10月25日に行われた上杉聡さんの報告「『解放令』をめぐる近世と近代 〜 部落・部落差別の近代的変容とはどのようなものか」が、本研究会における総論的な位置づけをもっていたこともあり、今回は、上杉報告を踏まえて、部落・部落差別の連続/断絶面の厳密な分析・解明の必要性など、移行期研究の重要課題をめぐる討論が行われた。
討論はまず、「賤民廃止令」の評価が問われた。上杉報告では改めて「賤民廃止令」研究の重要性が提示されたが、ここでは、従来の「解放令」評価との違いが議論された。上杉さんからは、「賤民廃止令」を近世的な意味での国家的賤民身分制が廃止されたことで、差別「する-される」義務関係や「役」負担による直接・間接な国家との関係が解除された一方、差別の撤廃そのものは曖昧な形で放置されたことなどから、当該期を差別撤廃・解放といった段階として捉えることは出来ない、という点が確認された。
これに対し、社会的な解放ではないが、法的・政治的には解放であったと捉えるべきではないか、という意見が出された。上杉さんからは、士族は一定の経済的補償がなされたのに対し、部落はそれまで保有していた特権の制度的補償を整備するなど、経済的救済策がとられていないことなどから、法的・政治的な解放も徹底されたわけではない、と反論がなされた。
次に、上杉報告で近代における「血統意識の全体的強化」の根拠として挙げられた、宗門人別帳から壬申戸籍への編成原理の変化について、改めてその意味が問われた。上杉さんからは、差別記載の有無が問題なのではなく、「元穢多」「新平民」などの記載が「続柄」の欄に記載されること、すなわち身分ごとの横のつながりから、血縁による時系列重視へと転換したことの重要性が述べられた。
また、近代社会において「部落」という曖昧な概念、地域、人を特定化する軸をめぐって議論が行われた。上杉さんからは特に、先述した戸籍編成原理の変化による血統意識の強化によって「人を厳密に特定する」ことが可能になる、という点が強調されたが、これについては、血統意識の強化もまた普遍性を持つものであり、必ずしも部落だけを特定化することにはならないのではないか、という反論がなされた。
これに対し上杉さんからは、「人を厳密に特定する」意識の上に部落差別が重なってくること、さらに、戸籍編成原理の変化、血統意識の強化は、在地レベルで人を特定できるという構造を提供し、身分・血縁的共同体を前提とした近世的村落社会を、「家」単位に分解した上での支配・管理を可能にしたことなどが述べられた。
このほか、近年の近代部落史研究では近代における断絶が強調され過ぎているが、前近代からの社会的な連続性は強固であり、職業・結婚・共同体などは連続的な側面の上に近代が加味される、という把握の仕方が必要ではないか、という点、現在の部落差別を、解消の段階と捉えるべきか、新たな差別の発生と捉えるべきかといった点などが議論され、討論は終了した。