講座・講演録

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2010.01.18
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女性差別撤廃委員会による日本政府の第6回報告書審査について

マイノリティ女性の視点から

原 由利子さん(反差別国際運動(IMADR)事務局長)
山崎 鈴子さん(部落解放同盟愛知県連合会書記次長)
西村 寿子さん(部落解放・人権研究所啓発・販売部長)


立ち上がりつながったマイノリティ女性のパワー結実

原由利子さん

日本の女性がおかれている現状

世界の女性の憲法とも言われる女性差別撤廃条約に日本が批准したのは1985年、既に20年以上経過していますがあまり状況が変わったとはいえません。国連開発計画が今年発表したジェンダーエンパワメント指数で日本は去年よりもかなり順位を上げたとはいえ、109カ国中57位でした。また世界経済フォーラムが発表するジェンダーギャップ指数では134カ国中75位となっていました。これが国際的な基準で客観的に観た日本の女性がおかれている現状です。

世界の女性の憲法 -女性差別撤廃条約について

反差別国際運動の呼びかけで参加したマイノリティ女性の課題に取り組むメンバーたち(原さん(後列右から二人目)、山崎さん(左端中央)西村さん(前列右端))女性差別撤廃条約は1979年の第34回国連総会で採択され、現在186カ国が批准しています。また国内の最高裁判決でも被害が救済されない場合、個人でも女性差別撤廃委員会に直接通報できる個人通報制度を認めた「選択議定書」が1999年の第54回国連総会で採択され、日本は批准していませんが、99カ国が批准しています。

この条約の特徴としてあげられるのは、第2条で締約国は法制度上の差別撤廃だけでなく事実上の差別の撤廃も『遅滞なく』行なう責務があると規定している点です。社会に実際に存在している差別の慣習・慣行、いかなる行為をも撤廃する措置をとる責務も締約国は負うということが重要な点です。また条文の中で固定観念に基づく性役割分担を否定し、生物学的性差のみを理由とする男女の区別・差異は出産・生殖に関することがらのみ、子の養育は男女及び社会全体の責任と明確に規定している点も特徴といえるでしょう。

条約を実施するための措置として女性差別撤廃委員会による国家報告書審査制度があります。今年の7月にニューヨークの国連本部で日本の第6回報告書を審査する第4回目の報告書審査が行われました。これは締約国に課せられた義務で、専門家23名からなる女性差別撤廃委員会の半数が日本審査をするため、日本政府が事前に実施報告書と質問書への回答を提出し、当日は代表団が委員会からの質疑に回答する形で審査が行われました。

条約の実践活用ーマイノリティ女性の視点から

そもそも女性差別撤廃条約や報告書審査に取り組むことにはどのような意義があるのでしょうか。

何より日本国内で政府とマイノリティ女性の抱える問題について交渉することすらできない状況において、報告書審査を活用することの意義は非常に大きいといえるでしょう。これによって初めて条約を本当に必要としている人の手に届けることができます。また国際的な場で私たちがしっかり主張することは政府に対してだけでなく、すべての女性運動や社会全体に対してマイノリティ女性の視点からのエッセンスを定着させることにつながります。

最近では新聞等でマイノリティという言葉は「少数者」「少数派」という訳を付けて用いられることが多くなりましたが、はじめ自由権規約では、政府は「少数民族」と訳していました。本来この言葉は少数民族よりももっと広い意味で用いられており、国際的には様々な権利を奪われている、抑圧されている集団と理解されています。

政府が出す女性政策に関するあらゆる文書の中に部落や在日コリアン、アイヌの女性は登場していません。つまり統計や政策の前に、日本政府の意識の中にマイノリティ女性は存在さえしていなかったのです。

そのような状況の中、山崎さんとアイヌの女性が前回2003年の審査で委員にマイノリティ女性の問題を積極的に訴えました。最終的に、次回報告書でマイノリティ女性についての情報を提供するように委員会が日本政府に求めるという勧告がでて、女性たちの主張の正当性が証明され、それがその後の女性たちの運動づくりのおい風となりました。

