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2012.03.07
講座・講演録

第335回国際人権規約学習会

インドのダリット差別の現状と 差別撤廃に向けた今後の課題

ポール・ディバガーさん (ダリット人権全国キャンペーン事務局長)

本日は私たちダリットが、インドで直面している差別の実態と、排除されてきた私たちが社会的に包摂されるためのNCDHR(全国ダリット人権キャンペーン)の取り組みについてお話しします。

「カースト差別」とは
「ダリット」とは、3000年以上、インドに存在するカースト制度を構成する最下層をいいます。2001年の国勢調査によると、インドの人口の6人に1人にあたる1億6700万人が該当し、現在では1億8000万~9000万人に増えていると考えられます。カースト社会は縦の構造を形成し、人びとは「浄」と「不浄」に分けられます。この、けがれ意識による差別は、日本の部落差別を含むアジア地域のほか、アフリカやラテンアメリカの一部でも見られます。
ヒエラルキーのトップにはブラーミン(僧侶・学者)が位置し、以下、クシャトリア(支配者・政治家)、バイシャ(商人・企業経営者)、シュードラ(物づくりに携わる人々)、そして最下層にダリットが置かれています。この考え方は、ヒンドゥー教の経典「マヌの法典」に端を発し、上位カーストほど特権を持ち、ダリットになると権利はほとんどなく、義務ばかりとなります。階層ごとに結婚相手や飲食していいもの、さわってはいけないものなどが細かく規定されており、階層を厳しく分断しています。
営々と続いてきたこの教えが、独立後に不可触制を禁じる憲法や法律が制定されてからも、人びとの固定観念となって残り、ものの見方や行動に色濃く反映しています。たとえばクシャトリア出身者とダリット出身者との間で何らかのもめ事があり、警察沙汰になっても、クシャトリアの言い分が正しいと判断される傾向があります。他のカーストと結婚する自由は許されず、結婚した場合は不動産などを取り上げられたり、集団から追放されたりします。上位カーストの人たちが居住している地域で、ダリットの人たちが土地を買ったり家を建てたりすることはできませんし、水を汲んでよい場所や、学校や寺院、公共施設などでも入ってよい場所が決められています。喫茶店に入っても、同じ料金を払っているのに席やカップも区別されています。

カースト制度を支える排除の理論
しかしこれは単に、「その人たちとは接触しない(不可触制)」などという単純な問題ではなく、非常に複合的な入り組んだ形の排除のシステムです。人と交わることだけではなく、教育や雇用の機会からも切り離される、つまり社会資本へのアクセスを拒否されることによって、被差別の人びとは「私たちは人間以下だ」とか「私たちにはそういう能力がない」などと思わせられるのです。それが「ビジネスを始めよう」とか「起業しよう」という意欲を奪い、貧困から抜け出せないのです。
政治においても、政治家から任命される大臣の下に、実際に行政を執行する省庁の官僚が60人いて、その中から政務官が1人だけ選ばれますが、ダリットの人が政務官になることは拒否されています。また、排除の意図はなくても、他の人たちと違う扱いを受けることによって、結果的に差別になる場合もあります。これは2005年のインド洋大津波の時に典型的に生じました。ダリットの人たちは緊急支援の場においても、一時的に避難するセンター(シェルター)でも、しばらくして援助物資が届いても、復旧・復興のプロセスの中でも、排除の論理によって差別を受けていました。
あるダリットの詩人はこうした排除の現状をこう言い当てました。「私たちは自分たちの国の中にいる外国人だ」と。残念なことに、インドではこの構造を正しく理解しようという取り組みがなされてこず、むしろ政府は、それを利用して巧妙に政策を組み立ててきました。ノーベル経済学賞の受賞者であるアマルティア・センは、カースト制度を維持するものは「ダリットにはまったく自由がない」という考え方と、「浄・不浄の度合い」であると指摘しています。

