(1)布忍小学校の人権学習の歩み
布忍小学校には、様々な教育的配慮を要する児童(生活・学力・人間関係)が数多く在籍しており、そのような子どもたちが生き生きとできる学校づくりと、そのための人権学習に取り組んできた。布忍小学校の人権学習の原点は、聞き取り学習による人との出会いである。
人と出会い、そこから生まれる感動を組織する、そんな聞き取り学習が、教育活動として本格的に始まったのが、1980年のヒロシマの被爆者である佐伯敏子さんの聞き取りだった。そして、聞き取り学習は、生き方学習として、地域の親からの聞き取りに発展してきた。
自分や仲間の親の仕事に対する思い、がんばりを知り、(4年)自分史の学習の中で、今まで育てててくれた親の思いを改めて見つめることで、自らの生き方を考えるきっかけをつかみ、(5年)ヒロシマで自分自身を語り、進路学習を通して夢や生き方を考えていく。(6年)人との出会いを大切にし、共感的理解を育む「生き方学習」が布忍小学校の人権教育の土台になっているのである。
(2)"ぬのしょう、タウン・ワークス"
布忍小学校では人権を基盤に今日的な教育課題をテーマに展開している「総合的な学習の時間」の取り組みを、"ぬのしょう、タウン・ワークス"と呼んでいる。1980年代はじめ、それまで取り組んできた人権・部落問題学習を土台として、カリキュラムづくりに着手した。以降、毎年の実践の積み重ねを通じて練り直されていく中で、1996年、"ぬのしょう、タウン・ワークス"が生まれた。「ぬのせ」という「タウン」に出かけ、子ども達が中心になっての「ワークス」、つまり、参加・体験・交流を通して、子ども達が主体的に学ぶ総合学習が、"ぬのしょう、タウン・ワークス"である。
その中で、従来取り組んできた人権・同和教育の取り組みの中で、わたしたちが大切にし、これからも継承すべきであるとした点は、以下の3点である。
- 自分の生活、親の労働、自分史に返し、自分を振り返り、自分の問題として考えることを大切にする。
- 聞き取り・フイールドワーク等を通して、地域の方との出会いや感動、体験を大切にする。
- 集団づくりと結び、子どもの共感・感動を通して子どもと子どもをつなぐことを大切にする。
タウン・ワークスでは、多様な体験活動を通じて、単に知識を得るだけでなく、自分に置き換えて考える想像力や、行動力・技能(スキル)を育てることを課題に、取り組みを進めている。また、フイールドワーク等の引率から始まった保護者の参加は、取り組み前の「タウン・ワークス保護者説明会」などのアカウンタビリテイにより、「親の会」の運営や、親子集会の内容、子どもへの評価など、企画段階からの保護者の参画に発展してきた。評価活動では、ポートフオリオ評価など、子ども自身の「自己評価」を大切にした評価をすすめ、「自分」だけでなく、「友達」「先生」「保護者」「地域」と、関わるすべての人から評価されることで、自分自身の成長・良さに気づき、自尊感情を高めていくことを大切にしている。
また、自分に自信が持てないあまり、素直に感情を表現できない子や、人とのつながりを上手にもてない子どもが増えている。そんな子どもたちが「かけがえのない自分」であることに気づき、確かな自尊感情を身につけ、自信を持って他者との人間関係を広げていくことができるように、コミュニケーションスキルを採り入れた、新しい総合的な学習のカリキュラム化を進めている。
(3)"ぬのしょう、タウン・ワークス"のカリキュラム
(4)具体的実践例
◆4年「仕事」(1学期)
1.テーマ 「わくわくワークI」一仕事の学習一
2.ねらい ・仕事場見学を通じて、仕事のすばらしさ、大切さを知る。
- 働く人の思いをつかむ。
- そのことを通じて、親の働く姿を見つめるきっかけにする。
3.取り組みの流れ
◆4年「仕事」(2学期)
1.テーマ 「わくわくワークúK」-仕事の学習-
2.ねらい ・ 親の仕事でのがんばりや誇りを知る。
- 親の子どもへの願いや思いを知る。
- 友だちの家族への思いやがんばりを知り、お互いの良さをみつける。
- 学習に見通しを持ってとりくむ。
3.取り組みの流れ
4.学習の中で大切にした視点
