講座・講演録

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2012.07.27
講座・講演録

第339回国際人権規約学習会

戸籍謄本等の不正入手事件と本人通知制度について

片岡明幸さん(部落解放同盟中央執行委員)

本人通知制度とは、市区町村の窓口に事前に登録した人の戸籍や住民票を他者が取った場合、役所がその旨を本人に通知するというもので、大阪府では43中30市町村で、埼玉県では全64市町村で実施されています。埼玉県の場合、5月段階での登録者数は5,271人で、内訳は旧同和地区住民が約3分の1、大半は市の広報誌などを見て、自分の情報を守りたいと考えた市民です。制度が採用されて1年間に通知を受け取った人は85人で、ざっと登録者の50人に1人でした。登録数そのものは、まだ全人口の1%以下ですが、単純に言うと、かなりの人の住民票や戸籍が、知らない人によって取られていることになります。

相次ぐ戸籍の不正取得事件
この制度が出来た背景には、国家資格を持つ行政書士や弁護士などが他人の戸籍や住民票を不正に取得したうえで横流しする事件が全国的に相次いだからでした。興信所や探偵社の依頼を受けた行政書士などが、「職務上、戸籍などの取得が必要だ」と偽って取っていたのです。
2005年に兵庫や大阪で行政書士3人が約1500通の不正取得をしていたとして摘発された事件をはじめとして、翌年には名古屋市内の興信所が「入院中の知人から取得を頼まれた」などと委任状を偽造して不正取得を行っていたことが発覚し、興信所の社長が逮捕されました。委任状で取る場合、窓口で運転免許証など本人であることを証明するものを提示しなければならないので、発覚するリスクはありますが、この興信所はその手口で1年間に1億8000万円を売り上げていたということです。
さらに翌年、横浜市内の興信所が、三重県伊勢市の行政書士を通じて511件の不正取得をしていたとして、県はこの行政書士に業務停止10か月の処分を科しました。興信所の社長は、自分はトンネル会社で、行政書士に取り次いでいるだけで、顧客の依頼を受けているのは別の会社だというのですが、依頼の半分は結婚相手の身元調査だと言いました。
昨年11月には、申請書そのものを偽造して不正取得したとして、横浜の探偵社社長や司法書士ら5人が逮捕されました。不正取得事件が相次いで監視の目が厳しくなったため、全国の興信所の依頼を「情報屋」と呼ばれる複数の会社が取り次ぎ、それを横浜の興信所が集約して情報を東京のプライム総合法務事務所に流し、司法書士の名前で偽造した申請書で取得するという手法です。司法書士は、「司法書士求む」という新聞広告に応じて面接に行くと、ハンコと業界の申請書を渡してくれれば月35万円払うと言われて応じただけだ、と関与を否定しています。
プライム事件と呼ばれているこの事件の裁判では、元交際相手の女性の情報を取得し、ストーカー行為や親族への嫌がらせを繰り返していたケースと、県警の暴力団担当刑事の家族情報を取得し、事件から手を引くように脅迫していたケースが挙げられました。このように身元調査は、ただ調べられるだけでなく、大なり小なり、何らかの実害をこうむるのです。裁判で取り上げられたのはこの2件だけですが、この事件だけで1万件以上の不正取得が確認されており、主犯格である東京の会社社長は「当社が受けていたのは、全国の裏の依頼の3分の1くらい」と裁判で述べていますので、この数字も氷山の一角にすぎないということです。この事件では3年間に2億3500万円という途方もない額を稼いでいたことが明らかになり、判決では、会社社長に実刑3年、興信所社長には2年6か月、司法書士には罰金250万円が科せられました。

身元調査事件は一つながりのもの
これらの身元調査事件は突然起きたものではなく、1967年の壬申戸籍事件を最初として、75年の部落地名総鑑事件、2005年以降の司法書士らによる事件は、一つながりであると考えるべきものです。壬申戸籍事件とは、明治5年(壬申=みずのえさるの年)にはじめて編纂された本格的な戸籍には族称を記入する欄があり、部落の場合は「新平民」「元穢多」などと書かれるのが一般的でした。この戸籍が、手数料を払えば戦後になっても閲覧できる状態にあったのです。これが、結婚差別や就職差別に使われていることが発覚し、部落解放同盟が強く抗議して、すべて回収の上、各都道府県の法務局が封印しました。
この事件の反省から法務省は戸籍の一般閲覧を禁止しましたが、調べる手立てがなくなったことで、新たに全国の同和地区の所在地を一覧にした地名総鑑がつくられ販売される事件がおきました。部落地名総鑑事件と呼ばれている事件ですが、事件の反省から他人の戸籍などを取得できるのは司法書士など特定事務従事者(8士業)に限るという制度が作られました。そして30年後、その制度を悪用した今回の一連の事件が出てくるわけです。
戸籍をめぐる身元調査で、私たちが注視しているのは結婚相談所による調査です。特に農村部では、今でも社会福祉協議会が設置している公設の相談所がけっこうあり、登録時に独身であることを証明するために戸籍謄本を取らせたり、申込書に本籍地や既往症(病歴)、家族の職業といった個人情報を記入させたりしています。結婚相談所の管轄は経済産業省ですので、これでは国が身元調査を奨励しているようなものです。
私たちは結婚相談をする場合の情報提供として▽戸籍あるいは病歴、障害の有無、国籍など差別や偏見を助長するような情報を提供しない▽家族の職業、教育歴など本人に責任のない情報は提供しない▽支持政党や宗教など思想信条の自由として憲法に保障された権利を守る――という3点を求めています。埼玉県ではおおむね是正されましたが、結婚相談所の相談員の中には「相談所に来る人は皆、いろいろ聞きたがるので、ある程度それに応えないと話がまとまらない」と語る人が複数、いました。