ダリット差別の現状と経済的背景
インドは現在、非常に経済発展を遂げていますが、ダリットの村がその恩恵に浴することはなく、水道や道路も整備されないままです。また、ダリットの多くは、職業の自由はなく、債務奴隷として大地主のもとで働いたり、人糞処理やと畜や皮革の加工、ごみの収集、太鼓をたたくといった、人の嫌がる劣悪な環境の仕事に安い賃金で就いたりしています。下水設備を整えることのできる技術も経済力もあるにもかかわらず、放置しているのです。子どもたちは学校に通えないので思うような仕事に就けない、あるいは債務奴隷に陥るという悪循環が続いています。
ダリットの人びとがこれらの慣習に反する言動をした場合、暴力や残虐行為となって返ってきます。統計によると、年間2万4000件の残虐行為がダリットに対して行われていますし、毎日、3人のダリットの女性がレイプ被害を受け、2人のダリットが殺され、2軒のダリットの家が焼打ちにあっています。これらは見せしめという意味合いも強いのです。
もちろん、ダリットに対する暴力や、手作業による人糞の処理を禁止するなどの法律が作られていますし、その法律の実施を監視する人権委員会などの制度もありますが、機能していないのが現状です。
私たちが2000年に565の村で調査を行ったところ、「農業労働に就くことを拒否」35.5%、「賃金を支払う際に手で渡さない」37%、「同一労働なのに低賃金」24.5%、「(高賃金である)住宅建設での雇用を拒否」28.7%、「共有の牧草地に入ることを拒否」20.9%、「灌漑設備の使用を拒否」32.6%、「ミルク協同組合でのミルク販売禁止」46.7%、「協同組合からミルクの購入禁止」27.8%、「市場での農産物の販売を妨害」35.4%などという差別の実態が明らかになりました。
こうした差別は、元来の宗教的・文化的な側面に加え、経済的な側面を強く持っています。同一労働であってもダリットの人びとには10%程度安い賃金で許されるという慣行があり、それによる利潤が1兆ドルです。いつでも安価な労働力を提供できる存在として留め置かれているのです。

懸念される極右勢力の台頭
インド憲法の草案作成者であり、カースト制度反対運動の指導者であるアンベトカル博士は、このカーストの問題、排除の問題をインド憲法に組み込み、憲法制定議会でこう演説しました。「私たちには今、2つの選択肢がある。マヌ法典(カースト制度の実施を規定した法律)と、今ここに作られようとしている民主的な憲法だ。どちらを選び、どう実施するのか、非常に重要な時期である」と。60年経った今も、それが当てはまるのです。
特に今、懸念されるのは「ヒンドゥートゥワ」という極右勢力が台頭し、都市に住み公教育を受け、それなりの一流企業に雇用されている若い人たちが取り込まれていることです。彼らは公教育を受けているにもかかわらず、あるいはインターネットの技術を持っているにもかかわらず、「アファーマティブ・アクション(差別撤廃措置)はさまざまな多様性を妨害する」「アファーマティブ・アクションによって私たちの教育や雇用などへの参加が脅かされる」などと考え、だからこれはデメリットに働くのだと主張しています。上位カースト出身者の中に、ダリットあるいは他のカーストとの間にそんなに大きな違いはないと考え、ダリットのコミュニティにも関わろうとする人たちが生まれている一方、極右に走る若者は今まさに動きつつある社会の中枢を占めており、憂慮すべき事態となっています。

