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2014.04.03
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国際人権規約連続学習会

世界人権宣言大阪連絡会議は、水平社宣言のユネスコ世界記憶遺産登録運動を受けて、世界遺産総合研究所所長の古田陽久さんを迎え、2014年1月21日(火)に第357回国際人権規約連続学習会を開催しました。報告要旨は以下の通りです。(事務局)

357回国際人権規約連続学習会

ユネスコ世界記憶遺産とは何か

古田 陽久 さん(世界遺産研究所所長)

はじめに
昨年の12月5日、南アフリカの元大統領でノーベル平和賞受賞者のネルソン・マンデラ氏(1918~2013年)がこの世を去りました。
白人による人種差別・隔離政策であるアパルトヘイト政策からの解放闘争、全人種参加の総選挙の勝利と大統領就任、それに諸演説などの肉声を収録したテープなどの視聴覚記録「解放闘争の生々しいアーカイヴ・コレクション」(ドクサ・プロダクション所蔵)が2007年に「世界記憶遺産」に登録されています。
一方、同じく昨年の12月10日に「世界人権宣言65周年」を迎えました。1948年12月に国連総会で採択された「世界人権宣言」は、アメリカ合衆国第32代大統領フランクリン・ルーズベルトの夫人であるエレノア・ルーズベルト(1884~1962年)によって起草されました。彼女の人権活動など類い稀な功績を構成する著作、談話、それに、視聴覚記録を常設展として集積した「エレノア・ルーズベルト文書プロジェクトの常設展」(フランクリン・ルーズベルト大統領図書館所蔵)も、20世紀の重要な記録として、昨年6月に「世界記憶遺産」に登録されています。
この二つの「世界記憶遺産」は、本稿の主題である「ユネスコ世界記憶遺産とは何か?」を理解する上で、わかり易い事例といえるでしょう。

ユネスコ世界記憶遺産とは
ユネスコ(国連教育科学文化機関:本部パリ)は、1992年に、歴史的な文書、絵画、音楽、映画などの世界の貴重な記録遺産を保存し、利活用することにより、「世界記憶遺産」を保護し、促進することを目的とした、「世界の記憶」プログラム(Memory of the World Programme)を開始しました。
この「世界記憶遺産」(Memory of the World 略称:MOW)のプログラムの目的は、ユネスコ加盟国が自国の記憶遺産についての認識を高め、自国の記憶遺産を保護する上で、国、団体、国民の記憶を呼び起こすと共に、世界的に、または、国単位で、地域的に意義のある記憶遺産の保存を奨励し、記憶遺産ができるだけ多くの人に利用できるようにすることと、コンパクト・ディスク、ウェブサイト、アルバム、本、ポストカードなどの媒体を通じて、「世界記憶遺産」の概念のPRを促進することなどです。
このプログラムの事務局は、ユネスコ本部の情報・コミュニケーション局知識社会部ユニバーサルアクセス・保存課が担当しています。
世界史において重要な意義を有する「世界記憶遺産」は、2年毎に開催される国際諮問委員会(略称IAC ユネスコ事務局長が指名した14名の有識者から構成)で選定されます。国際諮問委員会は、これまでに、1997年9月にウズベキスタンのタシケント 、1999年6月にオーストリアのウィ-ン、2001年6月に韓国の慶州 、2003年8月にポーランドのグダニスク、2005年6月に中国の麗江、2007年6月に南アフリカのプレトリア、2009年7月にバルバドスのブリッジタウン、2011年5月に英国のマンチェスター、2013年6月に韓国の光州の各都市で開催されてきました。

世界記憶遺産の登録事例
「世界記憶遺産」には、これまでに、中国の「清代歴史文書」、韓国の「朝鮮王朝実録」、英国の「マグナ・カルタ」、フランスの「人権宣言」、ドイツの「ベートーベンの交響曲第九番の草稿」や「ゲーテの直筆の文学作品」、オランダの「アンネ・フランクの日記」、それに、オランダ、インド、インドネシア、南アフリカ、スリランカの複数国5か国にまたがる「オランダの東インド会社の記録文書」など、103か国、それに、国際機関の赤十字国際委員会(ICRC)、国際連合ジュネーブ事務局(在ジュネーブ)、国際連合パレスチナ難民救済事業機関(在エルサレム)、インターナショナル・トレーシング・サービス(ITS)国際委員会、民間団体のクリストファー・オキボ財団(COF)が登録推薦書類を提出した300件が「世界記憶遺産リスト」に登録されています。

