伝えられるので、自然になくなることはありません。どこかで正しい考え方を学ぶ機会を作らなければ、いつまでたっても差別意識は無くなりません。国際的には人権教育の世界プログラムが取り組まれていますし、日本では人権教育・啓発推進法ができました。自治体では、人権条例が根拠になっています。

  5. 独自性を認めて共生していくこと、これは人類が21世紀を生き延びていく上でいちばん大事な原理です。差別の現れ方には「隔離」と「同化」があります。住む所を分ける、結婚を禁止することなどが「隔離」です。まったく逆の差別が「同化」です。日本が朝鮮を植民地支配した際、日本語使用の強制や創氏改名を行いました。本来異なっているにもかかわらず、力の強いものに無理やりに同じものにさせる「同化」も差別です。違いを認めて共に生きていくためには、力の強い者が力の弱い者に対して配慮していく姿勢が必要です。今後部落問題を解決していく上で、一番大事なのは「人権のまちづくり」です。部落も含めた小学校や中学校区域で人権が尊重されたまちをつくっていくことが求められています。その際、施設や制度を整えることも大切ですが、一番大事なのは人間関係を構築することです。多くの人が出会う中で、偏見を解消していく仕組が必要です。

  6. 差別の解消を困難にしている制度を見直す必要もあります。例えば戸籍制度です。戸籍制度は「イエ」という意識を未だに生み出しています。部落問題と直接的に結びついているのは本籍です。本籍は自由に移すことができるので、現住所と本籍地が同じ人と違う人がいます。しかし元の本籍地(祖先の出身地)を調べることができます。部落を出て本籍地を変えた人が、息子の結婚の時に相手が興信所に調査を依頼した結果、本籍地を辿られて部落出身と報告され、破談になったというケースもありました。戸籍制度は部落差別をはじめ女性差別、婚外子差別を今でも生み出しています。戸籍制度を家族単位から個人単位に変更するなど、根本的な変革が必要です。当面、悪用を食い止める方法として本人通知制度の導入が提案されています。戸籍謄本が取られた場合、本人に通知が行く制度ですが、これができれば悪用をかなり防げるはずです。本年6月から大阪狭山市で実施されていますが、これを全国化すべきです。

まとめ

いわゆるグローバル化ということばが、今の時代を特徴付けるキーワードになっています。部落問題も国際的な視野を欠いては解決することはできません。部落解放同盟の故松本治一郎委員長が「世界中から差別をなくさない限り、部落差別は無くならない」と世界の水平運動を提唱されたことは先見の明があったと思います。

世界で3億人もの人が苦しんでいる「世系」、「職業と世系」に基づく差別を撤廃することは、21世紀の日本と世界にとって重要なテーマです。

部落解放運動とこの運動に連帯する人々の国際貢献が期待されているのです。