大阪・鶴橋で何が起こっているのか
大阪市生野区は5人に1人が韓国・朝鮮籍者です。日本国籍を取得した人、父母、祖父母、配偶者などの家族に在日コリアンが含まれる人たちを加えると、さらに多くの住民が朝鮮半島ルーツで占められています。その町で、この1年程、差別、侮蔑、憎悪・排斥の暴言と扇動、殺害予告と暴力が繰り返されています。
始まりは2013年2月24日の鶴橋駅前での街宣活動でした。3月31日にも同様の活動が行われました。翌2014年4月と7月には元在特会副会長による街宣予告があり、5月には3度のヘイト街宣がおこなわれてしまいました。9月には「お散歩」の予告がありましたが、中止されています。「お散歩」とは、デモ行進後、実質的にはデモを続けながら沿道の韓国・朝鮮物産店の客や売り子に暴言を吐き、看板を蹴るといった行為で、東京の新大久保などで行われています。10月には、過去に元従軍慰安婦の方達が暮らすナヌムの家に「慰安婦は嘘つき売春婦」と歌ったDVDを送りつけたレイシストバンド「桜乱舞流」が鶴橋市場内を示威行進する様子を撮影したミュージックビデオを公開しました。
このような活動に対して多くの市民が自発的に抗議をしています。この抗議行動や、抗議する人たちをカウンターと呼びます。前述の街宣活動が中止になったのも、大量のカウンターが集結したため中止せざるを得なくなったのです。
一方、警察・公安委員会は街宣とデモ行進を許可し続けています。街宣を呼びかけた人物は朝鮮学校襲撃事件で有罪判決を受け、執行猶予が付いているにも関わらず、その人が行う同じ趣旨の活動を許可し続けているのです。機動隊はデモ隊の左右に並び、抗議をする市民に威圧をかけています。実際、他の地域ではカウンターが逮捕、または身柄拘束される事態が起こっています。そのため地域の自治会、NPO、PTA、商店街、社会福祉団体等が共同で警察と公安委員会に、街宣の許可を取り消す嘆願書と、街宣に対処する依頼文を提出しました。生野区の住民はヘイトスピーチに対してNOの声をつきつけたのです。
もう一つ大変な問題は行政の不作為です。これだけひどい人権侵害が繰り返されているにもかかわらず、区民の安心と安全を守るべき地元行政は、少なくとも住民に伝わる形では何の行動も起こしていません。西成区役所は市民便りにヘイトスピーチを「許されない人権差別行為」と啓発をする記事を掲載しましたが、生野区はそれすらしていない。人権週間においてでさえ、ヘイトスピーチに関する取り組みは一切ないのです。
ヘイトスピーチ被害の実態
多民族共生人権教育センターが2014年8月から行っている生野区在住・在勤の在日コリアンを対象とした「ヘイトスピーチ被害の実態調査」によると「ヘイトスピーチをどのように知ったか」という質問には回答者77名の内、約5割が直接見た、聞いたと回答しています。友人・知人から聞いた人は4割、在日コリアン社会の中でヘイトスピーチが深刻な問題として語られているということです。「ヘイトスピーチを見聞きした時の感情」として、怒りや悲しみ、絶望、恐怖といった言葉が選ばれています。「気分が悪くなった」「体が震えだした」など、身体的変調を感じるほどの衝撃を受けていることや「その日以来、電車で隣の人が同じようなことを考えているかもと思うと怖くなった」「日本に住み続けることに不安を覚えるようになった」など、日常が一変し、被害が継続していることも伺えます。SNSで在日コリアンだと自己紹介すると集中的な攻撃にさらされ、ネット上の交流・情報発信という表現の自由が奪われている実態も明らかになっています。
分断された社会の溝を埋めよう
生野区は在日コリアンと日本の人びとが共に様々な課題に向き合い、それらを乗り越えて共生の歩みを続けてきた町です。その町で日本社会・日本人に対する不信が広がっています。「警察や行政がヘイトスピーチを放置している姿を見ると、日本人は心のどこかで今も朝鮮人を殺せと考えているのでは、と思ってしまう」という在日1世の言葉が象徴するように、この問題を放置することで誤ったメッセージが社会に発信され、分断が持ち込まれているのです。
私たちは在日コリアンと日本人の間に打ちこまれたくさびを取り外して、もう一度その溝を埋め戻す作業を行いたい、その一つとして、日本人と在日コリアンが協力して大阪市にヘイトスピーチ規制条例を求める署名活動に取り組むことにしました。また、要求するだけではなく、望ましい条例案について学習や議論を重ね、自ら作成する作業を通してこの分断を埋めたいと考えたのです。
その思いは「大阪市ヘイトスピーチ規制条例」(仮称)制定を求める生野区1万人署名」という活動に結実しています。現在、生野区民に限らず多くの方の署名を寄せていただいています。今後、弁護士の方々にもご協力いただいた素案の検討を重ね、1月には条例案を提案したいと思います。市民の手で、ヘイトスピーチのない大阪市、そして日本を作っていくために、ぜひとも皆さまのご協力をお願いします。
*文さんが報告された「ヘイト・スピーチの規制に関する条例」(案)は、2015年1月29日に大阪市に提出されました。「条例」(案)は公然とヘイト・スピーチをしてはならないこと、ヘイト・スピーチの被害申し立てを受ける独立した機関の設置などを明文化しています。「条例」(案)とともに、条例制定を求める18,921筆の署名、被害実態調査の最終報告も提出されました。
*集会資料
冊子「差別禁止法を求めて」
部落解放・人権研究所編
月刊『ヒューマンライツ』2013年4月号~2014年3月号に掲載したシリーズをまとめた冊子です。
差別禁止法の制定に向けて「国民的コンセンサス」つくりのための「共通の土俵」を確かなものにします。
定価500円(税込)
お求めは(一社)部落解放・人権研究所販売担当(℡06-6581-8619 Email human@blhrri.org)まで |