人権/人道の問題に関連した世界記憶遺産
「世界記憶遺産」は、国連の国際デーである1月27日の「ホロコースト犠牲者を想起する国際デー」、3月21日の「国際人種差別撤廃デー」、12月10日の「人権デー」とも関連のある下記の様な重要な記録も登録されています。
● フィリピンの人民の力革命のラジオ放送 2003年登録 フィリピン
● ツール・スレーン虐殺博物館のアーカイヴス 2009年登録 カンボジア
● 韓国光州民主化運動の記録  2011年登録 韓国
● 人間と市民の権利の宣言(1789~1791年) 2003年登録 フランス
● 1980年8月のグダニスクの二十一箇条要求:大規模な 社会運動で労働組合の連帯が誕生  2003年登録 ポーランド
● バルトの道-自由への行進での三国を繋ぐ人間の鎖 2009年登録 エストニア/ラトヴィア/リトアニア
● ドミニカ共和国における人権の抵抗と闘争に関する記録遺産(1930~1961) 2009年登録 ドミニカ共和国
● チリの人権のアーカイヴ  2003年登録 チリ
● 恐怖の記録文書 2009年登録 パラグアイ
● 1976~1983年の人権記録遺産-国家テロ闘争での真実、正義、
●記憶のアーカイヴス 2007年登録 アルゼンチン
これらのうち、フランスの「人間と市民の権利の宣言」(1789 ~1791)は、パリのフランス国立歴史図書館に手書きの原本が所蔵されています。
「人間と市民の権利の宣言」は、絶対王政による専制政治の打倒と封建的なアンシャン・レジームの廃止をめざし、18世紀末にフランスで起きた市民革命であるフランス革命(1789~1799年)の基本原則、すなわち、人間の自由と平等、人民主権、言論の自由、三権分立、所有権の神聖など17条からなる宣言です。単に「人権宣言」とも呼ばれ、通常は、「世界人権宣言」などの他の「人権宣言」と区別するために「フランス人権宣言」とも呼ばれます。憲法制定への第一段階として、フランス革命当初の1789年8月26日に憲法制定国民議会によって採択されました。
フランス革命の遺産ともいえる「人間と市民の権利の宣言」は、1948年に国連で採択された、すべての人民とすべての国民が達成すべき基本的人権についての宣言である「世界人権宣言」の基礎を形成しました。
「人間と市民の権利の宣言」は、文化、宗教、政治、経済、社会の違いを越えてすべての人間の権利と義務を確立する普遍的価値を有する文書であることから、2003年に世界記憶遺産に登録されました。

日本の世界記憶遺産
2011年5月に開催された第10回国際諮問委員会において、「山本作兵衛コレクション」が、日本初の「世界記憶遺産」として登録されました。「山本作兵衛コレクション」は、筑豊の炭坑(ヤマ)の文化を見つめた絵師・山本作兵衛(1892~1984年 福岡県飯塚市出身)の墨画や水彩画の炭坑記録画、それに、記録文書などの697点で、田川市石炭・歴史博物館、福岡県立大学附属研究所(福岡県田川市)に、保管・展示されています。
 そして、2013年6月に開催された第11回国際諮問委員会では、日本政府の推薦では初めてとなる、支倉常長がヨーロッパから持ち帰った遺品である仙台藩の日欧交渉を伝える「慶長遣欧使節関係資料」(国宝 仙台市博物館所蔵 スペインとの共同登録)、それに、世界最古級の自筆日記である藤原道長の「御堂関白記」(国宝 陽明文庫所蔵)の2件が「世界記憶遺産」に登録されました。
2015年の第12回国際諮問委員会では、京都の東寺(教王護国寺)に伝来した約2万5千通の中世史や仏教史をひもとく貴重な史料である「東寺百合文書」(国宝 京都府立総合資料館所蔵)の登録が期待されています。
また、南九州市が「知覧特攻資料」(知覧特攻平和会館所蔵)、舞鶴市が「シベリア抑留や引き揚げに関する資料」(舞鶴引揚記念館所蔵)の「世界記憶遺産」登録をめざしています。

