現在、心理的差別の克服は、さまざまな取り組みの中でも遅れている課題であり、非常に差し迫った重要な課題である。この課題を少しでも前進させるためには、差別意識・偏見の構造分析をおこなう必要がある。
こうした差別意識・偏見の構造に関する理解への試みが不十分であれば、体系的で効果的な人権教育、啓発の方策を立てることは非常に困難であろう。
差別意識・偏見の構造分析のためには、現実の心理的差別やその心理的差別を取り巻く周囲の環境、すなわち「差別の現実」を直視し、心理的差別を取り巻く人々の意識の構造を、丹念に記述、分析、研究していくことが必要である。
このため、2000年度調査研究事業において、文書の分析や聞き取りを中心としたケーススタディーから、一般的な人々の意識を丹念に記述し、そうした意識の構造やその背景を分析していきたい。
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差別意識・偏見の構造分析の基本的な視点
1. 悪意に基づく意図的な差別ではなく、意図的ではない差別を中心に
現在、偏見・差別意識の質的な変化が指摘されている。こうした指摘の多くで、とくに若年層を中心に、「差別はいけない」「自分は差別しない」と考えながら、具体的状況におかれると、「差別する可能性」を持ち、「結局差別してしまう」という傾向が見いだされている。
こうした意識のあり方に対しては、ただ「本音」と「建て前」という形でとらえるのではなく、「抽象的な意識」のあり方と「具体的状況での行動の選択」との間の不一致ととらえるべきであろう。
こうした現状に対応する教育・啓発活動を考えていくためには、被差別部落に対する悪意、嫌悪感を背景とした「意図的な差別」を研究の中心におくのではなく、明確なマイナス・イメージ、悪意、嫌悪感を必ずしも伴わない「意図的ではない差別」を研究の中心におく必要があるだろう。
2. 「意図的ではない差別」の背景
「意図的ではない」差別を研究の中心に位置づけるためには、人間の情報処理における心理的メカニズムが重要となる。人間は外界に広がる無限に近い情報を処理するために、パターン的な認知(ステレオタイプを用いた認知)をおこなうことで、情報の処理量を減らし、現実社会のなかで生活をしている。
したがって、こうした認知の節約家としての人間のあり方、すなわち、現実社会で生じるさまざまな具体的な状況下において、パターンを用いた認知をおこない、また、パターンにそった行動をする人間のあり方が、差別が存在する社会においては、「意図的ではない差別」を生み出す、基本的なメカニズムとなるという視点を用いることが重要である。
3. 具体的な事象への関わりと、その背景の把握
「意図的ではない差別」をとらえるということは、人々は少なくとも自分では「差別はいけない」「差別しない」「差別意識はない」などと考えているということになる。
したがって、こうした人々が持つと考えられる抽象的な「差別意識」を把握する事だけでは、現代的な被差別部落に対する意識のあり方を把握するためには十分ではない。なぜなら、こうした人たちが差別的な言動に導かれるのは、さまざまな具体的な状況下における行動の選択によると考えられるからである。
したがって、人々の内面に存在すると仮定される、抽象的な「差別意識」だけではなく、具体的な事象から、人々が被差別部落に関わるさまざまな問題に関して、どのようなことを考え、何に影響され、何に迷い、どういった心理的葛藤を経験するのかなどを具体的に記述し、そうした言動の背景を分析していくことを目指していく。
4. 反差別に結びつく意識やプラス・イメージの重視
被差別部落に対する意識の中で、これまであまり重視されてこなかった反差別に結びつく意識のあり方や、被差別部落に対するプラス・イメージは、部落差別をなくすための体系的で効果的な人権教育、啓発の方策を検討するためには不可欠なものである。
差別に気づき、立ち向かうことのできる意識のあり方、言い換えれば、人権感覚とも呼べるものが、どのように形成されているのか、またどのように形成されうるのかということを把握することは、現在早急に必要であると考えられる。
したがって、今回の調査研究事業では、部落差別に関わる人々の意識の中で、こうした反差別に結びつく意識のあり方や、被差別部落に対するプラス・イメージを重視することが必要であると考えられる。
5. 被差別部落に対する意識のあり方の形成過程の把握
現在、その質的変化が指摘され、見えにくくなっている差別へ対応していくためには、現在多くなっていると考えられる「意図的ではない差別」に関わる意識と、人権感覚とも呼ぶべき、見えにくくなっている差別に気づき、そうした差別に立ち向かっていける意識が、どのような要素に影響され、どのように形成されているのかということの把握が重要である。
したがって、今回の調査研究事業では、差別的なものに限らず、被差別部落に関する広範な意識の形成過程の把握を事業の目的とする。
人々が生活していく中で、被差別部落に対して、どのような出会いがあり、その時どのような感情を持ち、どのような心理的葛藤を経験したのか、そして、どのような意識のあり方が人権感覚に結びつき、そうした意識はどのように形成されていくのかをいうことを綿密に、調査、記述、分析していくことが重要となるであろう。