アンケート調査を通じた運動づくり

女性差別撤廃委員会による日本審査の様子しかし、日本政府に実態調査をする意思は全くありませんでした。そこで私たちは自分たち自身の手でマイノリティ女性の実態調査を行うことにしました。自分たちの実情を文字や数字に表して世の中に出したいという強い思いを出発点にしてアンケート調査運動は始まりました。部落女性、アイヌ女性、在日コリアン女性が何度も話し合いを重ねる中で共通の課題を見つけ、お互いがつながり、その課題に向かって共に立ち上がることでそれぞれがエンパワメントされていく。アンケート調査はエンパワメントと連帯を生み出し、更にその結果をまとめた報告会ではマイノリティ以外の人々にも「自分達の課題」として気づかせるような意識の変革をもたらす感動的な活動になったのです。

この協働の結晶としての調査結果と提言をマイノリティ女性の声として政府交渉を開始しました。当初男女共同参画局は、自分たちは女性政策の担当で人権問題を扱う部署ではないという意識からか面会すらしてもらえませんでしたが、調査報告という具体的なものを携えて行って初めて交渉に応じるようになりました。最初は内閣府の方だけの出席でしたが、2007年の2回目の交渉からは6省庁から出席してもらえるようになりました。このような流れを経て今年の7月、マイノリティ女性のパワー結実となったニューヨークでの女性差別撤廃委員会日本報告書審査を迎えることになりました。

パワー結実‐2009年7月、ニューヨークでの審査

実際の審査は1日5時間程度の議論ですから、当然それだけでは十分な審査は行えません。そこで委員会は事前に政府に対して書面で質問を行い、政府も書面で答えます。ただそれだけでは十分な情報が委員会に伝わらないので、NGOも委員会に回答を提出し、審査の本番で委員は政府とNGO両者の回答を持って政府との議論を行うのです。

審査を効果的に活用するためNGOのネットワークとして2002年に結成した日本女性差別撤廃条約NGOネットワーク(JNNC)が今回も委員会への情報提供のとりまとめを行ってきました。この枠組みで84名が審査に参加して、会議の合間やランチタイムブリーフィングで委員に働きかけを行ったのです。

女性差別撤廃委員会で問われたことと今後の課題

今回の審査でマイノリティ女性の問題が重要課題となったことは間違いありません。またそれ以外でも委員から繰り返し言及された重要課題としては、選択議定書の批准、条約の国内法への取り入れ、固定的性別役割分担、女性に対する暴力、意思決定過程への女性の参画、雇用問題等があげられていました。

審査の翌月、女性差別撤廃委員会から日本政府への総括所見が出されました。その中でマイノリティ女性については51、52段落で 1 マイノリティ女性に対する差別の撤廃のために、政策的枠組みの設置や暫定的特別措置の採択を含む効果的な措置をとるよう促す、 2 マイノリティ女性の代表を意思決定機関に任命するよう促す、 3 日本におけるマイノリティ女性の状況、とりわけ教育、雇用、健康、社会福祉および暴力にさらされることに関する情報を次回の定期報告に含める、 4 先住民族アイヌ、部落、在日コリアンおよび沖縄の女性を含むマイノリティ女性の状況に関する包括的な調査を実施することが勧告されています。

委員に対して働きかけるメンバーたちまた被害を受けやすい女性集団という段落では、複合差別をしばしば受けている農村女性、シングルマザー、障がいをもつ女性、難民および移住女性のグループに関する情報と統計資料の欠如に留意し、被害を受けやすい女性集団の特定的なニーズを満たすようなジェンダーに特化した政策とプログラムを採択するよう勧告されました。この他にも女性に対する暴力や政治への平等な参加の段落でもマイノリティ女性への勧告や要請が行われていますが、これらをどう活かし実現するかが今後の課題です。

続く挑戦 ―勧告をいかに実現するか

今回の審査でマイノリティ女性の問題は重要課題になりましたが、日本に戻れば、何事もなかったかのように見過ごされてきた日常にまた戻ってしまう。そうさせないための仕組み作り、マイノリティ女性に関する目に見える施策の創出が重要です。それはマイノリティ女性だけの声では変わりません。すべての声を集めて、より大きな声としていくことが大切です。そのために私たちは11月2日に18団体で勧告の実現にむけて福島男女共同参画大臣に共同申し入れを行い、男女共同参画会議に対しても男女共同参画第3次基本計画にマイノリティ女性の視点を取り入れるように要請しています。

