日本の女性がおかれている現状
世界の女性の憲法とも言われる女性差別撤廃条約に日本が批准したのは1985年、既に20年以上経過していますがあまり状況が変わったとはいえません。国連開発計画が今年発表したジェンダーエンパワメント指数で日本は去年よりもかなり順位を上げたとはいえ、109カ国中57位でした。また世界経済フォーラムが発表するジェンダーギャップ指数では134カ国中75位となっていました。これが国際的な基準で客観的に観た日本の女性がおかれている現状です。
世界の女性の憲法 -女性差別撤廃条約について
女性差別撤廃条約は1979年の第34回国連総会で採択され、現在186カ国が批准しています。また国内の最高裁判決でも被害が救済されない場合、個人でも女性差別撤廃委員会に直接通報できる個人通報制度を認めた「選択議定書」が1999年の第54回国連総会で採択され、日本は批准していませんが、99カ国が批准しています。
この条約の特徴としてあげられるのは、第2条で締約国は法制度上の差別撤廃だけでなく事実上の差別の撤廃も『遅滞なく』行なう責務があると規定している点です。社会に実際に存在している差別の慣習・慣行、いかなる行為をも撤廃する措置をとる責務も締約国は負うということが重要な点です。また条文の中で固定観念に基づく性役割分担を否定し、生物学的性差のみを理由とする男女の区別・差異は出産・生殖に関することがらのみ、子の養育は男女及び社会全体の責任と明確に規定している点も特徴といえるでしょう。
条約を実施するための措置として女性差別撤廃委員会による国家報告書審査制度があります。今年の7月にニューヨークの国連本部で日本の第6回報告書を審査する第4回目の報告書審査が行われました。これは締約国に課せられた義務で、専門家23名からなる女性差別撤廃委員会の半数が日本審査をするため、日本政府が事前に実施報告書と質問書への回答を提出し、当日は代表団が委員会からの質疑に回答する形で審査が行われました。
条約の実践活用ーマイノリティ女性の視点から
そもそも女性差別撤廃条約や報告書審査に取り組むことにはどのような意義があるのでしょうか。
何より日本国内で政府とマイノリティ女性の抱える問題について交渉することすらできない状況において、報告書審査を活用することの意義は非常に大きいといえるでしょう。これによって初めて条約を本当に必要としている人の手に届けることができます。また国際的な場で私たちがしっかり主張することは政府に対してだけでなく、すべての女性運動や社会全体に対してマイノリティ女性の視点からのエッセンスを定着させることにつながります。
最近では新聞等でマイノリティという言葉は「少数者」「少数派」という訳を付けて用いられることが多くなりましたが、はじめ自由権規約では、政府は「少数民族」と訳していました。本来この言葉は少数民族よりももっと広い意味で用いられており、国際的には様々な権利を奪われている、抑圧されている集団と理解されています。
政府が出す女性政策に関するあらゆる文書の中に部落や在日コリアン、アイヌの女性は登場していません。つまり統計や政策の前に、日本政府の意識の中にマイノリティ女性は存在さえしていなかったのです。
そのような状況の中、山崎さんとアイヌの女性が前回2003年の審査で委員にマイノリティ女性の問題を積極的に訴えました。最終的に、次回報告書でマイノリティ女性についての情報を提供するように委員会が日本政府に求めるという勧告がでて、女性たちの主張の正当性が証明され、それがその後の女性たちの運動づくりのおい風となりました。
アンケート調査を通じた運動づくり
しかし、日本政府に実態調査をする意思は全くありませんでした。そこで私たちは自分たち自身の手でマイノリティ女性の実態調査を行うことにしました。自分たちの実情を文字や数字に表して世の中に出したいという強い思いを出発点にしてアンケート調査運動は始まりました。部落女性、アイヌ女性、在日コリアン女性が何度も話し合いを重ねる中で共通の課題を見つけ、お互いがつながり、その課題に向かって共に立ち上がることでそれぞれがエンパワメントされていく。アンケート調査はエンパワメントと連帯を生み出し、更にその結果をまとめた報告会ではマイノリティ以外の人々にも「自分達の課題」として気づかせるような意識の変革をもたらす感動的な活動になったのです。
