以前に「解放教育」で書いた内容の追加や補足を中心に報告し、職場体験学習へ行って何を学ぶのかということを、アメリカとドイツの事例をあげて考えていきたい。
まず、ドイツは分岐型の学校システムをとっており、企業と職業学校の両方に通いながら職業訓練を行うデュアルシステムを行っているが、このデュアルシステムまたは職業専門学校に進むのが、ハウプトシューレ(基幹学校)および実科学校である。また、前期中等教育段階で企業実習がしっかりと行われており、全州において、ギムナジウム以外の校種で、8〜9学年のうちに、1〜4週間かけて企業実習が行われる。これは職業準備教育の中心となる教科「労働科」の中で実施されることが多い。ドイツでは青少年の約7割がデュアルシステムという職業訓練に進むため、前期中等教育段階で行う企業実習は極めて現実的な意味を持っている。この企業実習の役割として、一つには「生徒に、経済・労働世界についての認識を与える」こと、二つ目に「職業選択準備のための起点となる」があげられる。
今回、ドイツのデュアルシステムを専門に研究されている追手門学院大学の佐々木先生の資料を抜粋し、前期中等段階でどのようなことを学ぶのかを知っていただくために「職場実習ノート」(ケルン郊外のケーテ・コルヴィッツ校)を資料として用意した。この実習ノートの特徴は、青少年労働保護法が記載されていることと、職場実習中の活動に対するアンケートの中に、組織体制など、職場の細かな観察が含まれていることである。前期中等教育段階で企業実習を受ける生徒にとって、どういう職種に就くかということは、非常に身近な問題として受け止められていることが、この実習ノートからも知ることができる。、実習ノートには日誌のように1日の流れを書くページや、職業調査として生徒が記入するページがある。これは、特定の職業について、その職業の位置づけ、昇進のチャンスや仕事のきつさ、必要な学歴、将来性、職場での訓練期間などを、職場に行って自分が観察したことや感じたことを通じて課題に答えるものである。また、最後には職場実習に対する自己評価を文章で記入するようになっている。ドイツでは中学校2、3年段階の生徒がこのような課題をこなして企業実習に行っているのである。
次にアメリカについてであるが、アメリカの学校システムでは小学校、中学校、高等学校段階まで選別が行われず、一つの地域内の学校に行くことができる。今回は主に高校生段階の職場体験について取上げている。アメリカでは第9学年から始まる4年制のハイスクールが主流になっており、このハイスクールで幅広い「職場における学習(職場での学習)」が展開されている。
まず「ジョブシャドウ(シャドウィング)」は、進路探索活動の一環として、1日あるいは2日間、ある特定の従業員に張り付いてインタビューなどを行いながら幅広く観察することを中心とする活動で、これは中学校(ミドルスクール)段階から幅広く行われている職場学習の一つである。次に生徒が学校の教育活動の一環として企業を自分たちで運営する「模擬企業」、さらに日本でも用語がよく用いられるようになった「インターンシップ」があるが、アメリカにおいて高校段階で容認されるようになったのは、実は最近のことである。むしろアメリカにおいては「コープエデュケーション(連携教育)」が主流で、例えば高校2年生になると週に半日間は職場で過ごし、あとの半日は学校で職業科の学習をするというように、職業的な技能を身に付けて単位を取得する。しかし、狭義の「労働」という位置づけで企業で働くよりも、より学習的な要素を重視した活動として高校段階でも「インターンシップ」が取上げられるようになってきた。アメリカにおける「インターンシップ」は日本のような短期間ではなく、3週間〜1学期間というような長期間のもので、単位認定も行われる。インターンシップには有給のもの(長期)と無給のもの(短期)があり、無給のインターンシップの特徴として、企業活動のさまざまな側面を理解させたり、ローテーションで各セクションを回って事業所内の役割分担を理解させたり、事業所内のチームワークを体得させることがあげられる。
職業教育をアメリカでどう捉えるかということは、1990年代に大きく転換したと考えられる。まず第1に、このような無給のインターンシップの特徴が出てきた背景として、「産業のあらゆる側面を教えよう」という概念が、1990年に修正された職業教育法に初めて導入されたということがあげられる。それまでは技術的、生産的なスキルの修得が職業教育のプログラムの主流であったのが、企画、経営、テクノロジーの基礎となる諸原理にも結び付けて知的な教育に発展させたり、労働問題、コミュニティの問題、健康・安全に関する問題という側面についても指導していくということが、職業教育法に導入されたのである。
次にあげられるのが「ジョブシャドウ」の推進である。「ジョブシャドウ」の参加者は8学年生(中学2年生)が最も多く、次に多いのが12学年生(高校3年生)であり、職場における学習の中では参加生徒が最も多く、幅広い学年で実施されている活動である。「ジョブシャドウ」はクリントン政権下の1994年に「学校から職業への機会保障法(School to Work)」が制定されたことに伴って推進された。クリントン政権下では、社会的弱者と呼ばれる層もきちんと仕事に就けるようにしていくということで、職業教育関係の改革が推進されたのである。