この学習は、前思春期に入った子どもたちが、仕事を通じて親と向き合い、親のがんばりやほこりに触れ、自分自身を見つめる学習である。
1学期は、2日間で33軒の仕事場を回った。商店、工場、公共施設など校区の多様な仕事場に行く。子どもたちが自分たちで行きたい仕事場を選び、自分たちでお願いに行く。そして、1時間程度の体験や見学をして話を聞く。
子どもたちは、仕事場の方から仕事のきびしさや喜びを中心に聞き、どんな仕事も大変なんだという感想を持った。この気持ちが2学期の親からの聞き取りにつながる。また、校区を身近に感じ、校区の人たちとのあいさつが増え、中には、家族でお世話になった店に夕飯を食べに行く姿も見られた。
2学期は親からの聞き取りを中心に行う。4年生の子どもたちは、親の仕事を知らない子どもたちが多い。まず、仕事の内容を聞き、仕事の厳しさ、そして、仕事の喜びを聞く。その中で子どもたちは親の頑張りを知る。そして、そのがんばっている親から子どもへの思いや願いを聞くのである。子どもたちは、素直に親の思いを受け止め、自分の親の頑張りを感じ、自分も何か手伝えることはないかと考えたり、白分が学校で頑張ることが、親の頑張りにつながっていくことを知る。
さらに、この聞き取りで感じたことを学級の仲間に伝えることで、自分の親に誇りを持ち、自分自身に自信を持ってくるのである。
また、ほとんどの家庭が共働きである。子どもたちは大なり小なり家でひとりでさびしい気持ちを持っている。しかし、そんなさびしい気持ちを持っているのは自分だけだと思っている子が多い。この学習でそんなさびしい気持ちも交流する。子どもたちは共感的にその気持ちを受け止め、自分だけではないんだという安心感を持ち、さらにつながりを深めていくのである。
◆6年「進路」
1.テーマ「進路夢体験-トライ・トゥ・ザ・フューチャー-(進路学習)」
2.ねらい
- 様々な出会いを通して、自分の進路や夢について考える。
- 自分の夢や進路、生き方について生き生きと語る。
- 仲間の夢や進路、生き方を聞き、感じたことを伝える。
- 職場訪間に行く場所を見つけ交渉し、自分の力で取り組みを進めていく。
3.取り組みの流れ
4.学習の中で大切にした視点
6年生、もうすぐ小学校を巣立っていく子どもたち。この時期の子どもは、体も心も目を見張る成長があり、自分の身の回りだけでなく、自分の将来や、杜会にも関心が向き始める。また、新たな中学校生活にも期待や関心を寄せている一方で、不安や葛藤も持っている。
このような時期だからこそ、この学習を通して、さまざまな人に出会い、多様な職業や生き方にふれることで、自分の将来に対して夢を持ち、これからの自分の生き方をみつめるようになってほしい。
小学校で「夢・進路」を考えていく事の難しさや、中学校における「職業体験学習」との差違を指摘されることがある。冒頭にも述べたとおり、本校には厳しい生活背景から、「夢」を持つことや「夢」に思いをはせることが困難な児童が多い。「ぬのしょう・タウン・ワークス」を通じ、自分の生き方を考えていくそのプロセスの中で、子どもたちはたくさんの人と出会う。素敵な生き方にふれ、子どもたちは身近な「生き方のモデル」を見いだす。「こんな生き方ってすごいな。」「こんな人になりたいな。」そういう思いを持って、自分の将来を、夢を考えていくことこそが、この6年の取り組み「進路・夢体験」の大切なポイントである。取り組みを通じて夢を見つけていくことがねらいではない。小学校の最高学年において、子ども達自身が「夢って広がっていくもんなんや」と、「夢って、探していくものなんや」と、実感することが大切である。
一方で、フイールドワークや、聞き取りなど、子どもたちが主体的に取り組む活動を大切にし、一人ひとりが自分の目的を持った学習になるようにしている。
これまで出会った人々から学んださまざまな生き方から、自分のこれからを見つめるという意味では、生き方学習のまとめとしての進路学習といえるのである。
<質疑>
※ ○印は研究会参加者の発言で、●印は、報告者による発言。
○ 「タウンワークス」をキャリア教育の視点で整理することによって、落ちてしまうものはないか?
○ それは狭い意味でのキャリア教育ではないか?