この協働の結晶としての調査結果と提言をマイノリティ女性の声として政府交渉を開始しました。当初男女共同参画局は、自分たちは女性政策の担当で人権問題を扱う部署ではないという意識からか面会すらしてもらえませんでしたが、調査報告という具体的なものを携えて行って初めて交渉に応じるようになりました。最初は内閣府の方だけの出席でしたが、2007年の2回目の交渉からは6省庁から出席してもらえるようになりました。このような流れを経て今年の7月、マイノリティ女性のパワー結実となったニューヨークでの女性差別撤廃委員会日本報告書審査を迎えることになりました。
パワー結実‐2009年7月、ニューヨークでの審査
実際の審査は1日5時間程度の議論ですから、当然それだけでは十分な審査は行えません。そこで委員会は事前に政府に対して書面で質問を行い、政府も書面で答えます。ただそれだけでは十分な情報が委員会に伝わらないので、NGOも委員会に回答を提出し、審査の本番で委員は政府とNGO両者の回答を持って政府との議論を行うのです。
審査を効果的に活用するためNGOのネットワークとして2002年に結成した日本女性差別撤廃条約NGOネットワーク(JNNC)が今回も委員会への情報提供のとりまとめを行ってきました。この枠組みで84名が審査に参加して、会議の合間やランチタイムブリーフィングで委員に働きかけを行ったのです。
女性差別撤廃委員会で問われたことと今後の課題
今回の審査でマイノリティ女性の問題が重要課題となったことは間違いありません。またそれ以外でも委員から繰り返し言及された重要課題としては、選択議定書の批准、条約の国内法への取り入れ、固定的性別役割分担、女性に対する暴力、意思決定過程への女性の参画、雇用問題等があげられていました。
審査の翌月、女性差別撤廃委員会から日本政府への総括所見が出されました。その中でマイノリティ女性については51、52段落で 1 マイノリティ女性に対する差別の撤廃のために、政策的枠組みの設置や暫定的特別措置の採択を含む効果的な措置をとるよう促す、 2 マイノリティ女性の代表を意思決定機関に任命するよう促す、 3 日本におけるマイノリティ女性の状況、とりわけ教育、雇用、健康、社会福祉および暴力にさらされることに関する情報を次回の定期報告に含める、 4 先住民族アイヌ、部落、在日コリアンおよび沖縄の女性を含むマイノリティ女性の状況に関する包括的な調査を実施することが勧告されています。
また被害を受けやすい女性集団という段落では、複合差別をしばしば受けている農村女性、シングルマザー、障がいをもつ女性、難民および移住女性のグループに関する情報と統計資料の欠如に留意し、被害を受けやすい女性集団の特定的なニーズを満たすようなジェンダーに特化した政策とプログラムを採択するよう勧告されました。この他にも女性に対する暴力や政治への平等な参加の段落でもマイノリティ女性への勧告や要請が行われていますが、これらをどう活かし実現するかが今後の課題です。
続く挑戦 ―勧告をいかに実現するか
今回の審査でマイノリティ女性の問題は重要課題になりましたが、日本に戻れば、何事もなかったかのように見過ごされてきた日常にまた戻ってしまう。そうさせないための仕組み作り、マイノリティ女性に関する目に見える施策の創出が重要です。それはマイノリティ女性だけの声では変わりません。すべての声を集めて、より大きな声としていくことが大切です。そのために私たちは11月2日に18団体で勧告の実現にむけて福島男女共同参画大臣に共同申し入れを行い、男女共同参画会議に対しても男女共同参画第3次基本計画にマイノリティ女性の視点を取り入れるように要請しています。
また、全体に通じる課題としては、条約の履行・実施およびその評価を行う仕組、国内法制全体の条約適合性をチェックする仕組、報告書の作成過程へNGO・評価機関の正式な関与、条約の実効性を高める選択議定書の批准と国内人権機関の設立が条約の履行と実施のために必要です。
私たちのチャレンジは続きます。
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