NCDHR創立以来の取り組み
NCDHRは1998年に組織されました。ダリットに対する社会的・経済的・政治的・文化的または宗教的な排除や抑圧が、複合的にダリット全体の発展に対する権利を拒否すると分析し、特に社会的な排除と政治的な排除に立ち向かうことに焦点を絞ってさまざまな活動を行っています。
社会的排除に対しては、侮辱や暴力行為を受けた際に、いかに警察に訴え提訴するか、弁護士をどのように使うかといったことを、これまで2000人の人権活動家にトレーニングし、ダリットのコミュニティ自体にも、こうした行為を許さない力をつけることに力を注いできました。私たちが始めたこの手法は、現在は他の人権活動団体にも普及しています。政治的な排除に対しては、留保制度を活用し、国や地方議会に議席を確保し、法律の制定や運用に参加しようとしています。
ダリットが勇気を持ってさまざまな差別を拒否し、社会がそれを受け入れることを目的とした啓発活動にも取り組んでいます。世界に向けては、国連人権高等弁務官事務所があるスイスのジュネーブで、人糞処理の仕事に就いている人たちが、作業の際に使う独特の籠を焼いて、インドではまだこのようなことが行われていると訴え、毅然としてそれを拒否する決意を示しました。国内向けには、裁判を皆で使う運動や女性の権利向上のキャンペーンを全国規模で展開しています。

ダリットの経済的自立を目指して
特にこの5年間は、ダリットの経済的な自立を勝ち取り、経済的な排除を打ち破るための活動を行ってきました。インドの市場は今もカーストよって支配されており、労働市場、信用市場、資本市場などにダリットが入ることは許されてきませんでした。ダリットの経済的自立を阻む要因は大きく2つあると考えられますが、そのひとつは、教育や技術習得の機会からの排除です。ダリットの学生たちも奨学金制度を利用することができますが、人口比からみても奨学金受給者は非常に少なく、受給に必要な情報も十分提供されていません。
さらなる要因は、予算が適切に執行されていないことです。教育や保健、公共設備など発展のための国家予算の16%はダリットのコミュニティに配分されることになっていますが、十分に執行されていません。農村から職を求めて都市に流入し、路上生活をしながら安い賃金で働かされているダリット出身者も増えています。私たちは、そうした人びとへの職業訓練や就職の援助に対して、予算を配分するように政府に訴えています。この2点は、私たちがもっと踏み込んでいかなければならない分野です。
民間企業での雇用においても、残念ながら十分な社会的責任が果たされていません。5年ほど前、民間企業と雇用について話す機会があったのですが、出身カーストによって採用が左右されることはないとの回答でした。しかし実際には、どのような教育を受けてきたかが重視されますし、ダリット学研究所とイギリスのプリンストン大学教授との合同調査によると、下位カーストの所属者には採用選考時にハンディが付き、ハンディがない上位カーストの応募者の方が多く採用されていることが分かっています。たとえば、ダリット出身者が高等教育を受けて弁護士になろうとしても、雇用してくれる法律事務所はなかなかありませんし、雇用されたとしても、法廷に立つ機会はなく、その準備のための事務的な作業をさせられます。そのため結局、故郷の村に戻って人糞処理や皮革加工などの親の仕事を継ぐ人も少なくありません。
私たちがNDCHRを組織した当初、社会運動としてさまざまなところに異議を申し立てて圧力をかけることが、社会を変えるための大きな手段だと信じて活動してきましたが、現在、社会を構成する様々なステイクホルダーと協力しながら、経済発展とともに平等を保障する社会の仕組みを作ろうとしています。今後、インドにおいて企業活動の活発化が予想される中、日本の皆さんとの交流を通じて、企業における被差別者の雇用の取り組みや社会的企業について学びたいと考えています。今日はその機会を与えていただいたことに改めてお礼を申し上げます。


ポール・ディーバーガーさんは2012年1月21日より26日まで日本に滞在されました。大阪では国際人権規約連続学習会以外にも、マイノリティ研究会で報告、部落解放同盟大阪府連合会や大阪同和・人権問題企業連絡会との懇談、解放同盟西成支部等を訪問・視察されました。東京では山根外務副大臣との面談、部落関連施設の見学、部落解放同盟東京都連合会との懇談会などを精力的にこなされました。
今回の日本訪問がインドと日本の被差別マイノリティの運動の大きな懸け橋となったことに感謝して帰国されました。これからますますつながりを深め、世界の被差別運動を発展させていきましょう。