「世界記憶遺産」への登録手続き
登録申請者(国、地方自治体、団体、個人のいずれでも可能)は、ユネスコに登録推薦書類を提出します。(2年に1回、1か国につき2件までの制限)、登録推薦書類に不備がなければ、登録推薦書類の評価を行う登録分科会(国際諮問委員会、あるいは、ビューローによって指名された議長と専門家から構成)に移管されます。登録分科会は、通常会合の少なくとも1か月前に、国際諮問委員会に評価レポート(「登録」あるいは「却下」について、理由を付して勧告)を提出、国際諮問委員会の決議を踏まえ、最終的には、ユネスコ事務局長が決定、その結果を登録申請者に通知、メディアに公表という手順になります。
「世界記憶遺産」の選定基準は、第一は、真正性、すなわち、複写、模写、偽造品でないかの確認、第二は、独自性と非代替性、第三は、基準①年代(例えば、最初の)、基準②場所(例えば、発祥の)、基準③人物(例えば、傑出した)、基準④題材・テーマ(例えば、画期的な)、基準⑤形式・様式(例えば、ユニークな)のうち一つ以上の基準を満たす必要があります。最終的には、希少性、完全性、劣化などの脅威、適切な管理計画などが考慮されます。

「水平社宣言と関連資料」の世界記憶遺産への
登録可能性
「水平社宣言」は、1922年(大正11年)3月3日、京都市内の岡崎公会堂で開催された被差別部落民の差別解消のために結成された自主的な解放団体である全国水平社の創立大会の場において、戦前日本の部落解放・社会運動家の駒井喜作(1897~1945 年)によって朗読された「人の世に熱あれ、人間に光あれ」 と結ぶ宣言文であり、その歴史的意義は大きいと言えます。起草者は、同じく部落解放・社会運動家の西光万吉(1895~1970年)で、この時に配布された「水平社宣言」 の宣言文は、京都市にある柳原銀行記念資料館と奈良県御所市にある水平社博物館などに所蔵されています。  
この「水平社宣言」によって、部落解放運動の勃興が全国に知らしめられました。 全国水平社は、融和運動を克服、絶対の解放を期して、糾弾闘争を強化しましたが、 第二次世界大戦中は、活動を停止したものの、戦後の1946年に部落解放全国委員会として復活、1955年に部落解放同盟と改称し、その活動を発展させました。
「水平社宣言と関連資料」の世界記憶遺産への登録可能性としては、日本の歴史上、ある意味で、「日本人権宣言」ともいえる重要な記録ではあっても、果たして、世界的な重要性を有する記録遺産かどうかが問われ、それを立証する確たる記録に基づいた登録推薦書類の作成がポイントになります。そして、最も適切な保存手段を講じることにより、関連の文書、印刷物、写真、音声、映像などの重要な記録遺産の保存を奨励し、デジタル化を通じて、全世界の多様な人々のアクセスを容易にし、平等な利用を奨励して、日本の「水平社宣言」の意味や意義を全世界に広く普及することにより、その認識を高めることです。

おわりに
「世界記憶遺産」は、人類の歴史的な文書や記録など忘れ去られてはならない貴重な記憶遺産であり、地球上のかけがえのない自然遺産と人類が残した有形の文化遺産である「世界遺産」、人類の創造的な無形文化の傑作である「世界無形文化遺産」と共に、消滅、あるいは、忘却されることのない様に、あらゆる脅威や危険から保護し、恒久的に保存していかなければなりません。
昨今は「遺産」ブームで、各分野を代表する「遺産」が選定・登録されています。「世界記憶遺産」は、「世界遺産」、「世界無形文化遺産」と共にユネスコが所管する三大遺産事業の一つですが、それぞれの遺産事業の目的、対象、仕組みなどの違いも認識しておかなければなりません。
今後、この分野の研究の広がりと深化、それに、世界、そして、日本の歴史上、重要な出来事などの記録を「世界記憶遺産」に登録していくことは、世界史、人類史的にも重要であると思います。

<参考文献>
古田陽久・古田真美著「世界記憶遺産データ・ブック―2013~2014年版―」シンクタンクせとうち総合研究機構 発行
古田陽久著「世界記憶遺産の旅」 2013年2月5日から聖教新聞に30回連載