また、全体に通じる課題としては、条約の履行・実施およびその評価を行う仕組、国内法制全体の条約適合性をチェックする仕組、報告書の作成過程へNGO・評価機関の正式な関与、条約の実効性を高める選択議定書の批准と国内人権機関の設立が条約の履行と実施のために必要です。

私たちのチャレンジは続きます。


第6回審査 その勧告をどう生かしていくか

山崎鈴子さん

マイノリティ女性として世界に関わるきっかけ

私が、女性の問題に関心を持つようになったのは約25年前です。当時私は地域での暮らしでも、解放運動でも、女性として生き苦しさを感じていました。しかしあの頃はまず部落差別をなくすことが優先で女性差別はその次という意識でした。どこの世界でもあることなのでしょうが、いつも女性が男性の下支えになっていることに言葉にできない違和感を持っていました。

そんな時、1985年のナイロビ世界女性会議があることを知り、これに参加すれば問題は解決するに違いないとの思いがつのり、参加方法を模索しました。すると愛知県が代表団を公募していたので、そこにレポートを提出し、派遣団の一員として会議に参加することになりました。私はこの会議で部落女性の実態をアピールしようと準備していましたが、その旨を団長に伝えた日の夜、部落差別について発言するのなら派遣団の資格を取り消すと連絡が入りました。恐らく日本の、愛知県の恥になるという意識があったのでしょう。そこから団長と当時の県青少年婦人室室長と出発の直前まで議論したのですがなかなか理解してもらえず、最終的には参加しないことを記者会見で説明すると言うと室長が慌てて態度を軟化させ、団長を説得した経験があります。

女性差別撤廃条約委員会審査への参加

後で分かったことですがこの会議には部落解放同盟から2人の部落女性が参加しており、もっと早くに彼女達とつながっていればナイロビでワークショップができていたのではないかと思うと非常に残念でした。そこで1995年の北京女性会議には部落解放同盟中央女性対策部(現:運動部)として参加しました。そして2003年に初めて女性差別撤廃委員会日本政府報告書審査へNGOとして事前レポート提出、ロビイングと審査の傍聴に参加しました。そこではまず部落差別の実態を伝えなければならないという当時研究所所長の友永さんの助言もあって、特徴が顕著に現れる部落女性の教育と労働に関するレポート「Minority and Indigenous Women in Japan and Fourth World Conference on Women」や写真や図を多用した冊子「日本の部落差別 歴史・現状・課題」をすべての委員に渡してロビイングしたのです。部落差別を理解してもらう上で、これらの本は非常に重要だったと思います。こういった努力の甲斐もあって女性差別撤廃委員会からの勧告の中に、マイノリティ女性に対する実態把握の欠如という文言が入ったのではないでしょうか。

部落女性の課題を地域の女性政策へ

このような取り組みの一方で、地方における女性施策の中にマイノリティ女性の視点を取り入れる活動も行ってきました。2002年に初めて公募された名古屋市男女平等参画審議会の公募委員になり、答申にマイノリティ女性の課題を盛り込むように、障害を持ったもう一人の女性委員と一緒に発言してきました。その結果2004年に出された『男女平等参画先進都市をめざして』という答申の中で、答申全4項目のうちに「障害・人種・出身などの目に見えない差別にも目を向け、きめ細かな施策を実施すること」と、「答申案実現のための仕組みづくりをすること」という文言を入れることができました。当然この答申を後押ししたのは2003年の女性差別撤廃委員会からの勧告であって、勧告が女性政策に大きな影響を及ぼすということをこのとき強く実感することができました。

マイノリティ女性実態調査活動を経て

このように大きな影響力のある女性差別撤廃委員会の勧告をどう活かしていくのか。それを部落解放同盟中央女性運動部、ウタリ協会札幌支部、アプロ実態調査プロジェクト、IMADR-JCで議論した結果、やはり私たち自身が自分達の実態を把握しなければならないということになって、それぞれの団体で女性の実態アンケート調査を実施して報告書と提言をまとめました。これにより、例えば奨学金制度が部落女性の高校進学率の上昇に直結していることや、識字教育継続の問題、有給休暇がない、死ぬまで働き続けなければならないような部落女性の就労実態等々、多くのことが明らかになりました。