日本のリクルートワークス研究所が2004年に出版した「職場体験ジョブシャドウィングの事例」には、全米ジョブシャドウ連盟と呼ばれる全国的なNPO組織がまとめたジョブシャドウィングマニュアルが訳出されており、このマニュアルにあるワークシートを本日の資料としている。その特徴として、インタビューにおいて、学校で学んだことと職場で求められるスキルとの関連性を尋ねることとされている。これは学習への動機付けを行うという意味であり、アカデミック教科を重視する教育改革の影響が大きい。
資料のワークシートを見ていくと、例えば個人能力評価用紙では「自分にはどんな能力があるか考えてみよう」ということで、基本的な職務遂行に必要なスキルから、より具体的な職業スキルを自己評価させている。これらの能力・スキルを取上げることによって「職場において必要とされるから身に付けなければならない」という動機付けを行っているのである。次のジョブシャドウディ予測シートでは、ジョブシャドウディに期待することとして、「学校で学んでいる知識が仕事においてどのように使われているかを知る」「いい仕事に就くためには、どのようなスキルが必要なのかを理解する」「学習と収入を得ることがどのように関係しているのかを理解する」など、日本ではなかなかここまでは聞けないというところまで踏み込んで取上げられている。次のワークシートでは、履歴書を書かせて自分の能力をアピールさせている。また、次のインタビューシートの「職業スキルに関する質問」でも、どのような能力を使うのかということを執拗に聞くことになっており、学校の学習と仕事のスキルを結びつけようという意図が色濃く反映されている。最後は観察力チェックシートで、まず職場で最も重要な資源は働く人々と位置づけられ、人々の互いの接し方などを観察し、作業スペース以外にどのような従業員用施設があったかを観察させ、さらに情報機器についての観察、福利厚生の面で従業員に与えられているものを幅広く観察することになっている。
次に、新しいモデルとして「セミナーを伴ったインターンシップ」を取上げてみたい。先ほども述べたが、1994年に「学校から職業への機会保障法」が時限立法(〜1999年)で制定された。ここで「職場における学習」と「学校における学習」の統合、つまり職場で学んだことを学校でも取上げて統合させようということが盛り込まれた。
1990年代の職業教育改革モデル校として知られるのが、ケンブリッジにあるリンジ高校(Rindge School of Technical Arts)である。この高校での改革の例として取上げられているのが、「インターンシップ・プログラム」であり、内容として、学習が具体的な場をもつこと、学習が内省的な(振り返りの)場として統合的なセミナー(一種のミーティング)をもつこと、生徒が大人の助言者であるメンターと一対一の関係をもつこと、セミナー、職場、アカデミックな教育を結びつけるプロジェクトを実施すること、生徒の学習成果を展示・発表することがあげられている。意義があると思われるのは、生徒を「内省」に至らしめるために他の生徒と経験を共有する場をもつことや、生徒に文章を数多く書かせて最後に発表につなげていくことで、観察、描写、調査、思索、プレゼンテーションなどのスキルを、プロジェクトの中に位置づけて修得させていくことが提示されていることである。
まとめとして、まずドイツでは、大学進学を目指すギムナジウム以外の学校種(前期中等教育段階)で職業教育準備教育の中心となる教科(主に労働科)が存在し、多くの場合、企業実習はその中で実施されている。そして企業実習を通じて、労働に関する義務・権利関係(青少年労働保護法)を教えるとともに、一つの職業に関する、職場での詳細な調査を行うことを課題としている。
一方、アメリカでは、1990年代に企業活動や産業について幅広く生徒に理解させ、理解させる方向へと職業教育の改革が行われた。次にミドルスクール(5学年〜8学年)の段階から実施されているものにジョブシャドウがあり、学校で学んだことと職場で求められるスキルとの関連性を理解させるとともに、対人関係、職場環境、情報機器、福利厚生などの面での観察が重視されている。3番目として、「職場における学習」と「学校における学習」との統合させようという視点が提示され、「インターンシップとそこでの経験を、生徒が共に共有するためのセミナー」という新しいインターンシップ・モデルが開発されている。
最後に私見として、まず、働くことについて学ぶ(主に学校で)と働くことを通じて学ぶ(主に職場や学校での振り返りで)という視点から、日本におけるこれまでの学習内容・方法を整理しないといけないのではないかと考えている。日本の中学校段階では特定の職業に就くために何かを学ぶという視点は必要ないと考えられている。
次に、日本では学校段階が進むにつれて地域との関係が希薄化するという状況がみられるが、そういう若者たちを職場の人間関係や企業活動のダイナミズムに触れさせ、その中で意思疎通を図りコミュニケーションをとる機会をより多く提供することが重要ではないかと考えている。したがって職場体験学習にジョブシャドウなどを導入し、インタビューや観察といった活動を取り入れること、職場体験学習の体験後に企業の方とミーティングなどを取り入れることが有効であろう。また、インタビューや観察を通じて得られた生徒の気づきを教員が取上げ、社会への批判的にみるという視点を形成していくことが、より学習を深めるのではないだろうか。
⇒質疑応答(PDF )
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