身元調査防止への動き
こうした身元調査の問題について、部落解放同盟などが国に働きかけた結果、2006年6月に探偵業法が制定され、それまで自由に開業できた興信所や探偵社は、公安委員会に登録することが義務づけられました。埼玉県では年1回、県警が登録業者を訪問し書類などを点検しています。高度なプライバシーを扱う業務ですから、本来なら免許制にするとか、せめて年1回の講習会を義務づけることなどを求めています。
同年10月に、住民基本台帳の商業用閲覧が禁止になりました。閲覧によって「高齢者のひとり暮らし」「若い女性のひとり暮らし」などの情報を得て、犯罪に利用する事件が多発したためです。2007年4月には、今回の事件を受けて戸籍法が改正され、取得の際には司法書士など職務上、必要な場合でも身分証の提示が義務づけられ、違反した場合の罰則も強化されました。
最初に紹介した本人通知制度は、大阪狭山市で導入され、埼玉県でもそれにならって採用されました。この1年で、全国各地で採用が進み、現在、約180の市区町村で採用されています。採用に消極的な自治体の中には、費用を要するので難しいと言われるところもありますが、たとえば私が居住しているさいたま市では、市役所に専門のコンピュータプログラミング業者が常駐して、メンテナンスなどの業務を行っています。毎年、何らかのプログラム変更を行っていますから、この制度のためだけに一から特別な予算が必要というわけではないのです。
この制度の意義は、何といっても身元調査のための戸籍・住民票の不正取得を防止する効果があることです。制度を導入した行政の担当者の話でも、下手に取ると本人にばれるので、うっかり取れないという雰囲気に変わってきたとのことでした。特に偽造の委任状を用いた代理人による不正請求は、100%シャットアウトされます。ただし、実施している自治体としていない自治体があったのでは効果は薄く、全国どこでも不正に取得すると発覚することで、身元調査による被害を防ぐことができます。やる気になればすぐに実現する制度ですから、改めて導入をお願いするものです。

各分野における課題
最後に、いくつか課題を挙げておきます。まず市町村については、不正防止の観点から、市民課の窓口職員には実態を踏まえて厳正に対処することを求めます。法律上、身分証を提示することは義務づけられましたが、代理人が来る場合もありますし、郵便で請求される場合もあります。特に郵便の場合、返信用封筒のあて名が興信所になっていても、事務的に返送しているところさえありました。
行政書士などに対しては、行政による指導を徹底し、違反があった場合は厳しく対処してもらいたい。研修会を開催しても参加しない人も多く、埼玉県では市町村の人権課の担当者が個別に訪問して違反事例を紹介するなどして法の順守を指導しています。
余談になりますが、兵庫県の事件があった時、埼玉県上尾市の複数の司法書士に、戸籍などを取得するのに「1件いくらで名義を貸してほしい」と依頼する電話があったそうです。8士業の免許を持っていても開業できず業務に従事していない人も多く、実際、今回、名義を貸して逮捕された司法書士は、司法書士と行政書士の有資格者なのですが、開業したものの顧客がつかず3ヵ月で閉鎖し、事件当時はタクシーの運転手でした。司法書士の世界でも「格差」が広がっているという今日的背景も踏まえて、業界としても取り組みを強化してほしいと思います。
さらに、先ほど紹介した本人通知制度に加えて、今回の一連の事件のように、情報が犯罪に利用された場合、登録のあるなしに関わらず本人に通知する「事実告知」もぜひ実施してもらいたい。不正な身元調査は、ストーカーなど実害を伴い、しかも本人はなぜこのようなことになるのか分からないわけですから、本人に知らせることで、少しでも被害を軽減できます。東京都墨田区などで導入されています。
企業については、公正採用選考に関連して設置が義務づけされている人権啓発推進員を置き、国の指導に沿った指導書を使用する、あるいは公正採用のマニュアルを作るといった取り組みをぜひお願いします。2009年に埼玉県人教と部落解放同盟埼玉県連が共同で、公正採用選考について県内の企業にアンケート調査を行い、2090社中、638社から回答を得ました。そのうち2割は統一応募用紙を使っておらず、うち8社が「過去3年間に採用選考にあたって近隣の住民に本人の評判を聞いたり興信所に調査を委託したりしたケースがありましたか」という問いに「している」と回答しました。正直と言えば正直なのですが、平気で回答すること自体、問題意識のなさを示しているとも言えるでしょう。
同時に、採用される学生の側に対しても、高校や大学に在学中に、就職の際に自分たちの権利擁護の人権教育が必要になってきます。