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2010.01.18
部会・研究会活動 <行財政部会>
 
行財政部会 学習会報告
2009年12月7日

行財政改革と自治体人権政策

中川幾郎(帝塚山大学教授、部落解放・人権研究所理事)


行財政改革と政策評価

本来の行政改革とは、限られた行政資源を前提として、多様な価値軸に立ちながら政策の優先劣後(トレード・オフ)を明確にし、政策の多面的な有効性を追求するシステム改革であり、それを支援し裏づけするのが財政改革である。つまり、行財政改革とは単なる経済性(コストダウン)のみを追求する改革ではない。

また、行政施策における評価を考える際には、理念なくして政策なく、政策なくして計画なく、計画なくして実施なし、というのが本来の姿である。経営の世界では理念を「使命(Mission)」と考え、政策に相当する次元をさらに詳しく「目標(Objective)」と「戦略(Strategy)」に分ける。また計画・施策に相当する次元を「戦術(Tactics)」と考え、そして実施の次元を「遂行(Execution)」と「管理(Control)」に分ける。このうち、実施については経済性を執行評価として、計画・施策については効率性を執行評価としてそれぞれ数値化できるが、政策や理念の数値化は困難である。これらは短期マネジメント・サイクルで効果測定できるものではなく、中・長期評価、有効性(アウトカム)で評価されなければならない。この行政が追求する公益型アウトカムは例えば、環境、人権、安心、安全、信頼などの領域をいう。

指定管理者制度

指定管理者制度の発足に際して、総務省自治行政局長通知として目的を4点示している。<1>住民の平等利用の確保(公平(平等)性)、<2>管理経費の縮減(経済性)、<3>管理を安定的に行う物的・人的能力の確保(安定性)、<4>施設効用の最大化、であるが、「施設効用の最大化」を測ることなく安ければいいという民営化の指向には注意しなければならない。

「公の施設」も単純に一律名ものだと理解すべきではない。例えば、学校は指定管理者制度で採用できない公の施設になり、残る「公の施設」にも2通りの分類をすべきである。ひとつは「ファシリティー(facility)=施設」であり、駐車場や駐輪場などの市場機能補完型であり単純反復サービス供給の施設として民営化しやすいと考えられるものであり、もうひとつは「インスティテュート(institute)」にであり、博物館・図書館・公民館・美術館・公立文化ホール、男女共同参画センター・隣保館・青少年センター等がこれに該当する。とくに、「インスティテュート」は単なる貸し施設ではなく社会開発施設であり、その中の組織と施設が一体となって社会的課題を解決していくためにワンセットとすべきもので、その施設が担う解決能力、調査能力、対応能力がある団体でなければ管理者としてふさわしくなく、そこの部分の適正な審査が必要である。

また、「市民満足度」ということにも注意しておきたい。なぜならば、市民といっても公共サービスの消費者という立場の場合もあるが、一方では納税者、つまり租税負担者という立場にも立っている。市民を単なる消費者ととらえ迎合し続ける政策は一時的には多数の賛同を得られても、いずれ過剰サービスとコスト増大のために破綻してしまい、次の段階では租税負担者としての市民の反発が待つことになるからである。「市民満足度」とは何か、しっかりと考えなければならない。

人権・同和行政

2002年3月、「同和対策事業」の特別措置法が失効し、同和行政が人権行政の重要な課題としてあらためて明確にされていくか、あるいは人権一般の中に閉じ込められて埋没していくかが問われることとなったが、「国の法律がなくなったので…」と後ろ向きに構えている自治体もみられる。しかし、むしろ国の法律が失効した段階で、地方公共団体して独自に固有の責任ある業務を進めていくべきであり、その際大切なのは法失効後、あらためて地域の実態はどうなっているのか、市民意識はどうなのか等についてさまざまな指標に基づく調査・分析し、そこからこれからの同和行政の方向を打ち出していくべきである。調査なくして政策なし、政策なくして計画なし、計画なくして施策実行なしという基本的前提を忘れてはならない。

人権・同和行政の際に次の3点を重視したい。<1>地域性、<2>総合性、<3>当事者性である。地域性は、それぞれの地域特性、住民特性や構成に対応した個性的なものになる。総合性は、行政各部門を横断した総合性の確保と行政内部の連携強化である。そして当事者性は何よりも重要で、現状調査、理念構築、政策形成・立案、施策設計、事業実行及び評価等の各ステージにおける当事者参画である。

同和問題を解決していく上で大きな役割を果たしてきた同和行政は、実はこの「地域性」、「総合性」、「当事者性」の3原則と「パートナーシップ」を、他の行政領域に先んじて開発してきたといえる。つまり、同和行政は、自治体と関係住民・団体との協働による「まちづくり」の、困難ではあれ先駆的な端緒を切り開いてきたのであり、そこではソフト・ウェア面、ハード・ウェア面などの整備だけではなく、まちづくりの根本的な担い手であるヒューマン・ウェア(人材)も開発されてきており、これらの成果をあらためて他の人権領域や一般行政施策にも積極的に応用注入していくべきであろう。

また、国連規約人権委員会が1998年に日本政府に対して勧告の中で、「人権行政の水準は世論調査の結果によって決めるものではない」と述べている。理由は、人権の救済対象となる人びとはほとんど社会的マイノリティであり、マイノリティに対する施策を多数決で決めていたら多数の横暴で踏みにじられる危険性があるからである。ならば、守るべき人権の基準とは何かというと、<1>人民の自決権(自己決定権)、<2>あらゆる差別の撤廃、<3>男女の平等、の3つの原則を持つ国際人権規約であり、この人権水準に日本国政府も地方政府も努力していく責任がある。

なお、一般的に「公益」という場合、不特定多数の第三者利益と定義されているが、人権施策における「公益」については規約人権委員会の勧告に留意し、その定義についてしっかりと議論を深めていくべきである。

自治基本条例

自治基本条例とは、自治体経営の自立と地域社会経営の確立を志向して、それらのシステムを条文として明記した条例であり、住民の参画と協働による「行政改革」と、住民自治システムの実体化をつうじた「地域社会改革」をめざしていくものである。また、自治基本条例は、住民、議会、行政の三者に関する役割や行動原則(規範)を規定した条例であり、それ以外のものは住民による地域づくりなどを規定した「まちづくり条例」や行政の基本規範を定めた「行政基本条例」となる。

さらに、自治基本条例は、自治体の独自最高規範であり、憲法、地方自治法に基づく自治システムの再掲化とあわせて、自治体独自の制度(例えば、外部監査、住民参画による行政評価制度、住民自治協議会制度、住民投票制度など)も明記した体系的一覧性が求められる。そして、自治体運営の基本理念(重視する価値)が明らかにされなければならず、自治体運営の基本原則(例えば、参画と協働、情報共有の原則など)も明確にされなければならず、また、自治体の基本構想(総合計画)との関係では、自治基本条例が上位規範となるので自治基本条例に謳われた理念や諸原則は総合計画の「基本構想」や「基本計画」に反映されるべきである。

また、自治基本条例は基本理念、基本原則や独自制度について具体的な規定を定めず、別途の個別条例にその実現を委ねることが多い。例えば、参画と協働の原則については「市民参画条例」が存在するように、外部監査や住民投票については「外部監査条例」や「住民投票条例」等があり、同様に環境配慮、文化の重視、人権尊重等についてもそれぞれ「環境基本条例」や「文化基本条例」、「人権基本条例」等が必要である。つまり、自治基本条例が人権を基本理念とし人権尊重を基本原則としているならば、人権基本条例は存在してしかるべきだということになる。

(文責松下龍仁)