そして何より、これまで調査対象であった私たちを、自らの手による調査で、感覚ではなく数字として実態把握できる存在にしたという自信につながりました。同様にニューヨークでロビイングしてきたことも、肉体的にはとても大変でしたが精神的にはとてもエンパワメントされましたので、後の人にもぜひ続いて欲しいと願っています。

「私」が考える今後の課題

私が個人として考えている今後の課題は、まず政府に対しては勧告の実施を要請していくことと、アンケート調査報告と共にまとめた提言の実施要請、そして政府の様々な意志決定機関にマイノリティ女性の声をヒヤリングしてもらうこと、更にその代表を入れることが重要だと思います。地方自治体に対しては男女共同参画審議会等にマイノリティ女性を入れることや、女性施策にマイノリティ女性についての施策の必要性を入れることがあげられます。そして運動体の中でも男女共に男女平等の意識変革や、意思決定機関への女性の参画促進が必要だと思います。

その上でマイノリティ女性のネットワークの継続や、女性運動の中にマイノリティ女性の視点をいれること、あるいは企業・自治体での研修や市民啓発の中で、マイノリティ女性や複合差別について常に意識化した研修を実施して欲しいと思っています。


マイノリティ女性の活動に焦点をあてて 映像作品を制作して

西村寿子さん

メディア問題の観点から見た第6回審査

今回、ニューヨークでのロビイングに同行して、高槻メディア・リテラシープロジェクトを共に担った岡井寿美代さん(部落解放同盟高槻富田支部)とマイノリティ女性およびIMADRの活動に焦点をあてて映像撮影を行い、帰国後、20分ほどの作品を制作しました。今日は、その活動を通してメディア問題の観点から発言します。なぜ、メディアかということですが、新聞やテレビなどの主流メディアによる情報の選別、さらに構成された「現実」が私たちの社会認識の基礎になっていることを今回の活動を通して改めて再確認したからです。

たとえば、他の人権条約の審査と同様、今回の審査の状況や、ましてやロビイングの結果、委員たちがマイノリティ女性の問題に言及したことは日本ではほとんど報道されていません。同様に9月16日の新閣僚就任記者会見で千葉法務大臣が人権侵害救済機関の内閣府への設置、個人通報制度を認めた人権諸条約の選択議定書批准、あるいは福島男女共同参画大臣が女性差別撤廃委員会最終見解に言及したことも報道されませんでした。

報道というものが単に事実を伝えるのではなく、無数にある事実の中からニュースバリューという制作者側の価値判断によって選ばれた情報だけが私たちに伝えられていることを考えればある意味で当然でしょう。しかし、メディア社会において報道されないということは、その課題が市民にとって「存在しない」のと同然ですから、私達は報道に接する際に情報の選別や「ゆがみ」に対して意識的になることが必要だと思います。

また、今回の審査でも委員会や海外のNGOは、日本の差別的・暴力的なメディア状況に強い懸念と関心を持ち、それは委員会からの最終見解にも盛り込まれました。日本はメディア大国で、多くのアニメやゲームソフトを世界中に輸出しています。つまり日本はメディア大国としての責任を自覚することなく、差別的な商品を海外に輸出し続けている国として海外から見られていることです。

メディア・リテラシーの必要性と市民メディアの可能性

いま、私たちに求められているのはメディアに対して多面的に吟味し、自らコミュニケーションを創りだしていくメディア・リテラシーの取り組みです。文字の読み書きを考えても読むことができれば書くことができます。同様に映像も分析的に読むことができれば、だれもが映像制作をすることが可能になると思います。そのことも改めて映像制作を通して確認することができました。

当日の報告では、西村さんと岡井さんが制作したビデオが上映されました。女性差別撤廃委員会による審査の様子、熱心にロビイングするメンバーや真摯に受け止める委員の様子が活き活きと伝わってきました。

関心のある方は部落解放・人権研究所啓発・販売部(TEL:06-6568-1306)までご連絡ください。

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