○ それぞれの人権課題の深まりはどうなるのか。「タウンワークス」=キャリア教育ではないと思うが。
○ 「しんどい親」の子どもの場合、子どもも親も互いになかなか向き合えない事例がかなりあると思うが、どう工夫されているのか。
● 子ども会の親組織の役員の方など、ネットワークを持ってがんばっている親たちが「しんどい親」に関わってくれる。「地区」の中だけではなく、「開かれた学校づくり」の中で、地域で子どもたちを育てようと横のネットワークを広げてくれているので、親同士でも「注意できる部分は言うたろ!」という地域の雰囲気はある。
○ 「なりたい職業アンケート」などをやっているか?
● 取組の最初に「どんな職業につきたいか」を簡単に調べているが、人にかかわる仕事への希望が多い。
● 職種を子どもはあまり知らない。具体的な仕事を書けない子どものほうが多い。男の子は「夢」関係が多くて、女子は保育士や看護士とか男子に比べたら現実的。アンケートのデータまでは出していない。
○ 小6の段階では、厳しい状況に置かれた子どもほど夢をストレートに持てない状況にあるのか?
● 努力したら夢は実現の可能性があるということを持たせて卒業させたい。「生き方」学習の最後に親や自分の生き方を見つめた上でいろんな可能性があるということを抱いて中学校に上がってもらいたい。
○ しんどい状況に置かれた子どもたちには学校の期待する効果がなかなか現れないのか。
● そのしんどい子がどれだけ取り組みの過程で生き生きできるかは大事にしている。胸を張って卒業して中学校に上がっていって欲しいと。
○ 日本の中で「豊かな層」と「しんどい層」が生まれてきて、インセンティブ・ディバイド(意欲格差)や希望格差社会などという言い方がされているが、「中央の発想」だなと思う。しかし、困った事態は存在するわけだから、それを言い表せるもっと別の言葉はないだろうか。
○ 「タウンワークス」を構想した10年ほど前の当時、「地区の子どもたちの職業選択肢が限定されている、もっと広い視野を持たせたい」という議論があったのか?
● 初めて進路学習的なものを手がけたときに、「将来どんな仕事につきたいか」をアンケートで尋ねたとき、ほとんどのムラの子はお父ちゃんの仕事を書いていた。ほんまにお父ちゃんの頑張りを知ったうえの思いなのか、あまり職業を知らないからなのか考えさせられたときがあった。学習の中で仕事を色々出していったときに、「ああ、そんな仕事もあるのか!」という感じになってきたので、「この子らはいろんな仕事があるということをあまり知らなかったのだな」と感じた。
○ それはいわゆる、ロールモデルが限られていたということか。子どもにとってモデルになるような人の種類が限られていたということか。
○ もともとの出発は「タウンワークス」というより、同和地区の実態調査の結果、ムラの子の「夢」や「進路」の範囲がものすごく狭かった。教育改革の流れで、「子どもに夢を持たさなければ」という発想もあり、夢を持たせる過程を大切にしようということで「トライ・トゥ・ザ・フューチャー」を始めた。それが「タウンワークス」の中に組み込まれていったのだ。いつも議論になるのは、4年と6年の取組がどう違うのかということ。取組上、「直接的な体験」を重視するので夢の範囲がどうしても狭くなっている。いろんな体験のさせ方があっていいわけだから、もう少し夢を広げることも必要ではないか。それが学習意欲にどうつながるのかという点からもこの問題にアプローチできるだろう。あまりやりすぎると中学校でやることがなくなってくる。直接体験に縛られすぎて選択の幅が狭くなっているのではないか。
● 6年の「進路」の取組は校区から出ていっているが、4年の「仕事」の取組の場合、校区内で体験先等を充足させている。
○ 4年生の場合、親との関係に重点があったが、6年生なると夢の広がりに重きをおく、そういうねらいがあるにもかかわらず、現実、体験先や訪問先が4年と6年ではあまり変わらないという、ねらいと実際のずれがあるという感じだが。
● 6年生の子どもには、4年生の時と同じ場所にまた行くという実感はないはず。4年ではまず「校区の様々な仕事を知ろう」という発想で探して頼みに行く。6年の場合、「なりたい仕事」ということから体験先を選定していくので、より主体的である。
● 重なるところはほんの少し。6年では、逆に校区の外へ出たいという気持ちが強いので。例えば、エキスポランドやオリックスなど…。
○ 子どもたちに親や他の人のがんばりの姿などを伝えることができたらいいのだが、そのあたりがどのように「しんどい子」にヒットしているのか?また、「しんどい子」だけではなく、力を持った子の間では仕事の「行きたい先」はけっこう違いが出て来ているのか?子どもの状況を考えるとそれぞれに選択の幅が必要。
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